第一節 〈きょうだい〉 ③
「……着きました。ここが、禁足地となっている神殿です」
ユリアとルキウスが神殿に到着した時には、すでに陽は沈み、星が見えていた。
ユリアは周囲を見渡す。魔術で光を灯すその場所は、見たことがある風景だった。
隕石孔の窪みらしき底で佇んでいる、見たことがある建築様式の神殿。そして、神殿の柱と地面の間から生えている、ほのかに輝く二輪の花──。
(間違いない……。ここは、私がかつて戦争の勝利祈願で訪れ──アシュリーたちに案内をした、あの神殿……)
ここは、未来で故郷となるところ。
エレスドレアの地は、のちの未来では、ヴァルブルク辺境伯が不信派との戦争のために城塞都市ヴァルブルク王国を建国し、さらに先の時代ではヒルデブラント王国の一部となる。
それをはっきりと自覚したユリアは、きょうだいのように寄り添い、ほのかに輝く二輪の花に近づいた。
この時代に咲く二輪の花も、未来と変わらず百合の花のような形状だ。光沢のある銀色を帯びた白の花弁を持ち、その内側はほんのりと朱色に染まっている。
おしべとめしべらしき部位はあるが、この花に生殖機能はない。まるで、花という植物を真似て生きているかのように感じる。
「……その花は、〈名もなき神〉が最初に生み出した生命です。これを作り出したのは、手遊びのようなものした……。ですが、これがきっかけで〈名もなき神〉は、己には生命を生み出せる力があるのだと初めて自覚しました。星の外界に生まれた者たちが、自身のことを『この星のきょうだいのような存在』だと称するのは、あながち間違ってはいなかったのだと思います──」
すると、ルキウスはひとりごとを話すかのように説明した。少年の顔は、昔を思い出すかのように遠くを見ている。
(『最初に』生み出した生命──? 〈名もなき神〉は、その後に別の生命を生み出したかのような言い方……。ただの気のせい……?)
そして、ユリアはあることを思い出す。
かつて、ルキウスとセウェルスは、神のことなど興味はないと言っていた。だから知っていることは必要最低限だと。禁足地とはいえ、あの花はそれほど有名なものなのだろうか。
「……この花は、世間では有名なの?」
「いいえ……。この花のことを知っている人は、ごく一部です」
それなら、どうしてそのことをあなたが知っているの。神のことなんて興味がないと言っていたのに。
そう言いたげにユリアはルキウスへ顔を向けると、少年は小さく首を振った。
「いろいろと疑問はあるかと思いますが……それは後に」
ルキウスは再び歩きはじめる。彼についていくと、神殿の正面で足を止めた。ルキウスは、扉のない神殿の入口を睨みつける。
「……お前たちが知らない〈きょうだい〉とともに来た──出てこい」
神殿の入口から、人間の姿が四つ現れた。それと同時に、魔術によって作られた光の球がいくつも現れる。神殿の周囲がその光に照らされたことで、四つの人間の姿は、
男がふたりと女がふたりということが確認できた。
お気楽そうな微笑みを浮かべる青年。
上品な雰囲気をまとう穏やかそうな女。
物静かで冷静そうな恰幅の良い男。
派手な恰好をした活発そうな少女。
活発そうな少女だけは十代後半に見える外見であり、ほかの三人は二十代前半から後半くらいの年齢に見える。
「連れてきてくれてありがと。末っ子ちゃんは本当にいい子だね〜」
お気楽そうな青年が笑顔で迎えると、ルキウスは怒りと殺気を込めた目で青年を睨みつけた。
(末っ子……?)
