異世界転生した私。モブキャラのはずがいつの間にか婚約破棄・断罪イベントの主役です!
「サラ=ホフマンっ!!!!貴様との婚約を解消する!!!!」
金髪碧眼に、金糸の刺繍を施した白い礼服を着たキラキラした男は、私を指さして言った。
意気揚々と会場の一番高い位置、壇上から怒鳴った見た目だけ良いこの男。このフォルツ国の第一王子であり、私の婚約者、アーベル=フォルツ。
卒業パーティの会場とあって、にぎやかだった会場が一瞬で静まり返った。
私は、アーベルとおそろいで作られた白と金糸のドレスの裾を両手でつまみながら、壇上へ登る足を止め、彼の顔を見上げた。
ふと記憶が蘇る。
「あら…これってもしかして…?」
あとに続く(断罪イベント!?)という言葉は、すんでのところで飲み込んだ。
3年間に渡る妃教育の賜物。呟いた言葉は誰にも聞こえていないし、私の表情に変化もない。
学校の勉強と妃教育に追われ、血管が透けて見えそうな程に白くなった顔を上げて、鳶色の瞳で婚約者を冷たく見つめる。
3年間の学生生活を終え、離れ離れになる友人との別れを惜しむ卒業パーティで、こいつは何をやってるんだ?
第一王子と対のドレスを着せられている私。
怒りが満ちると少し青みがかる鳶色の瞳は気に入ってはいるが、その瞳も栗色の髪も、この世界ではそれほど珍しくはない。
第一王子の婚約者ではあるけれど、全体的に平凡な容姿の私。サラ=ホフマンと第一王子で婚約者のアーベルは、同い年だ。
互いに学園に入る前の12歳に王命により婚約し、16歳となった私達は、今日一緒に卒業する。
今のところ一番国王の座に近いと言われているアーベルは、卒業生代表として壇上で挨拶する予定だった。
まだ婚約者に過ぎない私は、段の下の一番近い場所から見守る予定だった。
だが、アーベルが「来い」というから、壇上に上がろうとしただけなのに。
今年は『王族が卒業する年』
『学生の間は身分の優劣を問わない』という校風の下、学校の行事では保護者も多少の気安さは許される。
上位貴族とも挨拶ができる特別な機会とあって、王族が学園にいる年は様々なイベントで保護者の参加が倍増する。
そんな上位貴族から下位貴族までこぞって参加しているパーティのはじまりの暴挙。
できるかぎり表情を変えず、アーベルの青い瞳を見つめ返す。心のなかでは(まったく最後の最後までホントどうしようもない男だわ)と悪態をつきながら。
この男は、私の知りうる限りのこの3年間、授業をサボったり、居眠りしたり。王宮の仕事もすっぽかしてばかりだった。
「お前との婚約を解消し、俺は聖女イレーネ=アイスラーと結婚する!!!!
そもそも貴様のような魔法も使えない成り上がり者が俺様の婚約者となったことが間違いだったのだ!!イレーネ、隣へ!!」
「はぁい」
階段の途中で歩みを止めている私の横を、同じデザインのドレスを着たピンクブロンドの髪の女性が小走りに駆け上がっていった。
私の横を駆け抜ける際に薄紫色の瞳がチラリとこちらを見て口角の端が釣り上がったのを私は見過ごさなかった。
(あぁ、彼女に似合うデザインだったのね)
無理矢理対にさせらせたドレスは、残念ながら私には似合っていなかった。アーベルに合わせたかと思っていたのだが、どうやらイレーネの方だったらしい。
垂らしたままのピンクブロンドがふわふわ揺れている。
(あの方が聖女イレーネ様。…このドレスで小走りできるとか、すごいわね。躓かないのかしら?)
イレーネは、アイスラー子爵家の娘で、地位もそれほど高くなく、裕福な貴族でもない。
学園に入ることは貴族の義務と言われる一方で、豊かではない領地の場合、例えば学費の負担を減らしたい場合には、子息だけを入学させるケースもままある。
アイスラー家もそんな貴族だった。
ただし、例外もある。
入学可能年齢の者に魔力があった場合。その場合だけは、身分を問わず学園への入学が可能となる。
負担となる学費の支払いについては、在学中及び卒業後にその魔力の種類に応じた国の機関で、一定の奉仕活動をすることにより免除される。
ちなみに、聖なる力といわれる『治癒力』を宿している女性だけは、昔からなぜか魔法使いの中でも俗称で『聖女』と分けて呼ばれる。男性でも治癒力を使える人もいるのだがなぜかそっちは『魔法使い』だ。
確か聖女イレーネ様もそんな一人だったはず。
魔力は欲したところで、誰でも手に入るものではない。
力の差こそあれ、発現したときには平民であっても一発逆転のチャンスとなる。
貴族でも平民でも魔法関連の就職に断然有利だし、結婚市場においても有利に働く。
平民だったら『学園卒』の肩書だけでも、お給料の良い仕事につきやすくなるし、場合によっては、貴族の養子に入るケースもある。
とにかく、魔力があるということは、人生を変えるビッグチャンスなのだ。
(で、玉の輿狙いに来たってわけね…)
傍から見れば、サラは婚約解消を言い渡された可哀想な伯爵令嬢。
自分が負けそうな局面だというのに、サラはどこか他人事のように冷めた目でイレーネを見ていた。
「きゃっ」
軽やかなステップを踏むように階段を駆け上がって行ったイレーネだったが、案の定、最後の段をのぼり切るところで躓いた。
だが、そこにちょうど立っていた王太子に抱きしめられ、二人は寄り添う形になった。きっとあれも策略なのかもしれない。あざといわね。
「サラ!びっくりして声も出ないか?
