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第五節 絆の証 ④

 この時のユリアは、ふたりの心をどうすればいいのかということしか考えていなかった。そのことで、自分の心にある影、闇、しこり──負の記憶を無意識に開示していた。

 誰にも言ったことがなかった、『あの時に抱いていた感情』が蘇る。それは、ユリアが共存派と不信派との戦いに身を投じるようになってから、数年が経った頃のこと。

 その時代には、〈大星霊〉と呼ばれる優れた力を持つ星霊たちがいた。その者たちは、生まれ持った己の力に誇りを持つことから、安易に人間や他の星霊に力を分け与えることは好まなかった。なので、その者たちは、ある意味、中立的な立場だった。

 しかし、共存派に属する者としては、不信派に勝つためにもその力を貸し与えてほしかった。

 その力を得るに相応しい存在かどうかを見極めるために、〈大星霊〉は『契約の儀式』と銘打った決闘をすることを望んだ。〈大星霊〉に認めてもらって力を得るためにも、ユリアは『契約の儀式』に挑んだ。

 力を欲する理由は、今を生きる者たちのために。そして、その強大な力を正しくふるう精神を持っていることを見せるために。

 それらを経て、ユリアは、不信派の人間の成れの果てである『異形』をたったひとりでも倒せる力を得た。やがては英雄になると言われていた〈予言の子〉は、この時に英雄と呼ばれるようになったのだ。

 しかし本人は、その時から自身が英雄と呼ばれることに違和感を持っていた。


(私は、自分の心を死なせていたほうが〈英雄〉になれていたかもしれない……)


 本当は、両親との家族らしい時間や、普通の暮らしを望んでいた。英雄になりたいとは思っていなかった。

 英雄になろうと思ったのは、そうすることでみんなが安心してくれるから。

 望まれて、期待されているから、それに応えないといけない。失望や幻滅が怖かったから。

 私は、特別な存在だから──。特別な体質や能力を持って生まれてきたから、頑張らないといけない。

 みんなが頑張って生きている。


 私は、〈予言の子〉。いずれは英雄となる存在。

 ──どうして私だったのだろう。こんなにも欲にまみれて、情けない精神を持った存在なのに。

 英雄とは、もっと高潔で我欲がなく、心が美しいものではないのか。


 私が持つ心は、みんなのように美しくない。普通を望むなんて──こんなのは誰も望んでいないはずだ。


 誰も見ないで。触れようとしないで。近寄らないで──。


 こんなことは許されない。

 それでも、英雄にならないといけない。みんなが望んでいる。

 頑張れ。頑張れ。

 みんな頑張っているのだから、私も頑張らないと。

 テオがいる。アイオーンがいる。ふたりがいれば、最期まで『みんなが望む英雄』になれる。

 そして、いつかは両親の娘として、両親と家族らしい会話ができるはず。テオがそう言ってくれた。

 テオは、私の半身となって、私が望んでもなれない王に近い立場となってくれた。私の代わりに両親を──王と王妃を支えると言ってくれた。

 だから、私もみんなが望む英雄となる。頑張るから。この戦いが終われば、私の夢が叶うかもしれないから──。


「……!」


 ここで、ようやく自分が矛盾した言葉を言い放ったことに気が付いた。

 忘却刑に処せられたはずなのに、なぜそんな記憶と精神を持っているのか──。

 しかし、セウェルスとルキウスからは、そのことについての問いかけはなかった。そのことから少しでも話をそらせるために、ユリアは言葉を紡ぎ続ける。


「……心にしこりがあっても……誰かのために役目を果たしたいという気持ちは、私にもよく解る。それでも、あなたたちはもっと甘えていいと思うわ。……ふたりとも、甘えるのが下手すぎだと思う。私も上手くないけれど……」


「……悪かったな」


 セウェルスは、抱きすくめられながら不貞腐れたように言い放つと、ユリアの頭に頬を寄せて肩を抱いた。ルキウスも、頬をうっすらと染めながらユリアにゆっくり抱きついていき、彼女の肩に顔を埋めた。

 嘘がばれて責められる覚悟をしていたが、兄弟は最後までユリアの言葉について追求はしなかった。


「……あの……ひとつ、お願いが……。甘えたいことがあるのですが……」


 ユリアが嘘の露見をしてしまったことで心臓の鼓動を激しくさせていた時、ルキウスが恥じらいを含ませた小声を発した。


「何……?」


「エレスドレアの街を……観光してみたいんです。いろいろなものが、たくさんあるんですよね? 次の休みの時に、どうにかして街に行けないでしょうか……? 統治者の方に頼まれて、初めてエレスドレアに入りましたけど……なんだか、すごく面白そうなところだなと思って……」


