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第一節 〈灰色の兄弟〉 ⑤

「……たしかに、まずは服を仕立てるべきか」


「でも、お金なんて持っていないわ」


「俺が払う。依頼の都合で戦ったとはいえ、その服をボロボロにしたのは俺達だ」


 そして、セウェルスは窓の外を見ながらわずかに眉を顰める。


「今日は祭りだが……仕方ない」


「兄さん。巨木に近いところの仕立て屋は? 祭りの会場とは逆方向だから、人目にはつかないと思う」


 兄の思考を読んだルキウスがそう言うと、セウェルスは「そうだな」と呟いた。


「それでも騒がれるだろうが……」


 と、ちらりと弟のほうを見る。


「おれは大丈夫。だから、まだ人が少ない今のうちに行こう」


 話を聞く限り、どうやらこの兄弟は人目を避けたがっているようだ。なんとなく人混みは苦手そうなところはあるが、理由はそれなのだろうか。そもそも、今日は大きな祭りが催されている。


「お祭りの日なのに、そのお店は営業しているの?」


「おそらく休業日だろうが、俺達が行けば開けてくれるはずだ」


「そこは、あなたたちの知り合いのお店なの?」


「いいや、違う。──それを食べ終えたら、今日中にその店に行きたい。外に出歩く時は、俺の上着を着て歩くといい。丈が合わなくて不格好に見えるが、ボロボロの服を隠すことはできる」


「え、ええ」


 話を変えられた。聞かれたくないことだったのだろうか。


「……店に着けば、おおよそのことが判るはずだ」


 意味深に呟くと、セウェルスとルキウスは踵を返し、部屋を出ていった。



◆◆◆



 外に出ると、人々のざわめきや音楽、料理の香りが風に乗って届いてきた。向こうのほうでウェールカトル祭が催されているのだろう。

 ユリアが過去に読んだ歴史書によると、この祭りは、春の訪れを祝うと同時に、種族に関係なく誰かと仲を深めるための祭典だという。ウェールカトルという神は、神々だけでなく人間たちとの絆も愛していたからだ。

 舞は、人間や星霊だけでなく、花の刺繍が縫われた色彩豊かな細く長い布や、水や葉、花びらなどを魔術によって芸術的に宙を舞わせるものあったようだ。楽士たちによる音楽も鳴り響き、そして美味な食事。つまるところ、規模の大きな宴会といえる。


(……たまにすれ違う人たちは、ふたりを見て驚いた顔をしていくわね)


 閑散とした道を歩いているが、たまに人間や星霊とすれ違う。そのたびに誰かに驚かれていた。驚きといっても、それは恐れから来るものではなく、喜びだった。

 なぜ、戦いのせいで服がボロボロに破けているユリアではなく、セウェルスとルキウスに注目するのだろう。

 〈灰色の兄弟〉は、そのことに無関心のようで、驚かれても何の反応も返さない。

 そうて、三人は、とある建物の前に到着した。看板には仕立て屋の文字。そして、休業日の文字もあった。

 それでも、セウェルスは扉の取っ手を掴み、引っ張った。しかし、鍵がかかっていて動かない。


「……セウェルス。明日にしましょう? やっぱり休業日だから──」


「大丈夫だ。問題ない」


 なぜ、そう言い張れる?

