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第一節 〈きょうだい〉 ⑥

 (ッ──!?)


 突如として、後ろから男の声がした。

 それは、王である父の側近を務めていた男の声によく似ていた。

 背筋が凍る。首を締められたかのような息苦しさを感じる。

 振り返るが、誰もいない。魔力の気配もない。

 呪いとは総じて、対象者を精神的、あるいは肉体に害するためのもの。ならば、先ほどの声は幻聴だ。

 取り込んだ呪いが、心の底に潜む消えない後悔と罪悪感に触れた──。


「姉さん……? どうかしましたか……?」


 ルキウスが、何かに焦った様子で振り返ったユリアを案じる。


「……大丈夫……。呪いを取り込んだことで、少し精神を揺さぶられただけよ……」


「具合は悪くないのですか?」


「ええ。呪いだというのに、身体に馴染んで──もともと私の力の一部だったかのような感覚だわ……」


 自分でも不思議なほどに呪いを制御できている。その力を、己の武器として扱えるのではないかと錯覚してしまうほどだ。

 だが、幻聴が聞こえた。隙を見せれば精神を乗っ取ろうとしてくるだろう。従順に見せかけているだけで、虎視眈々と乗っ取る機会を伺っている。

 呪いとは、人間や星霊の感情から生まれるもの。

 負の感情があるかぎり、貪欲に力の増幅を求め続ける。それは呪いという術の『本能』だ。力を得るための手段は問わない。呪いに『正義』などない。そのため、意思を持つ生物のように小癪な手段に出ることもある。


(私の身体に馴染みすぎている……。切り離すことが難しい……)


 セウェルスには馴染んでいなかったから簡単に切り離せた。彼自身、負の感情に対して強く抵抗していたこともある。

 しかし、ユリアは今も負の感情を抱き続けている。くわえて、取り込んだ呪いの性質がユリアと馴染みやすいものだった。だから、一体化したように馴染んでしまった。

 その原因として考えられることは、この呪いが戦争から生まれた負の感情だということ。セウェルスは、どこかの組織や街に属して戦ったことはない。しかし、ユリアは国の戦士として戦っていた。仲間が死ぬ悲しみ、志を半ばにして倒れた無念さ──この呪いの込められた負の感情はそれだけではないが、理解できる感情、共感できる想いがある。だからだろうか。

 これでは、切り離したくても切り離せない。苦しみながら呑み込まれるか、死ぬまで呪いと共に生きるかだ。

 だが、これでいい。セウェルスを助けることができた。後悔はない。

 呪いから解放されると、セウェルスの身体から力が抜けた。倒れる前にユリアが彼の身体を支え、静かに横たわらせる。深く寝入っているようだ。無理もない。精神的にも肉体的にも、かなりの疲労があるはずだ。


「呪いが身体に馴染むこともですが……呪いに対する耐性も、ここまであるなんて……。いったい、今までに何が──あっ、いえ……すみません……。おれたちも、まだ何も説明をしていないのに……」


 だから自分にはそれを問う資格はない。そう感じたルキウスは詫びた。


「気にしないで。説明したいけれど、今はいろいろと頭がこんがらがってしまって……上手く説明できそうにないわ……。それに、そのことはセウェルスにも伝えないといけない──」


 セウェルスとは、共に秘密にしていたことを打ち明けないかという約束がある。

 呪いを代わりに取り込んだことを含め、彼は受け入れてくれるだろうか。呪いを受けた者は、基本的に呪いの傀儡となりやすい。


「……こんな私だから、不安に感じると思う。ただでさえ正体不明なのに、呪いを受け取ったことで、あなたたちを害する可能性もあるのだから……」


「いえ、あまり不安はありません。姉さんには、兄さん以上に呪いを抑える力があるようですから。姉さんは強い人だから、呪いなんかに負けないと思います」


 そう言ったルキウスの目は真っ直ぐだった。本当に信じてくれている。その素直な心に救われたユリアは笑みを浮かべた。


「……ありがとう。私についての詳しい説明は、明日にさせてちょうだい」


「わかりました」


 そして、ユリアは少し前から気になっていたことを伝える。


「──ルキウス。そろそろ違う服に着替えたほうがいいんじゃないかしら。かなり破けているもの」


「……ですが、これ以外によそ行きの服を持っていなくて……。服に傷をつけることなんて、今までありませんでしたから……」


 セウェルスもそうだが、ルキウスの服は特注品だ。丈夫で、滅多なことでは汚れない。そして、今回のような例外が起きないかぎり服を破くこともない。さらに本人たちの物欲が非常に薄い。なので、外出用の服はずっとこの一着のみだ。それでも衛生面は気にしていたようで、定期的に洗濯はしていた。現代とは違い、魔術による洗濯はものの数分で仕上がる。


「だったら、ちょうどいいのがあるわ。こっちに来て」


 ふたりは、セウェルスの部屋を後にして、ユリアの部屋へ向かった。部屋には入ると、ユリアは衣服を収納する引き出し家具に近づき、それを開けた。取り出されたのは、白色、黒色、濃灰色の大きい三枚の布地といくつかの服飾副資材、そして魔術で動かす裁縫道具だった。布地の長さはどれもユリアを包み込めるほどにある。三枚ともほどよく厚手のもので、今の季節にぴったりだ。


