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第三節 戦雲のなかへ ①

 屋敷の玄関を出ると、外の空気はひんやりとしていた。

 秋の風だ。ここに来てからもう半年。

 また、相反する精神を持つ者同士の戦いに参ずることになるとは思わなかった。

 戦いがはじまるといっても、敵のことについて知っていることは少ない。敵だけでなく、味方のこともだ。それぞれの数や戦力差、勝つために何をすべきなのか──ユリアは、そんなことを考えていた。


(セウェルスでも、この呪いを受けて苦しんでいた。他の〈きょうだい〉でも、抵抗することは難しいはず──。呪いを作り出せることと、それに抵抗する力はまた別のもの……)


 呪いの力は、ユリアが暗い感情になった時に共鳴して力を増そうと働く。だが、身体に馴染んでいるおかげか、それを操ろうと思えば操れる。己を見失わない程度なら、力をわざと増幅させて武器にすることもできるが、当然リスクはある。武器になるとはいえ、人を狂わせて破壊神と化すための魔術であることに変わりない。


(……何者かが、こちらにやってくる。数は──ふたりか)


 魔力の気配が少しずつ大きくなってくる。転移術だ。これができるのは優れた技能を持つ術者のみ。

 ユリアはわずかに警戒したが、すぐに解いた。この気配は敵ではない。ふたりとも、一度会ったことがある者だ。


「──お久しぶりー! ユリア・ジークリンデさあぶぇっ!?」


 何もないところから突如として景色が歪むと瞬時に見知った男の姿が現れた。少し遅れて、またも見知った女の姿が現れ、男の後頭部を拳で殴った。


「だから事あるごとに女に鼻の下伸ばすなっての」


「こんな不穏な事態だからこそ気晴らしに欲望を開放させてもいいでしょぉ……?」


 ディゼーリオとレティエム。ユリアは目を見張った。

 ふたりは、セウェルスとルキウスの知己であるが、ディゼーリオとレティエムに接点があるとは聞いたことがない──。そういえば、セウェルスとルキウスは、このふたりも〈きょうだい〉だと言っていた気がする。


「レティエム様に、ディゼーリオさん──なぜ、ここに……?」


 まさか、ここでふたりの姿を見ることになるとは思わなかったユリアは戸惑う。

 そんな彼女に、レティエムは呆れた目を向けた。


「こんな事態になってるってのに、まだ何も思い出してないのか? いい加減、あたいたちと同じく〈きょうだい〉であることに自覚を持ってほしいんだけど」


 街の統治者としての振る舞いではなく、素の男勝りなレティエムだ。そんな彼女にディゼーリオは「まあまあ」となだめる。


「でも、ユリア・ジークリンデさんが今ここにいるってことは、あの極端思考の〈きょうだい〉たちと敵対するってことでしょ?」


 ふたりの言葉を聞くかぎり、ユリアを〈きょうだい〉だと思っているようだ。

 あの〈きょうだい〉たちと敵対することは間違いない。しかし──。


「はい……。ですが、私は……〈星の特異点〉です。〈名もなき神〉の力から生まれた〈きょうだい〉ではありません……」


 刹那、レティエムの目が鋭くなり、ディゼーリオは眉を顰め、「え……? ま、まさかの……?」と言いながら戸惑いを見せた。


「……何が狙いだ。〈星の特異点〉」


 レティエムは警戒した声色で問いかける。


「私は、己の意志でここに来たわけではありません。正体の判らない敵によって、この時代へ飛ばされてしまいました……。そのことを証明できるものはありませんが──」


「証拠なら、そこにあるだろ。あんたの頭の中──魔力に刻まれた記憶が揺るぎない証拠となる」


「……」


 ユリアには、レティエムの気持ちがよく解った。街の統治者ゆえに、敵か味方かをしっかり見極めたいのだろう。

 しかし、この様子では、記憶のすみずみまで調べるつもりかもしれない。できれば『あの一連の過去』のことはあまり知られたくないのだが──この状況では、やむを得ないか。


「ちょ、ちょっと、レティエムちゃん! そこまで疑わなくても……!」


「これから戦いが起きるんだ。敵か味方か、はっきりとした確証が欲しい。本当に信用に値する人物なのかってな。──なにせ、〈星の特異点〉は、良くも悪くも可能性の塊なんだろう?」


