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第六節 異土 ①

 土の匂い。

 温かい風。

 風に撫でられて草が擦り合う音。


「……ここ、は……?」


 ユリアは、横向きになって倒れていた。

 目を開き、両親の形見の剣があることを確認すると、上半身だけをゆっくりと起こして周囲を見た。

 ヴァルブルクの街中で戦っていたのに、ここは穏やかな丘陵地帯だった。近くには木々が点在しており、遠くには山脈らしきものが見える。丘陵地帯であることはヴァルブルクに似ているが、ヴァルブルクをよく知るユリアにとっては見慣れない地だった。

 今は、昼間のようだ。かなり眠り続けていたのか──いや、違う。

 ここは、明らかにおかしい。


(なんなの、ここは……!? ヴァルブルクよりも魔力濃度が高い……!)


 ヴァルブルクとは別の母なる息吹がある場所に飛ばされたのかと思ったが、きっとそれは違う。先日、他国の母なる息吹は、軒並み魔力の噴出量が減っているとアイオーンは教えてくれた。魔力が増えているのは、ヴァルブルクだけだという。

 そうであっても、この増え方はおかしい。ヴァルブルクが存在していた時代よりも魔力が濃いのだから。そもそも、ここはヴァルブルクの地ではない。


(これは幻覚……? まさか、夢……?)


 ユリアは、おそるおそる頬をつねってみる。


(痛みはある……。魔術の気配は、ない……)


 夢でも魔術による幻でもなく、現実なのか──。

 明らかにおかしいことはわかるのに、その理由はわからない。動悸が収まらない。手のひらに冷や汗が滲む。

 眉を顰めながらユリアは立ち上がった。

 ここはどこなのか。何か場所を特定できるものはないか探してみることにした。

 少し進むと、ユリアの目にとある花が映った。見たことがない花だった。花びらの一枚一枚には、赤と青と紫の三色がマーブル模様のように染まっている。人の手が加えられたものか。それとも遺伝子の突然変異か。あるいは、本当に自然界に存在するものか──。これだけでは、ここがどういったところなのかの判別はできない。

 ユリアは、さらに丘陵地帯を歩いていった。

 温かい気候だ。ヒルデブラントでは、昼間でも肌寒くなってきているというのに、ここは小春日和だ。季節が違うのか。それとも、たまたまそういう気候の日なのか。


(……! 魔物の気配──)


 それは背後からだった。

 振り返ると、空から変わった姿を持つ鳥らしき巨大な魔物が一体、こちらに向かって飛行していた。


(何かしら、あれ……。見たことがない魔物だわ……)


 ひとつの身体から、ふたつの首が生えていて、それぞれに頭がついている。しかも、頭は違う動きをしている。右側の頭は地面を見、左側の頭は上空を見渡している。地面を見ていた頭が、ギャアギャアと耳障りな声を発すると、ふたつの頭はユリアを見据え、猛スピードで突進してきた。


「邪魔よ──」


 訳が分からない現状に苛立っていたユリアは、怒りを込めて呟くと、魔物は見えない魔力の刃に切り刻まれた。

 細切れにされた大量の肉片と血がユリアに向かって飛んでくるが、透明の障壁を作って汚れるのを防ぐ。

 血肉の風が止むと、ユリアは障壁を消し、魔物の肉片を見ることなく前へ進んでいった。

 しばらくすると、希望の気配が漂ってきた。


(たくさんの魔力──この気配は、人だわ! 人がいる!)


 この魔力濃度でも生きられる人だ。

 何か、少しでも情報がほしい。ユリアは地をかけた。たくさんの魔力が近づいてくる。そして、その魔力を持つ人々の姿が見え始めた。


(……軍、隊……?)


 ユリアは、思わず魔力の気配を消した。

 軍隊かと思うほどの人が──見たところ、百人以上はいる──、横に広がった列を成してこちらに向かっていたのだ。自らの足で歩く者たちと、二角の馬に乗った人たちがいる。あのように角がふたつある馬など現代にはいないはずだ。空には、その列を守るように飛行する者も数十人ほどいる。

 そして、誰もが見慣れない服装をしていた。機能性よりも、意匠の凝り具合が重視されている印象がある。

 大昔の服装は、豪勢さを演出するために装飾過多だったり、無駄にヒラヒラさせたものが多い──クレイグが言っていた言葉がふと蘇る。

 戦士であっても、装飾過多な服を着る者が多かった。その時代の文化でもあり、戦いの邪魔になりそうな服を着ていても、服を傷つけないほどに戦いに長けていることを示すためでもあった──。その特徴が、列を作る人々が着用している服と一致している。


(髪が色鮮やかな人もたくさんいる……。魔力濃度が高いから、ファッションの感覚で色を変えているのだとしたら……)


 桃色の髪、紫の髪、緑の髪──あれらは、きっと染毛料で染めているものではない。

 ヴァルブルク王国が興るよりもさらに前の時代だと、魔術で髪や目の色味を、人の身体に害を与えることなく簡単に変えることができていたという。これも魔術の一種で、髪に含まれる魔力に働きかけて毛の色味を調整し、新たに生えてくる髪も、毛根に術式を刻んでその色に変色するよう調整していたという。魔力が有り余るほどあった時代だからこそできたお洒落のひとつだ。