 すると、セウェルスは魔力を操る行動を始めた。扉には術式が組み込まれているようで、それを解除している気配が感じ取れた。


「ちょっ──!?」


 ユリアが止めに入る前に術式が解除されてしまい、セウェルスは扉を開けた。セウェルスが店内に入るとルキウスも入っていく。

 その時、店の奥からドタドタと足音が聞こえ、店のカウンターにある扉が勢いよく開く。


「祭りのときに堂々と盗みを働くとは神々からの天罰を受け──ってぇ!? し、失礼いたしましたあああ!!?」


「……え?」


 ちょび髭を生やした個性的さと気品を持ち合わせた細身で初老の男性は、ふたりを見ると即座に謝った。あまりの態度の豹変に、ユリアは理解が追いつかずに言葉を失っている。


「あなたが店長か? この者の新しい服を仕立てたい。一時的に店を開けてほしいのだが」


 セウェルスとルキウスたちは、無表情で淡々とした態度でそう言い、ユリアに店を入るよう促した。

 客とはいえ、そんな頼み方でいいのか。しかも鍵をこじ開けたというのに。


「も、もちろんでございますッ! ──我が娘たちよーー!! 〈灰色の兄弟〉様がいらっしゃったぞぉーー!!」


 初老の男性が叫ぶと、店の奥からまたドタドタという音がこちらに近づいてきた。そして、再びカウンターの扉が開く。


「お父さん、ほんと!? ──きゃあああ!!? ほんとに〈灰色の兄弟〉様だわっ!」


「は、〈灰色の兄弟〉様! ご機嫌麗しゅう! 間近でおふたりの御姿を目に映すことができるなんて光栄でごさいます!」


「あ……わ……ホンモノ、だ……!! う、うそっ……!?」


 三姉妹と思わしききらびやか女性たちが、カウンターの扉からひょっこりと顔を出し、〈灰色の兄弟〉を見ると黄色い声を上げた。〈灰色の兄弟〉は、それでも変わらず無関心な顔のままで一言も言葉を発しようとはしない。そもそも目線すら女性たちに向けていない。


(なんだか大物アイドルと出会った人みたいな反応ね……。それにしても、お店の人はどうしてこんな反応をするのかしら……?)


 女性たちから騒がれるのは、〈灰色の兄弟〉が格好良くて美しい見た目だからかもしれないが、先ほどの行動すら気にされないのは優遇されすぎではないか。どのような理由があるのだろう。


「──先ほどは大変失礼いたしました、〈灰色の兄弟〉様。この女性の服を仕立てるとのことですが、服の意匠にご要望はございますか?」


 佇まいを直した三姉妹の父親に聞かれると、セウェルスはユリアを見た。


「どういう服が好みだ?」


「動きやすくて、質素なもの……かしら……。派手なのは好きではないから……」


「では、細かい意匠は、仕立てる者たちの感性に任せるか」


「それでいいわ。──なので、それでお願いします」


 三姉妹の父親に伝えると、彼は胸を張って「お任せください」と言った。


「では、予算の上限はいかがいたしますか?」


「指定しない。旅をするので、一番破れにくく、かつ汚れにくいものを頼む。請求は、この街にある一番大きな酒場宿にいるディゼーリオという男に頼んでくれ」


(予算を指定しないなんて、どれだけお金持ちなの……?)


 ユリアは理解が追いつかずに呆けていると、セウェルスに背中を押された。


「──何をぼんやりとしている。俺達は外で待っているから、服を仕立ててもらえ」


「さあさあ。お嬢さん、上着を脱いでこちらへ。娘たちについて行ってください」


 ちょび髭の男性に促されたユリアは、上着をセウェルスに返すと、三人の女性店員たちと共に店の奥にある一室へと向かった。三人の女性たちが着ている服は、作業着か部屋着のはずだが、まるで貴族のドレスかと思ってしまうほとの華やかな意匠を身にまとっている。

 ある女性が部屋の扉を開き、魔術で明かりを点けるとユリアに入るよう促した。部屋に入ると、そこは、扉以外の壁がすべて棚であり、上から下までさまざまな色の生地が収納されていた。


「……さてと、どのような意匠の服にしましょう……。質素すぎると逆に浮くし……。でも〈灰色の兄弟〉様もかなり質素だし──。お客様は、上品で落ち着いた雰囲気をお持ちだから、上着は明るさを添えられる白を中心にしたほうがいいかな……。中の服は、黒のほうが無難で落ち着いてるかしら……」


 三人のなかで一番丁寧な喋り方をする女性がチラチラとユリアを見、棚に並べられた生地へと目線を移す。さらには、棚の引き出しも開けて何かを悩んでいる。引き出しには、色のラベルが付いた小さな容れ物がある。染色のための道具だろうか。

 この女性は、ほかのふたりに比べて雰囲気が大人びていて礼儀正しい。おそらく、彼女は、三姉妹のうちの長女だろうかとユリアは予想した。


「私は、これからいろいろなところに行くことになるのですが……白だと汚れないでしょうか……?」


「問題ありません。我々仕立て屋が作る服は、既製品の服とはかなり違うんですよ? 破れにくく、そして基調とする色が何であっても汚れにくい服を作る──これは、仕立て屋にとって基本中の基本です」