お前のような愛想のない田舎娘より、聖女イレーネのほうが俺によっぽどふさわしい!!
そもそも、お前がイレーネを妬んで、いじめているということはわかっている!
学園での厳しい勉強に加えて、放課後は治癒院で奉仕活動もしている心やさしいイレーネにお前はなんという仕打ちをするのだ!?」
「はぁ…なんのことだかわかりませんが?
とりあえず、殿下のおっしゃりたいことは、私との婚約は破棄したいということでかまわないんですの?」
段の途中で歩みを止めたまま、気づかれないよう、ちらりと周囲に目を配る。
(うん、ちゃんといい場所にいるわね)
親ばかなうちの父親は、私の晴れ舞台、卒業式を特等席で見るために最前列にいた。
そして隣には録画石を持った侍従セバスチャンが控えている。
お父様は突然起こった出来事に怒り心頭。こめかみに血管が浮がっている。
◇
私が転生したこの世界には、魔法が使えて、聖女がいる。
34歳まで日本という国に住んでいた私。
会社員として普通に働いて、お休みの日は買い物したり、友だちと会ってお酒を飲んで、会社のこと、彼氏ができないことなどを愚痴り合う。
そんな普通のどこにでもいる平凡な人間だった。
最後の日の記憶も、友達と約束をしていた。
もうすぐ待ち合わせ場所に着くと思った頃、友達から『ごめん、5分くらい遅れる!』というメッセージが届いた。
『はいよー、気をつけて!』なんて、信号が青に変わるのを待ちながら、返信を打ち込んだ。
だから気づくのが少し遅れた。
信号が変わる直前、スピードを上げた直進の車と、右折の車とがぶつかり、その反動で私のところに突っ込んできたのを。
私はあえなく死んだ。
◇
意識が戻ったのは、温かい水の中。暗闇の中。
時折外から男女のやさしい話し声が聞こえる。
ずっとそんな幸せなまどろみの中にいて、ただ穏やかにそこに存在した。
だけどある日その空間が一変した。
私は、狭い道を通り、眩しい光の中へ無理やり押し出された。
私はびっくりして泣いた。泣きながら気づいた。
(あれ、これって輪廻転生ってやつ?)
昔ネット記事かなにかで聞いたことがある。
生まれたばかりのときはお腹の中にいた記憶や、前世の記憶があったりするって。
でも、誰にも話すことができないまま、現世の記憶で上塗りされていって忘れる、って。
だけど、私はいくつになっても忘れなかった。
そして、私のは輪廻転生じゃなくて、異世界転生だったことに気づくまで、そう時間はかからなかった。
今までと違う世界で怯える私。驚く私を、両親はいつも暖かく見守り、育ててくれた。
フォルツ王国の北方に位置する伯爵家の長女。
土地だけ広くて、冬には雪で閉ざされ、作物の育たない地域。
前世の、しかも別の世界の記憶を持つ私は、今思えば変わった子だったと思う。
この世界に生まれてきたことが、どこか現実味がなくて。
しかも異世界転生といえば、『最下層の生物に生まれ変わってもチート』とか、『モブキャラに見えて実は私が聖女でした』とかが定番。
だから私もそうなるんだと思っていた。
今はこんなしがないモブ伯爵令嬢だけど、そのうち私にもなんらかの力が…って当たり前のように信じてた。
魔法もある世界だったし、魔法を使える人も稀にいたから、「今は、私はまだその能力がないけど、そのうち世界を救うよ?」って思ってた。
両親ともに、「一族誰も魔法使えた人はいない」と言われても、『私は特別な人間』とか思ってた。
間違いなくイタイ子だったよね。
だから努力もせず日々優しいお父様とお母様と、使用人に囲まれてダラダラ過ごしてた。
でも、5才のある日、お父様と執事が話しているのが聞こえてきた。
季節は秋。
雪の早いこの地域では、収穫祭も終わって、冬の準備をしている時期だった。
お母様は、もうすぐ子供が生まれるからお腹も大きく、少し身体がしんどそうだった。
お母様がお部屋で横になっている間、私は2つ下の弟ラルフと一緒に、お父様の執務室に向かった。
今日のティータイムは、私も手伝ったクッキーがあったから、侍女のマリーにお茶の用意をしてもらって、私はラルフの手を引く。
そして漏れ聞こえてきた、『今年の農作物の収穫量がギリギリだった』ということ。
今年は天候不良の日が多く、昨年に比べてできが悪かったとのこと。
森に餌が足りないのか、山から獣や魔獣が降りてきて農作物を荒らし、その被害も大きく、またその対策の費用も財政を圧迫したということ。
今の時期から対策を練らないといけない、とかそんな内容。
のほほんと生きていた私には衝撃だった。
魔獣に襲われて命の危険から発現するパターン?それとも気のいい貧乏領主の没落からの成り上がりのパターン?
