表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/113

第一節 混沌 ②

 ユリアが敵を奇妙に思う理由は、初対面でここまで双剣術が防がれるのは初めてだからだ。まるで未来を読めているかのような動きで、あるいは自分の戦い方を知っているかのようにも見える。だが、そんなことは有り得ない。自身のことを知る者はごく僅かだ。

 ならば、大量の剣を相手にするのは、どうだ。ひとつひとつに意思が宿っているかのように動く、魔力で編み上げた月白色の剣と、それにくわえての双剣術──これは、自分にしか使えない技だ。

 さすがの敵も驚いたのか、宙に浮く大量の剣を前にすると怯える動きを一瞬だけ見せた。才能はあるが、ユリアほどの経験や戦闘手段の数は無いとみえる。

 ローブの者は、無数の剣による攻撃によって大きく隙を作り、ユリアの拘束術によって身動きを封じられた。思ったよりも呆気なく捕らえられたが、それは敵が弱かったからではない。


「……隙を作ったふりをして、わざと捕まっただろう。私を油断させるためか?」


 奥の手があるのか。ローブの者は答えない。だが、わずかに口を開き、かすかに口角をあげた。


「何がおかしい……? 答えろ。お前は何者だ?」


 すると、ローブの者から光の粒が現れ、次第にその姿を消していく。


「っ!? 待て!」


 ユリアはローブの者に手を伸ばしたが、間に合わなかった。姿が消えたあと、光の粒は溶けるように消えていった。

 敵は転移術を使ったのではない。あのローブの者は、高濃度の魔力を凝縮して作られた分身だ。本体が分身との繋がりを切ったことで消えたのだろう。魔力の気配がどこか人間らしくなかったのは、それが分身だったからだ。

 抜かった。人間によく似た気配をしていただけの分身だとは見破れなかった。


「……」


 武術では勝てる相手だが、魔術に精通した者がいる。正体や目的は不明。年齢や性別もわからない。ヴァルブルクがこのようになった原因や、現れた魔物との関係性も──また謎だけが増えていく。

 ユリアは、両手に持つ剣と宙に浮く剣の魔力を解いた。月白色の剣をすべて消すと、あたりを見渡す。魔力の異変は見つからない。そして、空が茜色に染まりつつあった。いつの間にか、日が暮れる時刻が近づいていた。


「──ユリア!」


 すると、クレイグの声が耳に届いた。声のする方向を振り向くと、血に塗れた彼がやってきていた。しかし、元気に動いていて特に目立った外傷も見当たらないため、すべて返り血だろう。


「どうだ? なんか判ったか?」


「不審者がいたわ。戦闘能力は高いけれど、勝てなくはない相手──けれど、分身だった……。本物はどこにいるのかもわからない。分身の顔や体格は、フードとローブで隠されていたからわからなかったわ」


「わからないことだらけのローブの魔術師の分身、ね……。また変なのが現れたな……」


 それを聞いたクレイグはため息をついた。

 まったく同じ武器、くわえて同じく双剣術を扱い、そして自分の戦い方を知っているかのような戦い方をする。これは、ただの偶然なのか。


「ところで、魔物の大群はどうしたの?」


「魔物の討伐はもう終わったぜ。途中で数が増えたせいで地味に疲れたけどな……。他のみんなもクタクタだ。だから、今日のところはいったん街に戻ろうってことになったから、アンタを呼びにきたんだよ」


「わかったわ。その前に、返り血を落としてから戻りなさいね。うっかり通りすがりの人に見られたら通報されるわよ」


 戦闘があった場所には魔物の死体が山積みとなっているだろうが、ほかの魔物たちが魔力と食事を求めて処理してくれるだろう。

 もう一度、ユリアはあたりを見渡す。魔力濃度が高い以外に異変はない。



◆◆◆



 その夜に、ユリアたちはローヴァイン邸に戻ってきた。

 珍しくこの日は、ラウレンティウスの両親であるエゼルベルトとミルドレッドが屋敷にいた。ふたりは久しぶりに会えたことを喜んでくれたが、カサンドラからヴァルブルクの現状を聞いていたようで、そのことについてはさすがに不安を隠せない様子だった。ヴァルブルクの異変は、騎士団内で箝口令が敷かれているらしく、知っているのはまだ一部の人だけだという。変に国民の不安や恐怖を煽り、面倒な事態が起きてしまう可能性を考慮したのだろう。まだ近くの街や村に害は出ておらず、魔力濃度も通常だという。

 ふたりにヴァルブルクで起こったことを伝えたあと、アシュリー、クレイグ、イヴェットはそれぞれの実家に顔を出すことになり、玄関先に置かれていた荷物を持って実家へと帰っていった。

 ダグラスは、ヴァルブルクの現状報告のためにカサンドラのもとへと向かった。それが終わり次第、ローヴァイン家の屋敷に戻ってくるという。

 残りのユリア、アイオーン、ラウレンティウス、テオドルスは、食事を摂ったあと自室で休んでいた。

 すると、ユリアの部屋の扉がノックされた。開くと、そこにはミルドレッドがいた。


「おばさん、どうしました?」


「うん。ちょっとお話したいなぁって思って。入ってもいい?」


「はい。どうぞ」


 ミルドレッドは、なぜかユリアの様子を伺っている様子だ。いつもの雰囲気ではない。ユリアは不思議に思いながらも、彼女を部屋に入れる。扉を閉めた時、ミルドレッドは窓を見ながら口を開いた。


