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第二節 秘されていた真実 ②

「〈きょうだい〉みんなが同時に地上へと出てきましたが、精神と身体の構築時間は〈きょうだい〉によって差がありました。おれは、〈名もなき神〉が最後に作った命だからか、少し力が不足していて……身体と精神を構築する時間もかかりました。──反対に、兄さんは、新しい命を大量に生み出すための練習として、誰よりも早く〈名もなき神〉に作られた命です。しかし、〈名もなき神〉は初めて『人間』を作ったものだから、加減を間違えて力を与えすぎてしまったようで……。だから、みんなが兄さんの技能や能力を見ては、現人神だと思ってしまったようです」


 このふたりが〈灰色の兄弟〉と呼ばれて祭り上げられるのも、当然のことだった。

 ユリアはまだ呆然とし続けている。すると、セウェルスが肩を落としながら目を伏せ、口を開いた。


「……〈名もなき神〉は、生きることに疲れていた。気が遠くなるほど、途方もない永い時間を生きていたからな……。それに、星の内界だけにしか存在できない命だった。地上の者たちから頼られていたが──それでも、生きる意味は最期まで見出だせなかった。対等な存在も作れなかった……。人間や星霊とのささやかな交流は、たしかに心の癒しではあったが──それだけでは〈名もなき神〉の淀みは消せず、生きる意味にもなれなかった……」


 静かに紡がれた兄の言葉のあとに、神妙な面持ちでルキウスが続く。


「そういう精神だったため、〈名もなき神〉は外界のことをよく知ろうとは思いませんでした。何かを知ることで、得られるものがあるとは思いもしなかったのです。だから……自身の存在が、いつしか外界の平和を守っている抑止力になっていたなんてことも知りませんでした……」


 〈名もなき神〉は、他者とはかけ離れた存在だったがために『神』と呼ばれただけだった。精神は幼く、成長できぬまま時が過ぎていった。きっと、精神は人間や星霊と変わらない『普通』の存在だった。

 外界の者たちは、〈名もなき神〉がそんなことだとは誰も思わなかった。どういう存在なのかと解かろうともしなかった。自分たちとは遠い存在で、『神』と呼ばれていることから『完璧な存在』だと思われていたのだろう。

 外界に住む者たちのために生きていたわけではなく、求められていたから生きていた──ある意味、〈名もなき神〉の心は傀儡となっていたのかもしれない。

 そして、ルキウスは遠くを見るような目で天井を見上げ、ふたたび口を開く。


「……そんな〈名もなき神〉でしたが、心のどこかで小さな憧れを抱いていました。ドラゴンと呼ばれる姿になってみたいと感じていたのです。星霊という種族のなかでは一番よく見かける姿に、なぜか惹かれていて──まるで幼子のような憧れを抱いていました」


 そして、ルキウスは困ったように小さく笑う。


「そのためか……自害するために生み出したおれたちに、〈名もなき神〉はその夢を込めました。だから、おれたち〈きょうだい〉の基本的な姿は人間ですが、ドラゴンの姿にもなることができるのです」


「神殿にいた〈きょうだい〉たちの姿がドラゴンになった理由は、そのことがあったからなのね……。それにしても……〈名もなき神〉から生まれたからとはいえ、そんな詳しいことまでよく知っているわね……?」


「おれたちは、〈名もなき神〉が保有していた魔力から生まれたようなものですから。生きているときに保有していた魔力には、その生き物の記憶や記録が少なからず書き込まれています。だからか、〈名もなき神〉が抱いた感情や記憶をわりとはっきり掘り出せるんです。──おれたちにとって、〈名もなき神〉という存在は、ある意味では『実の親』であり、『前世の姿』ともいえるのかもしれません」


 だが、〈名もなき神〉と彼らは同じ魂ではない。〈きょうだい〉は、誰もが違う心を持ち、抱く意思も違う。


「……〈名もなき神〉は、どのような姿を持っていたの?」


「〈名もなき神〉は、この外界の者たちのように明確な姿は持っていませんでした」


「持っていなかった……?」


「なんというか……光の塊のような見た目でした。固有の身体を作ろうと思えば簡単に作れたはずですが、作ろうとしたことはありません。誰かに望まれていたら、作ったかもしれませんが……〈名もなき神〉は、自発的に動くことはありませんでした。外界に生きる者たちを羨んで、見かけの好みはドラゴンという意思を持っていただけで──。おそらく、〈名もなき神〉は……『幼かった』のだと思います……」