(……それにしても、物々しい雰囲気だわ……)


 どこかに戦いへ出向く最中だろうか。

 すると、最前列にいた二角の馬に乗った者がユリアに向かってきた。帯剣をした、気の強そうな女性だ。


「──、──?」


 言葉の音からして、おそらく何かを聞かれている。

 だが、なにひとつ言葉の意味が解らない。ユリアは顔を引き攣らせた。

 すると、二角の馬に乗った者が手を上げて、大きな火球を作り出した。


「な、何をするのッ……!?」


 ユリアは即座に間合いをとり、相手を睨みつける。

 二角の馬に乗った者は、火球を投げた。歩けば二、三十歩程度の距離にいるユリアに向かって、高速で。


「──」


 ユリアは怯むことなく、向かってくる火球を見つめた。目の前まで迫ってきた瞬間、火球は消火されたように姿を消した。火球を構成していた魔力を融解させて、火球を消したのだ。

 火球が消えた向こう側には、戦意と敵意のある目があった。戦いは避けられないようだ。


「──ッ!! ──!」


 気の強そうな女性が、後ろの兵たちに大声で号令をかけた。そして、大軍が一斉にユリアへ襲いかかってきた。

 ひとりひとりの戦力は不明だが、この魔力濃度だと、魔術に長けた者が何人かいる可能性はある。

 騎馬隊の馬は、どんな魔物だろう。どこまで魔力に耐性があるのだろう。どちらにせよ、ここまで数が多いと広範囲の魔術を使ったほうが早く片がつくかもしれない。


(やむを得ない、か……)


 これだけ魔力が濃いところであっても、相手がただの人間ならば、たとえ多勢であっても問題ないだろう。邪魔をするというのなら、払いのけるまで。

 だが、殺すつもりはない。私にそんな趣味はない。しかし、そちらも戦士なのだから、多少の怪我を負うことなど覚悟の上だと見受ける。

 刹那、ユリアの姿と魔力の気配がふっと消えた。

 敵軍の者たちは、動揺する者と身構える者、ユリアの気配を探す者がいた。

 動揺と身構えるなんて修行不足──ユリアの頭にそんな言葉がよぎった。


「──ッ!?」


 敵軍の誰かが、何かを伝えようと大声を出した。

 何かに気がついたか。何を言っているのかわからない。

 だが、そうだとしても気付くのが遅すぎる。魔力の気配を察知できる力と、術の解析速度は戦いの勝敗に大きく影響するというのに。修行不足ではないか。クレイグのほうがもっと早くに気付ける。

 人の数は多いが、思ったほど魔力に関する練度は高くないようだ。この者たちは、国の軍隊などではない。ほどほどに富を持つ領主かどこかの私兵団といったところか。

 魔物を狩るだけなら、この程度の戦力で十分通用していたのかもしれない。だが、たったひとりだけとはいえ、ユリアは魔物とは程遠い存在だ。


「──少しの間、動かずに倒れていてちょうだい」


 このときのユリアは、すでに空高くに舞い上がっており、すべての敵に及ぶほどの広範囲の魔力に働きかけていた。

 それは大気中だけでなく、地中の魔力にも作用した。

 刹那、地面は大きく割れ、あるいは大きな穴ができるまで凹み、そして、いたるところで隆起する現象が起きた。それだけで騎馬隊の動きや隊列は完全に乱れたが、ユリアが発動した魔術は、さらに敵軍を襲う。

 大地の荒ぶりが始まってすぐ後に、紫の電撃が走ったのだ。足元の不安定さに一瞬でも気を取られてしまった敵軍は、防ぐことができずに電撃を受けてしまい、二角の馬と共に次々と倒れていく。それは宙を飛んでいる者たちにも届き、地に落とした。

 間一髪で、飛行する敵のなかで術を防いだ者が何人かいた。だが、ユリアが敵を見逃すはずはなく、暴風を操ってその者たちを地に叩き落とし、下半身を大地に呑み込ませ、動きを拘束した。大地の拘束は、簡単には解けない。

 すべてが収まった後、ユリアは地上に降り立った。

 敵を全員、戦闘不能にしたが、誰も殺していない。必要最低限の手加減はしているが、およそ今日いっぱいは痺れ続けるだろう。


「……あとで、お尋ね者になってしまうかしら……」


 倒れる軍隊を見ながらユリアは呟いた。

 ふと思ったのだ。襲ってきたから捻じ伏せたが、もしかしたらこのせいで後々面倒なことになるかもしれない。第三者の目撃者はおらず、多くの人を傷つけたとして悪人とされ、指名手配される可能性もある。

 逃げるべきか。それとも、この隙に言語の知識を貰い、襲ってきた理由を聞くか。脅して情報を聞き出すか──。

 いや、それは素直に聞こう。こちらも敵意を見せたら、なんだかずっと根に持たれそうだ。そもそも、ここがどこだか判らなくて困っているだけなのに。不審者と判断されたから襲われたのだろうか。

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