 と、長女らしき女性は得意げに微笑んだ。


「……まさか、〈灰色の兄弟〉様が女の人を連れてくるなんて思わなかったなぁ……」


 次女と思わしき華やかな女性が少し不満そうに呟くと、長女らしき女性が叱った。


「コラ。文句言わないの」


「そういう間柄ではないので、安心してください。少し前に出会ったばかりですから」


 ユリアがすかさず否定するも、次女らしき女性は不満そうな態度を崩さなかった。


「でも、見たことないから勘ぐっちゃいますよ……。あのふたりが、異性を連れてくるなんて有り得ないって思ってたし。そういうのに興味ないって聞いてたし──他のみんなも絶対にそう思ってしまうほどの前代未聞なことですよ」


「……〈灰色の兄弟〉は、本当に有名なのですね」


 しみじみとユリアがそう呟くと、次女らしき女性と三女らしき大人しそうな女性が驚いた。


「も、もちろんですよ……!? めちゃくちゃ有名ですよ!? し、知らなかったんですか!? どんだけ箱入り娘なんですか……!?」


「コラ。お客様になんてことを言うの。礼儀を正しなさい」


 長女らしき女性が諌めると、次女らしき女性は彼女をジト目で見つめた。


「お姉ちゃんも『間近で姿を見れて光栄です』とか言ってたくせに。心の中では『なんで? どうして? 仲の良さげな女がいるとか聞いてない』とか思ってるでしょ?」


「きっと思ってるよ……。お姉ちゃん、特に〈灰色の兄弟〉様のお兄様のほうを崇拝してるから──」


 その直後、長女らしき女性は咳払いをして妹たちを睨んだ。睨まれた妹たちは、そそくさに作業に戻っていく。


「……妹たちが失礼しました。〈灰色の兄弟〉様は、かなり有名な傭兵なんですよ。いろんな街に行っても、ほとんどの人が〈灰色の兄弟〉様のことを知っています。兄弟ともに見た目が美しいので、神聖な偶像のように見ている女性が多いんですよ」


「そこまで有名人だったのですか……」


「どんな強い敵でも、確実に倒せる実力を持っていますからね。だから、〈灰色の兄弟〉様は戦神の生まれ変わりだとか、戦神に愛されて加護を持っていると信じる人が多いんですよ。そのおかげで、どこかの店で何かを注文したら、ふたりの加護にあやかれると思う人たちがたくさん来てくれるようになります。戦神の加護は、『勝負事に勝つ』という御利益の他に、『日常の平穏』を守ってくれるものでもあります。だから、これからさまざまな人たちが、この店に来てくれるようになる──まさに、現人神(あらひとがみ)という存在なんです。私たちも、〈灰色の兄弟〉様は戦神の生まれ変わりだと信じています」


(とても強いからという理由で、わりと簡単に神の加護があると信じる人が多いのかしら……)


 つまり、彼女たちは、彼らの内面というよりは『普通とは違う部分』だけを見て、あの兄弟をもてはやしているのか──。

 ユリアは、幼い頃から『将来は英雄になる者』として見られていた。そのせいで、そのことに着眼してしまった。

 そのことについて、ふたりはどう思っているのだろう。あまり気にしなさそうな雰囲気はあるが、ユリアは持て囃すことに対して良く思えなかった。


「──意匠が決まりました。では、ここで下着姿になってください。そのあとに、足を肩幅くらいに広げて、腕を水平に広げたまま動かないでくださいね。動いたら採寸がうまくいかないので」


 下着姿──傷ばかりの肌で恥ずかしいけれど、仕方ない。

 手袋を脱ぎながら覚悟を決めたユリアは、極秘部隊の制服を脱いだ。傷のついた肌が見えると、三姉妹は目を見開いた。しかし、ユリアはその反応には応えず、静かに床に畳み、肌着姿になった。肩幅くらいまで足を広げ、腕を水平に広げる。


「では、お願いします」


 ユリアが固まる三姉妹に声をかけると、彼女たちはハッとした。

 服を仕立てる作業が始まる。

 まず、三姉妹は、部屋に漂う大気中の魔力を動かし始めた。すると、白い生地の束と黒い生地の束が棚から離れ、長く巻かれていた生地が広がっていき、ユリアに纏う。布は、ユリアの身体の各部位の長さに合うように魔術で裁断され、そこに小さな針と糸が、ミシンで縫われていくように複雑に通っていく。

