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第三節 彩る世界 ②

 と、ルキウスは明言を避けた。

 その時、知った人物の気配がふたりに近づいてきた。セウェルスが帰ってきたようだ。


「……魔物の襲撃があったようだな」


 民家の屋根からやってきたセウェルスは、ため息をつきながらそう言った。


「うん……。でも、魔物の襲撃にしてはいろいろとおかしいところがある。誰かが陰で糸を引いているかもしれない」


 弟の説明に、セウェルスは「そうか……」と呟く。

 そして、さらに別の気配がやってきた。


「〈灰色の兄弟〉よ、すまなかった……。手を煩わせてしもうたな……。おかげで死人は出ておらん」


 瞬間移動してきたのは、この街の統治者であるレティエムだった。街には彼女が瞬時に移動できるように、街全体に術式が施されているのだろう。今回は、魔物から街を守るための防衛術だけが破壊されたようだ。


「戦ったのは弟だけだ。俺は、先ほどまで転送装置でディゼーリオのもとへ行っていた」


 セウェルスが言うと、ルキウスは首を振った。


「ユリア・ジークリンデさんも、魔物から街を守ってくれました。しかし、このことは街の人には言わないでください。この人には、他者には言い難い力を持っていますので」


 それを言ってしまったら、セウェルスに睨まれそうなんだけど──そう思ったユリアは身構えたが、彼は特に睨むこともなく、何も言わなかった。


「そうか。約束しよう。ユリア・ジークリンデよ、加勢に礼を言うぞ」


 レティエムに礼を言われたユリアは、小さく「当然のことをしたまでです」と答えた。


「──ところで、レティエムさん。街の防衛術が突然消えた原因はなんだったのですか? あなたが施した術式は、簡単には消えないはずです」


「……誰かが、わしの術式をいじったようじゃ。術式にその形跡があった……。民の危険を守るためにある術が、このように簡単にいじられるとは、情けないことこの上ない……」


 と、レティエムは悔しげに下唇を噛み締めた。

 ユリアは、彼女の力の気配を思い返す。ヴィヴィアンが持つ聖杯の力と似ており、普段は隠しているが、かなり巨大な力を持っているはずだ。そんな力で施された術式を弄る者がいるということか。


