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第四節 小憩 ③

「私は、姫としてではなく、戦士として育てられた例外的な王族だもの。それに、平民のみんなは普通に食べているものだったから、別におかしなことではないわ。テオだって食べるときは食べていたし」


 その言葉に、クレイグは「テオドルスは、今のローヴァイン家の源流となった家系の出身だもんな」と納得した。


「昔の人間にとって、魔物という生き物は、家畜にはできないほど凶暴なだけよ。それ以外は家畜動物と同じような感覚ね」


 ユリアは補足したが、それでも現代人の三人は微妙な反応をしている。そうこう話しているうちに、地響き大きくなってきた。そろそろやってくる魔物に注視しなければ。


「──魔物たちが近づいてきたわね。ここのように比較的豊かな土壌にいるワーム系の魔物は、図体が大きいだけで能力や頭脳は知れているから、私の魔術でパパッと終わらせるわね」


 さらりとこのあたりにいるワーム系の魔物を貶しながら、ユリアは軽く腕を伸ばした。

 魔力の気配から、魔物の数は五匹だとわかる。どの魔物も、一気に人間を十人ほど丸呑みできそうなほどの巨体を持っていることも感じ取れる。

 だが、ユリアの敵ではない。今この瞬間、すでにこの一帯の地の魔力は彼女の支配下となった。

 目の前の大地が盛大に、そして広範囲に割れる。そして、地の中で爆発が起きたかのように地面が噴き上がった。空に高く舞い上がったのは、大量の土や石、岩。そして、巨大なワームの魔物が五体。

 その刹那、五体の巨大なワームが、ただの細かい肉塊と姿を変えて地に落ちていった。見えない刃に、瞬間的に切り刻まれたようだ。


「──はい。サンプル回収しやすいように細切れにしておいたわよ」


「うひぃ……」


「うわぁ……」


「軽々しくやってくれるねぇ……」


 アシュリー、イヴェット、クレイグの三人は、いとも簡単に終わらせた驚きと、無惨な姿になった魔物への少しの同情が入れ混じった声を漏らした。


「あんなクソデカいの、五匹同時に軽く葬るとかウチにはムリや」


 そして、若干引き気味の笑い声を漏らしながらアシュリーは付け加えた。


「今は魔力がたくさんあるし、あの魔物にはあまり知能がないこともあるから、盛大な魔術で簡単に葬れたのよ。簡単に済む条件が揃わなかったら、剣術と体術で地道に敵を減らしていくことしかできないわ」


