第五節 日没 ①
「そうか……。わかった……。──うん。次は、私が行くよ。それじゃ、気をつけて」
アシュリー、イヴェット、クレイグの三人がヴァルブルクを去ってしばらくが経った頃。空には薄い朱色が出てきた。
ローヴァイン邸の居間には、テオドルス、アイオーン、ラウレンティウス、ダグラスが落ち着かない様子で集まっていた。
テオドルスは、窓のほうを向きながら携帯端末を耳に当てている。
アイオーンは、大きなソファーに座って腕組みと足組みをし、険しい顔つきで机の上を見続けている。
ラウレンティウスは、アイオーンが座るソファーの背もたれを椅子代わりのように、もたれかかった体勢で座り、浮かない顔でテオドルスの後ろ姿を見つめている。
ダグラスは、扉に近い壁にもたれてぼんやりと天井を見ている。
携帯端末での電話を終えたテオドルスは、画面を操作したあとに、ゆっくりとため息をつく。
「……クレイグのやつ、何と言っていたんだ?」
ラウレンティウスが問いかける。
「三十分ほど前に、ユリアにも記憶障害が起こったらしい……。そして、空間の歪みから魔物が姿を現したとのことだ」
魔物の出現は、空間の歪みから。現代ではありえないことだ。
「……本当に、何がどうなっているんだ……」
ラウレンティウスは俯き、そのまま黙り込んだ。
「考えられることは、どこかから送り込まれてるってことか?」
ダグラスが疑問を投げかけると、テオドルスは頷く。
「はい。しかし、具体的にどこから送り込まれているのかについては、何とも言えません……」
その後、居間に静かな時間が流れた。
しばらくして次に言葉を発したのは、今まで黙り続けていたアイオーンだった。
「……先ほどのわたしの記憶障害は、ユリアと同じ時間帯に起こったということになる。また時が重なったのは偶然か──どちらにせよ、ヴァルブルクに居ようが居まいが、記憶障害からは逃れられないようだな」
「……わかったことはあるが、前進はしてないな……」
ダグラスがそう呟くと、再び静寂な場となった。
テオドルスはゆっくりと息を吐くと、窓から見える空を目に映した。早く行かないと陽が落ちてしまう。
「……ひとまず、私は暗くなる前にヴァルブルクへ行ってくる。後は頼むよ」
と、テオドルスは居間の扉へと足を進ませる。
その時。
「いや……何か、駄目だ──テオドルス。待ってくれ。まだ行くな」
突如、アイオーンが腕組みと足組みを解き、どこか焦った様子で立ち上がった。
「どうしたんだい? アイオーン」
「……うまく言えないのだが……先ほどから、なぜか胸騒ぎが収まらない……。嫌な予感が──」
アイオーンの言葉を覆いかぶさるかのように、窓ガラスが割れる音が届いてきた。その直後。
「──きゃああッ!?」
少し離れたところから、何かが壊れた音と、ラウレンティウスの母ミルドレッドの叫び声が同時に聞こえてきた。
「母さん!?」
ラウレンティウスは、母の叫び声が聞こえたと同時に足を動かし、荒々しく扉を開いて出て行った。テオドルス、アイオーン、ダグラスも声がした場所へ向かう。声が聞こえた場所は、おそらく裏庭あたりだ。
一階へ降り、裏庭に続く扉のある廊下に出ると、そこには廊下の窓を見ながらへたり込むミルドレッドと、彼女を守るように前に立つラウレンティウスの父エゼルベルトもいた。
「──誰だ! お前は!?」
エゼルベルトが窓の向こう側に顔を向けて怒声を上げている。窓ガラスは割れており、裏庭へ繋がる扉も大破しているが、ふたりに怪我は無さそうだ。
「父さん! 何があった!?」
駆けつけた四人も、割れた窓ガラスから裏庭を見る。
広い裏庭には、白い人型のような存在が佇んでいた。魔力の気配があることから魔術を扱える存在だ。
「あいつは、まさかヴァルブルクでユリアが見た──」
ラウレンティウスが裏庭へ出ようとした。
すると、アイオーンが彼の前に手を伸ばし、その動きを止めた。仲間たちと世話になっている夫婦の前に出て、「まずは、わたしだけで行く」という意味合いが込められた目で一瞥した後、ゆっくりと裏庭へ足を踏み入れた。