 他の場所でも、いくつかの付属品を作っているようで、生地や道具が宙を舞いながら作業を行っている。


(凄い……これが、魔力がたくさんある世界の仕立て屋……)


 白を基調とした上着は、インナーとなる黒い服よりも少し短く、袖口からスリットが入っている。袖口からスリット部分の縁は、銀の染料で縁取られ、控えめながらも気品が見える。

 その上着の上には、首元が隠れるケープのような短い羽織りも作られた。ケープに近い短い羽織りも白の生地で銀の染料で縁取りがある。形はどことなく六枚の花びらが重なっているようだ。

 下は動きやすくズボンだが、腰にはベルトに付けられた、全面がないスカートのような飾り布がある。その飾り布の縁には、風が優雅に流れるような文様が銀糸で刺繍されていた。

 作られた服は、どことなく戴冠式の鎧の下の衣装に形と配色が似ているとユリアは感じた。

 現代なら何日かは必ずかかる仕立てでも、ものの数十分で終わってしまった。これが魔力がたくさんある時代の仕事なのか。


「お疲れ様でした。では、仕立てた服を着てみてください」


 出来上がった服が、魔術によって宙に浮かんでいる。

 ユリアは、ズボン、黒のインナー、白の上着を着ていき、最後にベルトに付いた飾り布を装着した。


「……お姉ちゃん。この服、飾りや模様がめちゃくちゃ少ないけど……? ──お客さん。ほんとにこれで大丈夫ですか? まあ、生地の質は最高級品なので、貧乏には見えないですけど……」


 次女らしき女性が不安そうにユリアに問う。

 どうやらここでは、服の付属品としての飾りや模様が少なければ貧しい者の思われてしまうようだ。


「大丈夫です。このくらいのものが落ち着きます」


「それは良かったです。〈灰色の兄弟〉様も、このくらい質素な衣装を好まれるので、嫌がられることはない意匠だと思います」


 と、長女が答えると、次女と三女は真顔になった。


「あ。やっぱ、お姉ちゃんって〈灰色の兄弟〉様のことを念頭に置いて意匠を考えてたんだ……」


「そんなんじゃ、仕立て屋なんて名乗れないんじゃない……?」


「も、もちろんお客様のご要望を優先して作ったわよっ! お客様のご要望と、〈灰色の兄弟〉様の好みが一致していたからで──!」


 〈灰色の兄弟〉は、仕事に真面目そうな人まで公私混同しかねないほどの存在らしい。神様の生まれ変わり──そんなわけがない。あのふたりは、表情の変化に乏しく、戦神のように強くとも、ただの人間だ。

 そう思うからこそ、多くの人々が自身を崇拝に近い思いで接していることに、ふたりはどう思っているのだろうと気になった。

 長女が思わずそう叫んだ後、我に返って咳払いをした。


「失礼しました……。ところで、この服は処分しておきましょうか?」


「いえ。思い入れのある服なので、持って帰ります」


 針と糸があれば、目立たないように縫合することはできるし、また着れるだろう。

 すると、次女らしき華やかな女性が、不思議そうにユリアへ問いかける。


「あの〜……お客さんって、もしかして両親が過保護だから、〈灰色の兄弟〉様に護衛を頼んでいるとかですか……? だから〈灰色の兄弟〉様と一緒にいるんですか?」


「──待って、お姉ちゃん。もとの服はかなり質素だし、お肌にも傷が──。いや、でも……服の仕立て料って〈灰色の兄弟〉様が支払うんだっけ……?」


 大人しい見かけの三女が、会話に混ざろうと疑問を上げていく。すると、長女は「何を堂々とお客様の内情を探ってるの!」と叱った。その瞬間、ふたりは身体を強張らせてユリアから離れていった。


「重ね重ねのご無礼、本当に申し訳ありません……。さあ、お客様。カウンターまで戻りましょうか」


 長女は、作業部屋の扉を開けて外に出るよう促した。

 ユリアたちがカウンターのあるフロアに戻ってくると、そこには〈灰色の兄弟〉と店主が待っていた。〈灰色の兄弟〉を再び目にした三姉妹は、頬に朱を走らせながら落ち着かない様子だ。

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