「そんなっ!!私のチート発現を待ってる場合じゃなくない?発現しなくてもいいから、私、穏やかに生きたいわっ!!
ていうか、私、ただお話を盛り上げるためのモブキャラとか、踏み台キャラだったらやばくない?」
5歳にして、急に自分の人生に暗雲が立ち込めた瞬間だった。
だって私、前世で平成~令和と30年以上生きてきてる。
30年以上生きてて、そりゃそれなりに苦労もしたこともあったけど、だれしも苦労なんて生きてる年数分色々あるでしょ?
今までモブだったのに、異世界転生したからって、ある日突然お話の主人公になる、なんてどうして信じてたんだろう?って急に絶望した。領主の娘だからって浮かれてたわ。
もしかしたら、異世界に転生するなんて実はそう珍しいことじゃないのかもしれない。
前世からすると『異世界』だけど、5年この世界で生きてきて、私にとってここは、今、私が生きる世界だ。
後から考えれば、お父様は賢明な領主様だったから、そんな時でもしっかり対策できる方だったんだと思う。
ただ、万が一のことを考えて、二重三重にも策を練る相談をしてただけで。
でもこの時の私は、この世界に伯爵家の長女として生まれて、急に不安に感じ始めた。焦り始めた。
34年+5年間も生きてきて、何やってるの、私っ!?て。
ほら、年取ってくると「あの時もっと勉強しておけば、私の人生変わったかも」とか思うことってあるじゃない?
「私がなんとかしなきゃ!今やらないでいつやるの!?」って使命感が生まれちゃったわけ。
傍から見ると異常な5歳児だったと思うけど、こっちは人生かかってるから必死。
人目なんか気ににしていられない。
その冬はひたすら領地のことを勉強した。
ちょうどお母様が妹のアンネを産んで掛り切りだったから、私は弟のラルフに勉強を教えていた。
私の知り得た情報を手作りかるたにして、ラルフに覚えさせたり、屋敷の使用人に絵を書いてもらってボードゲームを作ったり。
「サラ…これは…なんだい…?」
大人しく姉弟で遊んでいると思ったお父様が、子供部屋にやってきて私に尋ねた。
「お父様、これは人生ゲームですわ。
スタート時に持っているものを如何に活かして、領地経営をしていくか学べるゲームですの。私では見聞が浅くて、まだまだ改良の余地はあるのですが、お父様もやってみます?」
最初のカードを引くと、金持ち領主から、貧乏領主。ひいたカードの規模の領主になる。
そして、それぞれ領地の規模に応じて所持金や資産カードが与えられ、ゲームがスタートする。
このゲームは現実と同様、スタートが金持ちであっても安心はできない。
すごろく同様、止まったマスで、災害や投資失敗で借金を負うケースもあれば、厳しい冬を乗り切るほどの貯蓄がないなんてリアルなケースもありつつ、税率が上がりすぎれば領民の反発をくらい、犯罪率が増えるとか。
魔法の力が目覚めれば、逆転のチャンスだったり、借金まみれでも家族の婚姻で逆転のチャンスもあったりする。
当初『平民』や『商人』カードなんてものも考えたんだけど、難易度が高すぎてやめた。
でも、経営に失敗すると平民になることだってあるし、婚姻関係に商人っていう選択肢もある。
ちなみに、『王族』カードだけは「不敬になる」と侍女のマリーに止められた。
あと、金額は適当だ。そもそもこの世界に来てお金を使ったことなどないのだから。
「ラルフ、これはゲームだからこんな魔法とか、婚姻とか一発逆転のチャンスも入れているけれど、こんな投機的なチャンスに期待して人生を棒に振ってはいけないわ」
「とうち…てち?」
ラルフは舌っ足らずな喋りで聞き返してきた。
ただ形だけ私の相手をさせている状態の3歳児に言ってもわかるはずがない。それでも私は語る。
「ええ、可能性の低いことに期待して博打を打つような真似をしてはダメよ?
