第三節 憂虜 ④
「いろいろな気持ちを吐き出してしまったけれど、この時代で生きていく決心に変わりはないわ」
ユリアは、心を強くするきっかけを得ることができず、与えられることもなかった。その機会があれば、彼女はあの悲劇を経験しても、自害を選ばずに最後までアイオーンと共に戦い、自国の王となって国を治めていたことだろう。
その時、ユリアの内側で、生まれ持ったものではない大いなる力が沸き起こってきた。
ああ──これは、あの力か──。
眠りから覚め、全身にその力が広がっていく。その力の正体を察しても、ユリアは特に驚くことはなかった。
「……魔力が濃いところに居続けたから、覚醒したのかしら……。眠っていた力が目覚めたような……簡単には死なないという根拠のない確信を抱いてしまう……」
「それは……不老不死の力が、蘇ったと……?」
アイオーンの顔から血の気が引いていく。
ユリアは、魔術で軽く指の皮膚を切り、血を流してみる。すると、切り傷から血は滲んだが、一秒もしないうちに傷が閉じた。治癒速度が格段に早くなっている。それを見たアイオーンは絶望するように唇は震わせた。
「……すまない……」
「気にしないで。また薬を作って飲み続けていれば、不老不死の力を封印状態にすることができるもの」
「だが、また薬の副作用に苦しむことになる……。それに、今後も極秘部隊として活動するならば、魔力濃度の高いところばかりに行くはずだ。そうすれば、またその力が目覚める。根本からどうにかしなければ意味がない……」
そして、アイオーンは恨めしそうに自らの手を見た。
「この『器』ではなく、本来の身体であれば、君のなかにある不老不死の力を消せる可能性があるのだが……。──そもそも……なぜ、わたしは……このような力を持って生まれてきた……?」
現在のアイオーンの身体は『器』と呼ばれる作り物である。現代の魔力技術と、ユリアの血が持つ特殊な力などから作られた『人間にかぎりなく近い肉体』だ。それゆえ、本来の身体が持つ頑丈さは無い。星霊の核から出力できる力も、本来の身体と比べてかなり低いという。無理をすれば『器』が壊れ、心臓となる核の存続に必要な魔力を確保できなくなって死んでしまう。
ユリアは、己の能力を疎むアイオーンを抱き締めた。アイオーン自身は、長らくその特別な力に苦しんできたが、ユリアにとってはそれに救われて今がある。
「私は気にしてなどいないわ。この不老不死の力があったから、今の私があるのよ。それに、力が覚醒したからといって、死んでしまうものではないのだし──」
「──っ……!」
その刹那、アイオーンが苦しみだし、頭に手を置いた。
「ど、どうしたの?」
ユリアは、アイオーンから離れて顔色を伺った。
「……一瞬、頭に痛みが起こっただけだ。よく眠ったと思っていたが、『器』はまだ本調子ではないらしい──」
『一瞬だけ頭に痛み』があった──? 先日、自分に起こった記憶障害の前兆と同じではないか。
すると、突如としてアイオーンの顔が呆気にとられたような顔つきとなった。そして、静かに目を見開いてユリアを写す。
「……アイオーン……?」
「……」
アイオーンは、戸惑いと何かを疑うような顔つきでユリアを見ている。そして──。
「……違う。きみは……ユリア・ジークリンデだ……。わたしが、名を付けた人間……」
「アイオーン……! あなたも──痛っ……!?」
ユリアにも頭痛が起こり、そして『ユリア・ジークリンデ』という名を付けてくれた者の記憶が変わっていく。
自分の名前は、両親が名付けてくれた──違う。違うわ。
ならば、誰?
人間ではない──星霊。
そこにいる人──アイオーンだ。
(私の名前は、アイオーンから貰った──!)
そのことを強く意識していると、少しずつ気持ち悪い感覚がなくなっていった。
ユリアはアイオーンに目線を向ける。アイオーンは、具合が悪そうに力のない目つきでユリアを見た。
「……これが、きみに起こった記憶障害か……」
「ええ……。まさか、同時に起こるなんて……。魔術の気配はなかったのに……。これは、ヴァルブルクにいるから起こるものなのかしら……」
「どうなのだろうな……」
ヴァルブルクの異変は、わけのわからないことばかり起こっていく。
駄目だ。焦るな。不安になるな。
今、できることはなんだ。何かが判るかもしれない行動とはなんだ──。
「……明日、アイオーンは街に帰って、このことをテオたちに伝えて。私たちに起こった記憶障害についても、情報共有をしておいたほうがいいかもしれないわ」
ユリアの提案に、アイオーンは複雑な気持ちを露わにする。ひとり残すユリアのことが不安なのだろう。
どうして、名付け親のことだけが欠落し、別の記憶へと置き換えられてしまいそうになるのか。
他の記憶も、いずれそうなってしまうのか。
この現象が続いていくと、アイオーンに名付けられたという記憶を失くしてしまうのか──。
「……大丈夫よ。私の名前は、アイオーンから貰ったもの。そのことは絶対に忘れない。ヴァルブルクがこうなった原因も、必ず見つけてみせる。どこに何があるのかもわからないけれど、進み続ける。──私は、諦めたくない」
今は何もわからない。だからこそ怖い気持ちもある。だが、一度でも尻込みしてしまうと、前に進みづらくなくなってしまいそうだった。
絶対にヴァルブルクをもとに戻す。この地に眠る者たちのためにも、穏やかな地に戻したい。
「……わかった。だが、わたしの代わりに、誰かをヴァルブルクへ向かわせる。不老不死の力が戻ったといえ、無理はするな」
「わかっているわ。無理はしない。──だから、そろそろ戻って、夕飯にしましょう?」
ユリアは、アイオーンの右手を両手で包み込み、微笑んだ。
その夜は、見張りを交代しながら互いに寄り添って休んだ。
どこにも行くはずがない──それでも、どこか遠くへ行ってしまいそうな気がしてしまって、怖かったのだ。




