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第二節 秘されていた真実 ④

 ルキウスが駆け寄ろうとした。

 その刹那、ユリアの目から光が消えていく。虚ろな目へとなった瞬間、呪いが生み出していた黒煙が止まった。

 そのことに、ルキウスとセウェルスは目を見張る。溢れようとしていた呪いの力が、ユリアの意志によって抑えられていく。

 これから戦争が始まる。私は、未来のために戦うと決めた。

 揺らぐな。

 あの頃を思い出せ。

 『英雄』と呼ばれていた頃の私は、どのように振る舞っていた──? 個を殺し、皆が望む『英雄』となり、共存派のための『兵器』として戦っていたはずだ。

 ユリアは片手で自分の顔を鷲掴むように覆い、指先に力を込めた。彼女の目は大きく開いており、瞳の奥が揺れている。


「……私には……消えない心の傷と、後悔があるの……」


 ──あの日、なぜ使命を果たさずに逃げたのだ。ヴァルブルクの姫よ。此度も心が耐えられぬという理由で逃げるのか。

 また責める声が聞こえてくる。この声は、共に戦った星霊だ。

 呪いによる幻聴──。


 偽物の声だとわかっているのに、苦しい。

 喉に、誰かの手によって締め付けられているような息苦しさがある。

 胸には、ナイフで突きつけられているかのような痛みを感じる。


 片手で顔を鷲掴みにしたまま、ユリアは深く俯いた。長い淡い色味の金髪が垂れ、さらにユリアの顔が隠れていく。

 城の者たちのために、テオドルスを死の空間に追いやった。それにくわえて、殺せと命じられたとはいえ両親を殺した。

 幼い頃から心を殺し、欲しくもなかった力を手に入れて戦い続けていた。人間と星霊の希望となる〈予言の子〉として生まれるのだと、たくさんの予知能力者によって予知された存在だったからだ。だから、頑張ってそう()りつづけた。長く続いていた戦争を終わらせるために。

 その結果が、今の自分だ。三人を死に追いやったことが引き金となり、心が潰れ、錯乱し──発狂した。

 心の支えだったテオドルスと両親──いつか両親と『普通の家族』として過ごす日々が来ることを夢見ていたというのに──を、自らの手で死に追いやらなければならなかった。

 そうして私は、皆が望んだ『英雄』になることはできなかった。

 それらが起こったのは、自分が『死神』だからだと思った。

 だから、『英雄』と呼ばれた私は、大切な誰かを殺してしまう運命にある存在なのだと思った。

 『普通』の夢すら叶えられない。果てには、誰かを殺してしまう。

 もう、誰も失いたくない。

 私は、この世にいないほうがいいのではないか──。

 そのような考えが巡り続けた末、自害を選んだ。

 ──逃げてしまった。

 私は、醜い。許されない。美しい人間になど、なれない──。 

 ユリアは拳を握りしめる。


「……呪いは、その心を刺激して、私の精神を殺そうとしている。……それでも、私はこれらを抱えて前に進むと決めた──」


 私は、罪を背負っている。一度は逃げてしまった。

 だから、もう逃げるわけにはいかない。

 逃げたくない。


「安心して。私は、苦しみには慣れている。呪いは私のなかにあるけれど、まるで私が生まれ持った能力であるように深く馴染んでいるわ。呪いを武器として操ることができそうなほどにね。──私は、未来を守るための『兵器』となれる」


 『兵器』という言葉を放った瞬間、ルキウスは言葉に言い表せない不安を抱いた。

 セウェルスは呆気にとられたが、やがて苛立ったように顔を顰める。


「なんだ、その言葉は──」


「大丈夫。私たちなら、きっと勝てる」


「そういうことを言っているんじゃない!」


 咎める言葉を遮られたセウェルスは、苛立ちの口調をぶつけた。すると、ユリアは小さくその言葉に言い返す。

 あなただって、自分のことを『人間もどき』とか言っていたじゃない──。

 居心地の悪い空気が漂った。ルキウスは俯いている。


「……私は、この戦いに勝つ。必ず──」


 無表情で、また同じことを呟いた。ユリアはふたりに一瞥することなく踵を返し、部屋の扉へ足を向かわせる。彼女が扉の取っ手に手を添えたとき、セウェルスは意を決した様子で寝台から立ち上がった。


「──ユリア・ジークリンデ」


 セウェルスが声をかけると、ユリアは動作を止める。しかし、彼のほうを向こうとはしなかった。


「……俺は、あいつらの計画を阻止すると同時に、お前がもとの時代に帰れる方法を探していく」


「……」


「俺達は、たしかに時を越える方法を知らない。だが、この世のどこかにあるかもしれない。もしも、この世に無かったとしても──その方法を作ればいい。俺は〈名もなき神〉から生まれた存在だ。それができるかもしれない」


 希望を掴もうとしてくれる。だが、それは──。

 ユリアは、扉の取っ手を強く握った。


「……それは、きっと……今の生き方を捨てることになる」


「生き方が変わっても、俺が俺であることに変わりはない」


 間を空けることなく、彼は言った。

 迷いがない。どうして、そこまで私に尽くそうとしてくれるの。何を考えているの──。

 ユリアは振り返り、セウェルスに怪訝な目を向ける。


「お前は帰りたいんだろう? 帰りたいと想うほど、大切な家族がいるんだろう? なら、俺はそれを叶えたい」


「……どうして私なんかのために、そこまでしようとするの……」


「自分の心を殺しながら戦おうとするお前を見たくない──それだけだ」


 それだけのために?

