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第四節 エレスドレアにて ②

 それを言ってから、思い出した。

 味方であっても、ずっとそばにいることはできない。

 私は、この世にとっては『異物』。世間から目立たないようにしていたが、このふたりの意識を変えたことによって、もしかしたらすでに歴史を変えてしまっているのかもしれない。

 それでも──誰かのために戦おうとするこのふたりを守りたい。

 もとの時代に帰る日が来る、その時まで。


「──ところで、これからどうするの?」


「悪いが、俺達はこれから依頼のために出掛けようと思っている。ユリア・ジークリンデは、今日から食事を作るのか?」


「もちろんよ」


 その時、セウェルスは一瞬だけ不安そうな顔をしたが、小さく息をついて「日常生活で使う魔術は下手だが──手先は器用で、食に対するこだわりが強いから、変なものにはならないか……」と呟いた。


「ならば、ひとまず食費を渡しておく。換金して硬貨にする方法はわかっているな? このくらいのものがあれば、しばらくは何でも買えるだろう」


 セウェルスは腰に帯びていた小物入れから宝石を取り出し、ユリアに渡した。宝石は、青みを帯びた淡い色味の緑の色をしている。セウェルスとルキウスの目の色に似ていた。


「ありがとう。……これ、綺麗ね。売るのがもったいないわ」


「その色が好きなのですか?」


 ルキウスが問うと、ユリアはふたりの目を見てにこりと笑った。


「ええ。だって、ふたりの目の色に似ているもの」


 間接的にふたりの目の色を褒める言葉になったからか、セウェルスとルキウスは反応に困ったようだが、それでも照れくさそうに目線を泳がせて、「そうか」と「褒めてくださるとは思いませんでした」という言葉を小さく呟いた。

 無意識に出てきた言葉だったが、自分でも気障な台詞を言ったことにユリアもじわじわと恥ずかしさを感じた。(はた)から見ると、女が男ふたりを口説いているようだ。


「……今日の料理は、魚にしようと思っているの。あと、簡単に作れる身体に良さそうなものを二品くらい作りたいわ。それでもいいかしら?」


 なので、無理やりに会話の内容を今晩の献立の話に変えた。


「あ、ああ。張り切りすぎて失敗しないようにな」


「大丈夫よ、セウェルス。作り方が書かれた紙を見ながらするから。辛味と甘味の調味料を間違えて加えるとか、そんな初歩的なうっかりなんてしないわ。そもそも、この私が食材を無駄にすることなんてあり得ないでしょう?」


「ふふっ。そうですね。ユリア・ジークリンデさんなら、そんなことは絶対にしません」


 ルキウスは、もう普通の少年のように笑うことができている。これが、今ではいつもの雰囲気だ。


「でしょう? だから、食事のことは私に任せて。ふたりは依頼にいってらっしゃい」


「はい。では、いってきます」


「行ってくる」


 その場でふたりを見送った。廊下を曲がってふたりの姿が見えなくなり、玄関の扉の音が聞こえると、ユリアはゆっくりと息を吐いた。


(食材を買う前に、まずはエレスドレアの街に何があるのかを調べてみないと──。ようやく、帰るための方法を探すことができる)


 およそ二ヵ月間のセウェルスとルキウスとの旅は楽しかった。これからの暮らしも楽しみにしている。

 それでも、帰らなければならない。

 私がいるべき時代は、ここではないのだから。

 それなのに──この時点で、すでに苦しみを抱えてしまっている。さらに、これから一緒に暮らすというのに、こんな心持ちでどうするんだ。

 最初からわかっていたはずなのに、何をしているんだ。

 私は、帰る──。

 心の奥深くにある、テオドルスやアイオーンでさえ触れられることはなかった感情と、近い感情を持っていた兄弟。共感できたことが、とても嬉しかった。さまざまな言葉で称えられていたのに、空虚さと寂しさを抱えていて、『普通』を望んでいた人なんて誰もいなかったから。

 同じ時代で生きていたら、ふたりもきっとローヴァイン家とベイツ家に迎えられていただろう。あのふたつの家は、そういう人たちしかいない。

 セウェルス。ルキウス。最後まで傍にいられなくて、ごめんなさい──。



◆◆◆



 エレスドレアの街に到着した。街は高い防壁に抱かれている。とてつもなく長い防壁だが、魔術を使って築かれたものだ。その道の技術者であれば短い期間で造れるだろう。

 街の中は人混みで溢れていた。マントを羽織った旅人も多い。昼過ぎだが、市場にも人がごった返している。

 ひとまず、ユリアは、セウェルスからもらった宝石を換金した。その後、紙と書くものを購入した。何かあればこれでメモをとるためだ。携帯端末があれば、こっそりと写真を撮りたいところだが、あいにく持ってくることはできなかった。

