表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/113

第二節 小さな移ろい ②

「美味しいわね、ルキウス。昨日買ったものに良く似ているわ」


 嬉しいことに、作ってもらった薬味は昨日のものとほとんど同じ味だった。ルキウスも無言ではあるが、薬味をたくさんかけて肉を頬張っている。


「……おい、しい……です」


 まだ肉を含んだ口で、ルキウスは少したどたどしく感想を伝えた。声が小さかったが、食事の感想など言い合うことはなかったからだろうか。

 そうして食事は終わった。あとは寝るだけだ。

 しかし、あまり動いていないからか眠くない。セウェルスとルキウスは雑談などしないため、ユリアは座りながら静かに焚き火を見つめていた。


「──明日は、夜明けとともに出発する。目的の街に着く前に泉があるから、そこで身なりを整えるための水浴びをしておきたい。ユリア・ジークリンデも水浴びをしておけ」


 その時、セウェルスがそのことをユリアとルキウスに伝えた。ユリアにとって、泉で風呂代わりの水浴びなど久しぶりだ。


「わかったわ。水浴びの経験はないけど、とりあえず身体を洗っておくわね」


 一応、忘却刑に処せられたから知らないことが多いという主張をしておいた。意識しておかないとそうには見えない行動を取りそうで、怪しまれてしまいそうだからだ。

 また静かになった。起きているのに、このふたりは本当に喋らない。いつもこんな静かな時間を過ごしているのか。


(みんなと一緒にここへ来ていたら、どんな反応していたかしら)


 暇なあまり、そんなことを考えてしまった。

 アシュリーとクレイグは、心配事は一旦誰かに任せて、しばらくは好奇心のままに動きそうだ。

 イヴェットは、内心では焦っていても、自分の心を落ち着かせるためにふたりに釣られる形で明るい表情を見せていろいろと見てまわりそうだ。

 テオドルスは、しばらくこの状況を面白がりながらも、帰るための手段を探すだろう。そして、何か面白そうなものを見つけようとする。それによって焦る仲間の気持ちを解そうとするはずだ。

 初めから、焦りつつ真剣に帰る手立て探しそうなのは、ラウレンティウスとダグラスだろうか。ふたりなら、能天気に振る舞う面子に注意やツッコみを入れるはずだ。

 アイオーンは、帰る手立てを探しながらも奇妙なものを探す可能性がある。妙なところで茶目っ気があるから、その一面がこういった時にも顔を出しそうな気がする。

 もしも仲間と一緒に来ていたら、今この時も食事や明日のことで賑やかに話していただろう。


「……ユリア・ジークリンデさん。なぜ泣いているのですか?」


 隣りに寄ってきたルキウスに指摘されて、ようやく気が付いた。

 ユリアは涙を流していた。嗚咽は出ていないが、頬が濡れている。


「……自分でも……よくわからない……」


 この理由は言えないのだ。

 今の自分は、忘却刑に処せられた人なのだから。


「──ふたりには、ご両親はいるの?」


 極秘部隊の制服のひとつである黒い手袋をはめた手で涙を拭い、無意識に聞いてしまった。言ってしまった後で、まだそこまで親しくないのに踏み込みすぎたことを案じたが、セウェルスは特に気にする様子を見せることなく答えた。


「いない。昔からこの力を振るい、金を稼いで生きてきた」


「そう……。昔から、ふたりで頑張ってきたのね……」


 きっと、ルキウスは小さな頃から戦う(すべ)を身に付けてきたのだろう。ユリアも小さな頃から剣を持ち始め、敵を葬るための魔術を学んできた。〈予言の子〉としてそれを望まれ、やがて英雄になるために。


「……? どうして、おれの頭を撫でるのですか……?」


 ユリアは、ハッとした。無意識にルキウスの頭に手を乗せて撫でていた。


「ああ……ごめんなさい……。幼い子どもでもないのに……」


 ルキウスくらいの年齢だった頃のユリアには、父と母から撫でられたいという気持ちがあった。頑張ったことを褒めてほしかった。その想いが、ルキウスの頭を撫でるという行動をさせたのかもしれない。


