第三節 彩る世界 ③
「そ、そんなに!? ゆっくりと街に向かってもいいの!?」
「魔術を使って一気に駆けていくところもある。この依頼は、かなり特殊なものであるため、むしろ徒歩のほうがいい。これ以上、詳しいことは言えないが、今はともかくエレスドレアに向かうぞ」
「……わかったわ」
依頼の目的どころか内容すら推察できる情報を知ることはできなかった。一切を秘匿せよとのことなので仕方ないことだが、何もわからないのは少しもやもやとした気持ちになってしまう。
三人は再び道を進む。このあたりが魔術を使って一気に駆けていくところであったため、しばらくは風の魔術を使って地を駆けていた。
一ヶ月以上の野宿など、さすがのユリアも初めてだった。仕方ないことだが、また簡易的な食事ばかりになる。せめて、薬味の材料になりそうなものを採取していきたいが、この時代の植物の知識などない。食にほとんど興味のないふたりに聞いても、薬味になる植物など知らないかもしれない。それなら、通り道にある街の店で聞き込むしかないか。そんなことで街に寄りたいと言えば、セウェルスからは呆れられるだろうが──。
やがて、レティエムの街からかなり離れたところまで行きつくと、セウェルスが「このあたりから徒歩で行く」と言って魔術を止めたため、一行は徒歩で道を行くことにした。
ユリアがこれからしばらくの食事について思案していると、ルキウスがユリアに声をかけた。
「……あの、ユリア・ジークリンデさん」
「どうしたの?」
「剣を振るうときに、何か気をつけていることはありますか?」
「剣を振るうとき? ……敵の動きくらい、ね……。それが、どうかしたの?」
「いえ……自分でも不思議に思うのですが──ユリア・ジークリンデさんの戦い方が綺麗だと思ったので……」
「綺麗? 戦っていたところを見ていたの?」
「はい。ユリア・ジークリンデさんが小さい女の子を助けるために武器を作り出していたときに、俺はすぐ近くにいました。向こう側であらかた魔物を討伐できた時に、母親が他の地区に遊びに行った我が子がいないと焦っていたので、母親と共にその子を探していたのです──。なので、加勢しようと思っていましたが、なぜかあなたの戦い方が綺麗だと思って、そのまま魅入ってしまっていて──我に返ったら、もう戦いは終わっていました」
「あ、ありがとう」
幼い頃から長く戦ってきたが、戦い方が綺麗だと褒められたのは初めてだった。剣を振る動作が、軽やかな舞いを見ているようだとテオドルスから言われたことはあるが、そのせいだろうか。
「──あと、魔力で造られた剣を両手に持っていましたよね。初めて出会ったときも、もう片方の手に剣を作ろうとしていたような気がします」
「ええ。よくわかったわね。両手に剣を持って戦うほうが、なんだか戦いやすいのよ。昔から双剣で戦っていたみたいだわ」
「せっかくその剣があるのに、どうして使おうとはしないのですか?」
「あまり汚したくはないよ。刃こぼれとかもさせたくなくて──だから、大切な思い出があるものかもしれないわ」
「家族、ですか?」
「もしかしたら、そうかもしれないわ」
これは、両親の思い出がある剣だ。両親は、それぞれの国の王の子だが、戦士として戦場で出会い、父が母のためにこの剣を贈ったという。
「双剣を扱うのは……難しいですか?」
「どうかしら……。慣れかもしれないわね。もしも興味があるなら、少し試してみる?」
「はい」
昨日よりもルキウスからの質問の数が増えている。表情は相変わらず無いが、そこには話を途切れさせないように話を振り続けようとする意志が見える。昨日交わした、お喋りしようという約束を果たそうとしてくれているのかもしれない。
〈灰色の兄弟〉は、日常的に雑談をすることはなかった。そのため、質問の内容が戦闘に関連することしか思い浮かばないのだろう。
