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第一節 〈きょうだい〉 ④

「末っ子ちゃんや兄ちゃんが変わったのってさ……はじめましての〈きょうだい〉ちゃんと仲良くなったから?」


 そう話しかけるも、ユリアは睨みつけるだけで言葉は返さない。


「あれ……? 反応なし? せっかく出会えた〈きょうだい〉同士なんだからさぁ、もっと仲良くしようよー」


「仲良く──? 何をもってその言葉を信じろと……? この子とあの人に攻撃をしかけ、呪いまで放ってきたのはお前たちだろう」


 怒りがこもった声色でユリアが答えると、青年は一瞬言葉を詰まらせる。


「まあ……はじめに攻撃をはじめたのも、オイラたち側の仲間だけどさ……。でも、ふたりは頑固なところがあるし。だから、オイラたちが目指す世界をちゃんと解ってもらうためには、ちょっと手荒なことするしかないかなって思ったのさ」


 そして、青年は星を見上げ、ゆっくりと深く息を吐いた。


「ねえ、はじめましての〈きょうだい〉ちゃん。この星に生きる者たちは、苦しみや悲しみ、妬み、恨み、憎しみ。あるいは、度の超えた欲とかたくさんの良くない感情──それらに囚われていたり、振り回される者が想像以上に多いって思わない? オイラたちは、その現状を何とかしたいって思ってるんだ」


 そのまま青年は、心にある想いを言葉していく。


「オイラたちも、この星のことが好きだよ。この星に生きる者たちには、平和な世界で楽しく生きてほしいって思う。今のオイラたちはただの人間だけど、やっぱり普通とは『違う』存在だ。特別な力を持っているから、それを良いことに使いたいとも思う。だから、『世界』を作り直そうと思ったんだ──今を生きる者たちを、負の感情を抱かないように精神を再構成すれば、『世界』は変わる。オイラたち〈きょうだい〉が協力すれば、『世界』は良いものへと作り直せるよ」


 今を生きる者たちの心が『世界』を作っているという認識があるからこそ、『世界』を作り変えるために、今を生きる者たちの精神を作り変えようとしているようだ。

 負の感情を生み出さない、新しい生き物として人間と星霊を生まれ変わらせる──。


(負の感情がなくなれば、個性が没するようなもの──。姿は同じでも、心は違う……。もはや別人……)


 ユリアが顔を顰めると、今まで会話を聞いていただけの恰幅の良い男が口を開いた。


「……我らのこの精神……記憶無き〈きょうだい〉には、理解しづらい感覚かもしれない……。しかし、記憶無き〈きょうだい〉──もう少し、しっかりと意思を交わし合いたい。記憶を思い出す可能性、くわえて意思が変わる可能性を捨てたくない」


 男が伝えたい想いを吐露すると、ふたたび青年が言葉を紡ぐ。何かを訴えるようにユリアを見つめながら。


「この星にある全ての魔力に働きかければ、『世界』は作り変えることができる。人間も星霊も、負の感情を生み出さない穏やかな生き物になったほうがいい……。負の感情がなければ、この世はもっと安心できて綺麗なところになるはずだよ」


 やがて、青年は悲しげに目を細めた。


「でも、一番上の兄ちゃんと末っ子ちゃんは、受け入れられないって拒絶したんだ。『俺達には何が正しいのか判らない』とか言ってたのに、『醜くて不完全でもこの世界が好きだから受け入れられない』とかなんとか言いだしてさ──。なんだか見えているものが違うようだったから、負の感情がもたらす力の恐ろしさを体感してもらって、考えを改めてもらおうと思ったのさ。これが、呪いを放った理由だよ。まずは、それを末っ子ちゃんに受けてもらおうと思ったけど、兄ちゃんが庇っちゃってね」


 負の感情がなければ──共存派と不信派の戦争は起きず、現代で暮らすこともなかった。今の家族に出会うこともなかった。悪いこともあったが、良いことも確かにあった。

 ユリアに届けたい言葉をひと通り話し終わった青年は、次にルキウスに目を向ける。


「──ねぇ、末っ子ちゃん。オイラたちと戦う前は、〈きょうだい〉同士で戦うことを躊躇ってたよね。だから、すごい隙が生まれた。そして、今は、オイラたちのせいで兄ちゃんが苦しんでるから、オイラたちに負の感情を強く感じてるはずだ。……嫌だよね? こんな感情に苛まれるのはさ。そういった感情から、争いが生まれて、大きな戦いになっていくこともあるんだろう? ……それって、放っといていいものなの? なんとか出来るなら、なんとかしないといけないだろ? オイラたちにはそれができるんだよ」


「……」


 ルキウスは、青年を見つめながら黙り込んでいる。

 青年は、ふたたびユリアを見た。


「はじめましての〈きょうだい〉ちゃんは、世界が平和であってほしいって思う?」


「……私も、世界は平和であってほしいと思っている」


 その言葉を呟くと、ユリアは目を伏せた。


「だが……お前が目指す未来は、受け入れられない。……私は、己の過去や、かつての苦しみを無かったことにはしたくない。負の記憶とともに生きると決めた。──もう逃げない」


