表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/113

第四節 エレスドレアにて ③

 図書館でやるべきことを終えたユリアは、夕食を作るための食材を求めに市場へやってきた。

 セウェルスとルキウスに伝えていたとおりに、今日は魚を使った料理だ。旅中はどうしても手頃に手に入る肉類ばかりだったため、栄養のことを考えてもともと魚を食べたいと考えていた。メインとなる料理は、魚や貝、甲類で出汁をとって作るリゾットに近い食事を作ることにした。久しぶりに米が食べたい気分だったのだ。あとは副菜として山菜や果物を使った品も作りたい。


(あっ、そうだったわ! まずは鍛治屋へ行って、包丁を造ってもらわないと!)


 家事がほぼすべて魔術で行われていることが一般的なこの世の中には、包丁など売っていなさそうだ。図書館に入る前に街を探索していたときもそのような店は見かけなかった。だから特注してもらうしかない。

 大雑把なことなら魔術でできるが、細かい作業になるとできないのだ。魚の三枚下ろしを魔術でやれと言われても無理だ。戦闘とは無関係な魔術になると途端に役立たずになってしまう。慣れていなさすぎて、無惨な姿になった魚が出来上がる未来しかない。


(絶対に鍛治屋の方々からは『おかしな客が来たもんだな』とか思われるのでしょうけれど、見た目が凄惨な食事なんて作りたくないわ! ──恥を捨てなさいユリア・ジークリンデ! 背に腹は代えられない!)


 恥ずかしさを抑えて己を鼓舞して鍛治屋を探した。

 鍛治屋からは魔術があるのにどうしてそんなものを造りたいのかと聞かれた場合には、素直に魔術が下手すぎるから食材を切る自信がないと言うしかない。

 あった。ここだ。

 ──ややあって、鍛治屋からユリアが出てきた。


(よ、よし……。なんとか使えそうな包丁を手に入れたわ……)


 彼女の手には、鞘付きの包丁がある。まさかの武器扱いだが、刃物ゆえ仕方ない。

 鍛治屋にいた星霊たちには、食材を切るための刃物が欲しいと素直に伝えた。案の定、物珍しい人間が来たなという目で見られてしまった。だから、魔術が下手くそすぎて己の手しか信用できないことも言った。

 返された言葉は、「学び舎で何しとったんだ? 質素な服だが素材はかなり良いもの使っとるから、良いとこの箱入り娘か? 日常的に使う魔術すら下手だと、これから苦労すっぞ」──生まれてこのかた、望まれた立場ゆえ戦闘に関する魔術技能しか学んでいないのよ。悪かったわね。

 なんて悪態をつけられるはずもなく。

 箱入り娘と呼ばれたことから「ですよね〜! もう、両親ったら過保護でして〜」と、空想の両親に怒りをこもらせた言葉でやり過ごした。

 ともあれ、包丁は入手できた。次は食材だ。人が多いことから、欲しい食材が売り切れてしまうかもしれない。

 市場に向かい、まずは魚介類を売る店を探していると、老婆と人間と大差ない大きさのドラゴンの姿をした星霊が店番をしているところを発見した。店頭にはさまざまな魚介類が並べられている。


「こんにちは」


「やあ、いらっしゃい。初めて見る顔ですねえ」


 男性のような低い声を持ったドラゴンの姿をした星霊が、ユリアをまじまじと見つめる。


「よくわかりましたね」


「伴侶であるこの人間の女性とともに、この店を継いでからもう五十年です。なので、お客さんの顔は判別つくんですよ」


 と、星霊は椅子に座っている老婆を紹介した。

 星霊は、人間よりも遥かに長生きで、姿も人間からかけ離れている個体が多い。魔物とそっくりな個体もいる。それでも、この時代でも人間と星霊との結婚は一般的なようだ。


「奥様だったのですね」


「ええ。やっぱり人間と星霊同士の結婚だと、一目見ただけじゃ夫婦だってわからないわよねぇ。うふふっ」


「いやいや……。それは星霊同士でもよくわからないって。いろんな姿してるしさ」


 人間は、性別や個性の差はあれども基本的に姿の輪郭は同じだ。しかし、星霊の場合、姿かたちや大きさは個々によってかなり差がある。年齢による見た目の変化もほとんどないこともあり、誰と誰が夫婦なのかの見分けはつきにくい。