 思った以上にささやかな甘えだったことに、ユリアは小さく笑う。


「エレスドレアは、レティエム様が治める街と比べて人間や星霊の数は多いけれど、旅のときに羽織っていた頭巾付きの外套を深くかぶっていれば大丈夫よ。魔力の気配を消すことができるし、街には旅人がたくさんいるから意外と注目されないわ。それでも不安なら、目と髪の色を私のものに近づけてから行きましょうか。もしもの時は『私の家族です』と言って誤魔化せるだろうから」


 そう言うと、ルキウスはユリアの肩に埋めていた顔を上げ、嬉しそうに綻ばせた。


「ありがとうございます……! では、当日はそうさせていただきます。──ねえ。兄さんも一緒に行こうよ」


「そうだな。たまにはいいかもしれない」


(あら、意外──でもなかったわね……。この人がルキウスからの願いや誘いを断る場面なんて見たことがないもの……)


 美しくも近寄りがたい見た目とは裏腹に、セウェルスはなかなかのブラコンだ。ルキウスに怒ったことがないどころか、弟に言葉をかける際の声色はいつも優しい。

 セウェルスは、この時代の人間でもかなりの長身ゆえに街中では目立つほうだ。だが、まさか〈灰色の兄弟〉が街を観光しているとは誰も思うまい。念のために、彼も髪と目の色を変えて旅人の格好をしていれば大丈夫だろう。


「──ひとまず、今はご飯を食べましょうか。細かい話は食べながら、ね」



◆◆◆



 それから時が経ち、ふたりが休みを貰えた日がやって来た。

 三人は旅人の格好をして、エレスドレアの街に入った。セウェルスとルキウスが〈灰色の兄弟〉だと露見しないよう、ふたりはマントをしっかりと羽織り、付属のフードを深くかぶっている。そして、髪と目の色は、魔術によりユリアの髪と目の色を模している。顔立ちは違うが、きょうだいだという言い訳は通るだろう。

 まず、ユリアはよく行く図書館を案内した。いきなり大勢がいる場所に行くのは気が引けるだろうからという理由もある。幸いにも、今は利用者や職員もかなり少ない。


「……また、新たな戦いが始まってしまったのか……」


 施設の中央部に置かれている各街の情報紙を見ていると、セウェルスがとある街の情報紙に目をやってそう呟いた。


「本当ね……。知らない名前だけれど、どこにある街かしら……」


「エレスドレアから、はるか西にある街です。神の存在をなによりも重要視する者たちが多く住むところです。それゆえ、街には独特の規律があります。何年か前にも、信者同士の戦いが起きていたようですが……また起こったみたいですね……」


 利用者が少なくとも、ユリアは小声で疑問をもらし、ルキウスも小さな声で答える。

 情報紙には、土地の人間や星霊たちが戦いを始めたとあり、〈名もなき神〉が消えたことから発展した、敬虔な信者同士の争いであると書かれていた。

 神話のなかの神ではなく、存在していた大いなる神がいなくなったのだ。この者たちにとっては大きな心の支えだったのだろう。それが無くなったことで精神がひどく不安定となり、そこから生まれたさまざまな負の感情から多数の問題が起こったのかもしれない。

 現代にも敬虔な信者は確かにいるが、この時代ほどではない。神に対する接し方は、この時代の者たちほど寄りかかってはいない。ユリアが生まれた時代でも、よく神に祈っていたが、解釈の違いなどで争いが起きることはなかった。

 だから、ときどきこの世の者たちの思考回路に少しついていけないところがある。


「少し前には、〈名もなき神〉がいなくなったことを他の街の統治者が何かをしたからだというむちゃくちゃな理由を掲げて、その街へ侵攻を命じた統治者がいたと書かれていたわね……」


「支配できる領地を増やしたいがために、侵攻するための大義名分に利用したんだ」


 と、セウェルスはため息をついた。


「……現人神や神の加護を授かったと言われる〈灰色の兄弟〉であっても、このような戦いは止められないものなの……?」


 ユリアの問いに、セウェルスとルキウスは頷く。


「止められない──。この世にいる者たちは、たしかに神を崇拝しているが、神に関連したことで問題を起こす奴は、まともな信仰心など持ち合わせていない。神の教えを自分の都合の良いように歪曲させ、それが正しいと主張する。だから、正論をぶつけても意味はない。……そのような者は人間と星霊どちらにも存在する」


