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王子の元から離れようと必死に走っていると、誰かにぶつかってしまった。
「いッッ!!」
鼻を思い切りぶつけてしまい、私は反射的に手で鼻を覆った。
「なんだこのガキ?」
私はその敵意ある男性の声に恐怖を感じた。私は恐る恐る視線を上げた。
そこには肥満型の眉間に皺を寄せた中年男性が私を見ていた。
まるでゴミを見るような目で私を見ている。頭の中が真っ白になる。
……どうしよう。
今までこんなミスをしたことはない。
この不注意は、神秘的な美しさを持った人を見たことで動揺してしまっていたのかもしれない。
このまま全力疾走しても、今日は人が多いから簡単に捕まってしまうだろう。
「放っておきなさいよ、どうせそのうち野垂れ死にする子どもよ」
男性の隣にいた女性が意地悪な表情を浮かべる。
私がこの環境に置かれているのは、私のせいではない。…………けど、どうしようもないことなんだ。
「ガキの分際で俺にぶつかってきたんだぞ?」
男性は女性の言葉に全く聞く耳を持たない。私の方を鋭く睨み、今にも殴りかかってきそうな勢いで私に近付いて来た。
その圧力に怖気づき、私はゆっくりと後ろへと退く。
ここには私を助けてくれる人など誰もいない。自力でどうにかしなければならない。
もし、私がどこかの貴族の娘なら、周りの人たちはこぞって私の味方になってくれただろう。
身分が違うというだけで随分と不利な世界にいるのだと改めて実感した。
「ごめんなさい」
私は小さな声でそう呟いた。
こんなに追い詰められた状況になったことが今までなかったから、どう対応すればいいのか分からなかった。
謝罪以外なにも言葉が出てこなかった。
「おい、服が汚れちまったじゃないか? どう責任取ってくれるんだ?」
黙ることしか出来ない。
こんな高級な衣服を弁償出来るお金は私にはない。
「口がねえのか?」
男性の唾が私の顔に飛んできた。それと同時に、いきなり頬に鈍痛が走った。
いつの間にか殴られていたようだ。気付けば、地面に倒れていた。
……痛い。
その感想しか頭の中に出てこなかった。「怖い」や「驚き」よりも、ただただ痛かった。
私はじっと男性の方へと視線を向けた。
「なんだその目は……。もう一度殴られてえのか?」
私は目を見開いたまま、首を横に振った。
口の中は血の味がした。きっと、今のパンチで口の中を切ったのだろう。
まともな食事をしておらず、私の体重が軽いせいか、意外と私は吹っ飛んでいた。
もうちょっと体重が重たかったら、こんなに飛ばされることはなかったのかもしれない。
地面に倒れる私を見ても、誰も助けようとする者などいない。知らない顔だ。
厄介事に巻き込まれるのは勘弁なのだろう。
「……ん? なんだこれ?」