「なんというか……セウェルスもルキウスも、頑張ってきたのだと思うと……なんだか撫でたくなったのよ。──って、何を言っているのかしらね……私……」


 ユリアは地面に目線を向け、力の無い微笑みで笑った。

 すると、頭に何かが乗った。動いている。魔力の気配はない。隣にいるのはルキウスだけだが──と、思いながらユリアは少年を見る。

 ルキウスは、ユリアの頭に手を乗せていた。


「……まさか……撫でられるとは思わなかったわ。嫌だった……? ごめんなさい……」


 ユリアは困ったように微笑み、子供扱いしたことに謝罪をするが、ルキウスは首を振った。


「いいえ……嫌ではなかったです。そもそも、ほとんど何も知らないユリア・ジークリンデさんも頑張っていると思います」


 もしかして、ルキウスは、頑張っている人は頭を撫でるという行動をすればいいと思ってしまったのだろうか。間違ってはいないかもしれないが──後でしっかり話を聞いて、間違った解釈をしていたら教えておいたほうがよさそうだ。


「そうね……ありがとう」


 また、涙を零してしまった。

 ルキウスは、ユリアがまた泣く意味が解らないからか、無表情で首を傾けながら撫で続けている。そのまま、いつまで経っても撫でることを止めなかったため、ユリアは可愛らしく思いながらも思わず笑いがこみ上げてしまった。セウェルスは、その光景を無言のまま見続けていた。


 昔だったら、泣くことはなかった。表情も表に出すことはなかった。

 それなのに、今は人前で、しかも無意識に泣いてしまった。

 現代で暮らしていた十年で人間らしくなってしまった──いや、人間らしくなれたのか。

 これが、本当の自分なのだろう。



◆◆◆



 明朝。三人は朝の支度を済ませると、再び街へと足を進ませた。その途中で小さい山を登る。環境が変わったことで遭遇する魔物の種類も変わった。

 魔物を退けながら峠を越え、山道を下り、また平原を進む。そこからずっと穏やかな道なりだった。

 〈灰色の兄弟〉は、やはり雑談はしないが、ユリアが何かを問えば詳しい説明を返してくれた。だが、やはり次の依頼についての『嫌な予感』については話してくれない。

 それから十日ほどが経った。その日のある時、〈灰色の兄弟〉は、街道から逸れて林へと向かった。どうやらその中に泉があるようだ。


「綺麗なところね」


 林を進んでしばらくすると、大きな泉が現れた。魔物の気配はなく、小鳥が囀る声だけが聞こえている。


「大きな岩がいくつか均等に置かれているけれど、これは人為的なものかしら?」


「はい。ここは、いつしか旅人にとっての水浴び場となったため、このように仕切りの岩が置かれるようになったようです。この泉に人を襲う魔物は住んでいませんが、水浴びには必然と魔力を使います。そのため早く水浴びを終わらせないと、魔物は気配を感じ取ってやってきますので、その点は気をつけてください」


「やはり、そうよね。わかったわ。では、また後で」


「はい。おれたちは、念のためこの岩の向こう側で水浴びをします」


 ふたりは岩の向こう側へと姿を消と、ユリアは帯びていた剣と小物入れを外し、服を脱いだ。そして、街に出る前に買った新しい下着を小物入れから出し、その上に置く。

 次に、一人用の浴槽分ほどの水を泉から汲み上げた。それを球体にして浮かせ、周囲に炎を点けて温める。

 程よい湯加減になり、ユリアは球体の湯の中に入った。丸い浴槽のなかで、手で肌を擦る。ボディーソープやシャンプー、トリートメントもないが、水洗いだけでも汚れは落とせるだろう。

 その間に、ユリアは脱いだ服の洗濯を始めた。魔術で再び泉から水を汲み上げ、さまざまな向きの渦を作って服を投入し、汚れを落としていく。ある程度洗い終えると、魔術で水気を一気にとって乾かした。着る服は浮かせ、洗った下着は小物入れの中へ入れていく。

 球体の浴槽から出ると、ユリアは湯を蒸発させた。汚れのある水を、泉に捨てることは避けたほうがいいはずだ。

 小物入れの上に置いていた新しい下着に着替えていると、小鳥が舞い降りてユリアに近づいてきた。


「……あら。雀かしら」


 雀のような配色の可愛らしい小鳥だ。人懐っこいようで、ちゅんちゅんと愛らしく鳴いてユリアを見つめている。旅人たちから餌を貰っているのだろうか。ずいぶんと人慣れしている。ユリアは着替えを止め、顔を綻ばせながら少しだけ近づこうと足をわずかに動かす。


「──」


 だが、止めた。

 おかしい。泉に来た時には感じなかったのに、今は微弱な魔力が林の奥から感じている。ユリアは不審な気配がする方を睨みつけた。

 その刹那、別の方角の林の奥に魔術が発動した。風が何かを切り裂いたようだ。これは、セウェルスの魔力の気配だ。


「──ユリア・ジークリンデ、動くな」


 セウェルスの声が聞こえたと同時に、小鳥の姿が雪のように溶けて消えた。


「!?」


 そして、すべての肌を露わにしたままのセウェルスが、瞬時に林の奥へ向かい、何かに暴風を起こす斬撃を食らわせた。周辺の木々が切り刻まれ、暴風に巻き込まれた木々がバキバキと大きな音を立てながら倒れていく。ユリアの方にも突風が届いた。


