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第三節 戦雲のなかへ ②

「物語ではなく現実だぞ。それとも、昔の俺達のほうが良かったか?」


「まさか! 人間らしく振る舞いたいんだったら、そうしたほうがいいって。ふたりから弱音なんて一度も聞いたことなかったけど、やっぱりいろいろ抱えてたんだよな? 顔色とか何も変えなかったけど」


 と、少しむくれたディゼーリオから言われると、セウェルスとルキウスは無言のままかすかに目をそらした。そんな〈灰色の兄弟〉に、ディゼーリオは「なんで強がっちゃうかなー。意地っ張りー。誰にも言わないのにー」とむくれた。


「まあ、今のほうが話しやすいのは確かだな。無表情のときは、何考えてるかわからなくてちょっと怖かったし」


 意外なことに、レティエムは半年前までの〈灰色の兄弟〉に苦手意識を持っていたという。だからこそ〈灰色の兄弟〉に半ば無理やり女装するよう迫り、女性寄りな顔立ちをいじっていたのだろうか。


「お前が? 俺達が怖かったのか?」


 セウェルスが意外そうに驚くと、レティエムはにんまりと笑った。


「美形〈きょうだい〉とはいえ、今まで一度もまともに笑いもしなかった無表情で大柄で猛者でもある男と無表情少年は、さすがになぁ。──あたい、意外と繊細で可愛い妹だろ?」


「別に可愛くはないな」


 その言葉は、意地悪そうな微笑みによって紡がれた。それがあまりの衝撃だったようで、レティエムはギョッとした。


「……あんたのそんな微笑み、一生見られないと思ってたんだけどな……」


 そして、ディゼーリオも心に浮かんでいたことを言う。


「なんだかんだ、僕も一時(いっとき)は怖いと思ってたよ。怒らせたら足とか拳とか剣とかが飛んでくるしさぁ……」


「おれたちは、ディゼーリオさんの女性関係のことしか怒っていませんよ」


 ルキウスがすかさず言葉を訂正すると、レティエムはジト目をディゼーリオに向けた。


「ディゼーリオ……あんた、未だにいろんな女を追いかけまわしては口説いてんのか? 肉体美を晒した人間や異性装した人間のほうが目の保養だろ」


「そういう問題じゃないだろ」


 セウェルスがつっこむ。


「若い女の人の肉体美は見たいけど、男の人は別に心に刺さらないもん。だから、僕、この戦いが終わったらレティエムちゃんの側近の女の人たちの肉体美を見るために街へ──ヒェァアアアッ!?」


 欲望に忠実すぎる発言を堂々とかましたせいで、ディゼーリオは〈灰色の兄弟〉から片手剣を向けられ、レティエムからは胸ぐらを掴まれてしまった。


「一生来んな脳みそ花畑野郎」


「街どころか酒場宿の部屋から出てこないでください」


 レティエムとルキウスの目が据わっている。


「なんでレティエムちゃんの女装しろ発言はそれほど怒られないのに僕だけ盛大に怒られるのさぁ!?」


「女性関係で迷惑な問題を起こすからに決まっているだろう。一節ほど前に、お前が浮気したことがきっかけで起きた事件が情報紙に載ったことは知っているぞ」


「名前は出てなかったはずなのになんで知ってるのぉ!?」


 セウェルスが言う情報紙に書かれていた事件とは、ユリアにも覚えがある。『二股をしていた男』──やはり、あれはディゼーリオだった。〈名もなき神〉の力から生まれた存在とは、何かと濃い(・・)人物が多いのだろうか。

 味方側の〈きょうだい〉たちはこのように他愛もない会話で盛り上がっているが、ユリアはどうしてもその輪には入れなかった。

 今が日常であったらなともかく、戦が始まっていると知ってしまうと、どうしても気持ちがそちらに引っ張られて戻せない。

 戦いが起きると、戦士が気を楽にして振る舞えるときは少ない。それを潰すのは気が引けるが──。


「……すみませんが、レティエム様にディゼーリオさん。敵である〈きょうだい〉たちは、これからどのような行動をしてくるのか──そのことについての情報は何かありますか……?」


 ユリアがおずおずと尋ねると、緩んでいた場の雰囲気が引き締まった。三人からお仕置きを受けそうだったディゼーリオも解放される。

 気の置けない〈きょうだい〉同士でもっと話したいこともあるだろうにと、ユリアは内心で罪悪感を抱いた。


「まだ憶測だけど、あいつらは〈名もなき神〉の力を再構築しようと企んでる可能性が高い。あるいは、味方となった〈きょうだい〉全員がひとつに融合して、〈名もなき神〉に近づこうと思ってるかだ」