 この者たちと話していると、ある言葉が浮かんできた。

 この世を生きる者たちに愛想を尽かしている。

 この世を生きる者たちが生み出す可能性も信じていない。

 そう感じた。

 負の感情は、確かに嫌なものだ。何が『正しい』のかなんて正直わからない。

 しかし、彼らの望む未来は、ユリアにとって今まで必死に生きてきた自分の歩みを否定されたような世界に見えた。

 幼いころから、表に言い出せない負の感情とともに生きていた。負の感情がなければ、トラウマや後悔に苛まれることはなかっただろう。でも、今はそれと向き合えている。やっと自分の本当の心を見つけることができた。これから、またさまざまなものを見つけながら生きていこうと思えた。

 それなのに、私が歩んだ道や苦しみながら得た決心を──何も知らず、知ろうともしないお前たちが、すべて消そうというのか──?


「……なんのことだかわからないけど、心が無になるわけではないんだよ。ただ、小さな負の感情もない。すべてが穏やかに、優しくなるだけさ。困ったときは、いつも誰かが純粋な心で助けてくれる。素敵だと思わない?」


「……ああ……素敵だと思うとも……。悲しみ、苦しみ、妬み、怒り、憎しみ──負の感情はたくさん抱いてきた……。お前たちが望むような世界になってほしいと願う者たちは、実際に多いのかもしれない……。だが──今まで私が歩んできた人生を、意味のなかったものにはしたくないっ……!」


 負の感情が消えれば、そんなことは思わなくなるのではないか──これは、そういう問題ではない。

 今のユリアにとって、己が抱く『負の感情』とは、ヴァルブルクの戦士として死んでいった者たちが生きていた証という意味合いが含まれていた。生きていてほしかった者たちの死を背負うために──。

 くわえて、己が歩んだ人生の証でもあった。

 忘れてはならない者たちがいる。

 前に進むために、向き合うべきものがある。

 それがあったからこそ、今の人生に繋がった。

 だから、それを無に帰そうとするあの者たちのことが許せなかった。

 そして、何よりも、この世界の未来には大切な人たちがいる。


「どれだけ醜い世界であっても、私の愛する者たちは、この世界で生まれてここで生きている。お前たちが望む世界は、私の愛する者たちを殺すことでもある。……我々とお前たちは、相容れぬ敵だ」


 ユリアは、己の目に怒りを宿す。

 それを見た恰幅の良い男は、憐れむような目で彼女を見据えた。


「……心を鎮めて聞け、記憶無き〈きょうだい〉。負の感情というものは、世界を破壊しかねない力を持つ。時に心を持つ者を救えぬほど愚かにし、深い悲しみを生み出す。それが連鎖していくことも、なきにしもあらず。──近い将来、負の感情から生まれた『大きな混沌』が、この世を喰らいつくだろう。もはや言葉では止められない未来だ」


 エレスドレアの図書館に置かれていた日刊の情報紙からも、その未来は読み取れる。日に日に不穏な出来事が多くなっていた。

 これから起きそうになっている争いは、おそらく未来の歴史に残っている戦いだろう。その戦いはしばらく続き、人間や星霊の意識が変わって世の中が変わる。やがて、ユリアが生まれた時代となり、歴史は現代へと続く。

 世の中が平和であってほしいと思う気持ちはよくわかる。

 それでも、そうなれば未来が変わる。未来にいる家族がいなくなる。

 だから私は歴史を守りたい。いつかもとの時代に帰るのだから。


「我々〈きょうだい〉は、特別な生まれゆえに世界を守るべきだ。近い将来に起こるであろう争い……そのほとんどは、我々の……」


 すると、男は言葉を止めた。

 口にすることを躊躇っているのか──彼の顔からは、形容しがたい複雑な感情を感じる。


「──すべての〈きょうだい〉が、不本意だと思っていることだろう……。それでも、尻拭いができるのは我ら〈きょうだい〉のみ。ゆえに我々は、安寧な世の中を作るために動いている」


 男はゆっくりと息をつき、ルキウスとユリアに目を向ける。


「我々に反する意思を持つ末弟と妹よ。……今一度、問う。この世は、生まれ変わるべきだとは思わないか?」


「──おれは思わない」


 ルキウスは即答した。そして、利き手である左手で剣を抜き取る。そのまま敵対する〈きょうだい〉に向けるかと思われたが、ルキウスは持ち方を替え、右手でひとつに括っている髪を掴んだ。


「──」


 ユリアは目を見張る。

 ルキウスが、剣で自らの長い髪を切り落とした。

 根元から切り落としたため、ルキウスの髪はずいぶんと短くなった。毛先が肩に届いていない。強い風が吹いてきた。ルキウスは切り落とした髪から手を離し、髪は風のなかに舞いながら姿を消していく。

 彼の長い髪は、兄の真似であり、空っぽな心を持っていたときの象徴だったのだろう。それでも今は違う。だからこそ、少年は不要なものとして切り落としたのだ。目の前にいる〈きょうだい〉に、断固たる自分の意思と、これから起こる戦いに挑む決意を見せつけるためにも。


「生きる者たちの心が変わった世界には、おれの知るセウェルス兄さんとユリア・ジークリンデ姉さんは居ない。……ふたりがいない世界なんて、おれは認めない」

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