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第四節 小憩 ②

「は!? 昆虫!?」


 アシュリーが叫ぶ。


「さすがに生では食べないわ。調理してから食べるわよ」


「いや、そこやないわ!」


「そこまで驚くことかしら……? 現代でも昆虫を食べる地域はあるでしょう? そういうのと同じような感じだと思うわ。私の場合は、香草や木の実などと一緒にすり潰して混ぜたら美味しい薬味が作れるから、昆虫系の魔物を狩っているけれど」


 薬味になる? 虫の姿をした魔物が?

 現代に生まれた三人には理解できなかった。


「虫やのに薬味とか……。しかも、魔物やのに……」


 その事実にうまく納得できないアシュリーは、腕を組んで悩ましげに唸り始めた。


「生き物だから食べられるわ。食べられない部分はさすがに廃棄するけれど」


「そんな見境がねぇからアンタは暴食魔人なんだよ……」


 クレイグが呆れ口調に呟く。


「昔の時代の人にとっては、どんな種類でも魔物を食べることは普通ですー。たとえ昆虫系でもー」


 と、ユリアはクレイグの言葉に対して不貞腐れた口調で反論する。


「あんな見た目してるのに、よく食欲出てくるね……?」


 イヴェットは信じられないものを見るかのような目でユリアを見つめている。


「見た目はグロテスクでも、なかなか美味しい魔物は意外といるものなのよ。だから、古い時代から、魔物を食すなら偏見を無くせという言葉があったわ」


「久々に、あんたは生きた時代がちゃうんやなって思ったわ……」


 残念ながら、この三人にはよく解らない感覚だったようで、ユリアは不満そうに「えー」と漏らした。



◆◆◆



 会話が途切れないまま歩き続け、たまに魔物も襲ってきたが、さほど難敵でもなかったので軽く薙ぎ払った。

 そうして、およそ一時間ほどが経ったころ。ユリアたちの前に、円形に窪んだ地形が現れた。穴の大きさは、直径を測るように歩くと十五分ほどかかりそうだ。穴の深さは、高層ビルが入りそうなくらいに深いだろう。その穴の底には、神殿らしき重厚感を放つ白亜の建造物があった。


「すごい大きな穴! これ、隕石孔なのかな?」


 イヴェットが興奮を抑えきれない声を出した。アシュリーもその巨大さに呆気にとられており、クレイグも好奇心が抑えきれない表情をしている。


「たぶん、そうだろな。特別な理由もなしに、こんなとこに神殿なんざ作らねぇだろうし」


「正解よ。ここは、遥か昔に、小さな星が落ちてきたことでできた窪みだと言い伝えられているわ。だから、神聖な地とされて神殿ができたの」


 三人は窪みの底に向かっていく。目指すところは白亜の神殿だ。

 神殿は、質素な彫刻が施された大きな柱が、長方形を作るように均等に並んでいる。屋根はなく、ひとつひとつの柱の上には彫像があった。おそらく、ここに祀られている神の眷属のような存在だろう。


「ヴァルブルクの街と同様に、そこまで劣化することなくしっかり残ってるな。さすがは魔力を使って造られた建築物だぜ」


 白亜の神殿に向かいながらクレイグが言うと、アシュリーがユリアに質問した。


「神殿自体は、何年前からあるん?」


「詳しい年代は、私もよく知らないの。かなり古い時代からあるものだとは思うわ」


「ってことは、この神殿、戦いとかに巻き込まれたことあるやろな。状態は綺麗そうやけど」


「ええ。きっと何度も巻き込まれたはずよ。そのたびに壊れたでしょうね。それでも、この神殿に祀られている神を信仰していた人々によって修復されてきたのだと思うわ。不信派と共存派の戦いが終わった後にも──だから、こうして綺麗な状態なのでしょうね」


「ユリアちゃんは、ここに来たことはあるの?」


 と、イヴェットも問う。


「来ていたわよ。戦争の勝利祈願でね。ここに祀られていた神は、秩序と安寧を重んずる大いなる力を持った神様だったようだから、お力を貸してくださいと願ったわ」


 その時、ユリアはふと思った。


(もしかしたら、アイオーンが言っていた星の内界にいた神が、ここに祀られていたのかしら……)


 テオドルスは、この神殿に祀られているのは名前のない『秩序と安寧を重んずる大いなる力を持った神』だと言っていたことをユリアは思い出す。それは、アイオーンが言っていた、星の内界にいた神の性質に当てはまるものだ。