私達にはすてきな家族がいて、守るべき領地に領民があるわ。
この笑顔と幸せを守って楽しく生きていきたいのなら、与えられた恩恵を最大限活かす努力をしなくてはいけないの。
そして何よりお父様とお母様のような幸せな結婚しないといけないわね。ちゃんとお相手を選ばなくては。
お金があっても、愛のない、理解のない配偶者を得たらこんなに不幸なことはないわ!」
「サラ…」
そうラルフに言い聞かせる私を、お父様は複雑な表情で見ていた。5歳らしからぬ行動と発言をする私に戸惑い始めた。
でも、私のやることに反対はしなかったし、希望をすればより具体的なアドバイスを与えてくれた。
変わった子ではあったけれど、彼らの長女として惜しみない愛情を与えられ、見守ってもらえた。
そんな早熟な私にお父様は、地図を見せながら各領地の穀物高とか人口、名産品とか、産業とかを教えてくれた。もちろんお父様が領主会議で知りうる限りだけれど。
それをゲームに落とし込んで、なんとなく領地経営を学んでいった。
その時は必死だったから気にしてなかったけど、今思えばちょっとやりすぎたわね。
そして、その冬が終わって春が来て、私はお父様にお願いして領地内を見学した。お母様が、妹に付きっきりであることを口実に。
子供という無垢な立場を利用して、存分に聞いて学んだ。
私自身は知識もないけれど、領主の子供で、好奇心旺盛に、感心しながら聞けばみんな色々親切に教えてくれた。
そうして収穫量を上げるには、どうすればいいか領地内で情報を共有し、加工品を領地の特産として販売し、3年がたった頃、ダメ元でやっていた寒い土地でも収穫量を上げるための麦の品種改良が奇跡的に成功した。
とはいっても、この品種改良は私一人でできたわけではない。
たまたま領地内の村を視察している時、この土地出身の魔法使いが帰省していた幸運に恵まれたものだ。
この世界は、魔法が存在するため、科学の発展が遅れている。ならば『魔法で品種改良ができないか』という、その時に感じていた私の疑問から、彼が作ってくれた産物。
寒さに強い種と、身付きの良い種とをかけあわせてもらった。
誠実な彼は、前払いで謝礼を受け取ってしまったから、忙しい仕事の合間を縫って研究してくれたらしい。
そんな短期間で結果が出るとは思っていなかったから、本当にラッキーだったと思う。
彼が農家の息子で、農業に詳しかったことと、成功すれば村のためになる、って言う熱意があったことも大きいと思う。
それが成功した時、彼に追加で報酬を払った。彼はすごく恐縮していたけれど、結果感謝しながら受け取った。
そして、私達は彼に領地に戻ってきてもらうようお願いした。
王都で勤めるよりも良いお給料をもらえること、そして高齢の両親が心配になったこともあり、彼らの家族は領地へ戻ってきた。
それを機に、ホフマン領では王国初の農業試験場が誕生した。
まぁ表向きはただの自領農園だったから、「税金として物納されるのに、なんでわざわざそんな事するの?」って周りの領主からは言われたらしい。
相変わらず私には魔法を使える気配もなく、モブキャラのままだったが、最近じゃ「それもまた良し」と、楽しく生きていた。
適材適所。
それぞれ能力のある人にその分野は任せて、領主はそれをまとめ上げればいい。
より生産量を上げていくための研究。固い大地でも耕せるよう機械の改良や、外貨を稼ぐため、他領に売れる商品なんかも考えたり、その試験場の影響は領地内の多岐にわたった。
そうして、地元に仕事ができると、地元に戻りたかった一家の次男や三男坊たちも戻ってきたり、領地外から定住する人も増えた。
彼らの中には、魔法が使える者から、手先が器用で農業機械を開発する者。
肥料に関する知識に長けたもの。虫の生態に詳しくて、害虫予防のアドバイスができるものなど、様々な能力を持った人間が集まってきた。
そして、今まではそれぞれがバラバラで試行錯誤でやっていたものを領主の名の下、領民へ情報共有がなされた。
はじめはいぶかしがっていた者ですら、隣の家が言う通りにやって成功しているのをみたら翌年からは真似た。
収穫量が上がれば、税収も上がり、道を整備したり、遠くから商人が来るようになったりして、領地内は活気を帯びた。
私はその功績は全てお父様たちのもの、と思っていたのだけれど、親ばかな両親が、ぽろっと子供自慢で私の話をしてしまったらしい。
皆、名前だけ名門だったけど、ここへきて急に勢いづいた北の土地に興味津々だった。
そのためそれが巡り巡って国王の耳に入ってしまった。
そして、私が『チート』だの『聖女』だのなんてものに期待をしなくなった頃。
貴族の責務として王立学園に通わなきゃいけなくなる前の年。
第一王子との婚約の話が出た。
「なんで私なんですか?お父様、それ断れないんですの?私、以前から申し上げているように、愛のない結婚なんてしたくありませんの。」
元々私の人生計画に『王族との結婚』はない。
自作の人生ゲームにもその選択肢がなかったのは、マリーに注意されたのもあるが、そもそも王族というものに興味がなかったから。遠くから見ているもので、モブキャラの私には関係ない人種だと思っていた。
なのに何故こんな田舎に住む平凡な容姿の私と?