「野望のための大義名分として神を扱う者や、気に食わないという理由で一部の神を嫌う者もいます。あなたに会うきっかけとなったベンニルは、後者に該当していました。神の教えの解釈が違うことで、街同士の戦争が起きることもあります」


「そう……。世の中は、やっぱり簡単にはいかないものね……」


 やはり現代と変わりない。

 ふたりの気晴らしのために街の案内をするはずだったのに、真面目で暗い会話を広げてしまった。次は、頭を軽くして楽しめるものを探さないと。


「──次は、どこに行ってみたい?」


「おれは、思い切って大通りに行ってみたいです。……兄さんは? 街の入口からここへ来るまでにも、けっこうな数の人間や星霊とすれ違ったけど……特に問題はなさそうだよ」


 そうルキウスに問われると、セウェルスは口元に手を添えて少しばかり思案した。


「……そうだな。住民や旅人の数が多ければ、すぐに正体が露見してしまって何もできないと思っていたが……考えすぎだったのか……」


「それにしては、ディゼーリオさんが住む街やレティエム様が統治する街では、わりと人目を気にせずに歩いていたわよね。ウェールカトル祭が催されていた、あの時──住人がほとんどいないところだったとはいえ、姿を隠すための外套も無しに歩いていたわ」


「あのふたつの街は、エレスドレアや他の街と比べて神への信仰心は緩いほうだからだ。俺達にとっては、落ち着いて歩くことができる数少ない街だ。……そもそも、レティエムという統治者が俺達に対してああだから、あの街もあんな感じだった」


 言われてみればそうだったかもしれない。街の指導者という立場とはいえ、レティエムは現人神と言われている〈灰色の兄弟〉に対して女装を要求していた。街の住民や統治者の側仕えであるヌエメラたちも、〈灰色の兄弟〉を『神に近しい尊い人間』というよりは『有名人』のように見ているような印象だった。

 巨木のある街に住むディゼーリオも、〈灰色の兄弟〉の仕事の仲介人であり、知己として接していた。ユリアの服を仕立ててくれた店の三人娘も、〈灰色の兄弟〉を神のようだと言ってはいたが、有名人が来て心が躍っていたような雰囲気があった。街の統治者の意識によって、住民の神に対する接し方が少しずつ違うのだろう。


「エレスドレアは大きな街ではあるけれど、あなたたちが少しでも観光を楽しめるように私も注意を払うわ。さあ、大通りに行ってみましょう」



◆◆◆



 こうして顔を隠しながら、大勢が行き交う道を歩いていると、テオドルスとヴァルブルクの街を歩いた日を思い出す。あの日も、外見を隠す外套をかぶっていれば〈予言の子〉だと気付かれることはなかった。

 大通りを歩いていると、広場の一画に多くの人間と星霊が誰かを囲っていた。人間の大道芸人だ。魔術を一切使わず、己の身のみで曲芸をこなす姿に大きな歓声が上がっていた。ユリアたちも観客に混ざる。今ここで曲芸を見ている者たち、エレスドレアの街を歩く者たち、空を飛ぶ者たちが、ここにいるフードを深くかぶってマントをしっかりと羽織るふたりが〈灰色の兄弟〉だとは思っていない。


「本当に魔術も無しに、あそこまでやってのけるとは──たいしたものだ」


 セウェルスが思わずそんな声を漏らす。

 大道芸人の曲芸が終わると、どこからか楽器の演奏が近づいてきた。陽気な曲調で、人間と星霊たちが音楽に乗って踊り始める。これも大道芸のひとつなのだろう。踊った経験はないため、こっそりとその場を抜け出そうと足を動かす。

 その時、誰かが後ろからユリアの肩を叩いた。


「さあさあ、そこの旅のお方も! 大変なことが多いこの世の中ですが、踊って暗い気持ちを吹き飛ばしましょう!」


 大道芸をしていた男性だった。男性は、ユリアの手を引き、舞踏を楽しむ者たちの輪へと引っ張っていく。


「え? え!? わ、私、踊りなんてできなくて──!」


「大丈夫! 音楽に乗っていたら、自然と身体が動くもんです。なんなら僕に合わせてもらっても全然──」


 刹那、ユリアの動きが急に鈍くなった。

 男性が不思議そうに後ろを振り返ると、その顔は一気に青ざめていく。ユリアの肩や腕には、セウェルスとルキウスが掴んでいて離さなかった。ふたりはフードを深くかぶっているが、そのせいで異様に恐ろしい雰囲気を放っていた。

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