アイオーンがローブの者へと近づく。敵は動かない。やがて、両者の距離が五歩程度となったとき、アイオーンは立ち止まって口を開いた。
「……お前は何者だ。なぜ、ここを知っている? ──答えろ」
ローブの者は答えない。
代わりに、両手を剣に変えた。
肉体の形を変えられるということは、敵は星霊である可能性が高い。ただの人間では、大気中の魔力が潤沢になければできない技だ。
アイオーンも片手を刃に変化させ、両者は同時に地を蹴り上げた。腕を剣に変化させている魔力が高濃度でぶつかりあったことで、周囲に強風を巻き起こす。
「ラウレンティウス! おふたりを避難させてくれ!」
強風が屋敷のなかまで届くと同時に、テオドルスが叫んだ。ラウレンティウスは「くそっ」と小さく呟き、両親の腕を強く引っ張る。
「──母さん、父さん! 早く!」
現代に生まれた魔術師同士では、まず有り得ないほどの激しい斬り合いが起こっている。敵も、アイオーンに引けを取らない剣術を持っている。
そんな戦闘を呆然と見つめていたミルドレッドとエゼルベルトは、息子に強く引っ張られてようやく我に返り、恐怖を滲ませた目でその場を去っていく。
「総長は、私たちの血が入った試験管を──」
「血に拘束の術式組み込んで渡してくれ、だろ……!? あと、このことをあいつらに知らせんと──!」
戦えない者がいるなかでの敵襲に焦りを隠せないようすのダグラスだが、やるべきことは理解している。テオドルスが頷くことを確認すると、ダグラスは冷や汗が滲む手で携帯端末を操作し、去っていった。電話をかける相手は、屋敷に戻ってきているクレイグたちだ。
「……さすがは総長。必要なことが判ってらっしゃる」
と、テオドルスは微笑みながら呟き、裏庭で繰り広げられている激しい白兵戦を目に映した。気配と姿を消して、ふたりの動きを見定める。敵は、どこか見たことのある動きをしている。そのおかげで敵の動きが読めた。
テオドルスは、一気に敵の背後へ回り込み、剣を喚び出して斬りつけた。
だが、間一髪のところで避けられてしまった。ローブの者は、ふたりから間合いを取る。
「……驚いたな。私の魔術が見破られるとは。ひとりで、ここにやってくるだけのことはあるということか。──君は、誰なんだ? どこか見慣れた動きをする誰かさん。私は、そろそろユリアのところに行きたいのだけれど、少し離れがたいよ」
戦闘中に、アイオーンにも再び記憶障害が起きて隙を作ってしまう可能性がある。それはユリアも同じことだが、ヴァルブルクには魔力があり、彼女にはどれだけ重傷を負っても敵を屠る精神力と戦闘力がある。だから、テオドルスはユリアを信じた。
「あの者の剣術……どことなく、ユリアと戦っているような気持ちにさせる」
アイオーンがテオドルスに近寄り、ローブの者を睨みつけながら言葉を紡ぐ。
「やはりそうか……。私も思ったよ。──ともあれ、総長が戻ってくるまでは、なるべく屋敷を壊さないように頼むよ。アイオーン」
テオドルスの言葉に、アイオーンは「フ」と笑う。
「そのセリフ、そのままそっくりきみに返そう」
「ひどいな。すべては敵の動き次第だから、約束なんてできないよ」
と、テオドルスは穏やかに微笑んで否定する。
「判っているなら、わたしにそんなことを頼むな」
さり気ない言葉遊びを楽しむかのようにアイオーンが返すと、ふたりは地を蹴り上げ、敵に向かっていった。
◆◆◆
一方、その頃。アイオーンとテオドルスがローブの者と交戦を始めたと同時刻。
ヴァルブルクの防壁の上で記憶障害に苦しんでいたユリアは、落ち着きを取り戻していた。
(……記憶障害が起きる回数が、やっぱり増えてきているわね……)
汗が滲み、動悸が少しずつ治まってきた。
しかし、鳥肌が立った。
魔力を察知したからだ。
仲間のものではない。
(この魔力は──!)
城の方角を見ると、先日の夜に影を見た尖塔に白い何かが見えた。
白いローブの者。
そして、記憶障害の前兆である頭痛がまた起こる。
「っ……!? なんて、タイミングの悪い……!」




