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男性の目線が下へと向く。
そこには私のポケットから散らばった宝石や時計があった。
……嘘でしょ。
私は一気に冷や汗をかいた。かつてないほどの絶望を味わっていた。
もうどう足掻いても私は助からない。これから今よりもっと地獄のような日々を過ごすんだ。
…………もしかしたら、命はないかもしれない。
「おい! なんだこれはぁぁ?」
男性は眉をひそめながら私の方へと近づいて来る。
目立たない為に逃げたのに、一気に注目を集めてしまう。
「あなた、これ盗んだの?」
男性の隣にいた女性が訝し気に私を見つめながらそう言った。
私は何も答えない。言い訳のしようがない。
「盗人か!! お前みたいな虫けらがいるからいつまでたっても治安は良くならねえんだよ!」
その男性に思い切り鳩尾を蹴られた。
図体がでかい分、力も強い。私は思わず「カハッ」と声を上げた。
私を可哀想だと思う人など誰もいないだろう。
お腹を抑えながら苦しんでいると、「自業自得ね」という声が聞こえた。
…………この仕打ちが自業自得なの?
どうしてこんな目に遭わなければならないのだろう。
生まれて初めてそんな疑問が頭に浮かんだ。心の底からそう思った。
今まで自分の置かれた境遇に決して満足をしていたわけじゃなかったが、なんとか受け入れていた。
だが、今は違う。自分の環境を恨んだ。
「お前みたいなやつは生きていても意味ねえんだよ!」
「最近、街で物がなくなると思ったら、あんたのせいだったのね!!」
「盗んだものを全部返せ! お前が一生働いても買えねえものばっかりだぞ!」
「このクソガキがぁぁ! 消えちまえ!!」
何度蹴られたか分からない。人間だと思われていない扱いだ。
もうこのまま死んだ方が楽なのかもしれないと思えてきた。抵抗する気力もなくなってきた。
罵詈雑言の中、命を引き取るのも悪くない。
誰にも目を向けられずに死ぬ方が寂しい。十年も死に物狂いで生きてきたんだから、そろそろ楽になっても良いかもしれない。
…………けど、なんだか癪に障る。
このまま負けて、自分の人生に終止符を打つなんて悔しい。
「害虫め!」
「何をしているんだ?」
最初にぶつかった男性がもう一度私を蹴ろうとした瞬間、威厳のある澄んだ声が聞こえた。