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第三節 戦雲のなかへ ③

「〈名もなき神〉から生まれた〈きょうだい〉とはいえ、一般人として普通に生きていたのが多いのさ。戦う(すべ)は知っていても、戦い慣れてないやつがいる──だから、そいつらは頭数にいれてない。だけど、そういうやつらは、戦いが有利になる情報を集めてきてくれたり、道具を作ったりしてくれてるのさ」


 それを聞いたユリアは、しばらく何かを考えた。

 やがて、決意した目をセウェルスたちに見せる。


「……敵対する〈きょうだい〉たちの居場所のことですが──〈星の特異点〉である私を餌にして、おびき寄せることはどうですか? 敵対する〈きょうだい〉たちにとって、〈星の特異点〉は無視できない存在ですよね?」


「それは、まあ……そうだけど──」


 ユリアの言葉に、ディゼーリオは少し困惑した様子でセウェルスを見、レティエムは頭を掻いて同じくセウェルスに目を向けた。


「……〈灰色の兄弟〉から見て、ユリア・ジークリンデの実力はどれほどのものなんだ?」


「『俺がもうひとりいる』という認識で構わない。こいつは、俺とルキウスが気配を完全に消したうえで放った、剣による一撃を防いだ。あれは歴戦ゆえの直感だろう。そのあとの攻撃もほとんど防がれたからな」


「それでも、あのまま戦闘が長引いていれば、私が負ける確率は高かったとは思うけれど──」


「ですが、あの戦いは二対一。しかも、あの時のおれたちは、本気かつ殺意もありました。反対に、姉さんは状況にずっと戸惑っていて、おれたちに対する殺意はまったくありませんでしたよね。それなのに、あのくらいの怪我ですんでいたということは、姉さんが強い証拠だと思います」


 重要な場面で〈灰色の兄弟〉が世辞を言うはずがない。

 本気の言葉だと理解したレティエムは「〈灰色の兄弟〉が、そう言うほどか……」と呟き、ユリアを見て頷いた。

 ディゼーリオも頷き、了承したことを示す。


「──では、こうしよう。俺とルキウスとユリア・ジークリンデは、街から離れた魔孔に向かって〈名もなき神〉の力を探し出し、その再構築を試みる。もしも、そこに敵対する〈きょうだい〉がいた場合は討ち取り、できればそいつの記憶を探って他の〈きょうだい〉たちの居場所を探る。レティエムとディゼーリオは、〈星の特異点〉が俺達と共にいるという情報を流してくれ」


「ああ。統治者の権限を惜しみなく使って、〈星の特異点〉がいることを各地に流していくさ。もちろん、味方にも教えるからな。しばらくしたら、敵側は〈星の特異点〉を探しまくるはずだから気は抜くなよ。──それで、まずはどこの魔孔に行くつもりなんだ? 魔孔なんざ各地にいくらでもあるからな」


「人間や星霊が、本気で近寄ろうとしない魔孔といったら……」


 ルキウスがそう言いながら兄を見る。弟の言いたいことを察したセウェルスは頷く。


「近いところだと、ここから北にある廃墟となった神殿だな。そこへ行くまでには、先日から始まった街同士の戦争が起こっている地域を通る必要がある。だが、遠回りする猶予はないだろう。ぎりぎりまで戦場へ近づき、強行突破することになる」


「待って待って。その神殿跡って、地縛呪(じばくしゅ)が漂ってるところだよね……?」


 地縛呪(じゅばくしゅ)

 それは、ごく一部の地に留まる、簡単には消えない負の感情がこもった魔力のことを指す。いわば、何者かが手を加えれば呪いになる『災いの種』のようなものだ。ユリアがセウェルスから受け取った呪いも、おそらく地縛呪から作られたものだろう。


「ああ。──だから、ユリア・ジークリンデ。行くか行かないかは、お前の判断に任せたい」


「私は大丈夫よ。そこへ行きましょう」


 躊躇う様子もなくユリアは答えた。セウェルスはわずかに眉を顰めたが、「わかった」という言葉以外に何も言わなかった。



◆◆◆



 それから旅立つ準備をしたあとに、三人はエレスドレアを発った。その数日後。

 足元から地響きを感じ、耳には爆発したような音がいくつも届く。そのなかには、言葉が聞き取れない雄叫びや悲鳴のような声もある。

 肌で感じるのは、様々な魔力の気配だ。肌にまとわりつくような冷たさがある、嫌な気配。

 ここは、戦場からほど近い森の獣道。ユリアたちは、気配遮断の魔術を使い、目立たないように進んでいた。ここには戦いを繰り広げる両陣営の戦士がいないため、目くらましの術はあえて使っていない。目くらましの術は、敵味方関係なく姿を見えなくするものなので、味方がついてきているのかはぐれているのかの判断がつきにくいからだ。


(私が呪いを保有しているからか、大気中の魔力から冷たい感覚がいつもより強く伝わってくる……。季節柄の寒さではなく、負の感情がこもった魔力だからこそのもの──それに、内側に留めている呪いが共鳴している……)


 もしも呪いを受けた者に抵抗力がなければ、呪いは宿主を操り、負の感情が渦巻くところまで連れていこうとする。呪いというものは力を増やし、その力を暴発させることを本能とするからだ。