「うっかり好奇心で一式買ってしまったものだけれど……役に立つときが来てよかったわ。色も男女問わず使える無難なものだし」


「これって、ただの布……ですよね……?」


「見た目はね。でも、便利なのよ。布を羽織って服の意匠を想像すると、勝手にそのように服が作られていくの。材料が少ないから凝った意匠のものは作れないけれど──ルキウスは、どのような服が好みかしら?」


「服のことは、よくわかりません……。おれには、どのような服が似合うと思いますか?」


「そうねぇ……。ルキウスくらいの年齢の男の子が着る服って、どういうものなのかしら……。こういう服、とか……?」


 ルキウスに布を羽織らせると、ユリアは脳内にとある服装を浮かばせた。すると、布がひとりでに動き出し、布地に組まれていた術式によって裁縫道具も動きだした。

 やがて、ルキウスの身の丈に合う、そして現代ではよく見かける服が出来上がっていく。

 白の布地はパーカーとなり、黒の布地は少しゆとりのある質素なズボン、濃灰色の布地はショートコートとなった。


「な、なんですか……? この服……。羽織りものや履き物はともかく、白い服には帽子が付いていて……なんだか、ぶかぶかしていて……見たことがない形です」


 さまざまな服の意匠が存在する時代だが、ルキウスはパーカーのようなものを初めて見たようだ。不思議な意匠に目をぱちくりとしている。


「それは、私の故郷の服なの」


「故郷……? 姉さんの故郷は、どんなところなのですか?」


「生まれ故郷は、また別にあるのだけれど……。ここに来るまでに暮らしていた場所は、魔力がほとんどないところなの」


「え……!? 魔力がない、ですか……!?」


 珍しくルキウスが、はっきりと驚きの感情を見せた。

 魔力が満ちている地域にだけ住んでいれば、魔力がないところなど考えられない。まず想像することといえば、不便そうだということだ。


「そう。ないの。だから、星霊の数はきわめて少なく、生きれる地域も一部だけ。人々の魔力に対する知識もかなり失われていて、魔術という技術技能も衰退してしまってほとんど残っていないわ。いつか、継承者もいなくなって、完全に無くなってしまうのでしょうね……。その代わり、機械という鉄などの硬い素材で作られた便利な発明品が、人々の暮らしを支えてくれているのよ」


「……想像がつきません」


 と、ルキウスはぽかんとしながら呟いた。

 まさかそれが遙か未来のこの星の姿だと言われても想像できないだろう。


「そうよね……。言葉で説明されても想像しにくいと思うわ」


 ルキウスの間の抜けた反応にユリアは微笑む。この話が未来のことであるという説明は、明日にしなければ。

 そして、ユリアは改めて雑に切られたルキウスの髪を見た。


「短く切った髪も整えたほうがいいわね……。自分でできる?」


「いえ……後ろの髪は、今までいじったことがなくて……。前髪も、兄さんに切ってもらっていたので……。どのような髪型で整えばいいのかわかりません……」


「なら……私が、少しずつ切って整えていきましょうか。一応、こういう髪型にしたいという想像はできるから」


 少し前までのユリアにとっては、魔術とは武器であり、盛大に放つことが当たり前という認識があった。だが、この短期間で力の制御技術を向上させることができてきていた。

 セウェルスから技術の未熟さに呆れられてばかりだったが、練習を重ねた結果、日常生活の魔術もそれなりに慣れてきている。

 魔術での散髪は、風を操る魔術を応用することでできる。誰かの髪を切って整えることなど経験したことはないが、現代の美容師──ユリアは王室から存在を秘匿されていることから、いつも王室専属の美容師が髪を整えてくれている──がしてくれていたことを思い出し、それと似たように少しずつやっていくしかない。

 ふたりは庭に出て、ルキウスに切った髪が身体につかないようヘアカットケープ代わりに障壁を張ると、ユリアが魔術で少しずつ毛先を切りはじめた。想像する髪型となるよう少しずつ切り、現代の段カットのようなことをして全体のバランスを整えていく。


(……よし。我ながら良い出来かもしれないわ)


 初めてにしては意外といけるのではないか。

 時間はかかったが、これなら外に出てもおかしくない。


「──ルキウス。これでどうかしら?」


 魔術で鏡代わりのものを作り、ルキウスに自分の姿を見せた。ざんばら髪のような状態から、段カットが施されたセミショートへ整えられている。髪は頬が隠れるほどの長さで、癖毛ゆえに毛先が少し跳ねている。

 背中がほとんど隠れるほどの長さがあった髪を、ひとつにまとめて高く括り上げていた髪型から大きく変化したことで雰囲気が変わった。若干丸みのある髪型であるためか、ひとつに括り上げていたときより幼さが増したかもしれない。


「はい。大丈夫です。いろいろとありがとうございます」


 これで先ほど作り上げた服を着たら現代人と大差ない。現代で暮らしていたら、ルキウスはどのようなものに興味を持っただろう。

 そんなことを考えながら、ユリアは内側に潜む呪いを監視していた。

 呪いが暴れる様子はない。アヴァル国での呪いと似ているが、性質はまた別だ。

 よく馴染んでいることから、呪いがひとりでに暴れだすことがないのかもしれない。何かがあるとすれば、自身が負の感情に囚われる時か──。

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