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第一節 〈灰色の兄弟〉 ①

 アイオーンに似た別人は、黒を基調としたロングコートのような上着と、同じくほとんど黒一色に染まったズボンとロングブーツ、そして手袋を身につけていた。

 ロングコートの下の服は、襟付きの質素な濃い灰色のシャツとなっている。

 首には、模様など何もない、白に近い薄い灰色だけの長い長方形のスカーフをひと巻きしており、留め具もなしに垂らしている。

 ロングコートは、チェスターコートの型に似ており、襟部分には細やかながらも銀糸で織られた優美な意匠が施されている。両肩部にも同じく優美な意匠がついた肩章。フロント部分は、ボタンではなく銀色のチェーンがある。

 両腕の二の腕あたりには、染められた銀色の文様が施された黒の飾り紐と、鉄製の留め具。袖口付近にも銀色の文様がある。

 腰部分には、ベルトのような飾りの腰布が付いている。そこにも銀色の文様があり、質素な背面側の腰部分を彩っている。その腰布はフロント部分にも続き、そこから腰布には銀の留め具が付けられ、そこから優美な文様を魅せるように垂れ下がっていた。


「……」


 彼は、あまりにもアイオーンに似ている。このせいで、ユリアは敵と認識することができず、武器を構えることができなかった。家族として愛する人に武器を向けることに、過去のトラウマを刺激してしまったからだ。

 その人を凝視したまま、ユリアは一歩後退する。

 〈灰色の兄弟〉も、無表情のまま、そんなユリアを凝視する。

 そして、兄弟がまた斬りかかってきた。先ほどのように魔力の気配と姿を消さなかったのは、それが効かないと思ったからだろう。

 まるで瞬間移動したかのような速さで、ユリアは間合いを詰められた──どちらも感情は無だが、戦い方には殺意がある。

 一歩遅れながらも、ユリアは体勢を低くしてふたりの剣での薙ぎ払いを避け、風の魔術を利用して足元の間をするりとすり抜けた。

 同時に、兄弟の周囲の風が見えない刃に変化させ、さらにユリアの片方の手には魔力で剣を編んでいく。いくつもの魔術をほぼ同時にこなすことができる者は滅多にいない。それも、魔力をここまで強固に編みあげて、物質化を可能とすることも。

 だが──。


(どの術も、魔力が解かれていく……! このふたりにはどんな魔術も無意味──!)


 風の刃も、片手に作っていた魔力の剣も、兄弟からの魔力融解によって術が解かれ、不発に終わった。

 やはりこうなってしまうか。

 気配遮断の技術の高さから、その想像はついていた。

 相手には殺意があるが、ユリアは未だに敵と認識できないでいる。

 いけない。敵と認識しろ。相手は本気だ。

 青年は、アイオーンではない。少年は、ただの小さな子どもではない。

 ふと、かつてのトラウマが蘇ってきた。

 ──違う。迷うな。恐れを抱くな。あれは敵だ。倒すべき敵なのだ。


(できることは剣術や体術……。私は、ここで死ぬわけにはいかない──!)


 片手剣だけで、ユリアはふたりの攻撃を捌いていく。この兄弟も魔術だけでなく、剣術や体術に優れているようだ。

 ユリアは、剣術と手と足を軽業師のように巧みに操りながら、攻撃と防御を繰り返してふたりに挑んでいく。

 それでも、数は敵のほうが有利。ふたりは、ユリアと同じくらいの戦闘技術と経験を持っている。

 少しずつ、ユリアは追い詰められていった。首筋、腕、脇腹、太もも──それらの部分の服が斬られ、皮膚に長い切り傷ができ、血が流れてはすぐに閉じていく。

 今のユリアには『不死性が高い不老』の力がある。簡単には死なない身体だが、『死』が隣にいる感覚はなくならなかった。

 彼女の能力は『アイオーンが有する不老不死の力』によるもののため、ユリアにとっては『借り物』のような力だ。そのため、完全なる不老不死ではなく、あくまで『不老なのは確かだが、不死性が高いだけ』である。そのため、再生不能まで肉体を破壊されたら死んでしまう。

 一秒でも目を瞑る、あるいは目線を逸らせば、確実に殺される。このふたりは人間のはずなのに、人間ではないように感じる。

 ユリアの表情からは、恐怖と動揺、そして今も消えないトラウマと戦っている必死な目つきをしていた。


「……」


 アイオーンに似た青年は、そんな彼女の目をちらりと見ていた。


「──下がれ」


 すると、青年は弟に向けてそんな言葉を発した。青年と似た顔つきと雰囲気を持つ少年は、素直に受け入れてユリアから間を取り、青年もユリアから間を取った。そして、剣を下ろしてユリアを真っ直ぐ見据える。