「──アイオーンって、ほんと雰囲気変わったわよね。昔はミステリアスで幻想的な雰囲気だったけど、今は普通のイケメンだわ。まあ、国外に出たらいろんな文化があるから価値観変わるわよねぇ。今までのこの十年間、ずっとこの街にいただけだったし」 


 ミルドレッドはしみじみと言う。

 帰ってきたときにアイオーンが言葉を発すると、昔とは違った口調と雰囲気に彼女とエゼルベルトは驚いていた。そのきっかけは、外国に行って異文化に触れたからではない。が、経緯を説明すれば長くなる。だから、今は言わないでおくことにした。


「……おばさん、どうかしましたか?」


 それが本題ではないはずだという思いを込めて、ユリアは問いかけた。ミルドレッドはユリアの顔を見つめ、困ったように頭を掻く。


「──実はね……少し前から、ラウレンティウスがローヴァイン家の次期当主として縁談を進めようとしているのよ……」


 あの人が、縁談。

 心臓が跳ね上がった。

 誰と……?


「本当は今日、まずは旦那とあたしだけで、お相手の家の人と話をする約束をしていたの。けど、急にヴァルブルクがあんなことになったって聞いたから、話し合いは取り止めたのよ。あんたたちが帰ってくるし」


 縁談についての話し合いをする予定だっただから、物置同然だった応接室を掃除していたのか。

 聞きたいことがあるのに、質問の言葉がうまく出てこない。

 落ち着け。どうして慌てる?

 自分は、彼からのプロポーズを断ったではないか。彼は、苦しむ自分を案じて身を引いてくれた。自分は、過去の後悔が消えないから、これからも戦い続けたいことを伝えた。その意志は今も変わらない。だから、彼がローヴァイン家の次期当主として縁談を進めようとすることは、何もおかしなことではない。

 彼は現代人。自分は、現代の世から隠されるべき古い時代の人間。

 戸籍が欲しかった時期があったが、それは現代社会を守るなんらかの仕事に就きたかったからであり、現代社会に属したかったからではない。しかも偽の戸籍だ。その戸籍を取得できたとしても、世間からなるべく目立たないように暮らすつもりだった。あまりにも大きな力を持つ自分は、現代社会のなかで堂々と暮らすことはできない。


「あの子ね……今まで縁談が来ても、当たり障りのないように全部蹴り続けてたのよ。初恋だったユリアのことがうまく諦められなくてね。……知ってた? あの子の気持ち」


「はい……。比較的、最近に知りました」


「──もしかしてだけど、あの子から告白でもされた?」


「……プロポーズされました」


 ユリアは、なるべく感情を表に出さないように答えていった。

 プロポーズの件を伝えると、ミルドレッドは「やりやがった」と言いたげに口をへの字に曲げ、悩ましげな顔つきで額に手をあてる。


「……段取り考えずに、拗れた初恋の気持ちを直球でぶつけやがったのね……。まあ、いいわ……。それで、ユリアは断ったのね?」


「ラルスのほうから身を引いてくれたのです。私は、いろいろな気持ちで板挟みになってしまって……その苦しみを気遣って、彼は身を引いてくれました」


「ふーん……。意外と冷静に物事見れたのね、あの子……。ふーん……」


 息子に対していろいろと物申したい様子の母親は、ため息をついた。その会話で、少し冷静になれたユリアは、気になっていた疑問を投げかける。


「……縁談のお相手は、誰なのですか?」


「幼馴染みの子よ」


「幼馴染み……」


「その幼馴染みの子は、あたしと旦那もよく知っていてね。魔術師社会が合わないって、小さい頃からよくぼやいていたわ。だから、息子と意気投合して仲良くなったのよ。その感性は、今でも変わらないみたいだけど──ラウレンティウスが家を継ぐために結婚を望むのなら、まだお互い平和に暮らせるだろうから別に良いよって言ってくれてね……」


 ローヴァイン家が属する魔術師社会は、実に面倒くさい社会だと聞く。一般社会よりも家柄の階級を重要視し、必要以上に矜持を持ち、社会に相応しくない者がいると非常識として圧力をかけてきたり、嫌がらせもしてくるという。

 魔術師は、昔から魔力を操る力を有しており、その力を国と民のために使って戦い、守ってきた。そのため、多くの子孫はそのことを誇っている。このことが社会の根本にあるため、結婚して子孫を残そうとしない魔術師は、かなり白い目で見られてしまうのだそうだ。魔術師であることを誇りに思わない者も同等である。そんな魔術師社会にある思想の闇の部分が、魔力を生み出せない〈持たざる者〉への差別だ。昔に比べると無くなってきているようだが、それでも黒いところはまだ目立つ。

 そんな社会に反して、ローヴァイン家は高い階級を持つ魔術師社会の一族でありながらも、一般社会の庶民のような自由で気さくな雰囲気を持つ。しかし、そんな性質ゆえ、魔術師社会からは白い目で見られてしまっている。高い階級があるおかげでか、嫌がらせなどはされていないようだ。


「……そうですか……。難しいところですよね……。思い切って魔術師社会から離れても、一般社会からも『魔術師のくせに』と思われるようですし……。その声や目に耐えられるかどうか……」


「そうそう。面倒な世の中なのよ……」


 しばらくの沈黙の後、ミルドレッドは問いかけた。


「……ユリアはさ……、ラウレンティウスが結婚してもいいと思う? この縁談を進めても、あの子は幸せになれるかしら?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