 そして、ユリアたちは神殿に到着した。

 遠くから見ると壮大な雰囲気はあったが、近くから見てみると、意外と質素な造りをしている。


「建物の意匠はもっと凝ってるかと思ってたんだが──近くで見ると意外とシンプルなんだな」


 と、クレイグは柱を触りながら、その周囲を歩いてはきょろきょろと周囲を観察し始めた。


「祀られている神様の性格に合わせたのかもしれないわね。ここの神様は、力をむやみに振るうことを嫌う真面目な性格らしいから」


「……ユリアー。珍しい花って、まさかコレ?」


 アシュリーが指差す先には、神殿の柱と地面の間から生えている二輪の花だった。一本は茎が長く、花も大きな立派な花だが、もう一本はそれよりも半分ほどの長さで、花もやや小ぶりだ。

 二輪の花は、ともに見かけは百合の花のようだが、光沢のある銀色を帯びた白の花弁を持ち、その内側はほんのりと朱色に染まっている。

 おしべとめしべらしき部位はあるが、この花に生殖機能はない。まるで、花のかたちを真似て生きているかのようだ。


「そうよ。もうその二本しか残っていないようね」


「宝石みたいにキラキラしてんなぁ……。まあ、花のかたちに似た別モンやろうけど、マジでなんやコレ……」


 そうぶつぶつと呟きながらアシュリーは携帯端末のカメラで花を何枚も撮っていく。

 その時、遠くから地響きか暴風のような音が聞こえてきた。


「ん〜……? ゴゴゴって、音がするけど……風……でもなさそう?」


 イヴェットが不思議そうに周囲を見渡す。ここには風など吹いていない。しばらくして、地面がかすかに振動した。


「これは魔物ね。その気配がするわ。一度、窪みの外に出ましょうか」


 ユリアがそう言うと、四人は魔術で素早く窪みから抜け出し、地上に戻ってきた。地響きのような音はするが、まだ何も異変は見られない。だが、ユリアは、遠くであるものを見つけていた。地面が盛り上がり、それがこちらに近づき、やがて止まった光景だ。


「──いたわ。あそこね。地中に、おそらくワームのような魔物がいるわ。地面の盛り上がりが止まったけれど、前方を確認するために上がってきて、また地中深くに戻ったのだと思うわ」


「ワーム? 初めて遭遇する魔物やな。その魔物の肉片だけでも持って帰りたいわ」


「いいわよ。ワーム系の魔物は、食べてもあまり美味しくなかったから」


 アシュリーのひとりごとにユリアが返答すると、また三人はユリアにドン引いた。


「んなのも食べたことあんのか!? アンタの舌や胃はどうなってんだよ!」


 思わずクレイグは盛大にツッコミをいれるが、ユリアはその勢いに少し困惑していた。


「大抵の魔物は食べたことあるわよ。けれど、さすがにスライムみたいなものは、食べたらお腹下しそうだから食べたことがないわ」


「いや、どういう基準だよ……。ワーム系も食ったら腹下しそうだろ……」


 よく解らない見解のせいで、クレイグのツッコむ勢いが弱まる。


「えっと〜……昔の人は、普通に魔物を食べてたって言ってたけど、王族の人も食べてたの……?」


 イヴェットが呆れを含ませた笑みを浮かべて質問すると、ユリアは首を左右に振る。


「いいえ。王族の食卓に並ぶことはなかったわね。魔物は、討伐しないといけない厄介な生き物だから、王族や貴族からは品のない食べ物とみなされていたわ」


「さすがに『普通の』王族は食べないか」


 クレイグはわざと「普通の」という単語を強調したが、ユリアは無視した。


「ええ。だから、魔物を食べるために書かれた図鑑を片手に持ちながら、戦って食べていたわ。戦いのない時は、たくさん狩ってたくさん食べていたけれど……それを始めたのは、テオが副王になった頃からなのよ。だから、図鑑を制覇できなかったのよね……」


「いや、昔からガチの暴食魔人やったんかい」


 すかさずアシュリーはツッコんだ。

 ユリアが生まれた時代は、戦いが多く起きて、世は乱れていた。そのため、食べ物の調達が難しくなるときがあり、ヴァルブルク王国では王侯貴族も日頃から食事を制限していたという。

 今では大食いであることをいかんなく発揮しているユリアも、食事は制限していた。だが、暴食魔人としての箍が外れたのは、現代に来てからではなく、魔物が食べられると知ったときだったようだ。


「ローヴァイン家は上流階級にしては変わり者だけど、ユリアちゃんも王族にしては変わり者だよね……」


 イヴェットが呟くと、ユリアは唇を尖らせた。

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