「街についたら、すぐに依頼のために出掛けないといけないから、今しか時間は作れなさそうね。──セウェルス。稽古をしながら道を進んでもいいかしら?」
「ああ」
依頼のことは何もわからないが、徒歩のほうがいいと言っていたことから、道中で何かが起こる可能性があるのではとユリアは推測していた。だが、セウェルスはすんなりと許可を出した。
そのことにユリアは意外に思ったが、許してくれるのならそれに甘えたい。ルキウスが求めるのなら、喜んで自分が得意とする双剣術を伝えていこう。
セウェルスに「ありがとう」と言うと、ユリアは微笑みながらルキウスを見た。
「では、さっそく始めてみましょうか。まずは、ルキウスが使いやすそうな剣をもうひとつ作って──」
ルキウスはいつも一本の片手剣で戦う。なので、ユリアは魔力を凝固させて剣を作り出していった。
すると、それを見ていたルキウスは、彼自身も手のひらに大気中の魔力を集束させた。魔力を編んで、月白色の細長い物質を作り上げる。
「え……!? す、凄いわね……。ルキウスもそれが出来たなんて……」
ユリアも小さい頃に感覚だけで会得した魔力技能ではあるが、普通は長い訓練を経て習得する技術だ。それを見ただけでできるようになるとは。
「いえ……。ただの真似事なので、おそらく脆いと思います。出来損ないのもので、すみません」
「謝ることなんて何もないわ。これからその練習もして慣れていけば、新しい戦い方ができるかもしれない。戦いに勝つためにも、手札は多いほうがいいと私は思うわ。だから、真似ることができそうなものはどんどん真似ていって」
「はい。お願いします」
そうして、双剣術の稽古が始まった。
しばらく軽い打ち合いをしていると、魔力を凝固させる技能のことよりも、剣を振るう右手がうまく動かせていないことを重視するべきだとユリアは感じた。ルキウスの利き手は左であるため、右手が動かしにくいらしい。
なので、それを克服するために、右手だけを使って軽く打ち合うことにした。慣れない動きに苦戦しているが、少年の瞳の奥には輝きが見える。口の端も微かに上がっている。不慣れな難しさが、逆に新鮮で楽しいのかもしれない。
その途中、何度か魔物に遭遇したが、討伐はすべてセウェルスが請け負ってくれた。弟が自らの意思で稽古をしているからか、それを止めるどころか魔物退治をしてくれる。言葉や態度では判らないが、やはり弟思いな兄であるようだ。
それから数時間が経っただろうか。夕暮れ時となり、三人は野宿の準備にとりかかる。食事を終えると、ルキウスは眠くなるまで稽古がしたいと言い出した。その珍しいわがままに実兄は何も言わず、ユリアは喜んで受け入れた。
「──明日も早くに起きて出発する。今日の稽古は、そのあたりにしておけ。もう少し先に行けば、気配を消せるマントがあっても見張りが必要となるところがあるだろう。そのためにも体力は温存しておいたほうがいい」
「あ……うん」
さすがに危機感が必要な場合は、セウェルスが気を配るよう促した。
それでも兄が弟を注意したのはその日だけであり、声色も優しいものだった。
エレスドレアは、まだまだ遠い。
レティエムが治める街を発ってから、十日以上が過ぎた。この頃になると、ユリアも旅に慣れつつあった。ふたりが食べられる果実や木の実、そして野草の判別がつくのでそれを教えてもらい、やがて少しずつ見分けがつくようになってきた。外傷の治療に使える植物など、この世界を旅するうえで役立つ知識も日に日に増えてきた。
旅をしていればたくさんの魔物と遭遇するが、それについては何の問題もなかった。というか、あるはずがなかった。三人は話しをしながら、あるいは稽古の一環として倒していった。
「──あははっ! 楽しいわね、これ!」
ある日、一面が緑に染まった丘陵地帯が続くところで、三人は道を進みながら丘の傾斜に生えた草の上で滑走していた。