「……お前は、何者だ」


 表情のない顔で、青年は言葉を放つ。

 魔力の気配と目の色が、アイオーンとはまったく違う。だから別人だ。

 それなのに、アイオーンと錯覚してしまう。

 その顔で、私を見ないで。戦えない──。


「──なぜ答えない? 戦意と感情が乱れているだろう。それはなぜだ?」


 青年は、ユリアの心が乱れていることを解っている。感情が無い、あるいは解らないわけではないのか。表情を見せないだけで、感情を感じ取れる人なのか──。


「わ……私には……誰とも戦う意思はない……!」


 この気持ちは本当だ。だからこそ、ユリアはふたりに訴えた。

 アイオーンに似た青年とその弟は、互いに感情のない目を見合わせる。そして、ユリアを見つめた。


「この者たちの街を害する意思は無いのか?」


「無いわ! なぜか、私を殺そうとしてきたから動きを止めただけよ……! ここがどこなのか何もわからなかったから、聞こうとしただけなのに……!」


「……良いだろう」


 〈灰色の兄弟〉は、帯びていた鞘に剣を収めた。

 願いが、届いた? どうして? 簡単に信じてくれるなんて──。

 不思議に思いながらも、ユリアも〈灰色の兄弟〉を見ながら剣を鞘に収めていく。

 その時、上空から不機嫌そうな中年の男の声が降ってきた。


「灰色の……。なぜ攻撃を止める……?」


 アイオーンに似た青年は、空を見上げて中年の男を見た。


「戦いは必要ないと判断したからです。──なので、ベンニル殿。契約事項の変更を提案したいのですが」


 彼は無の声色だった。

 しかし、彼ら兄弟は、ベンニルと呼んだ男から依頼を請け負っている立場だ。兄弟にとって、あの男は客。それなのに、一度了承した契約を変更したいと提案するのは、信頼にもとる行為ではないか。


「……契約の変更だと?」


 案の定、ベンニルはさらに機嫌を悪くさせた。


「はい。この者は、おそらく忘却刑に処せられた者。なので、この者には指導者が必要かと思われます」


 忘却刑とは、何なの──?

 さらに疑問が増える。場の雰囲気の悪さに戸惑いながらも、ひとまずユリアは、会話を見守ることにした。


「生かせと言うのか? ──要らぬ。即、殺せ。『未来がある罪人』とはいえ、余の未来を脅かす者だ」


「……恐れながら申し上げます。我々は、あなた様の予知の解釈は間違っていると思います」


 そう言ったのは、少年のほうだった。十代半ばのあどけなさが少し残る麗しい見た目で、落ち着いた雰囲気を持っているが、物事を臆せずにはっきりと言う性格のようだ。


「貴様らは、余の能力と考えを侮辱するつもりか……!?」


 ベンニルはとうとう声を荒げた。

 しかし、それでも〈灰色の兄弟〉は落ち着いている。まるで表情を知らないように。


「いいえ。ただ、あなた様の予知の内容を聞き、そして、この女性の意思を聞くかぎり、厄災は彼女ではない可能性が高いと判断しました。今一度、再考していただきたいのです」


 〈灰色の兄弟〉の兄が言うと、ベンニルは嘲るように笑みを浮かべる。


「やけに、この者を生かそうとするが……もしや、兄弟揃ってこの女に惚れたか?」


 それでも、〈灰色の兄弟〉になんらかの表情が浮かぶことはなかった。


「違います。──そもそも、予知の力というものは、確実な未来を提示してくれるものではありません。我々は、ただの不完全な人間。その人間が、出来事の大小に関わらず、常に確実な未来を見ることができるとお思いですか? 予知能力という稀有な力に溺れ、驕り、あるいは振り回されて破滅する者が多いということは、あなた様もご存知のはずです」


「──だからそこ、ご自身の選択が常に正しいと思い込まれるのは危険です。予知能力者ならば、慎重に物事を選ばれたほうがよろしいかと」


 兄が説明し、弟が補足した。

 兄弟は一歩も引くこともなく、ベンニルの依頼内容を変えようと試みている。

 なぜだろうか。はじめこそは、ベンニルの依頼に従っていたのに。戦って、動揺を見せてしまって、戦う意思が無いことをぶつけたら信じてくれた。

 表情は見えないが、心根はお人好しなのだろうか。


「若造どもが調子に乗って、余を馬鹿にするのかッ!? 貴様らふたりを上回る力が余にあれば、不敬罪として切り捨てておるぞ!!」


 とうとうベンニルは激高した。今にも暴れだしそうな勢いだが、ふたりには敵わないことを理解しているからやらないのだろう。依頼人からここまで言われていても、ふたりの顔はまったく動じていない。


