第二節 秘されていた真実 ③
「……ねえ。その〈星の特異点〉という存在は何なの? 神殿にいた〈きょうだい〉のひとりも言っていたわ」
「〈名もなき神〉は、自害を決意する前に、ひとつの存在の到来を予知していた。──それが、〈星の特異点〉だ。予知した言葉は、『時を越えし遙かなる存在、この時代に舞い降りる。其は、無数の運命を携えし〈星の特異点〉なり』というものだった」
ディゼーリオ曰く、予知能力とは、おもに能力者の関心事に対する可能性を見せる力だと言っていた。
とある予知能力者が、世界のことに関心があれば世界のことを予知し、自分の未来に関心があれば自分の未来のことを予知できるという。
〈名もなき神〉は、一部のことを除いて、外界についてあまり興味は抱いてはいなかった。生きている意味を見つけることができなかったからこそ、セウェルスとルキウスたちが生まれた。
「〈名もなき神〉は……心のどこかで、言葉にできないこの心の苦しみは何なのか、そして、それを取り除いてくれる存在を求めていた──。だから、そのような予知を視たのだろうな。お前と出会って、〈名もなき神〉がどうしてこのような望みを抱いていたのか……今なら、解る気がする。……俺も、〈名もなき神〉と近い感情を持っていた。強者として弱き者たちを守るために──皆から尊ばれ、現人神として祭り上げられているというのに……心のどこかで、虚しい気持ちがあった……」
兄の告白に、ルキウスは頷く。弟である彼も同じだった。
兄弟ともに同じ感情を持っていたからこそ、なんとかやっていけていたのかもしれない。
その後、セウェルスは「まあ……それは、ともかくとしてだ──」と言って話を戻した。
「この予知の内容は、〈きょうだい〉なら誰もが知っている。敵対した〈きょうだい〉たちは、勝機を上げるためにもお前の存在を探しているはずだ。なにせ、『無数の運命を携えし』──だからな。さまざまな意味で、無限の可能性があるということだろう」
未来から来たからこそ、『無数の運命を携えし』なのだろうか。
普通の人間よりも力を持っただけの戦士でいるつもりだったのに、意図せず大それたことになってしまった。そんなことを予知されたと言われても、未来を左右する存在である実感など何もない。
ユリアが複雑そうに顔を俯かせていると、セウェルスが何かの想いを込めた目で彼女を見始めた。
「……実は……俺は、生まれてすぐに、〈星の特異点」を探す旅に出るために傭兵となったんだ。仕事を介して人脈を広げれば、〈星の特異点〉の情報も得られやすいと思ったからな」
「私を探すために、傭兵を……?」
「予知の内容だけでは、〈星の特異点〉は善なる存在か否かまでは判らない。この星の安寧のためにも探す必要があると思っていた。悪なる存在であれば、殺す──そう心に決めていた」
「……だから、私が未来から来たと言ったとき、あなたたちの雰囲気が変わったのね……。困惑や警戒といった気持ちを感じたわ」
ユリアがその時の所感を言うと、ルキウスは「すみません」と小さく謝罪する。セウェルスも「悪かった」と詫びた。
「……お前の気持ちによっては、俺達はお前を殺さないといけない──。お前が、この星に対して悪意があるなら……思い入れがあっても、〈きょうだい〉と同様に、刺し違えてでも敵対しなければならない──」
「でも……今のおれには、できない……。だって、姉さんは違う……。そんなことを考える人じゃないって知っていますから……」
ルキウスがぽつりと本音を零すと、セウェルスは俯きながら頷いた。
「ああ……そうだ……。ユリア・ジークリンデはそんなやつじゃない。俺達はそれを知っている。……そもそも、予知能力というものは、未来の選択肢のひとつを見せる能力にすぎない。良し悪しのわからない予知が実際に起こったとしても、その後の運命など誰にも判らない。だから……俺は、こう思いたい──」
セウェルスは顔を上げた。探していた何かを見つけたような、真っ直ぐな目をユリアに向ける。
「俺は、この運命と出逢うために〈名もなき神〉の力から生まれ、この世の者たちから神のように祭り上げられてきたんだ──だからこそ、『今の俺』がある。はじめこそは〈名もなき神〉自身に対する予知であったとしても、もう〈名もなき神〉だけの予知じゃない。〈名もなき神〉の記憶を受け継いだ俺にも関わっているはずだ。……そう思いたい」
希う言葉と声色。偽りのない真っ直ぐな意志。
