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第三節 憂虜 ②

「──うわっ!」


「きゃあ!?」


 通行人が悲鳴を上げ、傍にいた人々が立ち止まってざわめく。ユリアに鳥肌が立った。

 あまりにも突然の出来事だった。

 割れたガラスは、ついさっき通り過ぎたアパレル店のディスプレイのガラスだった。そこには、銃弾でも受けたかのように一箇所だけ粉々になったことろと、そこから雷のような長く伸びた割れ目がいくつもできていた。ガラスの破片は、飛び散ることがなかったため怪我人はいない。

 一瞬だけ感じたあの魔力の気配に、ユリアは覚えがあった。

 あの魔力だ。ヴァルブルクにいた、あの──。


「──な、何だ急に!? うるさっ!」


「あの時計塔の鐘の音!? いきなり壊れた!?」


 すると、時計塔の鐘が狂ったように鳴り響いた。人々がざわめく。

 あの時計塔は、今では正午にのみ鳴るようになっているはずだ。だが、今は正午ではない。あの時計塔の鐘が、こんな壊れ方をするとは思えない。


(まさか……)


 ユリアは、時計塔に目を向けて気配を探った。

 すると、姿は見えないが、かすかに魔力の気配が時計塔の天辺から感じることができた。


(あの気配は──)


 先ほどのガラスが割れたと同時に感じた気配と同じ──ヴァルブルクにいた、不審者。白いローブの者。

 アパレル店のガラスにヒビが入ったのは偶然ではない。狙いは私だ。姿を消していても、魔力の気配を断っていないのは、ここにいることを私にわからせるためだ。

 なぜだ。何のために、力のない一般人たちが多くいるこの地にやってきた。

 なぜ、ここに私がいるとわかった? この遭遇は、たんなる偶然なのか。

 街中で魔術を扱えるのは、ヒルデブラント王国騎士団の騎士という役職がある者だけ。戸籍もない魔術師などが目立てば、ローヴァイン家や元ヒルデブラント王国騎士団の総長であるダグラス、女王のカサンドラたちにも迷惑がかかる。

 だが、大勢の一般人の近くに力を持つ敵がいる。次に何をするかはわからない。ユリアは手をかすかに震わせながら、姿のない敵を見つめた。

 あの者が、こちらに向かって飛び降りた。一般人を盾にするのか──いや、その動きはない。攻撃もしてこない。こちらが人混みの中では戦えないことを判っている。


(ここから離れないと……!)


 ユリアは、人混みをかき分けて路地へと入った。人目がつかないところまで深く入り込むと、姿と気配を消し、人通りの多いことろから離れていった。

 街から遠く離れたところに行かないと危険だ。

 後ろを振り向かずに走り続けていく。人が少ないところに行き着くと、ユリアは地を蹴り上げて建物の屋根に上がり、そのまま屋根を伝って移動していった。


(──いつの間にか、あの者の気配がなくなったけれど……。ここまで来れば、戦っても被害は少ないはず……)


 やがて、街からかなり離れた場所にやってきた。民家も店も見当たらない。誰の気配も姿もない。広い野原が広がる場所には、ユリアだけがいた。

 しかし、ユリアに存在を主張した者が姿を見せることはなかった。魔力の気配も感じない。

 あの者を撒くことができたのか。それとも、そう思わせて油断を誘うために姿を隠しているのか。


(……このまま屋敷に帰っても、後をつけられていたら……)


 ローヴァイン家の屋敷が、被害に遭ってしまうかもしれない。あの辺りは人通りは少ないが、いるにはいる。

 敵の狙いが何なのかも、未だにはっきりしない。

 しばらくの間、ユリアは思案し、手に持っていた携帯端末の画面を操作して電話をかけた。


『──どうしたんだい?』


 電話を繋げた先は、テオドルスだった。


「テオ……ヴァルブルクの不審者が、新市街の時計塔にいた……!」


『……なんだって……?』


「正午にだけ鳴るはずの鐘が、正午でもないのに、急に何度も鳴り響いて……あの者が、姿だけを消して時計塔にいたの──。今でも、その時計塔の周辺では騒ぎになっていると思うわ。あの者は、私に自分の存在を気づかせるために、魔術で鐘を鳴らしたのだと思う。姿は消していたけれど、魔力の気配は隠していなかった。そのまま私の動向を見ていただけで、一般人に危害を加える意志はなさそうだったわ。一般人を人質にとるというよりは、自分の存在を私に知らせるためだけに行動したような感じだったわね……」