 ユリアが買った紙と書くものは、実は、幼児のための魔術の練習道具だ。この世に生きる大人ならば本来、紙に書くためのものが要らない──この紙がある場合、魔力がインクとペンの代わりとなってくれる──紙を買うという。だが、そんな技術は持ち合わせていないため絶対にできないと確信したユリアは、小さな子どもがいる親というていでこれを購入したのだった。

 あとは、買った食材を入れるための大きめの布袋も買った。これにも術式が刻まれているため、見た目以上に物が入る。

 セウェルスとルキウスのためにも、目立つ行動はできない。もとの時代に帰るための方法を探すとしても、できることは限られる。


(エレスドレアには、何があるのかしら──)


 まずは、この街にある民間の施設があるのかを調べることにした。

 はじめに見つけたのは、壮麗な建物だった。開いた大扉の向こうには、神に祈りを捧げるための祭壇が見える。ここは聖堂だ。

 次に、声楽や楽器らしき音色が聞こえる建物があった。ここはコンサート会場だろう。

 さらに街の中央部へと進むと、吹き抜けた天井から湯気が出ている建物があった。おそらく大衆浴場だ。魔術を使って、遠くにある山の水や、近場の川の水を運んでいるのかもしれない。

 その道の突き当りには、本を携えた人たちが出入りしていた大きな建物があった。さらに、街の上から飛んできま本が、吸い込まれるようにその建物の中へと入っていく。ここは──。


(まさか、図書館?)


 ここでは、ユリアが生まれた時代以上に、日常的に魔術が使われている。魔力を用いた便利な道具もたくさんある。

 それなのに、なぜ本がたくさんあるのか。

 この世の中では、何かの情報を書き込みたい場合、魔力を込めやすい小さな宝石や特殊な鉱石などを使用することが望ましいとされている。持ち運びしやすく、その技術さえ会得すれば、書き込みや上書きなども簡単だからだ。大気中に魔力が潤沢にあるかぎり、紙以上に長期保管ができることも利点であり、目的の情報も探しやすい。

 だが、それらは普通の紙に比べるとかなり高価な品となる。そのため、民衆のための娯楽の書物や学術書などは、主に紙に書かれた本になる。

 本は、いわゆるハードカバーが主流で、その表紙には術式が組み込めるようになっているという。これらのこともセウェルスとルキウスが教えてくれた。人間や星霊の社会から外れて生きているふたりだが、それらの知識から雑学まで本当によく知っている。


(民衆のための施設に、帰るための手がかりがあるとは考えにくいけれど……それでも、何か有益になる情報があるかもしれない)


 ユリアは、図書館へと足を踏み入れた。

 館内は、まるで現代から見て少し古い時代の貴族の書斎のような雰囲気だった。

 壁や天井にある窓から陽の光が入ってくるため明るいが、内装は色の濃い木材が使われているため重厚感がありつつも、穏やかな時間が流れている。エレスドレアの街の住人らしき人間と星霊が、至る所に置かれている木の椅子に座って本を読んでいる。話し声は聞こえず、何人かの人間と星霊が作業をしている音しか聞こえない。その者たちは、施設の職員の証と思わしき大きなメダルの紋章をペンダントのように身に付けている。

 そのなかのひとりの人間の女性に、ユリアは問いかける。


「──すみません。ここは、エレスドレアの住民しか利用できないところですか?」


「ここで読むだけだったら、旅人でもできますよ。エレスドレアに在住している証明ができなければ借りられませんけどね」


「ありがとうございます」


 そして、近くにある本棚に近づいた。いくつかの背表紙に手を滑らせながら、本に刻まれた魔力の気配を探る。どうやら、これらの図書には専用の術式が施されているようだ。

 すると、少し離れたところで、司書が持っていたいくつかの本が舞い上がり、それぞれの本は書棚に戻っていった。どうやら本に刻まれている術式は、こういった用途で使われるものらしい。外からやってきた本は、借りていた住民が返却するために飛ばしていたのだろう。

 その時、天井にある窓が開いた。そこから人間の腕と鳥の翼が一体化した両腕を持ち、足や顔つきは鳥のような人型の星霊が──おそらく図書館の職員だ。全員が同じ紋章のメダルを首からさげている──紙の束を持って飛び降りてきた。

 鳥と人間の姿が混じった見た目の星霊は、それらを館内の中央にある机の上に並べていく。作業が終わると、星霊は天井の窓へと飛び上がり、外へ去っていった。


(何を置いていたのかしら……)