(しかも『王立学園』に『第一王子の婚約者』だなんて、『悪役令嬢断罪パータン』の嫌な予感しかしないじゃない)
久しぶりに思い出した前世の娯楽小説。擦り切れるほど使われたテンプレート。
「…王命だからな。…断ることは、難しい…」
お父様も困り果てていた。
(まぁ、でも私には前世の知識はあるし、断罪を回避するには、王太子様の恋人と関わらなきゃいいのよね。実は溺愛っていうパターンもあるし)
悪役令嬢は本当にいじめてなきゃ冤罪は晴れるし、そして卒業パーティのときには婚約破棄と相場が決まっている。
「はぁ…わかりました。どちらにしても、王都にある学園には通わなくてはならないわけですし、断って嫌がらせされても困りますしねぇ」
そう言い聞かせて、私は第一王子と婚約したのだった。
結果は、溺愛どころか、見ての通り。
初対面の顔合わせの際に私の容姿を見て「ふんっ」と鼻で笑われ、横柄な態度を取られてから、最低限の交流しかしてきてない。
◇
「サラ!!貴様私の話を聞いているのか!?それとも事実をみんなの前で暴かれて返す言葉もないのか!?」
思い出に浸っていたら、王太子の怒鳴り声で現実に引き戻されたわ。
私が聖女イレーネに行ったとかいう、まったく記憶にない悪事を延々話すから、バカバカしくなって意識が飛んでっちゃった。
大体、教科書破るとか、噴水に突き飛ばすとか、ドレス汚すとか、そんなくだらないこと、どこの暇人がするのよ?
いつの間にか、お父様が私の隣に来て王太子を睨みつけていた。
もはや侍従ではなく、記録係となったセバスチャンは…ちゃんと王太子と私達が映る対面の良い位置をキープしているわ。
お父様の側に仕えることより、記録に残すことを優先するあたり。
彼、優先順位とカメラワークをよくわかってるわ。さすがね。
「はぁ…」と私がため息をつくと、隣から舌っ足らずな話し方で、ピンクブロンドの女…いえ、失礼。イレーネ様が話しだした。
「しかも、殿下というお方がいらっしゃりながら、いろんな貴族令息に声かけてぇ、色目使って、お茶会開いたりしてたんですぅ~。殿下や私をのけものにして、ふしだらですぅ~」
「…私のお話をする前に、殿下?
私との婚姻は今この時点を持って破棄し、お隣にいらっしゃるイレーネ様と結婚する、ということでよろしいですね?」
「なっ…お前!!!!今はお前の罪を暴く場であるのに、開き直って何だその態度はっ!!!!」
「いいえ、殿下。今は皆の卒業を祝う場です。
主役は卒業生の皆様ですので、勘違いなさらぬようお願い致します。
ですが、このままでは皆様もスッキリしないと思いますので、解決できることはさっさと解決しましょう。
さて、話は戻りますが、殿下と私の婚姻は王命でした。
本来であれば、婚姻取消しには、陛下の許可が必要です。
ですが、手順を無視して、今回このような場所で、次期国王に一番近い殿下が、発言なされた此度の内容。…当然、責任を持っていただけますね?」
私の学園での生活はそう悪くはなかった。
というか、領地内では学ぶことの出来ない勉強に加えて、様々な領地の子息令嬢と知り合えて、本当に充実した良い3年間だったと思う。
学園の勉強で追われているのに、妃教育もあって本当に忙しかった。
充実していたのは認めるけど、1年生に戻りたいかと言われるとそれはお断りするけど。
「開き直りかっ!?」
やっとこの日々から開放されて、結婚までは領地でのんびり過ごせる、と思っていた。
しかもこの流れでは、婚約破棄というご褒美付きになりそうだ。
歓びに緩みそうになる顔を必死にこわばらせて、表情を消す。
「いえ。確認をしているのです。私と、婚約破棄をされる、と」
「そうだ!!泣きわめいてもこれは決定事項だっ!!!!」
「…かしこまりました」
私はふぅ、とため息をつくと、階段を2歩程度上がり二人に近づく。
ふたりは私の気配にびくっとなったが、抱き合って眼下の私をにらみ続けていた。
私は会場の方へくるっと振り返り、にっこり笑った。心の底からでた笑顔。
「皆様?お聞きになりましたよね?皆様がこのお二人の愛の立会人です。
殿下は只今私と婚約を破棄し、聖女イレーネ様と婚約をされると申されました。
私もお二人の『真実の愛』を祝福いたしますわ。
皆様が証人です。拍手してお祝いして差し上げましょう」
本人達は『真実の愛』なんて言ってないけど、やっぱり断罪イベントには『真実の愛』よね。なんて思いながら、にこやかに拍手をすると、会場のみんなは私に合わせて一応拍手をしたが、明らかに戸惑っている。パラパラとしか音が聞こえなかった。
「なっ、お前はっ!!お前の罪をごまかすつもりか!!!!」
背後からアーベルの怒鳴り声がしてきた。
「ふふ、殿下はその令嬢とご結婚なさるのですよね?
まず、そこは私も賛成いたします。
いえ、もうそれは決定事項ですね。
…では、次のお話。
先程イレーネ様が被ったとおっしゃられていた被害についてですが、私には身に覚えがありません。
今、殿下がおっしゃられた時刻全てにおいて、私がどこにいたかアリバイがありますの。
イレーネ様の教科書が破られた日、私、妃教育で王宮におりました。
噴水に突き飛ばされたとおっしゃる時間帯には、図書館におりました。
あとは…そうですね、カフェテリアで皆様とおしゃべりしていたりですとか。
…まぁ、不可能なんですよね。
そもそもイレーネ様と私学年が違うので、接点もありませんしねぇ」
「なっ…貴様、イレーネが嘘をついているというのか!?」
「殿下、このような衆人環視の中で仰るくらいですから、もちろん殿下ご自身でお調べになられたのですよね?その調査記録を皆様にご覧いただいてはいかがですか?