 ユリアは呪いを何度か受けた経験があるからか、知らず知らずのうちに身体や精神が呪いとの親和性を高めていたのだろう。そのため、呪いの本能が暴れずにユリアの内側に収まり、馴染んだという珍しい現象が起きた。言い替えれば、今のユリアは呪いそのものともいえることだが──。


「向こう側のことは気にするな。──何もない。ただの有事の際の訓練か何かが行われているだけだ」


 音や声が聞こえてくる方角を見ていたユリアにセウェルスが注意する。

 ああ、わかっている。未来のためにも、何もしてはいけない。何もできない。だからそう思い込んで進むしかない。

 今すべきことは、北にある廃墟の神殿へ向かうことだ。

 しばらくしてから森を抜けて平原に出た。戦場から漂っていた負の感覚は、このあたりから届かなくなった。ここまで来れば気配を消す必要もない。

 平原を進んでいると、やがて空が暗くなり始めてきた。野宿の準備をして、身体を休ませる時間だ。


「──姉さん……これだけで足りるんですか?」


 野宿では、魔物を狩り、その肉を焼いただけの簡易的な食事が中心となる。通常、三人なら大人ひとり分ほどの大きさのある魔物であれば十分な食事だ。

 だが、ユリアなら『これだけでは足りない。だから、もっとたくさん魔物を狩って食べたい』と言ってくる量だろう。普段の彼女なら、間違いなくそう言ってくるのだが──。


「あまりお腹が減らないの。残りはふたりで食べて」


 そして、ルキウスへの返答には、いつもとは違ってわずかに暗い声色だった。セウェルスも普段とはなにか違うことを感じて彼女を案じる。


「気分が悪いのか?」


「いえ……。戦争の雰囲気が近くにあると、どうしてもいつものような食欲が出てこないの……。昔からそうだったわ……。だから、残りはふたりで食べて」


「……わかった」


 今は、数か月ほど前のような気楽な旅ではない。

 ここから少し離れたところでは、生死を賭けた戦いがあった。いつ敵がやってくるかもわからない。その敵は、今ある世界を変えようとしている。それも勝てるかどうかもまだわからない。そんな状況下であるため、ユリアの精神は少なからず暗い気持ちに蝕まれていた。


「──空に何かあるのか?」


 魔物の肉を食べ終えてから、セウェルスが問う。食事中のユリアは、ずっとぼんやりと星空を見上げていた。


「昔から、たまによく眠れないときがあって……。そういう夜は、いつも星を見て過ごしていたの」


「戦争の状況は、酷かったか……?」


「敵が、もう人間であることを捨てた異形だったから……」


「異形?」


「私が取り込んだ呪いよりもさらに強くて、魔術としてもかなり複雑化したものよ。もう浄化なんて効かない。敵が作り上げた呪いは、代々さまざまな人間に受け継がれながら負の力を増幅させて──やがて、人としての理性を失わせ、怪物と変貌させるものへと進化してしまった……。そんなものは、もう普通の人間では扱いきれないし、耐えられない。だから変質し、異形と化したの。そんなのが敵だったから……それと戦う際は、いろいろと苦労したものだわ……」


 そのとき、ユリアの瞳の奥が薄暗くなった。


「……でもね……そんな呪いであろうと、辛い記憶があったとしても……前に進む力を持った、心の強い人になりたかった……。そうすれば、あんなことには──」


 あんなことにはならなかったし、きっと『みんなが望む英雄』になれていたはずだ。

 ああ、思い出すな。過去のことや、もとの時代に帰れないことなど。どうしてこの時代にやってきたのかも。今は考えるな。

 だが、ユリアの意思に反するように、焚火が灯す薄暗い空間に呪いが大気中の魔力を伝い、霧のように滲み出てきた。


「姉さん、しっかり──!」


 焦った声を出したルキウスに手を掴まれ、ユリアはハッとした。その瞬間、呪いが染み込んだ魔力は出なくなったが、ユリアは己の弱さに煩悶して、俯きながら下唇を噛んだ。

 セウェルスは自らの浅慮さを悔やみ、ユリアから目をそらして眉を顰めている。


「……どうして、うまくいかないのかしら……。制御できると言っておきながら──」


 ユリアの言葉にセウェルスは首を振る。


「何を言う。呪いを取り込んでいながら、苦しむどころかまともな精神でいられること自体、とんでもないことだ。敵側も想定すらしていない。……俺は、〈名もなき神〉の力から生まれた特異な存在でありながら、呪いに対してお前ほどの抵抗もできなかった」


 そして、セウェルスはユリアに謝意を表する。


「……悪かった。お前にとっては思い出したくもない記憶だというのに──聞きくべきではなかった」


「違うわ。セウェルスは何も悪くない。私が──」


「お前は強い」


 言い終わる前にセウェルスが言葉を紡ぐ。

 ユリアは「違う」と呟きながら俯く。


「強くない……。強くないから……こんなことに……」


「お前はそう思うんだな。だが、俺はお前のことを強い女だと思っている」


「……」


「──お前は、自分を責める傾向があるな。それとも呪いの影響でそうなっているのか」


「そ、れは……」


 その先の言葉は、頭に思い浮かばなかった。

 自分のせいでなければ、なんなのだろう。


「見張りは、俺とルキウスが交互にする。お前は眠ったほうがいい。見張りのことは気にするな」


「……いえ。あまり眠れそうにないから──」

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