「お前と同等の力を持った敵か……」


 セウェルスの言葉に、レティエムは頷く。


「ああ……。わしと同じような力を持つ敵──。となると、この襲撃は……やはり……」


 そう言うと、レティエムはちらりと〈灰色の兄弟〉を見た。


「……可能性はあるな」


「おれも、戦っているときにそう思いました。襲ってきた魔物も、本来なら人間を襲うことはないはずの種ですので……」


「そうか──。ともかく、新たな防衛手段を早急に考え直さねばな……『アレ』は、我が民の安寧のためにあるものじゃ……」


 〈灰色の兄弟〉は何かを知っているようだ。

 それに、レティエムが呟いた『アレ』とは何のことだろう。


「あの……何かが、狙われていたのですか……?」


 ユリアが問うと、レティエムはユリアから目線をそらした。


「あー……すまぬ。ここでする話ではなかったの──忘れてくれ。部外者には言えぬものなのじゃ」


 レティエムの言葉を聞いたユリアは、とある事が頭に思い浮かんだ。助けを呼ぶ少女の声が聞こえてくる前に思っていた事と同じだ。

 口外禁止のことを聞くのは、『〈灰色の兄弟〉の連れ』という存在でも少しリスクがある。うまく誤魔化すことができなければ、〈灰色の兄弟〉からも疑われるだろう。

 これは、特に大した情報ではないかもしれない。だが、何か手立てがほしい。情報を得られるきっかけが生まれるかもしれない。

 どうにか疑われないような言い訳を作り、ユリアは口を開いた。


「……まさか……黄金の、杯……とか……?」


 その瞬間、三人は一斉にユリアを見た。

 セウェルスは静かに目を見張り、ルキウスはレティエムとユリアを交互に見ながらどこか困惑している顔だ。そして、レティエムは、何かを疑う目つきで口角を上げた。


「……なぜそう思うた? 言うてみよ」


「……私は──」


「レティエムさん。ユリア・ジークリンデさんなら大丈夫です。だから、この話はもうおしまいにしましょう。外で話す内容ではないのですから」


 ユリアが話そうとすると、ルキウスがふたりの間に入って話を止めた。レティエムは、意外な行動に出た少年に毒気が抜かれたような顔でぽかんとし、小さく笑った。


「くくっ──弟よ。やはり、この娘のことが気に入ったようじゃな?」


「ユリア・ジークリンデさんは良い人です。悪い人ではありません」


「ほう。あの弟が『良い人』とはっきり言うほどか」


 良い人ではないわ、ルキウス。私はそんな人ではない。──良心が痛む。

 だが、三人の反応で確信できた。

 ここに聖杯がある。ここまで一致しているのなら、この世は過去の時代だと断言してもいいかもしれない。

 ヴィヴィアンが持っていた聖杯は、神々が造ったとされている。レティエムが生み出す魔力と、聖杯から漂っていた魔力は同じ気配だった。

 だが、彼女は人間だ。聖杯と魔力の気配が同じなのはただの偶然なのか。

 そして、今回の魔物の襲撃は、聖杯を狙ってきたのだろうか。レティエムの様子から、これらのことはもう探れそうにない。


「……では、〈灰色の兄弟〉がユリア・ジークリンデの行動を見張るというのであれば、今回は見逃してやろう。──兄よ。どうだ?」


「無論、そのつもりだ。忘却刑を受けたことで、一部の常識が抜けてしまっているからな」


「ああ──そうであったな。では、ユリア・ジークリンデよ。この件は、せいぜい内密にな……?」


 レティエムの艷やかな微笑みの底には、警戒と脅迫の念を感じた。

 


◆◆◆



 その後、三人は街を後にした。

 魔物に襲われたが、街はそこまで大きな被害は出ていなかった。すぐにもとの生活に戻れるという。なので、彼女からは街のことよりも次の任務を優先するように言われたため、三人は次の目的地へと足を進ませていた。とはいうものの、セウェルスから次の任務内容や目的地はまだ聞いていない。


「──ユリア・ジークリンデ。お前は、どこで黄金の杯の存在を知った?」


 セウェルスが足を止めて振り返った。ルキウスもユリアのほうへ顔を向け、歩くのを止めた。

 やはり、その疑問が飛んできたか。ユリアは、あらかじめ考えていた言い訳を伝えることにした。

 怪しまれることは避けたい。嘘をつき続けることについては、もう割り切るしかないのだ。すべては、歴史に影響を及ぼさずにもとの時代へ帰るためだ。


「宮殿の中にいた時に、ふと感じたのよ──遠くでレティエム様と似たような気配があったわ。好奇心のままにその魔力を辿っていくと、脳裏に黄金の杯の像が見えたの。だから、それかもしれないと思ったのよ」


 魔力の扱いに長けていれば、魔力からそれを放つものの像を読み取れる。生き物であれば、思考すら読み取れることもある。これは気が遠くなるほど修練を積んだ者にしかできない技だが、ユリアは像を見ることくらいは出来る。

 すると、セウェルスは何かを納得したかのように深く息を吐いた。


「……お前が忘却刑になったのは、その技術力の高さと好奇心のせいなのかもしれないな……。お前の好奇心は、度が過ぎる。あとは、素直すぎることもか。この世には、言うべきではない事柄もある。それを一度考えてから口を開け。今後の己の身のためにもな」


「……そうね。これから気を付けるわ」


 信じてくれた。

 ユリアは己に言い聞かせる。今は、彼らと共にいないと、帰るための手立てを掴めそうにない。私は、ここにいるべきではない『異物』。この世を乱すつもりはない。ただ、ローヴァイン家の屋敷に帰りたいだけだ。そのための嘘。