ユリア以外は、お気楽そうな青年のその言葉に違和感を持っていない様子だ。
青年の口からその言葉が出てきたのは、セウェルスとルキウスが言っていた〈きょうだい〉だからだろうか。
しかし、血の繋がりはないということもあり、きょうだいというわりには顔立ちはまったく似ていない。髪の色も、目の色も、ルキウスとセウェルスとはまったく違う。
「睨まないでよー。怖くなったなぁ、末っ子ちゃん。〈きょうだい〉なんだから、もう少しお手柔らかに接してほしいよ」
お気楽そうな青年はヘラヘラとしている。舐めたような態度にルキウスは苛立ちを隠せず、拳を握り締めて言い放つ。
「ふざけるな。おれと兄さんを攻撃したくせに……」
「解り合えないと判断するのは、まだ早急じゃない? まだ可能性があるとみているから、オイラはあの戦闘を中断して、末っ子ちゃんたちに交渉を持ちかけたんだよ」
「何が交渉だ! 不意打ちで呪いをかけてきた卑怯者め!」
「それは悪かったと思ってるよ。でも、そうしないと、あのときのオイラたちには勝ち目が薄そうだったし。落ち着いて話し合いができる雰囲気でもなかったし──。だから、卑怯な手段を選んだのさ。オイラたちにも譲れないものがあるからね」
お気楽そうな青年は笑みを引っ込めて静かに言うと、次に物静かな雰囲気を持つ恰幅の良い男が言葉を紡いだ。
「我らが末弟。長兄は、苦しんでいるはず。負の感情の苦しみも理解できているはず。……それでも、返答は変わらないと……?」
この男も、ルキウスを末の弟と呼ぶ。長兄とはセウェルスのことだろう。
「変わるわけがないだろう」
ルキウスがきっぱりと言い放つと、派手な服を着た活発そうな少女は衝撃を受けた。
「うっそ〜ん!? このままだと一番上のにぃにぃの身体、邪悪で気持ち悪いものに変わっちゃうのにぃ……。にぃにぃなら、そんなこと魔力から判るはず──ってか、それを判って抵抗してる……? え〜、呆れちゃうくらい意地っ張りじゃ〜ん……。これ以上、どうやって説得すればいいのってかんじ〜……」
少女が言っていることは、おそらくセウェルスの手から滲み出ていた黒い靄のことだろう。あの黒い靄は、『身体が邪悪で気持ち悪いものになる』前兆なのかもしれない。
少女が思い悩んでいると、上品な雰囲気をまとう穏やかそうな女がルキウスに一歩近づく。
「わたくしたちの愚弟……。わたくしたちは、確かに一番上のお兄様に呪いを与えてしまいましたが、怪物にして討とうとは思ってはおりませんのよ。貴方だけでも、わたくしたちの計画を受け入れてくれたら、一番上のお兄様を助けたいと思っておりますわ」
「話が違う! そいつの話では、この人を連れてきたら助けるという約束だった!」
と、ルキウスはお気楽そうな青年を睨む。だが、青年はバツが悪そうに目をそらした。
「……」
ルキウスが腰に帯びた剣を握る。
あの者たちは、〈きょうだい〉だから戦いたくないという気持ちをちらつかせながらも、本心ではセウェルスを見捨てるつもりでいるのかもしれない。
しかし、このまま戦闘に持ち込ませてもいいのか。相手は〈灰色の兄弟〉と同等の力量を持っているはず。聞きたいこともあるが、セウェルスのことも気がかりだ。
考えた末に、ユリアは剣を鞘から抜こうとするルキウスの手を静止するように掴み、そのまま彼を隠すように前に立った。
「──お前たちの目的は何だ? すべて話せ」
いつもの品のある物腰柔らかな対応とは違い、毅然とした態度でユリアが言葉を発すると、ルキウスは「えっ」と小さく驚いた。この側面を彼に見せたのは、そういえば初めてのことだ。
「あー……ごめんごめん! はじめましての〈きょうだい〉ちゃんには、ワケわかんない話だよねぇ。一番上の兄ちゃんから記憶がないってことは聞いてるよ」
青年は、ルキウスに向けたばつが悪い顔から、また親しみやすい笑みを浮かべて謝った。そして、目を伏せて息をつく。
「オイラたちはね、『世界』を作り直そうと思ってるんだ。──とっても大掛かりな計画だけあって、それまでにいろいろとやるべきことはあるけどさ。文字通りに身体を張らなきゃいけないし……。準備は大変だけど、計画を達成できれば暮らしやすい『世界』になると思うよ!」