 ユリアは異を唱えようと口を開くが、セウェルスは首を振って制止した。


「俺がしたいことなんだ。この世に『絶対』なんて言葉はない──俺はそう信じたい。諦めずに進めば、いつかは遠くにある星にも手が届く──今ならそう思える。だから……万が一、俺がなんらかの犠牲を払わなければならなくなったら……お前にルキウスを頼む」


「兄さん……」


 ルキウスが案ずると、「心配するな。もしもの話だ」とセウェルスは言い、弟の頭に手を乗せた。

 ふたりに余計な心配をさせてしまった。呪いと戦うことを選んだのは私なのに。どうして心配されてしまうのだ。情けない。


「……まずは、〈きょうだい〉たちとの戦いに勝つことが最優先──私のことは二の次よ」


「わかっている。……もう自分のことを『兵器』とかいう馬鹿げた言葉で表現するな」


「あなたもよ」


「ああ。俺は、『人間もどき』でも『星霊もどき』でもない。──セウェルスだ」


 この人は、半年前の出会った頃と比べると、ずいぶんと変わった気がする。もともとそういう性格で、ただ表に出さなかっただけかもしれない。

 なんだか、うまく言葉にできない感情が込み上がってきた。

 私のために犠牲になろうとしないで。そんなことをされるような人間ではない。誰も犠牲になってほしくない。もう失いたくない。ひとりではどうにもできないことが悔しい──。


「……あなたの言葉は嬉しい。けれど、あなたの今の人生を犠牲にするしかないのなら、私はこの時代に残ることを選ぶわ。そんな方法で帰れたとしても、私はなにも嬉しくない」


「俺だって、できるなら今の俺のままで生きていきたい。小さくとも希望を捨てたくはない。それでも、その方法しかなく、お前が帰られない事実に耐えきれなくなったときは──俺はそれを選ぶ。……それは俺が選んだ道だ。お前が罪悪感を抱く必要はなにもない」


「『それで帰れたとしてもなにも嬉しくない』と、さっき言ったはずだけれど」


「……それでも帰れ。お前の心は、家族との時間によって癒されていくはずだ」


 ルキウス。バカなお兄さんを止めて。

 だが、彼は、悲しげな様子で静かにユリアを見つめている。兄の意思を尊重しているのだろう。


「──少し、外の空気を吸ってくる」


 これ以上、反論しても平行線となりそうだ。だが、これはただの可能性の話だ。必ずそうなってしまうわけではない。

 ユリアは深く息を吸い、ゆっくりと吐きながら扉を開けて部屋を出ていった。

 兄弟だけとなった部屋のなかは、しばらく静かな時間が流れる。


「兄さん……どうやって、その方法を探すつもり……? それに、姉さんには呪いがあるのに、もとの時代に返しても大丈夫なのかな……?」


 しばらくすると、憂いた顔をしたルキウスが兄に問いかける。


「今は何もわからない。だが、俺が望んでいることは……『この身体』を捨てないといけなくなるかもしれない……」


「……」


 それを聞いたルキウスは、顔をそらして俯く。

 落ち込んだ弟を見たセウェルスは、弟の頭を撫でまわした。


()に受けるな。全部何もわからない俺の勝手な想像にすぎん。もしかしたら、とんでもない奇跡がこの世にあるかもしれないだろう。そういうことを信じていろ」


 兄に撫でられた年頃の弟は、困ったような恥ずかしいような何とも言い難い表情で「うん」と頷く。


「……ねえ、兄さん。姉さんは、過去に何があったんだろう……? 姉さんが、『苦しみには慣れている』なんてことを言うなんて思わなかった……。おれたちは、一番そばにいるのに何も出来ないのかな。姉さんは、ずっと呪いと戦っているのに──」


「そうだな……。そばで見ていると不安定で危うく見えるが、それでも本当に呪いを制御できていた。苦しみに耐えうるほどの強い心を持っていることでもあるが……呪いに耐えられるほどの苦しみに遭ってきたという意味でもある、か……」


「姉さんは、『罪を背負っている』とも言ってたよね……」


「ああ。だが……あいつが、罪……? それは……本当に、あいつが背負わないといけないものなのか──?」


 セウェルスが呟くと、ルキウスは窓から外を見た。空は曇り、ところどころ雲の色が濃い。


「おれたちは、姉さんの過去に──踏むこむべきなのかな…。それとも、しないほうがいいのかな……。仲良くなったとしても、なんでも踏み込んでいいということじゃないよね……」


 兄弟は、顔を見合わせる。

 ふたりの心は、すでに決まっていた。


「……それでも、何かがあったときにあいつの手を掴めるのは──支えて、引っ張り上げることができるのは……俺達にしかできない」


「──うん」

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