 机に近付くと、そこには小さな文字が所狭しに書き込まれた大きな紙が数十種類も置かれていた。

 それぞれの紙には、発行された街の名前と責任者の名前。そして、発行された街で起こった主な出来事を説明する記事が載っていた。

 発行された街の名前には、セウェルスから聞いたことがあるものがいくつかある。

 ユリアは、各街の情報紙の大きな見出しをさらりと読んでいく。

 とある街の統治者の娘が、他の街を統治する星霊の義兄弟と結婚。街同士の繋がりを強化する政略結婚をしたらしい。人間と星霊との異種族婚により子は産めないため、他の街から養子を迎えるようだ。

 別の街の情報紙では、魔術による見知らぬ病が流行っていると書かれていた。そのため、一時的に旅人の受け入れを禁止しているらしい。

 また別の街では、街の至宝であった宝が盗まれたとのことだ。それは魔力を生み出すことから『小さな星』と呼ばれているもので、厳重な警備を敷かれていたが、奪われてしまったようだ。犯人は想像以上の魔術の手練れだという。


(大きな戦争はないとはいえ、どの時代も似たような事は起きるのね……)


 それでも、大きなことに繋がりそうな不穏な事件はある。レティエムの街の襲撃もそうだ。

 もしかして、と思いながら情報紙を探すと──あった。レティエムが治めている街の情報紙だ。近くに過去の情報紙が置いてあったため、翠蓋の節の中頃に発行されたものを探す。

 予想通り、魔物の大群がレティエムの街を襲った記事が書かれていた情報紙があった。

 街は魔物に襲われたが、〈灰色の兄弟〉の弟が偶然居合わせていたおかげもあり、死人は出ず、怪我人も少なかったとある。そして、このような騒動になったのは防衛術に不備があったからであり、統治者レティエムは防衛の仕方の見直しと術式の強化を図るとも書かれていた。


(──? 違うわ。防衛術の不備ではない。誰かに破られたからなのに……。書かれるべき情報が、書かれていない……)


 不思議なことに、書かれていた情報はこれだけだった。これを見ただけでは、おおよその者たちが、魔物は冬眠から目覚めて腹を空かしていたから街を襲ったと思うはずだ。

 だが、実際には、莫大な魔力を持つ黄金の杯である『聖杯』が狙われていた。魔物の襲撃は、誰かが聖杯を狙うために操っていた可能性が高い。黒幕は力を求めている。

 それを周知するべきのはずなのに、なぜ載っていないのか。


(……これは、隠さないといけないことなの……?)


 レティエムの様子から、聖杯の存在は隠されていた。だからだろうか。

 そういえば、魔物の襲撃の黒幕については、レティエム、セウェルス、ルキウスの三人は目星がついているかのような会話をしていた。


(……情報が少なすぎるから、これ以上の考察は無意味ね。不安になるだけだわ……)


 これ以上は、いくら考えても答えには辿り着けないだろう。不安から離れるためにも、情報紙のコーナーから立ち去った。今は、念の為にも魔術に関する書籍が置いてある区画を探そう。


(──ここが、魔術に関する本が置いてある棚ね。……やっぱり無いわよね……)


 それらが置いてある場所は見つけ、背表紙に書かれた本の題目を見ていく。さすがに時を越える魔術に関する情報はなさそうだ。

 仕方ない。料理本を探して今夜の献立を考えよう。ちょうど紙と書くものを買っているため、ふたりが好みそうな料理の作り方を書き写すのもいいかもしれない。


(毎日、ここで新聞を確認したほうがいいかもしれない……。他の街の状況のことも、どこかで役に立つかもしれない)


 この図書館に来るのは日課になりそうだ。料理をすること以外にできることが増えるのは有り難い。何もできず、娯楽も少ない屋敷でぼんやりとするのは性に合わない。

 その後、ユリアは料理本からたくさんの料理の調理法を書き写していった。魔術ではなく手で書き写していたからか、図書館を利用している者たちや職員からは不思議そうな目でちらちらと見られてしまった。日常的に魔術を使うことには、まだ慣れていない。練習して身に付けなければ、おかしく思われてしまう。

 だが、自分にできるだろうか──。

 自分の手を動かしてする作業ならばともかく、魔術でちまちました作業など地味に苦痛だ。己にとって魔術とは、盛大にぶっ放すもの。細かい作業をするとモヤモヤしてしまう。我慢できない。

 どうしよう。出来ない気しかしない。

 ユリアは、そのことについての思考を放棄した。

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