「星に還した力を、再構築──? それに、個別の生き物がひとつに融合……? そんなこと──」


「あたいら〈きょうだい〉の融合ってのは、意外とできないことじゃないのさ。なにせ、あたいらは普通の人間じゃなくて、同じ力から生まれた存在だからな。融合した結果、不安定な存在になることもない」


 同じ生まれ方だからこそ、危険なく()せる方法。人間の人智を超えた(すべ)だ。


人間や星霊らしく(・・・・・・・・)ひとりひとりが協力して力を合わせるという方法をとるより、一体化したほうが大規模な魔術でも安定して扱えるだろうからねぇ……。それに、敵陣営の〈きょうだい〉は、理想の世界を作るためには自分が犠牲になってもいいとみんなが思っているみたいだしさ。融合できるなら、そうすると思うよ。目的も壮大だから、大きな力を安定して扱う方法を選びたいだろうし」


 と、ディゼーリオ。


「ですが、精神は? 精神というものは、他の精神と融合しても問題なくひとつになることができるのですか……?」


「どうだろうなぁ……。前例がないから、なんとも……。もしかしたら、代表となるひとりを除いて、ほかのみんなは精神を失わせるという選択をするかもしれないけど──それでも、目的は全員一緒だからね……。いくつもの別の精神をひとつにしたとしても、根本的な部分が一緒だと精神異常なことが起きることもないのかも。自己犠牲によって達成される目的だと理解したうえで、敵対している〈きょうだい〉は動いてるようだから」


「では、星に還元された〈名もなき神〉の力を再構築するということは……?」


 その疑問には、レティエムが答えてくれた。


「魔力には、記憶やなんらかの情報を保存できるという固有の能力があるからな。だから、力を星に還したといっても、星を巡る魔力には〈名もなき神〉の力の情報や知識がまだ残っている可能性が高い。かなり地道で気が狂いそうな作業なのには違いないが、魔孔から辿って星の内側を探せば見つかるはずさ」


「……そもそも、敵対する〈きょうだい〉たちは、〈名もなき神〉の力を探すために融合するつもりなんじゃないかな? 融合して力を増せば、探しやすくなりそうな気がする」


「ディゼーリオと同じく、あたいもその可能性を考えてた。融合するといっても、大勢が一気に融合すると、身体を構築する時間がかかるはずだ。あたいらが人として生まれる前に身体を構築したように、ひとりの人のカタチを構築するだけでもそれなりの時間がかかった。だから、今からでも少人数が少しずつ、人目につかないところで融合しているという可能性もある」


「〈名もなき神〉の力を見つけられることも脅威だが──〈きょうだい〉が融合を進めていかれることも、俺達が負ける原因となりうる。今のところ俺達の陣営では、融合して戦うことを視野に入れている者は少ない。……最悪の場合となれば、俺達も融合することを覚悟すべきだろう」


 セウェルスがそう言うと、誰もがわずかに憂う顔で彼を見た。

 人であることを放棄してでも世界を作り変えたいと願う敵。対して、人であることを捨てずに今あるこの世の中で生きていきたいと考えるユリアたち。

 話を聞くかぎり、手段を選ばない敵側に勝機があるように感じてしまう。


「……今、僕らがやるべきことは、ひとりでも多くの敵対する〈きょうだい〉を討ち取ることだよね。でも、敵対する〈きょうだい〉はどこにいるんだろう……? 魔孔であれば、どこでも〈名もなき神〉の力は探せるはずだけど……」


「おれの、なんとなくの予想ですけど……人目につかない魔孔にいそうな気がします。あいつらは、なるべく水面下で事を進めようとしていますよね? たぶん、邪魔者を増やしたくないから。街の近くにある魔孔だと、こんな不安定な情勢ですし、不審者だと思われて大事(おおごと)になりそうですから、街にほど近い魔孔は避けるんじゃないかと思います。──それと、力を取り込んだ〈きょうだい〉を討ったら、おれたちがその力を取り込むべきだと思います。この戦いに勝つためには、〈名もなき神〉の力が重要になりそうです」


 ディゼーリオの疑問にルキウスが考えを述べると、セウェルスは頷いた。


「そうだな。〈名もなき神〉の力については、俺達も探すか、敵から奪い取って取り込むべきだろう」


 その時、ユリアはレティエムに問いかける。


「──味方と敵、今はどちらが優勢ですか?」


「おおよそ拮抗してるってかんじだな。人数は、若干あたいら側のほうが多いけど……戦力は向こうが少し優勢だ」


「〈灰色の兄弟〉がいてもですか?」

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