『……今、そのことを調べているけれど、時計塔の鐘は収まったみたいだ。怪我人がどうこうという情報は見当たらない。鐘の騒動は、きっと装置の不具合によるものと報道されるだろうけれど……現代でも、魔力の扱いが上手ければ、それくらいのことはできる。──それで、ユリアはその時にどうしたんだい?』


「こちらに向かってきたから、魔力の気配と姿を隠して、街の郊外まで逃げてきたわ。街中で戦うことはできないから……。あの者を撒くことができたのかは……正直なところわからない。逃げているときに、いつの間にか相手の気配がなくなっていたわ。けれど、姿と気配を隠しながらこちらの様子を伺っている可能性がある」


『戻るに戻れない、ということか……』


 そして、テオドルスは難しそうに小さく唸った。


「……ええ。このまま、私が屋敷に戻るのは危険かもしれない。屋敷は街の郊外にあるけれど、普通の人が住んでいる地域だもの。だから、せめて今日と明日だけでも、私はヴァルブルクで過ごしたほうが安全かもしれないわ」


 そのことを伝えると、テオドルスは『それでもな……』と呟くと、黙ってしまった。何かを考えているのかもしれない。


「テオたちは屋敷にいて。あの者が、街に潜んでいる可能性もあるから。それに、街で戦闘が起こっても、まだ世間を騒がせずにすむのは現代人のみんなくらいだもの。私では戦えない……」


 仲間の現代人は、みんなが警察機関に属していた魔術師だ。だから言い訳が作りやすい。対して、ユリアは戸籍がなく、ヒルデブラント王家に存在を隠されている身だ。目立ってしまったことがきっかけで身分を探られてしまうと多方面に迷惑がかかってしまう。


『……それでも、誰かひとりは君の傍にいてもらいたいかな……。こちらとしては、君がひとりでいるよりも安心感があるからね』


 無理をすると思われてしまっている。否定できず、ユリアは小さく苦笑した。


「……わかったわ。人選はそちらに任せるわね」


『みんなへの伝達は、私がしておく。ユリアは、そのままヴァルブルクに向かいなさい』


 できればグルメフェスで何か食べたかったが、もう街には行けない。だから、ヴァルブルクで魔物を狩るしかない。ショルダーバッグの中には、使えそうな道具など何もないが、魔術があればなんでもできる。魔術は便利だ。


「ありがとう。夕方になる頃にはヴァルブルクの街にいるわ。それまでは食料を調達するために、魔力の気配を消して、いろいろなところに行くつもりだから──」


 人選はどうなるだろう。テオドルスかアイオーンだろうか。元警察機関の魔術師である現代人のみんなは、街で戦闘が起きたときにいたほうがいい。世間から魔術を使うことを認められていて、土地勘もあって、どういった対処をしたほうがいいということも判るはずだ。現代社会から関わらずにいると、そのあたりについてどうすればいいのかわからないことも多い。

 けれど、ある意味では、ちょうどよかったかもしれない。ラウレンティウスの姿が、目に映ることがないからだ。またそのことで微妙な空気になるのは少し避けたい。

 そして、両親の墓参りもゆっくりできそうだ。



◆◆◆



 ヴァルブルクに着くと、まずユリアは魔物を狩った。狩った魔物は、近くを飛んでいたドラゴンだ。なかなか美味な種類だったことを記憶していたので、ユリアは見つけた瞬間、思わず無意識に魔術を発動して倒してしまった。

 大きな個体だったので、これでしばらくは魔物を狩らなくてもよさそうだ。魔術があれば、動きにくくて汚したくない服装でも簡単に魔物を倒し、その肉をおろすことができる。おろした肉は、先日利用したヴァルブルクの民家に置いておくことにした。民家にも術式を使った冷凍室がある。そこに置いておけば腐ることはない。

 次にユリアは、味付けのための香草や山菜、そして両親の墓に供えるための花を探し始めた。現代に馴染んだ今、単純な味付けでは満足できない。両親の墓参りに適した花はなんだろう。両親には、好きな花はあったのだろうか。そのことを知っていればよかったのだが、何も知らない。だから、かつて城の庭にあった花でも摘んでいこう。

 そんなことをしているうちに、空がうっすらと茜色に染まる時刻になっていた。そろそろ誰かがヴァルブルクの街にいる頃だろう。

 ユリアはずっと警戒していたが、この日はローブの者はやってこなかった。

 街に到着すると、ユリアは気配遮断を解き、一番外側の防壁の天辺に登って周囲を見渡した。すると、魔力の気配がこちらにやってきた。この魔力の気配は、あの人だ。

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