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第一節 〈きょうだい〉 ②

「……俺達は、今、この世を疎む者たちと戦っている。お前には『依頼』と言ったが……それは嘘だ。この世を疎む者たちは、俺達と深い関わりがある。エレスドレアに来たのは、そいつらの拠点がこのあたりにあるとの情報を掴んだからだ。ついでに言うと、この屋敷はレティエムのものでな……。あいつやディゼーリオたちも、この件の関係者だ」


 この世を疎む者たちと戦っていることは、誰かからの依頼ではなく、セウェルスとルキウスに深く関わっている人だから。

 そして、ここから遠い街の統治者であるレティエムや、さらに離れた街に住むディゼーリオも深く関わっている──? それに、他にもたくさんの人間や星霊が関わっているような言い方だ。

 予想外の話に、ユリアはすぐに理解することができなかった。


「……すべてを話すと、かなりの時間を有する。だから、今はかいつまんだ事しかできないが──本当は、お前をこのことに巻き込みたくはなかった……。だから嘘をついて、依頼の内容を隠していたんだ。このことを話せば、お前は協力すると言ってくるだろうからな……」


「ま、待って……。レティエム様や、ディゼーリオさん『たち』も……? もっと大勢の方々も関係しているの?」


 セウェルスはユリアの問いに頷いて肯定し、まっすぐ彼女の目を見つめた。


「お前なら、あいつらがしようとしていることに反対してくれると信じている。……すまないが、しばらくのあいだルキウスを頼む。あいつを支えてやってくれ……。お前のおかげで、俺にかけられた術は抑えられているが、またすぐに動けなくなってしまうだろうからな……」


 事の詳細はわからなくとも、大きな事件が起こっていることは理解できる。だが、未来から来た自分が関わってもいいのだろうかと感じるが──もはや、今更な疑問だろう。

 アイオーンの生き写しのような人と、彼の弟。そのふたりは、過去の自分と似た境遇と精神を持っていた。ユリアにとって、そんな人たちと関わらずにいろというほうが難しかった。

 それに、もとの時代に帰る方法を探すためにも、ふたりの厚意──ふたりがユリアを忘却刑に処せられた人だと勘違いしていたからだが──に甘えたほうがよさそうだと思ったからだ。

 世間から目立っていなくても、この時代で神のように敬われている〈灰色の兄弟〉の心を変えるきっかけを作ってしまった。ふたりは、その心を世間には見せないだろう。それでも、この時代の異物である人間が、この時代に生まれた人間の心を変えた。このことで、何かの未来が変わってしまったかもしれないが──。


(ヴァルブルクにいた、あの正体がわからない敵は──どうして、私をこの時代に飛ばしたのかしら……)


 殺すわけでもなく、過去の時代に飛ばした。わざわざ普通の人間や星霊には出来ない術を使って──。

 あの敵は、何かを望んで時間転移をさせたのだろうか? いや、それは自惚れた推測か。邪魔だったからこそ、現代ではない場所へと適当に飛ばしたという可能性もある。

 だが、もしも意図的に飛ばしたということだったならば──その理由は、いったい何なのだろう。


「……兄さん。身体は、どう……?」


 部屋の扉が開く音が聞こえたと同時に、ルキウスの声が聞こえてきた。ユリアとセウェルスが振り向くと、少年はやつれた顔をしていた。


「今は落ち着いている。今のうちに術を解析し、解く方法を見つけていくつもりだ」


「そうなんだ……良かった……」


 兄の言葉を聞いたルキウスに安心した表情が浮かぶ。


「兄さん……。おれ、そろそろ禁足地の神殿に向かおうと思う。……あの、姉さん。すみませんが、一緒に来てください」


「私も……?」


「敵からの要求なんです。姉さんを連れてこいと……。連れてきたら、兄さんを助けてやるって……」


「その敵の言葉……信じてもいいの……?」


「正直、おれたちも信じられません。……ですが、言うことを聞けば、助かる方法だけは教えてくれるかもしれないんです。おれたちは、〈きょうだい〉で……それでも、敵対しているから可能性は低いかもしれませんが……」