だって、間違いなく私には、常にそれぞれ記録や証人がおりますので。」
「ち、調査は…」
アーベルの目が泳ぎ始め、不安げに隣を見た。
「そんなっ!!いいわけですっ!!そんな正確に日付とか時間とか覚えているはずないじゃないですかっ!!!!私は被害者だから覚えているけどっ!!!!それに証人だっていますっ!!!!」
おずおずと出てきた見たことのない令嬢が前に出てきて、ぼそぼそと言った。
「わ、私、見ました、サラ様が…」
ポンコツとはいえ王子や格上の貴族たちの前なのだから、名前を名乗ってから話すのが礼儀なのに、彼女は名前も名乗らず証言し始めた。
同級生の顔は一通り覚えていたはずだけど、彼女の顔に見覚えはなかった。もっとも俯いていてよく見えないのだけれど。
(まったく、イレーネ様といい、彼女といいこの会場のセキュリティはどうなっているのかしら?)
そう思いながらも、穏やかに反論していく。
「あら、まぁ。それって間違いなく私だったのかしら?
でもまぁ、そこのお嬢さんが見たっておっしゃるのですから、その時間の彼女の行動も調べてもらいましょうね?
貴方、お名前はなんとおっしゃるのかしら?」
明らかに彼女はびくっと怯えた。
「いえ、その…私は」
「名前を聞いて圧力をかける気ですか!?真実を明らかにするために勇気を出してくれたというのに!!サラ様の報復が怖くて名のれるわけないでしょう!?証人いるのにしらばっくれる気!?」
「だって、記録があるんですもの。王宮の出入りや、図書館の記録なんて、そんなもの、殿下の権力で簡単に調べられるではありませんか?それとも貴方、私が記録を改ざんしたとでも?」
「婚約者としての権力を使ったにちがいないわっ!!」
私はにっこり笑ってアーベルに視線を送る。アーベルは、少しうっと言葉に詰まった。
「イレーネ…サラの行動は誘拐防止のために追跡装置で記録されている…。君のその発言は…」
魔法省を敵に回す…という言葉の前に、イレーネ様は言葉を重ねた。
「ちがっ!!違うんです!!サラ様の取り巻きの人がっ!!!!サラ様の指示で私をっ!!!!」
「私の取り巻き?それはどなたのことでしょうか?」
「そ、それは…えっと…キャサリン様とかエミル様とかっ!!!!」
「「な、なんですって!?何を仰るの!?」」
私の仲良しの二人が、悲鳴のような声を上げた。
私は二人に笑顔を向け、それ以上の言葉を制した。
「イレーネ様、今あなたは私だけでなくキャサリン様とエミル様も侮辱しました。そのお言葉にきちんと責任を持ってくださいね?」
私の笑顔に相変わらず会場は静まり返った。
私は彼女達がそんなことをしていないと知っていた。
全ての時間のアリバイを知っているわけではないけれど、イレーネ様が指摘した時間、彼女達、赤点取って補修授業を受けていたもの。
もちろんご友人の恥を、皆様の前で晒すわけにはいかないけれど。
「さて、これ以上は水掛論ですわね。
皆様、皆様には関係のない私事で卒業パーティに水を差してしまったこと、大変申し訳なく思います。
私がいては盛り上がりづらいでしょうから、私はひと足お先に、お暇させていただきますね。」
「ま、まてっ!!まだ話はおわってないっ!!」
卒業生の皆様には申し訳ないけど、こんな空気の会場、さっさと逃げるが勝ちだわ。
あ、私も卒業生だけど。
「あぁ、そうですわ。殿下。殿下からの婚約破棄ですから、婚約契約のときのお約束どおり、違約金は支払っていただきますわよ?」
「ちがっ!婚約破棄ではなく、婚約解消だっ!!だから違約金は…」
アーベルの顔から血の気が引いた。
ここに来てやっと私が『婚約解消』ではなく『婚約破棄』という言質を取ろうとしてたことに気づいたみたい。
「ふふ、殿下は、すでに『婚約破棄』であると同意しておりますよ?
あ、違約金はもちろん二人で協力してお支払いいただいてもかまいません。
あと、それから、本日のお二人の発言はすべて記録してあります。お二人が私を侮辱したこと。ご指摘の内容が虚偽だと証明されたときには、名誉毀損の賠償金も支払っていただきます。
それについてはきちんと裁判で行いましょう。
私達の婚約といったプライベートなお話とは違って、心証で判断すべきことではありませんから。きちんと裁判官のいる前で証拠を元に申し開きしたほうがよいですわね。
あぁ、キャサリン様とエミル様のお二方も名指しされてましたから。そちらも、ですわね?」
「待ちなさいよっ!!今ここで証明できないってことは、やましいことがあるからでしょ!?アーベル様が私を好きだからって嫉妬したってみんなわかってるんだから!!そうやって時間稼ぎして記録を改ざんするつもりなのね!?」
「「「今度はわれわれを侮辱する気かっ!!」」」
魔法省のトップを務める大臣だけでなく、そこに勤めている貴族までの怒号が響いた。
(浅はかな子。自分の首を絞めるってことがわからないのかしら?)
