第三節 憂虜 ③
「アイオーン──」
リュックを背負い、ユリアの両親の形見である剣を帯剣したアイオーンの姿が遠くに見えた。ユリアは防壁から大通りに降り立ち、アイオーンを待つ。やがて、屋根の上からアイオーンが降りてきた。
「……まさか、敵が街にまでやってくるとはな……」
「ええ……。けれど、わざわざ街にやってきた目的がよく判らないわ。やったことは、人に危害を与えることなく世間に目立つことだけ──。今もあの者の姿や気配はないわ」
「……」
不可解な行動にアイオーンも憶測が立てられないようだ。ため息をつくと、「とりあえずは、これを」と言ってリュックと形見の剣を差し出した。
「中に入っているのは、極秘部隊の制服と着替え一式だ」
「剣も持ってきてくれたの? この環境下だと使わないのに」
「それでも、きみにとってはお守りのようなものだろう」
「……そうね。ありがとう」
リュックと剣を受け取ると、ユリアは魔物の肉を冷凍してある民家の方角を向いた。
「向こうにある家に、ドラゴンのお肉を冷凍してあるわ。アイオーンはどうするの?」
「わたしも、今日はヴァルブルクに泊まるつもりだ。食事もそれでいい」
「わかったわ。日が出てから、私はまたヴァルブルクの地を調べてみるわ」
「──カサンドラからの情報によると、他国の母なる息吹は、軒並み魔力の噴出量が減っているらしい。増えているのは、ヴァルブルクだけのようだ」
そのことをアイオーンが言うと、ユリアは不安そうに眉を顰めた。
「……前の任務先にいた星霊が、地脈に何かがあるのかもしれないと言っていたわよね……? 地脈をしらべることなんて、わたしたちには出来ないけれど……」
ふたりの間に沈黙が流れる。
またこんな心持ちになってしまった。駄目だ。不安でも、できることをしていこう。調べていけば、きっと何かは見つけられるはずだ。このことができるのは、私たちだけなのだから。
「──ところで……日が暮れる前に、摘んだ花を父上と母上のお墓にお供えしたいのだけれど、いいかしら?」
「……ああ。行こう。わたしもふたりの墓参りをしたい」
◆◆◆
ユリアの両親の墓は、ヴァルブルク城の中庭にある。ふたりの遺体は無いが、正式な墓はヒルデブラントの墓地にある。ここは、ユリアたちが半年前に造ったものだ。
ユリアは、摘んだ野花をふたりの墓の前に置き、アイオーンとともに黙祷をしながら祈りを捧げた。ユリアは目を開けると、両手で両親の墓石を撫でた。
「父上、母上……。おふたりは最期まで、国のために民のために、最善の道を選び続けていたと思います。だからこそ、私に殺せと命じ、次の王になれとの言葉をかけたのですよね──」
これは、自分の欲望かもしれないが。
ユリアはそう呟くと、墓石から手を離して俯いた。
「……アイオーン……。少し、両親に伝えたいことがあるの。だから、少しだけ時間をちょうだい」
「……構わない。言いたかったことを、ここで吐き出すといい」
アイオーンは、ユリアが何を言いたがっているのかをすぐに理解した。「ありがとう」と礼を言うと、ユリアは顔を上げ、ふたつの墓石を見つめた。
「……父上、母上。ここで、私の本音を打ち明けさせていただきます」
最期の時間は、無理をして笑顔で見送った。
だから、ここではいろいろと言いたかったことを言わせてほしい。
「──やっぱり寂しかったです……。ずっと心がぽっかり空いたままで……テオとアイオーンがいなければ、この世が色鮮やかだったことも解らなくて……。それが解っても、心は満たされなかった──」
すると、ユリアは手に持っていた形見の剣を墓前に差し出した。悔しそうな、悲しそうな、怒りもあるかのような、そんな顔つきで口を開く。
「私を娘として愛してくださっていたのなら、もっと早くその言葉が欲しかった……! この剣を、もっと早くいただきたかった! たしかに『英雄』には、この剣は不要だった──魔力を編めば、なんでも作れるから……。けれど、『私』には必要だった! 私は、予言の子である前に、父上と母上の娘であり、普通の人間です!」
高ぶる気持ちを鎮めるために、喉から出そうになった続きの言葉を、ユリアは止めた。何度か静かに深呼吸をして、口を開く。
「……特別な存在なんて、なりたくなかった。予言の子なんて……英雄なんて……なりたくてなったわけじゃない……。歴史に名を刻みたくて、頑張ったわけじゃない……。ただ、少しだけでも、『普通の子ども』として……」
涙は出てこない。だが、様々な想いが一気に溢れ出し、どういう言葉にすればいいのか自分でもわからない。上手く言葉が整理できず、伝えたい想いが正しく伝えられていない気がする。
本当は、父と母からの愛が欲しかった。両親から愛されているのだという実感が欲しかった。
こんなことを訴えても無意味なことだ。両親は、きっとあの世で困り果てているだろう。わかっていることなのに、言ってしまった。
「ずっと耐えて……『私』を殺し続けて……頑張ってきた……。みんなが『そうあってほしい』と望んだから……。私の居場所は、『そこ』にしかなかったから……そうなるように頑張るしかなかった……」
わかっている。
民たちも、家臣たちも、両親も、みんながあの時代を頑張って生きていた。私だけではない。
大勢が何かに縋りたいと思うほどの時代だったのだ。もとは人間といえども、人ならざる異形と化して強大な力を持った敵がいた。それに立ち向かうのは恐怖でしかなかった。そのこともわかっている。
だから、ヴァルブルクの戦士たちが星のような存在に見えた。恐ろしくとも立ち向かう魂が美しいと思った。
それでも、言わせてほしい。
「人々から『英雄』になってほしいと望まれたら……なるしかありません……。民を守るのが王族の役目です。……けれど、せめて……」
ユリアは、両親の形見の剣を強く握りしめる。
「──おふたりのことを、『父上』『母上』と呼びたかった……。どうして、他人のような関わりしかできなかったの……? どうして私は、家族を殺さないといけなかったの……? 私は、父上と母上と、一緒にいたかっただけなのに──ふたりの娘として、王の子として、ヴァルブルク王国と共に生きたかっただけなのに……」
愛されている実感があれば──。
もっと親子としての関わりがあれば──。
たとえ、両親とテオドルスを殺さないといけなかった運命だったとしても、その苦しみを乗り越えられたかもしれない。また別の歴史を歩めていたかもしれない。
ユリアは項垂れた。片手で顔を多いながら、深く息を吐いていく。
「ああ……なんて、情けない……。こんな醜いもの……両親にぶつけるべき感情ではないのに……」
けれど、これが本当の私。思っていたことはこれで言えた。
ひと息つくと、アイオーンはユリアの肩を掴んで抱き寄せた。
「昔のきみは、我慢をし過ぎていて、そして頑張りすぎていた。だからこそ、少しくらい怒りを吐き出しても罰は当たらないはずだ。罰が当たるというのなら、わたしが神だろうがなんだろうがどつきまわしてこよう」
と、言って微笑む。
『どつく』は、西部地方の方言だ。殴るという意味合いのある言葉だが、西部地方の方言が身に染みているアシュリーの影響で、アイオーンもその言葉を知っている。昔のこの人なら知っていても使わなかっただろうが、今はそういうことをノリで言うようになった。
「……あなたなら、本当に神様でもどつきまわしてくれそうね」
ユリアは、咎めることも呆れることもなく、静かに笑った。
そう言ってくれたおかげで心が楽になった。