 未来から来たと言っても、ふたりは信じてくれないだろう。記憶を見せれば信じてくれるかもしいれないが、その記憶自体が作り物だと疑われる可能性もある。未来から過去に来ること自体、あり得ないことなのだから。


「──兄さん。次の依頼は?」


「調査だ。おそらく、長期間となりそうだ」


「長期間も……? 詳細は?」


「今は、詳しい内容を言うことはできない。この依頼は、一切の内容を秘匿する必要があるものだ。ユリア・ジークリンデがいないところで伝える」


 様々な感情が心のなかに渦巻いていたユリアは、その時の兄弟の会話をほとんど聞いていなかった。その会話に反応を示さなかったユリアに対し、セウェルスは彼女の顔に手を伸ばす。そして、頬を軽く引っ張った。


「──え」


 何をされたのか一瞬わからなかった。全然痛くない。

 ユリアが驚いた顔を向けると、そこにはいつも通りに無表情のセウェルスの顔があった。それでも、手はユリアの口角を上げるように引っ張っている。

 この人は、こんなことする人だったの?


「この程度の動きに気づかないとは、注意散漫だな」


「……」


「しっかりしろ。これから気を付ければいいだけの話だ」

 

 もしかして、彼は自分が叱ったからユリアは落ち込んでいると思ったのだろうか。そのことを気にしたから、彼なりの茶目っ気を見せるために頬を引っ張ったのかもしれない。


「わ、わかったわ。──つまり、その……私はどうすればいいの……?」


「次の依頼のために、一時的に住むところを借りる」


「そこで、私に一人暮らししろと?」


「まさか。お前に一人暮らしなどまだ早い。必ず日没までには帰ってくる。そして、早朝になったらまた出掛ける──しばらくは、そのような生活になるだろう」


「つまり、街で暮らす人のように生活をするということね」


 しばらくは街の外に出掛けることができない。そうなると、帰るための方法を探すことが難しくなる。だが、仕方のないことか。


「その依頼は、終わるまでどのくらいかかるの?」


「わからん。先が読めない依頼だ」


「……そう」


 依頼内容も判らなければ、依頼が終わるときも判らない。焦りが生まれ、複雑な気持ちが燻っていく。このような感情も、ふたりの前では出せない。何かで気持ちを紛らわせなければ──。


「……街の外には出られないけれど、本格的な料理の練習ができるわね。ということで、セウェルス。約束は守ってもらうわよ」


「ああ。二言はないと言ったからな」


 この場合、やることは料理くらいしかない。

 セウェルスとの約束があってよかった。


「どこの街で別荘を借りるの?」


「エレスドレアだ」


「エレスドレア……?」


 ユリアが首を傾けると、ルキウスが答えてくれた。


「とても大きな街です。どこでも人が多いので、おれたちにとっては出歩きにくい街ではありますが……」


「安心しろ。その別荘は街の郊外にある。魔物や不審者が来ないように、魔物避けの植物や術式も整えられているところだ。三人だと広すぎる間取りだが、人に群がられることはないだろう」


 〈灰色の兄弟〉は、エレスドレアでも神のように敬われているようだ。ふたりにとっては複雑なことだが、依頼を優先しなければならない。


「別荘を貸してくださるなんて、依頼人の方はずいぶんとお金持ちなのね」


「一応、権力者だからな」


「また権力者からの依頼なの? 凄いわね……〈灰色の兄弟〉というのは──。ところで、転送装置を使ってその街へ行かないということは、ここから近いのかしら?」


「いや。翠蓋(すいがい)の節は、確実に過ぎる。エレスドレアに着くのは、次の節の終わり頃か、その次の節に入る頃だろう」


 つまり、セウェルスの発言を現代の単語で言い直すと、エレスドレアにつくまで一ヶ月以上かかるということだ。セウェルスはさらっとそのことを伝え、ルキウスも普通に受け入れているが、ユリアは目を剥いた。

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