 その言葉にクレイグは「その剣術と体術でも驚異的なんだけどな」と真顔になって小さく否定する。アシュリーも、「そう言えんのはアンタがヤバいからや」と呆れた。

 そして、アシュリーは、細切れになった魔物の肉塊に近づき、ピンセットを使って肉塊を透明の袋に入れて回収していく作業に移った。


「……ユリアちゃんが見たっていう不審者、全然来る気配ないね……」


 魔物の細切れを回収していく従姉を見ながら、イヴェットがぽつりと言葉を漏らす。


「そうね……。本当に何がしたいのか、よくわからないわ……」


 昨日は、街にいたユリアに自分の存在を知らせるだけのようなちょっとした騒動を起こしたが、結局はそれだけだった。本当に何が目的だったのだろう。


「どこかでデカい魔術発動させるための細工でもしてるって線は?」


 クレイグが問う。


「その可能性も視野に入れて、初めから探ってはいるわ。けれど、特に何もないのよ。──っ……!?」


 突如、ユリアは目を強く瞑り、膝をつく。


「……ごめんなさい。また、あの頭痛が来たわ……」


 記憶障害を伴う一瞬だけの頭痛。

 クレイグとイヴェットは、目を見開いた。すると、じょじょにユリアの顔が何かに戸惑う雰囲気を見せはじめ、「ユリア・ジークリンデ……。アイオーン……」と呟く。


「マジで名付け親の記憶だけおかしくなんのか……」


「このことだけ、両親が自分の名付けたって記憶に置き換わるんだよね……」


 クレイグとイヴェットにはどうすることもできず、その光景を見守るしかできない。

 だが、この時はさらに別の異変も起きた。


「……おい、イヴェット。姉貴がいるあたり、なんか景色が歪んでるように見えねぇか?」


「え……、あっ……! ほんとだ──アシュ姉! そこから離れて! 何かおかしい!」


 イヴェットの叫びにアシュリーが反応して立ち上がると、彼女のそばに起こっていた歪みがさらに激しくなり、そこから狼のような魔物が飛び出してきた。


「──は?」


 何の前触れもなく急に魔物が現れ、それと目が合うと同時に、アシュリーは条件反射のように手のひらを魔物に向けて雷を発生させた。


「うぉえええッ!? なに急に目の前に来とんねん!?」


 アシュリーは、魔物が怯んだ隙に遠くに飛び退いたため、攻撃されることはなかった。

 歪みはさらに魔物を出現させ、十匹に増えた。狼のような魔物たちは、自分たちの身に何が起こったのかわからないような戸惑いを一瞬だけ見せたが、目の前に魔力を持った人間がいたため、すぐに臨戦態勢となってアシュリーに襲いかかる。


「ユリアは動けねぇから三人で蹴散らすぞ!」


「うん!」


 三人は武器を出現させ、魔物の群れの討伐を開始した。

 ユリアは、記憶障害が起きて気持ち悪いのか、顔色を悪くしながら三人の戦闘を目に映す。少しずつ、また記憶がもとに戻り、気持ち悪さもなくなっていく。

 やがて、三人はすべての魔物を倒し終えると、ユリアに近づいてきた。


「こっちはもう大丈夫だよ。ユリアちゃんのほうは?」


 イヴェットが聞くと、ユリアは微笑む。


「ええ……もう、大丈夫よ。ありがとう。……記憶障害が起きる頻度が多くなってきたわね……。それに、歪みから魔物の出現──これについても、私もよくわからない……」


 そして沈黙が流れた。魔物が現れる理由が判明したが、どうすることもできない。焦りと不安が心を支配する。それは、ユリアだけでなく三人も一緒だ。


「──三人とも。これらのことをアイオーンたちに伝えてくれるかしら。今日は、もう屋敷に戻って。私は、念のためにまだヴァルブルクに居続けるわ。ローブの者のことも探りたいから、少しの間だけでもひとりになりたい」


 その言葉に、アシュリーは小さくため息をついた。


「……電話通じるとこに出たら、すぐ向こうに電話して誰か来るよう言うわ。いくら戦い慣れてるアンタでも、戦ってるときに記憶障害が起こったらデカい隙作ってまうやろ。さっきも気持ち悪そうに動けんかったし」


「……ええ。そうなってしまうかもしれない。──とりあえず、一旦はヴァルブルクに戻りましょう」


 記憶障害が起きるのは、やはり自身の名付け親のことだけ。他の記憶が揺らぐことはない。

 どうして、その過去だけがそうなってしまうのだろう。

 この現象は、何と繋がっているのだろう。


◆◆◆


 ヴァルブルクの街に戻ると、ユリアの洗濯物を受け取った三人はすぐにこの地を去っていった。

 ユリアは、冷凍室にある残りのドラゴンの肉を簡単に調理し、さらに三人に持ってきてもらったものも食べた。その後にヴァルブルクの防壁に登り、空を見上げた。

 もうすぐ空が茜色に染まり始める。肌寒くなり、日暮れになる時間も早まってきた。これだけの魔力があれば、簡単に保温ができるため薄着でも問題ないが、ひとりの寂しさは紛らわせない。


「──痛っ……」


 また、ユリアに一瞬の頭痛が走った。

 昼間に頭痛があったばかりなのに、まただ。

 父上、母上──。

 腰に帯びているふたりの剣を、ユリアは不安そうに握り締めた。

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