「そのお言葉は、契約事項の変更を了承してくださるということでしょうか? 女性を殺すのではなく、生かして街から遠ざけるという契約に──」


 それどころか、弟のほうが火に油を注ぐであろう言葉を発した。兄のほうもまったく咎める様子がない。


(本当に全然動じていない……。この人たち……ある意味、強いわ……)


 ユリアは唖然とした。

 本当に良いのだろうか。こちらとしてはありがたいが、ふたりにとっては今後の仕事や信頼に響くというのに。


「金の支払いは無しだ! 貴様らが雇い主を侮辱し、契約を反故しようとしたという醜聞を広めてやる!!」


「構わん。──こちらも、警告はしたぞ」


 と、兄のほうはとうとう丁寧な言葉を使わずに言い放った。

 その言い方はさらに反感を買うのではないか。


「何が警告だ! 偉そうにッ!! その女を連れてとっとと去れ! 燃えカスどもめ! 二度と我が街に足を踏み入れるなッ!!」


 おそらく、通り名に『灰色』という色が入っているから、燃えカスという品のない言葉を吐いたのだろう。ふたりにとっては、痛くも痒くもないようだが。

 そして、アイオーンによく似た青年は、ユリアへと目線を向ける。


「──お前。行く場所がなく、俺達と共に来る意思があるというのなら、ついて来るといい」


 『お前』。そして、『俺』。

 アイオーンだったら、敵意のない相手だと『そなた』や『きみ』と言い、自身のことは『わたし』と言う。本当に違う人なのだ。

 アイオーンによく似た青年がそのように声をかけると、弟と共に踵を返し、その場を離れていった。

 ベンニルが倒れる自軍の兵たちに喝を飛ばし、倒れていた兵士たちがなんとか動こうとし始めている。

 ユリアは、後ろにいる兵士たちに目を向けることはせず、〈灰色の兄弟〉の後を追っていった。〈灰色の兄弟〉は、ユリアがついてきていることをちらりと確認し、そして何も言わずに魔術を使って地を素早く駆けていった。

 えっ、ちょっと待って。せめて一言早く走ると言ってほしいのだけれど──と、心の中で文句を言いながら、ユリアもふたりと同じく魔術を使って地を駆けていった。



◆◆◆



 移動を初めてから一時間ほどが経った。

 時間はそれほど経っていないが、魔術を使って素早く移動していたため、あの地からけっこうな距離を進んだ。

 そして、三人はとある街に着いた。

 その街は、なぜか人通りが少なかった。建物の中には人がいる気配がする。

 しかし、そのことよりも、この街の中央に位置する見たこともない巨大な木に、ユリアは目を奪われていた。

 幹の太さは、百人ほどの人間が腕を広げたらようやく囲めるほどだろうか。枝は、街の半分の面積を覆うほど長く伸びており、そこには葉とたくさんの薄桃色の花がある。しかし、枝の伸び方が独特で、そこまで密集していないため、下にある建物には程良い木漏れ日に包まれている。風が吹くと、薄桃色の花びらが舞い、とても美しい風景を見せてくれる。


「……」


 ここまで巨大な木は、現代にはないはずだ。

 魔力濃度が高いからこそ生まれた巨木だろう。壮大な姿に、ユリアはつい立ち止まって見惚れてしまった。


「──置いていきますよ」


 〈灰色の兄弟〉の弟に注意されて、ユリアは急いでふたりを追いかけた。

 ふたりの後ろ姿を見ながら歩いていたユリアは、ふと思う。この兄弟は、一言も会話をしない。

 ローヴァイン家とベイツ家の子どもたちは、いつも何かしらの会話をしていた。なので、ユリアにとっては新鮮な光景だった。

 兄弟仲が悪いようには見えないが、良いのかもわからない。しかし、弟は兄の言葉を素直に聞き入れていた。

 この兄弟の年齢は、それなりに離れていると感じる。おそらく十五歳ほどの差はあるだろうか。兄のほうは、外見的に二十代後半から三十代はじめあたりに見える。弟のほうは、十三から十五歳ほどか。

 身長差も結構ある──兄の肩側に近い二の腕あたりに、弟の目がある──が、ふたりが進む速度はほとんど同じだ。ふたりの足元を見ると、兄のほうが弟の歩幅に合わせて歩いている。

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