 種族は星霊に該当するというが、その生まれや在り方が『普通』とはかけ離れている。

 だが、〈名もなき神〉の心は、やはり意外と『普通』のようだとユリアは感じた。

 抱いた感情や望みは抱くが、その感情をどう処理すればいいのかわからなかったのだろう。

 すると、セウェルス小さくため息ついた。


「それでも……俺達を短命の人間として作ったのは、〈名もなき神〉は己の人生のなかで『長生きすることに良いことはない』と強く思っていたからだろうな……」


 そのあと短い沈黙が流れる。

 そのとき、ユリアの頭にとある疑問が思い浮かんだ。


「……そういえば、〈名もなき神〉がいなくなったのは十年ほど前よね……? でも、〈きょうだい〉たちは私よりも年上の人がいて、年下らしき女の子も十歳くらいには見えなかったわ……」


「俺達を含めた〈きょうだい〉には、人間の幼少期と呼ばれる頃の姿はない。生まれたばかりの外見年齢は、十代前半から後半ほどの年齢の子どもで、〈きょうだい〉によって差があった。俺は十代後半ほどの姿で生まれ、ルキウスは十代前半ほどの姿で生まれた」


 と、セウェルスは説明したことで、ユリアはルキウスを見る。


「……だったら、ルキウスは生まれて何年くらい経つの?」


「二、三年くらいです」


「やっぱり、生まれてまだ間もないのね……。生まれてすぐだと、魔物に襲われる可能性もあったでしょう……?」


「〈きょうだい〉は、はじめからさまざまな知識を持って生まれているので、そこまで危ないことはなかったと思います。その知識のなかには戦闘技能も含まれていましたので。おれの場合は、偶然にも生まれる前に兄さんが見つけてくれたので、危ないことは特にありませんでした」


 すると、セウェルスがその言葉の後に、「生まれたばかりのルキウスは、ひとりにするには少し危うい気がしたからな」と加える。


「ルキウスは、〈名もなき神〉が死ぬ間際の力で作りあげた命だからか、身体や精神を構築する速度が遅かった。そのためか、生まれたばかりの頃のルキウスは、身体も小さくて自我が弱かった。今でこそ、こんな感じではあるがな──」


 そして、ユリアは息をついて「そういうことだったのね」と呟く。

 生まれた理由と経緯もわかった。彼らは、人間でもあって星霊でもある存在。話を聞くかぎり、普通でないことを気にしている様子はない。

 それでも、このことは言っておきたいと思うことがある。

 余計なお世話だとしても、ずっと引っ掛かっているからだ。


「人間や星霊でないとしても……『人間もどき』とか『星霊もどき』なんて言葉は、もう使わないで。あなたたちは『偽物』ではないわ」


「ほかに俺達を端的に示せる言い方を知らない。だからそう言っているだけだ」


 特異な生まれを卑下しているつもりもなさそうだ。それでも──。


「そうだとしても、なんだか嫌なのよ……そんな表現……。種族という枠組みに、無理やり当てはめようとする必要はないと思うわ。厳密にいうと、私も、もう『普通の人間』とは言えない──。セウェルスはセウェルス。ルキウスはルキウスよ」


 ユリアの声には、怒りというよりは(いと)いと悲しみの感情があった。

 そして、ユリアは昂った心を落ち着かせるために、深くゆっくりと息を吐く。言いたいことが、もうひとつだけある。


「それから……〈名もなき神〉の『前世』ともいえるという、あなたたちに言いたいことがある。──〈名もなき神〉よ。今まで、外界の人間と星霊ために頑張ってくれてありがとう。自分の心を知る機会もなく、言葉に言い表せない感情をたくさん抱えて、苦しい思いをしていたと思うわ……」


 生きるために何かを必死にする必要もなく、虚無感を持ちながら、気が遠くなるほどの長い時間を生き続ける苦しみというものは、はっきりとは解らない。それでも、言葉にできない気持ちを抱え続ける苦しみはユリアも知っている。

 ユリアが〈名もなき神〉への感謝と同情、共感の言葉を述べると、セウェルスとルキウスは静かに彼女を見つめた。


「……姉さんの言葉で、〈名もなき神〉の魂は、少し救われたと思います。もしも、〈名もなき神〉が姉さんと出会っていたら、今のおれたちのように『何か』を見つけることができたかもしれません……」


「ユリア・ジークリンデは、神であろうが強者であろうが物怖じしないからな……。〈名もなき神〉が、〈星の特異点〉という存在を予知した理由は、このことだったのかもしれない……。ユリア・ジークリンデに出会っていれば、何かが変わっていたか──」


 セウェルスは感慨深そうに呟く。

 そうだ。その〈星の特異点〉という言葉は、昨日にも聞いた。

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