「何がいたの……!?」


「魔術が得意な魔物だ。魔物といっても知能が人間並みに高い。姿は大きく、歪ながらも人間に近いかたちをしている。奴らは人間の肉を好み、疑似餌となるものを生み出し、標的と定めた人間を油断させて近づく。そして口から出てくる触手で捕え、そのまま喰らう。水浴び場だから、人間も油断していると考えてここに来たのだろう。この辺りでは珍しい魔物であるため、遭遇する確率は低いと思っていたが……やはり厄介な魔物だな」


 と、素っ裸のセウェルスがそのように説明ながら、何も恥じらうものはないというように堂々とした足取りでユリアに近づいてくる。そんな衝撃的な光景を目の当たりにしたユリアは、頭が真っ白になってしまい、とるべき行動を忘れて彼の姿をすべて見てしまった。


「──セ、セ、セウェルス!? どうしてあなたはそんなにも冷静なの!? まずは服を着てちょうだい!! あと私は下着姿だから見ないでくれるっ!?」


 ようやく動けるようになったユリアは、急いで後ろを振り向き、素早く服を着た。この際、自分の身体は見られてもとやかく言わない。

 だが、見てしまった。

 セウェルスは、間違いなく本当に人間の男だった。

 アイオーンは無性別だったから無かったが、彼にはあった。


「この状況では仕方がないだろう。それに、見ても見られても減るものではない」


「仕方がないし何も減らないというのは確かだけれど、さすがに気になるわよっ!」


「──兄さん。もう入らないよね? おれも上がったから、この魔術は解くよ」


 岩の向こう側から冷静に言葉を紡ぐルキウスの声が聞こえた。上がったということは、ルキウスは先ほどまで湯に浸かっていたようだ。

 兄を咎める言葉が出てこないということは、彼自身も、身体を見ても見られても気にしないのだろう。人間らしい暮らしから離れて生活しているため、ユリアが抱く恥じらいもいまいち理解できていないのか。

 ディゼーリオのセクハラ発言や女好きが高じた発言を物理的に諌めていたのは、他の誰かがその一面を見せるたびに彼を叱っていたのを見たことがあったからかもしれない。

 そんなディゼーリオだが、彼は〈灰色の兄弟〉に向かって『ユリアの指導役』になれるのかと心配していた。それは、この兄弟が偏った常識を持っていることを知っていたからなのかもしれない。

 その後、三人は水浴び場から離れ、林を後にした。湯に入れて気持ちよくなれるはずだったが、ユリアだけはしばらく気まずさと恥ずかしさが心を占めていた。あの出来事のせいで〈灰色の兄弟〉の顔を見ることができず、町に着くまで黙り込みながら二人の後ろを歩いていた。


◆◆◆


 そして、目的の街に到着した。魔力の気配から、街には魔物から民を守るための防衛術が敷かれているようだ。それもかなり強力なものだと解る。

 街は石造りの家が多い。ディゼーリオがいる街は、街の中央にあった巨木と調和した木造建築が主であり、全体的に牧歌的な雰囲気だった。ここは、ユリアにとっては少し異国のような雰囲気が漂っていた。

 石造りの家には、それぞれ何らかの術式が組み込まれているようだ。街人たちは、ゆったりとした薄手の服を着ている。地形の関係かこの街は少し暑いようだ。ユリアたち三人は、着ている服のおかげで快適な温度を維持できているため、腕まくりをする必要もない。


「これから依頼人の家に向かう。マントとフードは、まだ外すな。観光気分になりすぎて、はぐれないよう気をつけろ」


 セウェルスがユリアに近づいてそう伝えると、彼は前を歩いた。そこまで子どもではないわよと思いながらも、ユリアは見慣れない街並みを楽しんでいた。

 街の奥には、宮殿と思われる大きくて立派な建物があった。金や赤などの色鮮やかな着色や彫刻がこれでもかと散りばめられているが、おそらくこの街の統治者が住まう場所だろう。

 しばらくして、三人は街の住宅地に入り、依頼人の家に到着した。


「〈灰色の兄弟〉だ。依頼を受けてこちらに参った。どなたかいらっしゃるか」


 玄関の扉の前でセウェルスが声を張ると、家の中からドタドタと音が聞こえてきた。そして、玄関の扉が勢いよく開く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