 きょうだい。

 たしか、このふたりには、両親やほかの家族はいないと言っていたはずだ。

 それは、セウェルスが言っていた『嘘をついていたこと』に含まれるものだろうか。


「きょうだい……? その人たちが、どうして私を……?」


「姉さんは、記憶喪失だからまったく意味がわからないとは思いますが……おれたちが関わっている事件は、姉さんにも少なからず関係があるんです……」


 違う。記憶喪失ではない。

 私は、未来から来たのよ。

 ふたりも敵も、何かを勘違いしている。なぜ──?


「ユリア・ジークリンデが、先ほど厨房で感じた人の気配というのは──その〈きょうだい〉のうちの誰かだ。俺たちが、お前を連れて逃げていないかを確認しに来たのだろうな……」


「誰か来てたんだ……。気づかなかった……」


 と、ルキウスは落ち込む。

 「魔力の気配がなかったもの。気づかなかったのは仕方のないことだわ」とユリアはフォローした。


「──けれど……どうして、あなたたちのきょうだいは、私に会いたがっているの……?」


「〈きょうだい〉なのは、あいつらとおれたちだけでなく……姉さんもだからです。レティエムさんやディゼーリオさんも〈きょうだい〉なんですよ」


「レ、レティエム様やディゼーリオさんも……? 私が、あなたたちときょうだい……? それは……血が繋がっているということなの……?」

 

 ユリアがそのように驚くと、セウェルスは少し落胆したようすで肩をすくめた。


「……やはり、お前には〈きょうだい〉に関する記憶がすべて抜けているようだな。なぜ抜けているのかは、俺達にもわからないが──ともかく、おれたちが口にする〈きょうだい〉という言葉は、『血の繋がりはないが、魔力の繋がりはある』という意味合いだ。生まれ方が同じだからな。もしかしたら、この騒動が引き金となって記憶を思い出すかもしれないが……」


 生まれ方が同じ?

 ということは、このふたりには血の繋がりはなく、魔力の繋がりだけがあるということになる。

 だが、魔力の繋がりとは、どういうことだろう。彼らは、魔力の何を感じて、ユリアをきょうだいだと思ったのか。

 もっと詳しく教えてほしい。

 その時、セウェルスの顔に、また苦しみが浮かび上がった。彼の手にも、再び黒い靄のようなものが滲み出る。


「セウェルス……!」


「兄さん!?」


 ユリアは黒い靄が出る手を握り締め、ルキウスは寝台に近寄って兄の様子を伺う。


「……問題ない。行ってくれ。……だが、また戦いになる可能性がある。警戒だけは解くな」


「わかってる……。兄さんは、ひとりで大丈夫なの……?」


「ああ……。先ほど、苦しみを抑えられる方法を見つけた。……少しずつでも、解く方法を探っていく。心配するな」


 しかし、ルキウスの顔は憂いたままだった。それでも小さく頷き、兄の首に巻かれた灰色の首巻きに目を向ける。


「その首巻き……借りてもいい?」


「ああ。持っていけ」


 兄から首巻きを手渡されたルキウスは、その場で首に巻いた。

 セウェルスは、ルキウスの頭を軽く撫でると、片手を握り続けているユリアを見た。


「──ルキウスを頼む」


「ええ……。できるだけ早く戻るわ」



◆◆◆



「巻き込んでしまって、ごめんなさい……。姉さんなら、あいつらと戦いになっても大丈夫だとは思いますが……油断は見せないようにお願いします」


 ユリアとルキウスが屋敷を出発してから数十分が経った。太陽は地平線に沈み、大地は暗闇に染まろうとしている。

 ふたりが向かうところは、エレスドレアの統治者が禁足地に指定している神殿だ。古くは〈名もなき神〉との意思を交わす場だったらしい。その神聖さから、このあたりの地を治める統治者は禁足地と定めたようだ。