「別に私の行動を明らかにすることは構わないんですよ?
まったくやましいこともありませんし。
ただ、それを明らかにすると今後、王族の皆様の安全にも差し支えあると思うんです。
…それに…ふふ、改ざんが必要なのはそちらの方じゃなくて?」
「なっ!?どういう!?」
「イレーネ様、『何も言わないこと』と『何も知らないこと』とは同義ではないの。
私が『何も言わなかった』からと言って、お二人のこと、知らなかったとは思わないでいただきたいわ。あなたがおっしゃった時間の後……さて、お二人は殿下のお部屋で何をされていたのかしら?」
「「なっ…!?」」
更に二人の顔色が悪くなった。
イレーネの記録がなくても、アーベルの記録は残っている。
そして、それと学園内の記録をつなぎ合わせれば、イレーネの行動も浮かび上がってくるだろう。
二人の不貞行為の証拠も。
「ふふふ、では皆様ごきげんよう」
私が歩みを進めると、人でごった返していた会場に道ができた。
「「サラ様…」」
キャサリン嬢とエミル嬢が不安げな顔でこちらを見ていた。
「大丈夫よ。あなた達の名誉は守られるわ」
(赤点取ったことは隠し通せるかわからないけど…)と思いながらニッコリ微笑んだ。
「「「サラ様…」」」
カフェテリアで何度も話した令息たちも不安げに私の名を呼んだ。
「大丈夫よ。約束は守るわ」
「ほらっ、見なさいっ!!!!不貞行為をしているのはサラ様の方じゃない!!!!」
イレーネ様の怒鳴る声が聞こえた。
私の後ろについてきたお父様のその向こうに視線を送ると、セバスチャンは侍従のくせに主人についてこず、そのイレーネの発言を録画していた。
発言すればするほど、巻き込まれた貴族からの反発をくらうというのに。
(ふふ、セバスチャン。やるわね)
私は、第一王子の婚約者となったときから、自分の行動に気をつけていた。
できる限り、記録が残る場所に行くこと。誰かと一緒にいること。
王家の監視もあって、それは息の詰まる時間ではあったけれど、それよりも忙しすぎてそれどころではなかった。
カフェテリアで話し合った令息達は、みんな私の領地の農業試験場に興味があり、品種改良や農作物の収穫を上げるにはどうしたら良いか、真剣に領地のことを考えて相談してきた令息たちだ。
私はもともとの知識に加え、妃教育の一環で、各領地の気候や特徴、歴史等をより深く学んだし、なんだったら王子が知るべき収穫量や税収などを知ってしまったから、行ったことのない土地とはいえ、多少は適切なアドバイスができたと思う。
◇
会場をでると、騒ぎを聞きつけた王がお供を引き連れ、青い顔をしてすがってきた。
一言挨拶をするために、出番が来るまで別部屋で控えていたのだろう。
「ま、まて。考え直してほしい!!」
「あれだけの証人の前で言ったことは覆せません。我が家だけでなく、他の家門まで巻き込んだのですから」
「ま、まさか、そんな…」
王は頭を抱えた。
「婚約破棄もですが、加えて、名誉毀損の訴えをいたします。動画もありますので、何が起こったのかは陛下ご自身でご確認ください」
陛下への礼儀は尽くしつつ、お父様が冷たく言い放った。
私が、婚約者となった理由。
我が領地で品種改良された麦は、領地の特許になっている。
この世界の特許は、日本で言う法的なものよりももっと強力で、ロイヤリティを払わず違法に育てたりすると、普通の麦よりも劣る収穫量になるんだとか。
魔法ってすごいのね。やっぱり私も魔法が使えたら良かったのに。
ちなみに、その登録にはびっくりするようなお金がかかったようで、さすがのお父様もちょっと迷ったみたい。でもすぐに回収できたし、今となっては英断してよかったと仰っていた。
本当に、お父様はすばらしい領主様だわ。
国全体の収穫量を上げるために、税収を上げるために、その麦を安く国内へ流通させたかった王は、息子と私を婚約させて、お父様にその種を使うロイヤリティを下げさせた。
しかもお父様は、全部を領主のものにするのではなく、その受け取る権利の3分の1を私の名義にしていた。
私のものとはいっても、結婚して私が死んだら王家のものにする腹づもりだったのだろう。
ちなみに残りの3分の1は農業試験場のものとし、その一部はまた新たな研究開発へと使われている。
もともと、領地のために行ったことだから、そんなに利益を求めてなかったけど、さすがお父様。
陛下にとっても賢い取引だったはずだけど、ちょっと、子供の教育は間違ったわね。
「今まで相手して上げていた分のお金、もらいたいくらいだわ」
「それは、違約金と賠償金でとるから任せろ」
私の後ろでお父様は相変わらず私のかわりに怒ってくれていて。
「さて、お父様?私、妃教育で他領のことまでたくさん学ばせていただきましたの。王都にいる間にやることたくさんありますわよ?
