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第四節 エレスドレアにて ①

 また、さらに日が経った。

 ユリアは、ルキウスとの稽古を毎日続けており、早くも双剣術に慣れて戦えるようになってきた。まさかここまで飲み込みが早く、上達速度も早いとは思わなかったため、ユリアは驚きつつも教え子の成長を喜んだ。そして、無意識にルキウスに対して、かつて自分が親にしてほしかったことを──頑張ったことを褒め、頭を撫でることをした。そのたびにルキウスは複雑そうにしながらも、大袈裟ですよと笑いながら撫でられていた。

 旅をしていると、魔物との戦闘は避けられないものだ。しかし、世の中には人間や星霊に対して敵意を持たない穏やかな魔物もおり、触れ合うこともできる。この旅中でもその魔物と出会うことができ、何かと戦ってばかりだったユリアにとってはとても新鮮で、それらの魔物が愛らしく感じた。

 さらに足を進めた先にも、目を奪われる絶景があり、たまに商隊や旅人たちと出会った。その際は、この先の近況や倒した魔物から手に入れた貴重な素材となる部位──旅人たちのあいだでは強敵と呼ばれる魔物の角や爪、牙など──と食料を交換し合った。

 やがて、ユリアたちは何度目かの山を越えた。植物が生えてこない岩ばかりの山を越えた先には、広大な平地が広がっていた。

 この地の先にある丘陵地帯に、エレスドレアはあるという。


「う〜ん──瑞々しくて、ほどよい甘さと酸味が美味しくて、食べきるのが惜しく感じる果物ね」


 ユリアたちが食べているリンゴに似た大きい果物は、およそ十分ほど前に手に入れたものだ。

 平地を歩いていると、多くの荷物を積んだ馬らしき魔物たちを連れて歩いていた行商人たちと出会った。その行商人たちから買ったものだ。ユリアが興味を引かれて行商人に話しかけ、商品を見ていると、今頃が旬で皮ごと食べられる果物はどうかと勧められた。

 通常、長旅だと路銀が限られるため贅沢はできない。しかし、セウェルスは、旅を始める前に高価かつ希少な宝石をたくさん用意していたことと、倒した魔物から手に入る貴重な素材がたくさん採取できたため、金には困ることはなかった。

 セウェルスが宝石を用意した理由は、ユリアが人並み以上に食を求めるからだが、三人とも武術に優れているため、魔物退治をするだけでも十分に稼ぐことができた。

 セウェルスとルキウスも、無言で果物を食べ続けている。特にセウェルスは、ほどよい甘みと酸味のある瑞々しい果物を好むため、いつもより味わって食べている気がする。


「……」


 すると、セウェルスが口を動かすのを止め、歩きながら地面を見つめた。ルキウスも咀嚼するのを止め、果物ではなく遠くの地に目をやった。そんなふたりの変化に、ユリアが気付く。


「ふたりとも、どうしたの?」


「──固い種があった」


「おれにもありました」


 そして、ふたりは同時に、口元に手を添えて種を出し、脇道に捨てた。その動作が鏡合わせをしたかのようにタイミングの合ったものだったので、ユリアは思わず笑いがこみ上げた。


「ふふっ。種を見つける時も、吐き出す時もまったく同じだなんて──あなたたちって本当に息ぴったりね」


「兄弟だからな」


「兄弟ですから」


 その言葉も同時に言った。じわじわくる面白い光景にユリアは笑ったが、心の中では何かを誤魔化されたと感じていた。


(……種を捨てる前のふたりは、何か異変を感じたかのような目をしていたけれど──もしかして『依頼』に関することでもあったのかしら……)


 だが、その時に魔力の気配はなかった。

 気になるが、ふたりは何も言わない。この様子だと聞いてもはぐらかされそうだ。なので、ユリアは何も気付いていないふりをした。



◆◆◆



 それから数日後。三人は、エレスドレアの近郊にある目的の屋敷にようやく到着した。

 かかった日数は誰も覚えていない。少なくとも五十日以上はかかっただろうか。たまに街に寄り、宿で泊まったこともあったが、ほとんどが野宿だった。おかげで寝台で眠れることに新鮮さを覚えるようになった。

