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第三節 彩る世界 ④

 ユリアは光る魔力の粒に手を伸ばし、そっと触れながら呟いた。幻想的な風景に見惚れ、笑みを見せている。


「だからこそ、俺はこの星が好きなんだ」


 エレスドレアへ向かう旅をはじめてから、さらに時が経っていた。

 セウェルスも弟の変化に影響されたのか、会話の中で微笑みを見せてくれるようになっていた。声色にも変化が起こり、そう言った彼の声は穏やかだった。


「星が好きだという言葉はよく聞くけれど……人間や星霊のことは、あまり好きではないの……?」


 今まで、セウェルスは星への想いは語っていたが、人間や星霊についての言及はなかった。だから、ユリアはそのことについて思い切って問いかけてみた。


「そうではない。人間や星霊は、星の一部という認識だ。たしかに醜い部分はあるが、美しい部分もある」


 一線を引いているが、嫌ではなかったようだ。

 それを知ったユリアは安堵する。


「そう──。この世に生きる人間や星霊は、あなたたちのことを神のように信仰しているから、あまり興味はないのかしらと思っていたのよ……。そういう人間や星霊には、複雑そうに一線を引いているから……」


 すると、ユリアの言葉を聞いていたルキウスは小さく首を振る。


「そのことは、もう仕方ないとして受け入れています。でも……」


 そして、何かを思案するように目を閉じ、やがて、たくさんの星が輝く空を見上げた。


「おれは……なんというか……。神のように信仰されてしまっていることに、寂しいと思う気持ちが今でもあります……。おれたちも、この星で生まれた存在なのに……生まれ持った力以外は、みんなと大差ないはずの人間なのに……まるで全く違うもののように接してくるので……」


 自分の本心を、どこか拙さを感じる言葉遣いでゆっくりと紡いでいった。彼は、空を見上げていた目を細め、どこか悲しげな雰囲気をまとった。


「……俺は、人間と星霊の世の中が、遠いもののように感じていた。……まるで、手が届かない星のようなものだ」


 ルキウスに続いて、セウェルスも簡潔な言葉で本音を打ち明けた。

 このような想いから、当初のふたりには表情がなく、色のない声をしていたのだろう。


「私も、違うもののように接せられると寂しいと思ってしまうわ。どれだけ称えられても、それは真に望んでいるものではないから、結局、心に残る感情は寂しさだけ……。心は満たされず、空虚さを抱え続ける……。それでも、みんなが神のような存在となることを望むから、そのように振る舞っていた──。それは嫌なことだったけれど、みんなのことを嫌う気持ちは持てないから、みんなの気持ちを無下にはできなかった──ふたりは、そういう感情を抱えていたということよね……?」


 ユリアが、〈灰色の兄弟〉が抱いているのではないかと思った感情を言い表すと、兄弟は静かに頷いた。


「あなたたちは、真面目で優しい人だわ。今までずっと、大勢の人たちのために頑張ってきたのだもの──。ふたりの気持ちはよく解る……。やっぱり、普通がいいわよね……」


 〈予言の子〉。英雄となる存在──。過去に、自身にかけられた言葉が心に浮かんだ。

 ユリアはふたりの心に強く共感した。

 本当は、自分の過去を打ち明けたい。自分も同じような境遇があって、この気持ちがあるのだということを伝えたい。共有したい。こんな気持ちは初めてだ。

 だが、できない。それでも、ふたりの味方でいることはできる。


「ユリア・ジークリンデは、はじめから俺達を神のようだとは見なかったな。お前も、俺達と同じく強い力を持っていたからだろうが……それでも、忘却刑に処せられて、神に救いを求めている様子もない」


 そんなセウェルスの言葉に、ユリアは自身の本心を伝えることにした。忘却刑に処せられた人として振舞う必要があるが、この言葉だけは偽りたくない。


「私にとって、神様というものは、背中を押してくれる存在だと思っているわ。良い意味でも悪い意味でも、世界には『絶対』というものはないと感じているから……。だって、どのような願いであっても、自分の力でどうにかしないといけないから……。本当に、どうしようもないときがあっても──」


 ディゼーリオも、神は不完全な存在なのだろうと言っていた。そんな考えを持つ彼だったからこそ、〈灰色の兄弟〉は無表情で声色も無であったが、遠慮のない本心の態度を示していたのだろう。

 ──いけない。これ以上、後ろを向いた発言をしてしまうと、それが止まらなくなってしまいそうだ。

 辛い過去があっても、未来は明るくできるものだと信じたい。今ならそう思える。


「……それでも私は、人間や星霊には、前に進む力が備わっているのではないかと思っているわ。世界はいつでも不完全で……もう前には進めないと思うことも、立ち止まっていたほうが楽だと思うときもある……。それでも──やっぱり、綺麗なものを見ていたいし、未来がそうであってほしいと思うから……」


 暗闇の中に立たされても、また前に進もうと思えるようになれた。

 そんな想いが生まれてくる心をくれた、もうひとつの家族に会いたい。いつか、なんとしても、元の時代に帰ってみせる。

 その時、ふとユリアに疑問が浮かんだ。

 寂しいと感じながらも、この兄弟は、自分たちを神のように敬う人々の意識を変えようとはしていない。人間と星霊のために戦っている。その理由は何なのだろうか。


「──ねえ。寂しい思いをしているのに、あなたたちが傭兵として誰かのために戦う理由は何なの? 星を愛しているから……? ふたりの手が届く範囲で、星の一部であるみんなを守ろうと思っているからなの……?」


