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第二節 小さな移ろい ③

「は……は、〈灰色の兄弟〉様──も、申し訳ございませんんんんん!!」


 女性が出てくると、彼女は滑り込むように土下座のような体勢をとり、長い髪をわけて首元を晒した。


「主様のせいで嘘をつかざるをえず、嘘をついてしまって申し訳ないのですが、わたくしとしてはこの時を待ちわびておりました! さあ、嘘をついた罰としてこのわたくしを処してくださいませ!! 〈灰色の兄弟〉様に処せられるのならばむしろご褒美ですッ!!」


「えぇぇぇッ!?」


 あまりの早口とその内容、そして嬉々とした表情からの首を差し出す行動に理解が追いつかず、ユリアはドン引きした。〈灰色の兄弟〉は、何かを察して同時にため息をつく。


「……やめてくれ。俺達は、そのようなことであなたを処したりはしない。──ということは、あなたが俺達に魔物退治の依頼を出したのは、街の統治者である『あいつ』の命令ということか」


 セウェルスが問うと、依頼人の女性はそのままの体勢で「さすがは〈灰色の兄弟〉様……! すべてお見通しでいらっしゃいましたか!」と、どこか恍惚とした声で言った。女性からは、勢いよく謝ったわりにはあまり申し訳ないと思っている気持ちが感じられない。土下座のような体勢から顔を上げて、鼻息を荒くしながら見た目麗しい〈灰色の兄弟〉を目に焼き付けている。


「あの人とは、しばらく会っていませんでした。だから顔を見せろとのことですね」


 ルキウスがそう言うと、セウェルスは嫌そうな顔を見せた。それを見た女性は、慌てて言った。


「あ、あの……! あまり、レティエム様を責めないであげてください! あの御方は、おふたりに会えなかった寂しさから、このような方法をとられたのだと思います」


「それでも、このような嘘をつくのはいただけないことだ」


 セウェルスのその言葉を聞いていたユリアは、胸に痛みを感じた。


「ですよねっ! では、罰としてこのわたくしを処──」


「処さない。レティエムには、俺達が注意をしておく。あなたは家に戻るといい」


 と、セウェルスは処されたがる女性を立ち上がらせ、家の中に戻るよう促した。残念そうにしながらも触れられたことが嬉しかったようで、触れられた部分を何度も撫でながら素直に家の中へと戻っていった。

 女性があそこまでテンションが高かったのは、〈灰色の兄弟〉を大衆の偶像だと思っているからだろう。ディゼーリオの街では神様に近い存在だと感じられていたが、この街ではいわゆるトップアイドルのような存在らしい。


(『嫌な予感』という言葉に、〈灰色の兄弟〉が会うのを避け続けていたことから、相当癖のある御人のようね……)


 女性が玄関の扉を閉めたのを確認すると、セウェルスは深く息をついた。


「……この街を統治する者が住む宮殿へ向かう」


 その声には、呆れと少しばかりの怒りがこもっていた。



◆◆◆



 大きな宮殿の門前に着くと、そこにはふたりの衛兵が武器を持って立っていた。

 〈灰色の兄弟〉は、深く被っていたフードを顔が少し見えるくらいだけ上げると、衛兵たちはとても驚いた顔をした。そして、すぐさま姿勢を正して丁寧な挨拶を示し、「中へお入りください」と言った。

 衛兵たちは、彼らの後ろにいるユリアにちらりと目線を移すと、セウェルスが「俺達の連れだ」と言った。そのことに衛兵たちは目を見開いたが、何も言わずに通してくれた。

 その後に続く長い階段にも、宮殿の中にある豪奢な廊下にもたくさんの衛兵がいたが、誰もが〈灰色の兄弟〉に丁寧な一礼をした。まるで、この宮殿の主が戻ってきたかのような待遇だ。


「まあ、〈灰色の兄弟〉様。お久しぶりでございます。ようこそ、おいで下さいました」


 宮殿の中にある十字路となった廊下にて、露出の激しい服を着た妖艶な美女が現れた。

 褐色肌でバランスのとれた豊満な身体には、深みのある赤を基調としたビキニタイプの水着のような際どい服がある。首や両手首、両足首には、宝石の付いた金の環をたくさん身に付けており、腰には局部と臀部だけを隠すような細やかな刺繍が入った細長い白の布が垂れ下がっている。

 あまりに刺激のある姿に、ユリアは被っていたフードをさらに深く被って出来るかぎり視線を遮った。


「ヌエメラ。息災のようだな」


「お久しぶりです。ヌエメラさん」


 セウェルスとルキウスは普通に会話している。ふたりにとって露出度の高い衣装など詮無きことなのだろう。異性に全裸を見られても特に気にせず、異性の下着姿を見ても反応を示さなかったのだから。