もの凄いことを言われた。それだけは解る。気恥ずかしさを通り越して、ユリアは呆けることしかできなかった。
「兄さん、おれ『たち』だよ。兄さんだけじゃない」
「ああ……そうだな」
ルキウスも、この出会いは運命だと思っている。そんな仰々しく思われると変な緊張感を抱いてしまう。ずいぶんと間抜けなところも晒したというのに。
だが、この出逢いが、運命であったとしても──。
「……私の知る未来では、世界から負の感情は無くなっていない。だから、私は敵対する〈きょうだい〉たちと戦う。──そのあとに……もとの時代に……帰りたい……」
ユリアが俯きながら言葉を零すと、兄弟の顔から表情が消えていった。やがて、セウェルスが口の端をわずかに上げる。
「……帰りたい、か──。そうだろうな……」
そう呟いたあとに、笑ったかのように小さなため息をついた。
「……お前は、この世にとっては『異物』のようなものだ。……ここにいること自体、おかしい……」
「……私は、ずっと帰る方法を探していたの。戦う力はあっても、それ以外は普通の人間と変わらなくて……。だから、何か知っていたら教えてほしいの──」
縋るような目でユリアはセウェルスを見つめた。
ユリアはアイオーンの血を飲んだことで『時渡りの力』を得ているため、その空間に入るための『扉』を開くことはできる。だが、それからどうすれば、未来あるいは過去に行くことができるのかということは知らない。アイオーンがその力を危険視していたため、ユリアや同じく血を飲んだテオドルスにも教えてくれなかったのだ。
セウェルスは無の表情でユリアを見、目をそらした。
「……俺達も……〈名もなき神〉から生まれたことで、戦う力はあるが……それ以外の力は──。……すまない……」
「……」
セウェルスからそれ以上の言葉はなく、ルキウスも黙り込んでいる。
〈名もなき神〉の力から生まれたふたりですら、方法がわからない。
現代に、帰れない──。
ユリアは呆けていた。涙は出ない。
希望を持ちながらも、心のどこかで最悪の事態を想定していたから。
もう帰れないかもしれないという覚悟を、しておいたほうがいいと思っていたから。
だから、悲しくても嘆かない。
その事実を受け入れている。
もしかしたら、ふたりが知らないだけで、何か方法があるかもしれない。
まだ何も決まっていない。これから探せばいい。
(それよりも……大切なことがあるじゃない。これから避けられない戦いが起きる。未来のために戦わないといけない。それは、今の私がすべきこと──)
その時、ユリアが考えてもいないこと──気づかないふりをしていたことが、脳裏によぎっていく。
イヴェットとアシュリーの三人で、女子会ができない。気の置けない同性同士の家族で遊びにいけない。
クレイグとの軽口の叩き合いもできなくなる。あの子とする他愛のないやり取りは、私の日常のひとつだった。
奇跡が起きて、再び会えたテオがそばにいない。名前を呼べばすぐに返事をして駆け寄ってきてくれる。呼んでも、来てくれない。
総長が、『もう最後だからな』と言いながら奢ってくれることもない。いつまでも続く『最後』だと思っていた。
ごめんなさい、ラルス。あなたの結婚を祝うことができない。さんざんお世話になったのに祝福の言葉すら言えないなんて、ひどい人間だわ。
いや……それ以前に、本当に彼の結婚を祝いたいという気持ちはあるのか──今でも、よくわからない。
アイオーン。
昔から傍にいて、いつも助けてくれたあのヒトもいない。
ローヴァイン家とベイツ家、王室の人たち、王立研究所のみんなも──。
まただ。傍にいてほしかった人たちと、二度と会えない──。
──落ち着け。これらは、呪いが精神を揺らがせるために意識させようとしているだけだ。まだ決まったわけではない。
私の未来は、まだ決まっていない。
「……また、だわ……。っ……。どうしてなの……」
わずかに開いたユリアの口から、ふたりには聞こえない言葉が漏れる。
呪いによる精神の揺さぶりは、ユリアに効いていた。
平常であろうとしても、不安定。それゆえ心の隙間から、わずかな負の感情が生まれてしまった。それが言葉に出てしまい、自分は今、悲しんでいることをはっきり自覚してしまう。
身に染み込んだ呪いは、そのわずかな隙を見逃さなかった。ユリアの全身から、うっすらと黒い煙のようなもの──呪いの力がユリアを包むように滲み出てきた。
「──姉さん……!?」