 ユリアは、年老いて背中が負かっている人間の妻と彼女が持つ杖をちらりと見て、寂しげに案ずる。


「……奥様は、杖を持って座っていることから、足腰が衰えてしまっているように見受けられます。それに、魔力の気配から、体内の魔力もかなり少なくなっているはずです──お店に来ることも大変ではありませんか?」


 ユリアが推察したことを口にすると、老婆は肩をすくめて笑みを浮かべた。


「ええ、そうよ。あなたの言う通り、老化で体内の魔力生成量もかなり減ってしまっているから、身体を補助するための魔術もしにくくなったわ。だから杖を使ってるんだけど、力も弱まっているからやっぱり不便──仕方ないけどね。それでも、顔馴染みのお客さんとたくさんお話したいから、旦那に頼んでお店に連れていってもらっているのよ。店番くらいならできるから」


「ちょっと聞いてくださいよぉ、お客さん。うちの伴侶ったら、死ぬなら店番してるときに死にたいとか言うんですよ……。縁起でもないこと言わないでほしいのに……」


 旦那であるドラゴンの星霊が愚痴を言い始めると、人間の妻はむくれた。


「だって、ひとりで静かに死ぬなんて嫌なんだもの。生まれも育ちもエレスドレアである私はね、静かなところにいるのが寂しいの。エレスドレアは常に賑やかな街なんだから、逝くなら賑やかなところのほうがいいわ」


「だから、そんな縁起でもないことホイホイ言わないでって……。人間と星霊は、寿命差が激しいことは解っちゃいるけど、やっぱ寂しいし怖いんだよ……」


「寂しければ再婚すればいいじゃない。あなた、星霊にしてはまだまだ若いほうなんだから。私は気にしないわよ。でも、墓前で報告くらいはしてよね」


「……そんなの、少なくもと三十年は出来ないと思う……」


「困ったヒトねぇ」


 老婆は命の期限が近いことを覚悟しているようだが、星霊はまだ出来ていないようだ。

 時代にもよるだろうが、星霊の平均寿命は六、七百年ほどだ。長寿な個体で千数百年とされている。星霊の寿命は、姿かたちや大きさには関係せず、星霊の心臓にあたる核による。

 長命であるがゆえに、何度も再婚することはわりと普通のことだ。もちろん、長きにわたって一途に愛を貫く者もいる。

 また、星霊という存在は、同じ種族同士でも、人間との異種間同士でも子どもは作れない。そもそも性別という概念がない。人間と共存しているが、いろいろと違うところがあるため、星霊は人間とは違う社会を持っており、それゆえ感性も少し違う。だが、この星霊の旦那のように人間を愛して寄り添って生きるなかで、人間のような感性を得る者もいる。


「ふふっ。本当に仲が良いのですね。──それにしても、この街は賑やかですね。とても大きな街で驚きました」


「お嬢さん、エレスドレアは初めて?」


「はい。今日着いたばかりなので、これからが楽しみです」


「まあまあ。ぜひ楽しんでいってちょうだいな」


 老婆は満面の笑みを浮かべる。本当にこの街を愛しているようだ。


「エレスドレアは昔から大きな街で賑やかなんですよ〜。……けど、その分いろいろありますから気を付けてくださいね。近頃は、他の街でもいろいろあるようになってきましたし……」


「そうよねぇ……」


 しかし、その話になった途端、夫婦は暗い顔をした。


「いろいろ?」


「あら、知らない? 原因がよくわからない事件とか多くなってきてるのよ。本当に〈名もなき神〉様が居なくなったからかしらねぇ……」


「名もなき、神……?」


「え……? お嬢さん、そのことから知らないの……?」


 そして、また場の空気が変わる。

 この子、大丈夫かしら──老婆の目はそう言っているように見えた。ドラゴンの星霊も「まさか、ご冗談を……?」と呟く。知っていて常識のことだったようだ。ユリアは慌てて言い訳の言葉を探す。──そうだ。


「い、今まで屋敷の外のことを知らずに育ったので……。両親が過保護だったので……。だから、兄と弟に頼み込んで旅に出まして……。勉強のためエレスドレアに一時滞在していまして……」


「いやぁ……可愛がられすぎるのも問題じゃないですかねぇ、それ……」


「本当ね……。小さい頃からいろいろと学んでおかないと、あとが大変なのに……」


「で、ですよねー……」


 ひとつひとつ思い浮かんだ言い訳を順に言っただけなので、説明にしてはかなりたどたどしくなってしまったが、星霊と人間の夫婦はなんとか信じてくれた。

 街で買い物をしているだけなのに、冷や汗をかくことが多い。そもそも〈名もなき神〉とはなんだ。セウェルスとルキウスなら知っているはずだが、常識的なことなのに何も教えてくれなかった。そういえば、彼らは神のことに興味がないという発言をした。だから教えてくれなかったのだろうか。