 ディゼーリオが止めようと手を伸ばす。だが、レティエムはもう片方の手でそれを退けた。そして、レティエムはユリアの額に手を伸ばす。

 ユリアに抵抗する意志はない。だが、複雑そうな表情で彼女の手を見つめている。

 レティエムと関わりがあったのは、あの日だけだ。その日だけでは、大まかな人物像しか判らない。疑うのも仕方がないことだ。

 と、その時だった。


「──待ってください。レティエムさん」


 ユリアとレティエムの横側に、突如としてルキウスの姿が現れた。ユリアの額へと伸ばされていたレティエムの手が、彼の手によって制止される。

 気配もなく転移術でやって来たことで、レティエムとユリアは驚いた。


「弟……!? なんで止め──」


「たしかに、おれはレティエムさんの『弟』にあたる存在ですが、今は『ルキウス』という名前があります。なので、そちらで呼んでください」


 レティエムの訴えを聞き終わる前に、ルキウスはその言葉をかぶせた。有無を言わさぬ──どことなく怒っているように見える──言い方に、レティエムとディゼーリオは目をぱちくりさせている。


「お、弟くん……? 名前は要らないって言ってたのに……名乗ることにしたんだ……? というか、その変わった形の服は、何……?」


「服は、姉さんから──ユリア・ジークリンデさんから貰いました。名前も、姉さんからそう呼ばれているうちにしっくりくるようになったので、おれの名前にしました」


「ね、『姉さん』……? 〈きょうだい〉じゃないのに……?」


 何がどうなってるの? と言いたげな顔でディゼーリオはユリアを見つめる。


「それはともかく──レティエムさん。姉さんには何もしないでください。この人は、おれたちの敵ではありません」


「敵じゃないって言われてもな──」


「レティエム。ユリア・ジークリンデを疑う必要はない。悪人でないことは俺達が知っている」


 またもレティエムの主張が、転移術で移動してきた者によって止められる。ルキウスと同じくユリアを庇う台詞を紡いだのはセウェルス。首元には、弟に貸していた灰色の首巻きを巻いており、垂らしてる部分が風に揺られている。レティエムは、堂々と立つ彼に対して苛立ちと呆れの目を向けている。


「……元気そうで何よりだ、兄。あんたも〈星の特異点〉の人たらし(・・・)っぷりにやられたか? 本当に可能性の塊みたいだな、〈星の特異点〉ってのは」


「悪人ではないと知ったから庇っているだけだ。あと、俺はセウェルスと名乗ることにした。今後は『兄』ではなく、そう呼べ」


 セウェルスがそのように所望すると、レティエムとディゼーリオは唖然とした。


「お、お兄さんまで……。弟くんもだけど、少し見なかったうちにけっこう雰囲気変わったね……」


「セウェルス、だ」


「ルキウスです」


「し、失礼しました……」


 ディゼーリオは詫びるも、兄弟の変化に戸惑いを隠せないようすだ。レティエムも同じくその状況についていけていないが、彼女はあることを思い出し、怪訝そうにセウェルスを見つめる。


「……あんたがピンピンしてるってことは、連中が放った呪いは浄化できたってことか?」


「いや……。ユリア・ジークリンデが肩代わりしてくれた。呪いは、今、彼女の内側にある」


「──!?」


 だが、そのわりにはユリアは苦しんでいない。呪いだというのにどういうことだ──レティエム目つきが、不信感を抱くものへと変わる。

 「え!? それって大丈夫なの!?」とディゼーリオも困惑すると、「ひとまずは大丈夫です」とユリアは静かに答えた。


「いつ暴走するかわからない『武器』を、あたいらの陣営で管理するって言いたいのか?」


 レティエムはセウェルスを睨む。セウェルスは動じず、まっすぐに彼女を見つめ返している。


「……それとも、あたいら〈きょうだい〉がユリア・ジークリンデに封印術をかけるって魂胆か? だったら、頑張ってやるよ。そういうのは得意分野だからな」


「ユリア・ジークリンデが信用できないというのであれば、俺達を信じればいい」


 セウェルスからの返答は予想外なものだった。レティエムは脱力したのか口が小さく開き、ディゼーリオはぽかんとしている。

 やがて、レティエムは「なんか調子狂うな……」と言って大きなため息をついた。


「わかったよ……。兄がそこまで言うなら、信じる。ったく、そこまでの存在だったのか?〈星の特異点〉っつーのは」


「〈星の特異点〉だからではありません。ユリア・ジークリンデさんだからです」


 問われたセウェルスよりもルキウスが早く答えると、ディゼーリオは呆けたように笑った。


「弟くん──あ、いや。ルキウスくんがそういうことを力強く言うなんて思わなかったなぁ……。〈星の特異点〉を探すために傭兵になって、いつの間にか神のように祀り上げられて、そのまま世間に求められるがまま生きていたのに……」


「んで、〈星の特異点〉だとは知らずに保護した女によって、〈灰色の兄弟〉は『ただの人間』の兄弟になった──ってか。……なんていうか、演劇か何かの物語みたいな話だな」


「だね。ときめきと感動が生まれそうなお話だって感じるなぁ」


 いつの間にか、その場に張り詰めていた空気はなくなっていた。

 年下の〈きょうだい〉たちからの感想に、セウェルスは小さく肩をすくめる。

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