 禁足地だが、そこに守備兵などはいないという。〈名もなき神〉は、この地に生きる者たちに優しい性格だが、悪いことをすれば容赦なく罰するという苛烈な側面もある。そのことから、大半の人間や星霊は、その決まりを守るためにその地には近寄らないようだ。


「どうして、セウェルスの襟巻きを借りたの?」


「なんとなく……。これがあると、兄さんと一緒にいるような気がしたので……」


 ルキウスにとっては、年の離れたセウェルスが親代わりだったはずだ。身動きが取れないほどに衰弱することなど、今まで絶対になかったことだろう。だからこそ、ルキウスは動揺して不安になっている。戦い慣れている戦士とはいえ、中身はまだまだ幼い少年なのだ。


「……不安よね」


「……はい」


 ユリアはルキウスに寄り添い、肩を抱いた。

 地平線あたりはまだ明るいが、大地はすでに暗い。月の明かりだけでは見えづらいため、小さな光の球を作って照明代わりにした。


(暗くて見えづらいけれど……なんだか見たことがあるところだわ……)


 故郷と同じく丘陵地帯だからそう思ってしまうのか。

 だが、今はそれよりも、別のことが気になる。


「ルキウス……ひとつ、教えてちょうだい。血の繋がりはないのに、魔力の繋がりはあるという〈きょうだい〉──それは、どういうことなの? きょうだいというのだから、人間ではあるのよね……?」


「いいえ……人間ではありません。人間でも、星霊とも言えない存在です……」


「え……?」


「やっぱり、これだけの説明だと意味不明ですよね……。ですが、説明をしていると長くなるので……今は、これだけで許してください。──先を急ぎます」


 人間とも星霊とも言えない存在。

 だから、このふたりはこんなにも強いのか。だが、それならその敵も、〈灰色の兄弟〉と同じく神のように敬われていてもいいはずだ。このふたりだけが特別なのか。

 何もわからない。

 ともかく、今はルキウスについていき、〈きょうだい〉と呼ばれる者たちに会わねばならない。

 ユリアはルキウスの顔を見た。表情が暗い。戦いになるかもしれないというのに、少し不安だ。


「……ルキウス。今のあなたは、きっと必要以上に自分を責めているわ……」


 ユリアが口を開くと、「いやでも責めますよ……」とルキウスは呟く。


「〈きょうだい〉とはいえ、もう相容れないと思っていたのに……。おれが動揺してしまったから、兄さんはあんなことになって……。動揺なんて、今までしたことはなかったのに……」


 まさか、自分の心を見つけて、人らしい感性を身に着けてしまったから動揺したの? それなら、セウェルスとルキウスがこうなったのは、私のせい──。

 歴史を変えてしまったのではという言葉が頭に浮かび、その恐怖により鳥肌が立つ。

 違う。まだ、そうだとは決まっていない。不安になるな。


「……自分を責めたくなる気持ちは……私も、嫌というほど解るわ……。でも、セウェルスはあなたを恨んでいないし、ルキウスが自分を責めることも望んでいないと思うの……」


 ユリアには、隣にいる少年が過去の自分に見えていた。

 ルキウスはまっすぐ道を見つめ、口をつぐんだまま頷いた。それでも、浮かない顔のままだ。こういった心持ちは、すぐには切り替えられない。


(とはいうものの……私も、少し気持ちがついていけていないところがある。何が起こるかわからないというのに、この調子では少し危ないわね……。心を整えながら、目的の場所へ行かないと──)


 気持ちを整えるためにも、もう一度ふたりから聞いた情報を整理してみよう。

 敵は、複数人いる。

 セウェルスとルキウスにとっては、血の繋がりはないが魔力の繋がりはある。敵の人たちを〈きょうだい〉と称している。

 セウェルスとルキウス、そして敵は、自分のことも〈きょうだい〉のうちのひとりだと思っている。

 レティエムやディゼーリオも〈きょうだい〉のひとり。

 そして、敵である〈きょうだい〉たちは、何らかの理由でこの世を疎んでいる。


 この世を疎む〈きょうだい〉は、それゆえ何かを企んでいるのだろうか──。

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