「それもある。だが、それ以前に──俺達が持つこの力や技術は、弱き者たちのためにあるものだと思っている。だからこそ、その力を誰かのために振るうと決めた。……たとえ寂しい気持ちがあってもな」


 兄の言葉に、弟が続く。


「おれたちがこの力を持って生まれた意味も、そのためだと思っています。それに、兄さんといれば、そこまで寂しくはなかったですから」


「……そうだな」


 弟の言葉に、兄は優しく微笑んだ。兄弟の絆が、寂しさを紛らわせていた。

 そして、この兄弟にはノブレス・オブリージュの精神が強くある。

 その意志が揺るがないからこそ、彼らは神のように敬われているのかもしれない──ユリアは、兄弟の繋がりに羨ましい気持ちを抱きながらそう思った。


「そうね。私も、この力は誰かのために使いたいと思うわ。誰かが傷ついていくのは見たくないもの」


 彼らの心に敬意を抱きながら、ユリアも賛同した。

 すると、セウェルスが少し意地悪そうな笑みを浮かべて口を開いた。


「だが……お前の場合は、童心というのか──まずは、好奇心を落ち着かせる訓練をしたほうがいいかもしれないな。あとは、少しでも食欲を抑えられるようにするための訓練も必要か」


「──」


 アイオーン。

 違う。違うのに、また思ってしまった。

 少しずつ感情を表に出してくれる時が増えていくにつれて、セウェルスをアイオーンと重ねてしまうことが増えている。

 性格まで似ているわけではないが、それ以外で違うところといえば、かなりの長身であること、目の色と毛先の髪質、そして髪を一つ括りに束ねることを好むことくらいだからだ。


「……あなただって、味のついたものを食べ続けて、少しくらいは食に興味が湧いてきたでしょう? それに、いくらでも食事代は出すって言ってくれたのに──」


「何事にも限度があるだろう。それを超えれば、ただの理性なき獣にしか見えん」


 理性なき獣──なかなか心にくる発言に、ユリアは何とも言えない笑みを浮かべた。それでも、彼の発言に反論する言葉を口にする。


「料理というものは、私たちが持つ複雑な味覚から生み出された素晴らしい発明よ。料理が並ぶ食卓とは、喜びや楽しみで満ち溢れる場所なの。──だから、私はセウェルスにも味覚を持っていてよかったと思えるような喜びを知ってもらいたい。そして、いつかあなたを食事という名の深い沼に引きずり込みたいの。……エレスドレアに着いたら、約束通りに毎日私が作った料理を食べてもらいますからね。食事の材料費はあなたが出してくれるから、たくさん作るわよ」


「ほう? それは楽しみだな」


 セウェルスは余裕の笑みを浮かべている。俺はそう簡単には屈しないからなと言いたげな目だ。

 すると、そんな余裕に満ち溢れた兄の目を見つめていたルキウスが口を開く。


「……たぶんだけど、兄さんは料理にハマると思う」


「……なぜ兄を信じない……?」


 セウェルスは悲しみと不服そうなジト目を弟へ向ける。


「弟のおれが、いろいろなものを好きになってきているから」


「俺とお前は違うだろう」


「違うけど、同じでしょ?」


 同じ?

 ルキウスの言い方が、妙に引っかかる。同じ母から生まれてきたという意味での『同じ』だろうか。彼はまだ言葉の選び方がたまに拙いときがあるため、そのせいかもしれない。


「同じだが、違う」


 しかし、セウェルスも『同じ』だと認めている。不思議な言い回しだが、兄弟だから意味が通じるのだろうか。このふたりは、十から十五ほど歳は離れているが、魔術を使わずとも目線を合わせるだけでだいたいの意思疎通ができる。だから、この会話もそんな感じなのかもしれない。


「兄さんってちょっと意地っ張りだよね」


 そして、弟から指摘されると、セウェルスは少しだけ拗ねてしまった。冷たそうで人間味がないと感じていたこの人にも拗ねるときがある。やっぱり、ただの人間だ。


「ほら、セウェルス。そう拗ねないで。街に着いたら、あなたが好きなものを優先的に作ってあげるから。──それで、結局セウェルスは何が好きなの? やっぱりお肉かしら?」


 ユリアはそんな光景を見ながら面白そうに問うたが、実は彼の好きなものの目星はついていた。

 ここまでの旅では、立ち寄れそうな街があれば入り、そこにあった屋台で食べ物を買うこともあった。セウェルスとルキウスが〈灰色の兄弟〉だとうっかり露見してしまうと、街が混乱状態となりかねない。なので、屋台で何かを買う場合は、もっぱらユリアが購入係となった。そのときに、セウェルスは決まって焼き菓子があれば買ってきてほしいと言っていた。だから、彼の好きな食べ物は果物や焼き菓子だ。特に、少し酸味のある果実が入った焼き菓子を好んでいる。


「……なんだ、その子ども扱いするような口調は──」


「ユリア・ジークリンデさん。おれは、魚や野菜、果物も好きですけどやっぱり肉料理が一番好きです。なので、兄さんも肉料理が好きですよ。きっと」


 ルキウスもそのことをわかっているが、あえて兄をいじるために言っている。この笑みはそういう顔だ。


「肉も嫌いではないが……俺は──」


「果実入りの焼き菓子は、食後か次の日の朝ごはんにしたほうがいいわ。まずは体調のことを考えないと。魚や野菜もしっかり食べてから好きなものを食べましょうね」


「……わかった」


 ふたりにいじられて明らかに不服そうな顔だが、反発しない。ということは、間違いなく彼の好物だ。

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