真剣に言葉を発したかと思えば、その後の言葉は軽い口調で紡がれた。そして、青年はウィンクをする。本気なのか冗談なのか判りづらい説明に、ユリアは軽蔑の眼差しを向けた。
「馬鹿馬鹿しい。世界を作り直すなど、神にでもなろうと思っているのか」
「えっ。ちょ、馬鹿って──。あ、そっか。その記憶も飛んじゃってるのか……。にしても記憶喪失とか、また一風変わった経歴の〈きょうだい〉だよねぇ……」
青年は肩を落とすが、ユリアが記憶喪失であることを思い出して納得した。しかし、そのことが悲しいようで、悲壮な顔でルキウスに訴える。
「せめて、末っ子ちゃんがここに来るまでに教えてあげなよぉ……。なんで教えてあげないのさー。一番上の兄ちゃんもそうだけど、自分の正体を知らないのは可哀想って思わなかったわけ?」
「知らなくても生きていける。そもそも、この人をこんなことに巻き込みたくはなかった……。だから教えなかっただけだ」
「一番上の兄ちゃんに似て、過保護だねぇ。わざわざ兄ちゃんと血の繋がりがあるような見た目になるよう、身体を構築しただけあるよ」
血の繋がりがあるような見た目になるよう、身体を構築。
ここに来るまでの道中で、〈きょうだい〉という者は人間ではないとルキウスは言っていた。だが、彼もセウェルスも、間違いなく人間の気配をしている。体内では魔力が生み出されており、その気配は星霊のものではない。
そういえば、セウェルスは生まれ方が同じとの表現をしていたか──。
(……ルキウスとセウェルスが、人間であろうがなかろうが関係ない。そのようなことは、どうでもいい。ともに旅をして、心を知り、同じ屋根の下で暮らした。このふたりを守る理由などそれだけで十分だ)
ふたりが敵対するこの者たちに同調するつもりなど微塵もない。
世界を作り直すなど傲慢だ。この者たちは何を見てきたというのだ。
「──聞くところによると、力の残量が少なかったせいで、生まれたばかりの頃の末っ子ちゃんは心が空っぽだったらしいね。だから、どんな自分になればいいのか判らなくて、近くにいた兄ちゃんの真似しようと思ったんでしょ? その長い髪やひとつに束ねた髪型、武器とかも兄ちゃんの真似ようと思ってはじめたものだよね。──オイラたちを拒絶するのも、兄ちゃんの真似事だったりしない?」
と、青年はルキウスの意思をセウェルスの意思を模倣した気持ちかと疑いはじめた。
馬鹿にされたような言葉にルキウスは苛立ちを隠すことができず、ユリアの後ろで小さく舌打ちをする。
「……確かに、ぜんぶ兄さんの真似事からはじめたものだった。でも、昔のおれと今のおれは違う」
「あらまぁ」
ルキウスが低い声でそう言うと、上品な佇まいの女が嬉しそうに笑い、少年に慈愛の目を向ける。
「我らが愚弟は、いつの間にかしっかりした心を持ったようですわね。お人形みたいな心でしたのに、今ではこんなにも自分の意思で動き、感情を露わにできるようになっている──。姉であるわたくしは、愚弟の変化に嬉しく思っておりますわ」
そして、派手な少女は彼女の言葉に「ホントにソレ!」と同意する。
「心が空っぽのまま生まれちゃったけど、しっかりと成長してくれたことは、お姉ちゃんであるあーしも嬉しく思ってるしっ!」
「──黙れ。おれの姉さんは、この人だけだ」
その言葉を口にしながらルキウスは、自身の手を掴んでいたユリアの手をゆっくりと離し、彼女の前に立った。少年の目には、怒りと決意が見える。
「あ〜ん! 成長したかと思えば反抗期に突入しちゃってたぁ〜!」
派手な少女は衝撃のあまり膝をつく。上品な佇まいの女も呆気にとられたが、また優美な微笑みを浮かべた。
「ですが、それも成長の証でしょう。ゆえに、わたくしは反抗期でも嬉しく思いますわよ。ただ……お兄様共々、相容れない敵となりそうなところが気がかりですわ」
「うーん、困ったなぁ……。末っ子ちゃんの成長は嬉しいけど……本心は兄ちゃんと同じかぁ……」
残念そうに呟くと、青年はユリアをちらりと見る。




