第二節 秘されていた真実 ①
夜が明けた。
もう先日までのような普通の日常は過ごせない。
未来の歴史を守るために、これからどうするべきかを考えなければ。
(……まさか、こんな事態になるなんて……思いもしなかったわね……)
何か大きな事が起こっても関わらないようにするはずだった。未来のために、過去の出来事を変えてはいけない。未来の人間がここにいること自体、おかしいのだから。
しかし、未来どころか世界そのものを変えようとする者たちがいて、その者たちが未来からやって来たユリアを関係者と見做して接してきた。セウェルスとルキウスにも深く関わり、彼らも彼女を関係者と認識している。
そう思われている理由は、ユリアの魔力の気配らしいが、ユリア自身は何のことなのかさっぱりだ。
ともあれ、まずはセウェルスの様子だ。ユリアとルキウスは、朝食をとった後、彼の様態を見に部屋へと向かった。
「兄さん──!」
扉を開くと、セウェルスが起き上がっていた。寝台のそばにある机上に置いていた軽食や水差しの中の水が減っている。少し前に起きていたようだ。
「身体は? なんともない?」
ルキウスは、嬉しそうに兄のもとへ駆け寄り、セウェルスの身体に触れて調べていく。
「……ああ……。というか、ルキウス……お前、髪を切ったのか……?」
「うん。ばっさりと切りたい気分だったから、姉さんに頼んで整えてもらったんだ」
「服も……なんだ、それは……? 見たことがないものだな……」
ルキウスが今着ている服は、ユリアが先日、街で購入していた『家で服を製作するための魔術用具』で作ったものだ。服の意匠は、ユリアがよく知るここから遙か未来の時代のもの。セウェルスが訝しがるのも無理はない。
「姉さんが買ってたもので作ってくれたんだ。この意匠の服、姉さんの故郷のものらしいよ」
「ユリア・ジークリンデの、故郷──?」
それを聞いたセウェルスは目を見開き、ユリアを見る。やがて、驚きから不安と疑いの目に変わった。
「……呪いは、どうなった……?」
「──あなたたちの〈きょうだい〉からの誘いを断ったから、消すことは叶わなかった。だから、私が取り込んだわ」
その言葉を聞いたセウェルスは、眉間に皺を寄せた。
「……そのわりには……平気そうだな……?」
「呪いの力が……私の身に馴染んでいるの」
「呪いに、馴染む──!? ユリア・ジークリンデ……お前は──」
セウェルスはそれに続く言葉を言えなかった。
自分の正体をまだ彼女に言っていない、ということを思い出したからだろうか。
それにしては、苦々しい表情でユリアから目線をそらしている。まるで聞きたくないと言いたげな顔だ。何かを恐れているようにも見える。
「これから、私が何者なのかを説明するわ。少し前に約束したものね──『時が来たら、互いに抱えていた秘密を打ち明けないか』って……」
「……」
ユリアがそう言葉をかけるも、セウェルスは目をそらしたまま返事をしなかった。
ルキウスは、ユリアを真っ直ぐ見据えている。
「……私は……記憶喪失になんてなっていない。それから、あなたたちの〈きょうだい〉でもない」
「だったら……その力は……。──お前は、どこからやってきた……?」
セウェルスは、意を決したようにユリアを見つめ、言葉を紡ぐ。
「私は、今この時代から……数千年は先の未来から来たの──」
その刹那、セウェルスだけでなく、真っ直ぐ見据えていたルキウスまでもが目をそらし、無の表情となった。
いつもと雰囲気が違う。かつての〈灰色の兄弟〉のような、冷たく得体の知れない気配が漂う。
ユリアもそれを感じ取り、思わず身構えてしまいそうになった。その雰囲気をまとった理由を問おうとしたが、その気持ちを堪えて説明を続けた。
「……だから……私は……ここの常識を、何も知らなかった……。未来から来たことを明確に提示できるものがなかったから、誰も信じてくれないと思って……嘘をついていた……」
〈灰色の兄弟〉は口を開かない。目線も合わせてくれない。
何を思っているのだろう。
不安に思いながらも、ユリアは言葉を紡ぎ続けた。
「信じられないとは思う……。私も、過去に来たなんて信じられなかった……。だって、ここに来たのは私の意志ではないもの。正体のわからない敵によって、ここに飛ばされたの。過去を変えようなんて思っていない──。ここに来た当初は、魔術による夢か幻覚を見ているのだと思っていた……。けれど、そんな気配はなかった。それどころか、歴史書で見たことがある暦や祭りがあって──禁足地となっている神殿は、私がいた未来の時代にも残っているものだった。〈名もなき神〉が生み出したという花も……。だから、ここは私が生きていた時代の過去にあたるところなのだと確信したの……」