あとは…そうですね。はやく領地に戻って土いじりをしたいですわ。」
「サラ…私はお前がなんでもないような顔をしているのが本当につらいよ…。
本当にすまなかった。お前の経歴に傷を…」
「お父様?私、結婚はそんなに急いでませんの。
むしろ一生結婚しなくても良いと思ってますのよ。
ですからお父様、しっかり賠償金ふんだくってくださいねっ。
私、それを元手にもっと増やしますわ!」
「サラ…お金じゃないんだ。私はそれよりも君に幸せになってもらいたいんだよ…」
お父様は悲しそうに言った。
(お父様とお母様のような夫婦になるのは理想ですけど、今回のは醜聞を受けては難しいでしょうねぇ)と言う言葉は、お父様が悲しむから飲み込んだ。
それから二人の発言の信疑が検証され、すべてイレーネの虚偽であった事が証明され、聖女の肩書は剥奪。
調べる手段がありながら調査することなく、公の場で様々な人を貶める発言をしたアーベルも、貴族の反感を買い、信用が失墜してしてしまう。
いくら第一王子とはいえ、支持基盤を失ってしまっては、今後王位継承は難しいだろう。
それでも二人の『結婚宣言』だけは認められて、陛下から王国の隅の小さな領地をお情けでもらって経営していくらしい。
あの土地じゃ、何年たっても違約金と賠償金は払えないだろうなぁ、と思っていたら、そこはさすがお父様。陛下に立て替えさせた。
現金は嫁入りを控えているキャサリン様とエミル様に優先的にお渡しして、二人にはとても感謝された。
これから物入りですし、現金はいくらあってもよいですものねぇ。
私の方への不足分は王領地を貰うということでとりあえず手打ちにした。
「多少減額してあげたから、陛下も感謝していたよ」
「あんなに侮辱されたんですもの。本当でしたら減額してあげる必要なんてないんですけどね、でもいつまでもだらだらと王家と揉めていいことなんてないわ」
「ふふ、でもお前ならもっと価値を上げられると思ったから、あれで手を売ったんだろ?」
「あら、いやですわ。お父様ったら。私を守銭奴みたいな言い方して」
私とお父様とは顔を見合わせ、にやりと笑った。
◇
しばらくして、アーベルとイレーネは、毎日のように喧嘩しながらもなんとか助け合って生きてるって風のうわさで聞いた。
それを聞いて私はほっとした。
小さいながらも領地から税収は入ってくるだろうし、イレーネは、聖女という肩書はなくなってしまったけれど、治癒力を持っているのは紛れもない事実。
したたかそうな方だったし、きっとうまくやるだろう。
だから、お二人からの賠償(陛下が立て替えたけど)でもらった土地に工場を作って、治癒力にかなり近い上級ポーションを作れるようになっちゃっても、彼女は大丈夫よね?
まだ試作段階ではあるけど、来年から本格始動の予定。
だって、私と違って彼女は材料費も人件費も0、自分の体力のみでお金が生み出しているんだもの、ね?
妃教育の時、この土地の立地や気候、特産を見ていてすごく気になっていたのよね。
王都に近いのに、水もきれいだし、薬草栽培に適した土地。
アーベルと結婚しなくちゃいけなかったとしても、結婚祝いにこの土地を欲しいと思っていたのよ。
工場とかは無理でも別荘作りたい、って。
絶対そんな素振りは見せなかったけど。
◇
「お嬢様、そろそろお茶にしませんか?」
趣味と実益を兼ねた温室の畑をいじっていると、マリーが声をかけてきた。
外はすっかり秋めいてきていて、紅く色づいた葉が舞っている。
今年のうちの領地の収穫も上々できだったし、来年も期待できるだろう。
「マリー?この葉をお茶に入れてくれない?最近肌が黒くなってきた気がするの」
手に持っていた薬草をマリーに渡す。
美白効果のある葉。
薬効成分を抽出する前の効果はやわらかで、香りがとても良い葉っぱ。
「お嬢様は今のように、少し日に焼けたくらいが健康的で素敵ですよ?」
マリーはニコニコしてお茶の準備に向かった。
私は畑を振り返って、笑顔を浮かべると、シャワーを浴びに向かった。
私がすてきな旦那さまと出会うのは、まだもう少し先の話。
私は今日もマリーの入れてくれた薬草茶を飲みながら、学園で知り合った友人からのお手紙を読む。
「あら!!マリー!!キャサリン様が春に結婚式あげるって!!
お相手の方の領地、土壌劣化で悩んでらっしゃったみたいだけど、改善しつつあるみたい。よかったわ!!
でも、やっぱり専門家に現地見てもらったほうがいいわよね?
結婚式に参列する時に、農業試験場の土壌と肥料の担当も同行させようかしら。
ちょっとお父様に相談してみましょう!!」
「お嬢様、それより、結婚式に参加するドレスの注文を先にしましょうね。雪深くなると、仕立て屋もここまで来るのは大変ですから」
―――― お嬢様にも素敵なお相手が現れますように。
目をキラキラさせながら友人からの手紙を読むサラを見ながら、マリーは心の中でそっと祈った。
おわり
お読みいただきありがとうございました!
また、早速の誤字報告もありがとうございます!