「おふたりとも、お元気そうで何よりです。今、主様がご準備なさっていますので、今しばらくお待ち願います。──しかし、珍しいことでございますね? お連れの方がいらっしゃるなんて」


 ヌエメラは、ユリアに目を向ける。ユリアは、刺激的な姿の彼女から恥ずかしそうに目線をそらし、身を縮こまらせながら小さく「はじめまして。お邪魔してます」と言った。

 初々しい反応だったからか、ヌエメラは微笑ましそうに笑みを浮かべながらユリアに近づく。


「あらまぁ。緊張なさっているのですか? お可愛らしい──しかし、もっと堂々となさらないと、主様の意地悪の餌食になってしまいますよ?」


「……はい?」


 主様の意地悪の餌食?

 聞き間違いか?

 初めてやってきた客だというのにそんなことを言うのか?

 ここの主は、客に何をするつもりなのだ?

 というか、あなたはそんな主を止めてくれないのか?

 短時間のあいだに、ユリアの脳内にさまざまな疑問分が流れていく。


「失礼。ヌエメラ殿──」


 ひとりの衛兵がヌエメラに耳打ちすると、一礼して去っていた。


「どうやら、主様のご準備が整ったようです。さあ、どうぞ。そのまま真っ直ぐ進んでください」


 と言うと、ヌエメラは、ユリアの背をマント越しに艶かしい手つきで触れた。何か普通ではない雰囲気を感じ取ったユリアは、驚きのあまり「ひぇっ」と情けない声を漏らしてしまう。

 歩いていくと、ひときわ大きな扉があった。その場を守っていた衛兵が扉を開けると、広い空間の中に一段だけ高い場所があり、そこには黄金の玉座があった。おそらくここは謁見の間なのだろう。

 しばらくすると、謁見の間の奥の扉からヌエメラと同じような格好をした美しい女性たち三人と、上半身だけが裸の男性たち四人が現れた。その男性たちも男の色気を漂わせている。そのうちのふたりは、団扇代わりとなりそうな植物の葉と、菓子が乗った皿を持っていた。

 四人の男性たちは、ゆったりとした黒の長いズボンをはいているが、両足の両側面の太ももからふくらはぎが大胆に見えている意匠となっている。男も女も色気というか服装が際どい。そこまで暑くはないはずなのに、どうしてそこまで露出をしているのか。目のやり場に困る。しかし、困っていたのはユリアだけだった。


「──待っておったぞ、〈灰色の兄弟〉よ。ようやく顔を出したか」


 謁見の間に女性の声が響くと、玉座の上に輝く光が現れた。それが玉座に近づくと光が強まり、玉座が光に包まれる。やがて光が弱まると、玉座には、足を組んで手すりに肘をついた二十代後半の女性が座っていた。位の高いことを主張するように、きらびやかな衣装と王冠を身に付けている。ヌエメラたちと同様に、彼女も肌を露出している。もしやこれらの過激な衣装は彼女の趣味か。

 そんな統治者の女性が現れると、ヌエメラは彼女に近づいた。ヌエメラを加えた八人の男女の側仕えの者たちは、玉座の端にもたれ掛かる者、女性に甘えて手を弄る者、足元に座って女性の膝に頭を乗せる者など、それぞれ自由にくつろぎながら、微笑みを浮かべてユリアたちを見る。


(なんというか……側仕えの人が全員美男美女すぎて、侍らせている統治者が凄い人に見えてきたわ……)


 自分は一体何を見せつけられているのだろう。

 そう思いながらも、ユリアはまじまじとその光景を見ていた。

 すると、セウェルスが一歩前に出て統治者の女性を睨む。


「……また癖の強い元使用人に依頼を頼んだものだな。その者を使って嘘をつくなど」


「あはははッ! 癖の強い──だろうなぁ! あの人、昔からイジメられるのが好きみたいでさ。仕事はできるんだけど、そんな好みしてるせいで、『ここだとあまりイジメてくれないから』っていうワケわからん理由で宮殿の仕事辞めちまってよ。だから、あんたたちでもこれならドン引きするかなって思って、あの人をぶつけてみたってワケ。予想通りドン引きしてくれてよかったよ」


(古めかしい言葉遣いから、急に男勝りな言葉遣いになった……)