 エレスドレアは、ヴァルブルクと同じく大きな丘の上にある街であり、その近郊に屋敷はあった。敷地内からはエレスドレアの街並みが見える。ここから街までの距離は、魔術を使って移動すれば五分もかからないだろう。


「本当に大きな屋敷ね」


 屋敷は、どことなく昔ながらのヒルデブラントの建築物と近い雰囲気を持っている。植物を象った優美な文様の彫刻が多いが、全体的に見ると重厚感を感じさせた。そのせいか、屋敷の形は違えどもローヴァイン家の屋敷のようにも感じる。屋敷そのものの大きさローヴァイン家よりも少し広いくらいだろうか。昼間は一人だけであるため、屋敷に居ることが少し寂しい。


「ここまで大きいと、各自の部屋は、食事室や調理場に近いところがいいわね。あとは浴室も──どこにあるのかしら。あ、食器はあらかじめ依頼人の方が用意してくださっているのよね?」


 玄関を開けて屋敷の中に入ると、少しばかり目を輝かせながらセウェルスに顔を向ける。


「そうだが、なにやら楽しそうだな」


「他人の家の中に入るのって、なんだか楽しくならない? 見慣れない雰囲気だから」


 ユリアは、極秘任務で屋敷を借りる機会を得てから、誰かの家に行く楽しみを初めて理解できた。それまでは、アシュリーとクレイグの実家、あるいはイヴェットの実家に行くくらいしかできなかったからだ。

 そう言った後、ユリアは「少し探検してくるわね」と屋敷の奥へ進んでいった。


「……戦場を知り、分別をわきまえているかと思えば、好奇心を抑えきれない子どものような一面もあるな」


 ユリアが廊下を曲がって姿が見えなくなると、セウェルスが不思議そうに呟く。


「おれは、それでも別にいいと思うよ。明るくて可愛いし」


 ルキウスは微笑みながら好意的な感想を述べるも、セウェルスはなんとも言いがたそうな顔をしながら首を傾ける。


「妙なことをしでかさないといいが……」


 その時、奥のほうからドンという音と「痛っ」という声が聞こえてきた。


「──ユリア・ジークリンデ。何をした?」


 セウェルスが声を張ると、「扉を開けて入ろうとしたら、肩をぶつけてしまって……」というユリアの声が届いた。

 兄弟は、ユリアが向かった廊下を進む。その先には、開いた扉を手で支えながらもう片方の手で痛めた肩を擦っていたユリアがいた。


「よく見ながら入れ。その調子では、青あざだらけに──いや、すぐに傷が癒える体質だったな。……まさか、その力があるから落ち着きがないのか?」


「そ、そんなわけ──」


 ないと言いかけたが、とあることを思い出してしまって言葉が続かなかった。

 戦争の時には、何度か高い治癒能力を得たからと家臣たちを説得して特攻したことがある。その調子が今も少なからず残っているため、彼の言葉はあながち間違ってはいない気がする。