「時間が大丈夫でしたら、買い物のご縁として〈名もなき神〉様のことを少し教えましょうか? 最低限、必要なことだけでも」


「あ……ありがとうございます」


 星霊の厚意に甘え、一般常識を教えてもらうことにした。これから街の人と話す機会も増えることから、覚えておくに越したことはない。


「〈名もなき神〉様とは、星の内界──この星が魔力を生み出すための空洞があるとされているところでお生まれになられた、偉大なる御方のことです。星の内界でお生まれになられた存在は、その御方のみ。人間よりも遥かに長寿であるため、(しゅ)は星霊であるとされていますが……我々星霊は、その特異な生まれから同族とは見做していません。我々が住まうこの星と、きょうだいのような御方だと思っています」


 アイオーンが教えてくれた神様のことと、ほとんど一緒!? この時代に、その神様がいたというの──?

 何も知らないはずなのに、ここで動揺を見せてしまうとさらにおかしな者だと思われる。ユリアは驚愕の感情をぐっと堪え、話を聞いた。


「今よりもっと古い時代には、星霊や人間たちと魔力での交信によって関わり、さまざまな助言や予言をして、地上に住まう我々のご先祖様を守ってくださっていました。そのことから、いつしか神と呼ばれるようになりました。星霊や人間にとってはあまりに大いなる存在であったことから、神様に名付けることをおこがましく思って避けたため、今でも固有の名前を持っておられません。なので、〈名もなき神〉という言葉が、その神様を指す名前になりました」


「そして、その神様が居なくなったのかもしれない、と……?」


「そうなんですよ……。それが言われはじめたのは、今から十年くらい前でしたかねぇ……。〈名もなき神〉様を祀る神殿から、神様の気配がなくなったという声明が出されたんですよ。神殿を管理していた者たちは、神は死んだか、この世を捨てたんだって言いはじめまして……。そんな発表が出された日は、たくさんの者たちが不安に陥りました。今はそんな雰囲気はないですけど、今でも不安になってる人はたくさんいるはずです。神が死ぬなんて、そんなことはあり得ないって人もいますけど、〈名もなき神〉様の気配は、本当に感じなくなってるみたいですし……」


 そう言って、星霊は肩を落として不安そうに黙り込んだ。

 その後、妻である老婆が口を開く。


「……〈名もなき神〉様がいてくださっていたおかげで、今まで大きな争いはなかったわ。〈名もなき神〉様は、基本的にはむやみに力を振るうことを嫌い、平穏を愛する御方なの。それでも、悪い行いをした者には子々孫々にも罰を下す恐ろしい存在だと言われていて、争いの抑止力となっていたわ。実際、大昔に極悪非道な街の統治者がいたんだけど、その者の行いに〈名もなき神〉様が怒り、統治者の親族は子どもを含めて全員呪われて死んでしまったらしいの──。だから、〈名もなき神〉様がいなくなったということが世間に流れてから、今はどこの街もなんだか不穏な雰囲気があるわ……。〈名もなき神〉様がいなくなったという情報が、そのような気持ちにさせているだけかもしれないけど……」


 老婆の説明も、アイオーンが話してくれたことと同じ部分がある。しかし、神と呼ばれた星霊は現代にもいる可能性は無きにしも非ずだと言っていたが、この時代にいなくなっている。

 〈名もなき神〉の身に何が起こったのだろう。


「……ありがとうございます。それは、たしかに不安で仕方ないですね……」


「でしょう……? まあ、お客さんも気を付けて旅をしてくださいね。……さて、本題に戻りましょう──今日は何を買いにきたんですか?」


 常連ではない見かけない顔だという話題から、ここまで話が飛んできてしまった。これ以上、夫婦の仕事の邪魔をするわけにはいかない。それに自身も、あとで米と副菜を作るための野菜、調理のための調味料や、いくつかの調理器具なども買いにいかなければならない。


「……では、この魚と、この貝。それと──」


 明日、図書館で〈名もなき神〉のことを調べてみよう。

 念のため、セウェルスとルキウスにも聞いてみてもいいかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