 彼女は、統治者らしく見えるように仮面を被っているのだろうか。そう思うと、急に身近な人のように感じた。


「まあ、レティエム様ったら。口調がもとに戻っておいでですよ。本日は初めての方がいらっしゃるのですから、混乱させてはいけません」


 ヌエメラに優しく注意されると、レティエムは「おっと。いけね」と呟いた。


「いやいや、すまぬな。見知った顔がいると、つい──。しかし、〈灰色の兄弟〉よ。今まで何をしておった? 『また来い』とそなたらに言ってから、実に一年が経っておるぞ。……というわけで、わしを放置した罰として弟のほうは女の格好をせい。そちは、美しさのなかに幼子のような愛らしさを持っておる少年ゆえ、なかなかに眼福じゃからな。それで許してやろう」


「お断りします。変態に付き合う時間は持ち合わせておりませんので」


 まさかの癖の強い要望にユリアは呆けた。ルキウスは慣れているのか、悪口を添えながら即座にきっぱりと断った。


「相変わらずそっけないのう。ならば、兄のほうでもよいぞ。デカすぎるし弟以上に筋肉質じゃが、わしは愛でることができる。おぬしも間違いなく美男じゃからな」


「冗談ではない。よく解らない好みを他人にぶつけるな」


(癖が強い統治者なのね──なるほど。ルキウスが言った『アレ』とは女装のことで、この人と話していると精神的疲労感が溜まってしまうということかしら……。ここにアイオーンがいてくれたら、あの人が代わりに女装してくれただろうけれど……)


 アイオーンは性別がなかったため、性別のある人間を少し羨ましいと思っていたようだ。アイオーンは、特にどちらになりたいというこだわりはなかった。地声が低く、体つきも男性的だったこともあり、男装のほうが自然だった。だが、女装も嫌な顔することなくこなしていた。そもそも周囲が──特にアシュリーとイヴェットが──女装してもさほど違和感がないことで盛り上がり、みんなが喜ぶからという理由でするようになったのだが。


「ほう……? 昔は感情など知らんというような顔をしておったが、今はあからさまに嫌そうな顔をするようになったの。良い反応ができるようになって何よりじゃ」


(表情の変化に乏しいふたりが、しっかりと嫌そうな顔ができているのは、この人がこんなのだからでしょうね……)


「んじゃ、そこの──背は、ちと高いが女じゃな? では、男の格好をせい」


「……はい?」


 急に異性装の話題がユリアにも飛んできた。初めての客人になんてことを要求するのだろうこの変態統治者は。

 その時、セウェルスとルキウスがユリアを見た。

 ──ちょっと。なに少し安心したような顔をしているの? どうしてこちらを凝視しているの。まさか生贄にしようとか思っていないでしょうね!?

 そんなことを考えていると、深く被っていたフードが魔術により脱がされてしまった。レティエムのしわざだ。


「ふむ……。そちは美女というよりは、ほどよく愛らしさが混じっておる別嬪の部類じゃな。わしが好む女からちと外れておるが──目つきや魔力の気配は……あれじゃろ。おぬし、少なからず『戦場』というものを知っておるな?」


 レティエムは含んだ笑みを向けると、ユリアは顔から表情を消して見返した。目を見て、魔力を感じ取っただけで、戦士だと判るほどに彼女には観察眼と魔力の腕がある。


「体型もどちらかといえば筋肉質なほうかの。見れば見るほど、(やわ)い女ではなく、死を知る女に見える──。放つ雰囲気から判らずとも、心の奥底には冷徹さと苛烈さを持つ女といったところか──。ふむ……。たまには、そのような女を愛でるのも一興か」


「いや、あの……だからって、そんなこと……。私は初めてここに来たのですけど……」


「──レティエム様」


 すると、ヌエメラが悪戯を思いついたような微笑みで主人に近づく。


「この御方は、初めて私の姿を見たときにとても恥じらっておいでした。異性の装いよりも、むしろ過激な女物の服をお着せしてみてはいかがでしょう? レティエム様好みの良い反応をしてくださると思いますよ」


「な、なんてことを告げ口するのですかヌエメラさん!?」


「うふふ。だって可愛らしかったので。もう一度、恥じらう貴女様を見せてくださいませ。可愛い人」


 ひどい。このような主人ならば、側仕えの人も同じような人なのか。周囲にいる側仕えも面白そうに微笑んでいる。始めてここに来た客だというのに誰も助けてくれない。なんてところだ。


「よし。女よ、過激な服を着よ。ヌエメラたちと同じような服をな!!」


「嫌ですッ!!」


 おもちゃになってたまるものか。負けない。絶対にあのような痴女にはならないぞ。徹底的に抗戦してやる。

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