 自分は、英雄と呼ばれるに値しない精神がある──だから、その時は、失望と幻滅の目を向けられることがなによりも恐ろしかった。だから無茶ばかりしていた。


「……お前のその力は不思議だな。生まれついてのものなのか、もしくは何者かの血を飲み、体質が変化したのか──」


 セウェルスは何かを訝しむようにユリアを見つめる。ユリアは、そんな彼の目から視線をそらした。


「……どうなのかしら。そういうことは、体内の魔力を調べればわかるものなの? まさか、私の体内を巡る魔力を調べたい、とか……?」


 ユリアはおそるおそる問いかける。

 調べられたら、いろいろとまずい気がする。この世では有り得ないことだと判断されれば、帰る方法を探すどころではなくなるかもしれない。

 何か言い訳を作って対応しなければ──。


「──そうだった……。まだ教えていなかったな」


 だが、セウェルスは、どこか言いづらそうに困った笑みを浮かべた。

 そのことにユリアが不思議そうにしていると、ルキウスが頬を赤らめ、目線をそらしながら恥ずかしそうに言葉を紡ぐ。


「あ、あの、ユリア・ジークリンデさん……。世間では、その……赤の他人に体内の魔力を探らせることは……あ、相手に裸を見せて……抵抗せずに身体を預けるという行為に近い意味合いがありまして……。医師の診察や、緊急時とかには、それに該当しないようですが……世間の中で暮らしはじめたら、そういう話題は避けたほうがいいかと……」


 なるほど。猥談に近い意味合いを持つ行為ということなのか──。

 ちょっと待って。知らなかったとはいえ、十四、五歳ほどに見える多感な年頃であろう男の子になんてことを言わせてしまったの私は!?


「そ、そ、そうだったの!? ごめんなさいっ!!」


 そして、ルキウスに恥ずかしいことを言わせてしまったことに強い後悔を抱いたユリアは、両手で顔を覆って悶えはじめた。

 その時、セウェルスが、そんなユリアにイタズラを企むかのように、どことなく妖艶な雰囲気をまとわせた微笑みを浮かべながら一歩近づいた。


「……そういえば、少し前に、俺は異性であるお前にあられもない姿を見せてしまったな……。だから、もはや気にしないから、自分もそれに相当することをしようと思ってそう言ったのか?」


 この瞬間、ユリアの恥ずかしさの限界が突破した。

 どうしてその話をここで持ってくるのよ!? ああもう! いじられた! 彼にしてやられてしまった!

 今は、その悔しさよりも、恥ずかしさが心の中で暴れている。ユリアの赤く染まった顔を見て、セウェルスは微笑んだままだ。


「そ、そんなふしだらなことを考えるわけがないでしょう!? そうだったなんて知らなかったのっ! そもそも、あのときは緊急時だったし、あなたも世間から外れた生活をしていたせいで一般的な感覚が鈍っていたからでしょう!?」


「ああ、そうだな。だから、今の俺はそんなことはしたくない。──そのときは悪かった。お前を守るためとはいえ、見たくもないものを見せてしまったうえ、下着姿を見てしまった。だから、改めて謝罪させてくれ」


 そして、その微笑みを引っ込め、申し訳なく裸体を見せた時のことを詫びた。


「──言い訳に聞こえる言葉だろうが、あの頃の俺達は、まだ指導役としての自覚が足りなかった。それでも、世間の常識に関しての知識は多少なりとも知っていた。だから、何も知らないお前を、世間で暮らせるようにするために面倒を見ると名乗り出たんだ。お前の特異体質のことも理由に含めてな」


「今まで男兄弟だけの旅だったし、世間から離れて生きてきたので、いろいろと意識することはなかったので……。いろいろと、すみませんでした」


 ルキウスも謝ると、ユリアは軽く息を吐いて、軽く睨みながらも微笑みながら首を振った。


「私は、もう気にしていないわ。あなたたちも気にしないで。あなたたちがいなければ、私は今頃、どうなっていたかわからない……。それに、たくさんの知らなかったことを知ることができた。もちろん、この星の美しさもね。たまに、いじられてしまうのが気になるけれど──それでも、あなたたちが普通の人のように気持ちを表に出せるようになってくれたことは、本当にうれしく思っているわ」


「それは、お前のおかげだ。……心のなかで澱んでいた己の感情が、誰かに受け止めてもらうことで浄化できるものだとは思わなかった」


「うん……そうだよね。……だからなのかな──なんとなく、なりたい自分や、本心を見つけることができてきたと思います。自分はこういったものが好きなんだって、ユリア・ジークリンデさんと話していて少しずつわかっていって──。本音も、心に秘めておくより、ほどよく表に出したほうがいいって気付くことができました」


 セウェルスとルキウスの言葉を聞いたユリアは、安堵の笑みを向ける。


「よかった……。私は、これからもずっとふたりの味方よ」

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