ここまでに兄弟からの質問はない。
先ほど感じた、冷たく得体の知れない気配はなくなっている。
ユリアはさらに説明を続けた。
「……私は、普通の人間として生まれたわ。けれど、戦争に勝つために力を得ることを求められて、たくさんの星霊の血を飲んだ──生まれ持った体質が特殊だったこともあり、その結果、『普通の人間』とは言い難い存在となった……。その星霊の血のなかに、〈きょうだい〉の気配に近しい星霊がいたのかもしれない……。それが誰なのか、なんとなく判る──」
魔力を扱える人間は、星霊や同じく魔力を扱える人間の血を飲むと、その血の持ち主の性質や能力を得るという特性を持つ。これについては、大気中の魔力が濃かった時代の人間のみで、現代人では不可能となっている。
血を飲めば必ず得られるわけではないが、ユリアはさまざまな性質や能力に適合しやすい身体を持って生まれてきた。
そして、ユリアが言う〈きょうだい〉の気配に近しい星霊とは、アイオーンのことだ。セウェルスと合わせ鏡のような風貌を持つ、あのヒト──。
「……私の望みは、もとの時代に帰ること。未来にいる家族に会いたい──それ以外にないわ」
伝えるべきことは話せた。
今も兄弟からの言葉はない。変わらずユリアから目をそらし、何かを考えているような雰囲気はある。
「これが……私が隠していたことよ。──あなたたちは……? 私にとっては、ふたりが人間でなくても気にしない。あなたたちは、あなたたちだもの。……けれど、敵対する〈きょうだい〉たちのことは知りたいと思う」
「……俺達は……」
ユリアからの問いかけと要望に、セウェルスは言葉を詰まらせる。ゆっくりと息をつくと、ユリアと目を合わせた。
「俺達を含めた〈きょうだい〉という存在は……〈名もなき神〉の力から生まれた『人間もどき』だ──」
〈名もなき神〉──魔力が生み出される場所でもある星の内界で生まれ、この世界に生きる人間や星霊たちから神と呼ばれていた大いなる存在。
しかし、十年ほど前に突如として消えてしまった。争いの抑止力でもあったため、気配が消えてから世の中は不穏な方向へ向かっていた。
その〈名もなき神〉の力から生まれた──?
(『もどき』なんて……どうして、そんな言葉を……)
〈名もなき神〉から生まれたということよりも、彼が自身を卑下するような言い方をしたことに、ユリアは胸が痛んだ。
ただの言葉の綾かもしれない。だが、そうだったとしても、そんな言葉は聞きたくなかった。
「〈名もなき神〉が、おれたち〈きょうだい〉を生み出したのは──自害のためです」
「じ、がい……?」
ルキウスの言葉を聞いたユリアは、急速に血の気が引いたような感覚に陥った。
神と呼ばれた者は、かつての自分と、同じ結末を選んでいる。
「〈名もなき神〉は、死ぬために新しい命をたくさん作りました。それが、おれたちです。新しい命をたくさん作れば、この星や外界の環境に悪影響を及ぼさずに、力を大量に消費できると判断したからです。〈名もなき神〉の力をすべて星に還元してしまうと、存在が強大すぎるため、この星が変質して外界の生物にも大きな影響を与えてしまいます。なにせ、〈名もなき神〉は『星の内部にいる、もうひとつの星』のような存在ですから──。そのため、〈名もなき神〉が持っていたさまざまな能力は、おれたちにはさほど継承されておらず、それらは解体して星の一部へと還元されました。その過程で、〈名もなき神〉の魂も消滅しています」
感情のない声で、ルキウスは淡々と説明していく。あまりにも壮大な出来事に、ユリアは反応できずにいた。
「──生まれたばかりのおれたちは、ただの魔力の塊のようなものでした。精神もぼんやりと構築されただけの不完全な『生き物』です。その状態のまま、『揺り籠』のような術に包まれて、星の内界から星全体を巡る魔力の流れに乗り、やがて各地の魔孔からこの世に放たれました。地上に出てからは、人間と星霊には感知できない『揺り籠』の中で魔孔から吹き出る魔力を吸収しながら、時間をかけて精神と身体を構築していき、やがて『人間』としての生を手に入れました」
『星全体を巡る魔力の流れ』とは『地脈』。
そして、『魔孔』という言葉は、この時代における魔力が噴出する場所──『母なる息吹』を指すものだ。
『母なる息吹』という単語は、共存派が星霊という存在を尊重するために使い始めた言葉であり、それ以前は『魔孔』と呼ばれていた。
衝撃的な内容に、ユリアは反応を示すことを忘れていた。