この草は、生物が放つ魔力を感じると防衛機能として風の術を出すという特性があり、それを利用した遊びだ。足元に魔力を集束させ、植物が放つ風の術を操ればアイススケートのように滑ることができる。足元に魔力を維持して、簡単な風の魔術を自身の身体を浮かせるための制御ができれば滑ることができるため、子どもでもできる遊びだ。
「この草は、このあたりの丘陵地にしか生えません。付近の街では、この遊びを競技とした大会が催されているようです。障害物を設置し、誰が一番速く到達点へ着けるのかを競います。毎回、各地から多くの参加者が集うようです」
ユリアが無邪気な少女のようにはしゃぐ姿を見ていたルキウスは、説明しながら微笑んでいた。
共に旅をするふたりは、ユリアが英雄だったことを知らない。だからこそ、彼女は、子どもの頃に殺していた好奇心と無邪気さを躊躇いなく見せることが出来た。
この頃から、ルキウスの顔にはときどき笑みが浮かぶようになっていた。
「でも、そんなにもたくさん滑り続けていたら、植物が傷ついて枯れてしまうわよね……?」
「たかが小さな植物と侮るな。この植物は、特定の条件が揃うと、恐ろしいほどの自己回復力と繁殖力を持つようになる。この丘陵地が、その特定の条件を達成しているため、ここをすべて焼け野原にしても一日でまた緑一色に染まる。そのおかげで、ここにはこれ以外の植物が滅多に育たない。──お前の食欲並みに強い植物だ」
セウェルスのほうはいつも通りに見えるが、ルキウスとユリアの雑談に自ら混ざるようになってきた。そして、いじりや冗談を加えるようにもなった。それが面白いかはともかくとして。
「……だから、食べる量を控えろと?」
「お前には無理だろう」
「あら、解っているじゃない」
そう言うと、ユリアは微笑みながらセウェルスの背中を手のひらで強く叩いた。
我慢しようと思えば我慢くらいできるわよ。
彼へのちょっとした不満と、他愛ない話を添えてくれるようになった嬉しさが入れ混じったジェスチャーだ。叩いた場所が悪かったのか、セウェルスは少し咳き込む。その光景を見ていたルキウスは、微笑ましくも嬉しそうに口角を上げていた。
その後も、セウェルスとルキウスは、目的地までの道中で見られる美しい景色をユリアに見せてくれた。
高い崖の上から見渡した、透き通った淡い青の海でのこと。海面から、銀色、桃色、水色、そして淡い紫色という色の階調がある鱗を持った、細長い駆体の美しい魚の魔物が孤を描きながら飛び上がった。海の魔物の一種のようで、あのように海面から飛び上がるのは餌をとるための行動らしい。
太陽に輝く水しぶきとグラデーションのある鱗、そして淡い青の海。その光景に偶然、出会えた。まるで人を魅了する絵画を見ているようだった。
さらに道を進むと、次に見たものは、木の枝や幹、そして葉までもがすべて水晶のように半透明で、ほのかに輝く木だけが生えている林だった。この種類の樹木は、建物の素材として使われることが多いという。地中から魔力を大量に吸い上げて育つ種類らしく、そのため術式を刻みやすい。建築材料として使われない小さな枝は、雑貨などに利用されるという。葉は昆虫や動物が好んで食べるため、無駄にする部位がないとのことだ。
とある平原の夜では、白い光の粒を放出する花畑を見ることができた。白く光るそれらは、花が地中から吸いあげて溜まった魔力を放出しているものだという。放出する魔力に花の成分が混じっているため、このように白く光るとのことだ。これを見るためには、いくつかの気象条件が揃い、かつそのような光景を見せてくれる花が、魔力濃度が高いところに咲いている必要がある。その光景は、まさに手を伸ばせば届く輝く星のようであった。
「世界は、本当に広くて──綺麗なところなのね」




