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第一回裏生徒会議事録

「まず午前二時に九十と合流。それから学校に向かって……ニ十分くらい経ったかな。到着してトイレから侵入。少し歩き回ったら貴方達と遭遇したわね。界斗君を捜索する流れになった後は三階を波津君、藤里君と一緒に探してたわ。特に何も見つからなかったけど……ここまでにおかしな事があったら言って。客観視出来てないだけかもしれないから」

「何で二階に降りて来たんですか? いや、事情は分かるんですけど一応」

「二人が逃げ出さない事とその確認も込めて話を振ってたのよ。テストとか日頃の行いの話を少々ね。別に、多少態度が悪いくらいだったら咎めないわ、それは先生の役割だから。でも二人は煙草を吸ってるっていう噂もあったから。最初は勿論反応があったんだけど、三階の……音楽室だったかな。入ってから、藤里君しか反応しなくなったの。縦に並んで歩いてたから彼も気付かなかったみたいで、振り返った時にはもういなかったわ。慌てて今来た道を引き返したけど居ないから、下の階に降りたのかなって思った訳」

 だが二階に足音は近づいてこなかった。理由や理屈を考えるのはまだ先だ。今は明らかに出来る三人の情報を開示する。先輩の視線が次はお前だと言っているので、話すべきか。自分の時系列なんて自分が一番良く分かっているが、もしかしたらおかしな事だってあるかもしれない。

「最初は先輩と同じですね。界斗捜索の流れで二階を見て回りました。同じく何も見つからなくて、先輩達の方に期待するべきかなって草延と喋ってたら先輩達の足音が。外に出たらトイレから悪臭がして……後は説明するまでもないと思います」

「私は……帰宅したのが、一七時くらいで。一九時に呼び出しを受けました。二時前には学校に居るようにしろという言葉だけ何となく理解出来たので、一時半くらいに出発。到着したら波津君と藤里君と合流しましたね。確かその時は……五十分をちょっと過ぎてたような。後は説明しなくても良いと思います。同じですから」


 波津と藤里の分は、判明している限りを埋めていくしかない。学校に合流してからは消えるまで一緒に居たので簡単だ。ただし合流前は不明瞭で、強いて判明したのは草延より少し早く到着していたくらい?

「えーっと。俺達は現実的な方面で、先輩はオカルトな方面から考えるんですよね。よく考えなくてもそれってかみ合わないから難しくないですか? 全員で方針擦り合わせた方が」

 『死神』方面を隠したいのは分かるが、そもそも議論がまとまらなければ方針も固まらないのは事実だ。二兎を追う者は一兎をも得ずとも言うし、幾らそっち方面が本腰でも今は団結した方がいいのでは。

 しかし先輩は頑固で、首を縦には振らなかった。

「駄目。それこそ辻褄合わせよ。現実的に考えて難しかったらオカルト方面で考える。推理としてはトンチキだけど、そもそもお化けを呼び出すのが発端なんだからいいじゃない。それを全面否定して現実的に考えるのはどうかと思うわよ。現におかしな現象は起きているんだし」

「生徒会長の言う通りよ八重馬クン。どちらにしてもおかしい物はおかしいわ。例えば―――時間が詰まり過ぎている所、とか」

「詰まり過ぎてる? ……どういう事?」

「それは私も思った。私達が三人と出会うまでの空白は多くても三〇分。三人はその間に合流して、界斗君を探してたのよね。そんな短い時間に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「あ……そういえば」

 鍵の事情で不便しなかった。誰かが職員室から鍵をパクったとかではなくて、只々開いていたのだ。脱出する時も昇降口が開いていたからそもそもトイレの鍵を開けておく必要すらなかった。最初は先行組が開けたのだろうと思っていたけど、界斗を探そうという流れにならなければ片っ端から開けようという気にはならないと思う。

「草延。界斗を探そうって流れは直ぐになったのか?」

「直ぐ……いいえ、十五分くらいは待ったわ。呼び出したんだから向こうから現れるだろって」

「だったら隙間は十五分。『ハクマ』の仕業という事なら餌をおびき寄せる為に最初からそうだったって事で説明がつくけど」

「現実的には、界斗がやったくらいしか考えられませんよね……まあ、界斗は見つからなかったんで隠れてたかそもそも居なかった。もしくは―――藤里か波津のどっちかがやったって感じですか?」

「……それは、何故?」



「合流した時って、同時じゃないだろ。草延より前に二人が来てて、その二人も同時に来たか分からない。何分前に来たか分からないなら極論一時間くらい前でもいいんだ。それなら鍵が開いてる件も理解出来る」




 界斗は実際これより前に死亡しているので、口では候補に挙げつつも選択肢はそれくらいしか残されていない。飽くまで現実的に考えた場合の話だ。死者から電話が来た時点でそれは超越しているが、先輩からの指示なので。

「目撃情報があればいいんだけど、補導されるのを避ける為に大通りは使わなかったと思うし。二人共今日は体調不良で欠席扱いだから事件として聞きこむ訳にもいかないわね」

 二人の時系列を埋める方法……現状は見つからないか。

「まあこれはいいわ。次の違和感を探しましょう。と言ってもこれは明らか。消えた波津君がどうやって二階のトイレに行ったか。何故の方は話してても仕方ないから省くわね」

「話の流れを素直に追うと、こっちもオカルトの方が説明つきやすいですね。『ハクマ』が移動させたって考えたらそれで終わりですから」

「でも、あの時私達は教室の中に居たから、現実的にもトイレに移動する事だけなら可能。異変に気付いたのは上の階に居た会長達の足音を聞いてからだもの」

「それはそうだけど、そんな抜き足差し足だったら先輩から直ぐに逃げるのも難しくないか? ずっと話を振ってて消えたなら、その隙間は全力ダッシュでもないと埋められないぞ……動機なしで判断するのは難しい気がする。何故を考えないと」

「うーん……」

 推理と言っても証拠が足りない。煮詰まるというより単に行き詰まって来た頃、草延が徐にレコーダーを机に提出した。

「……これは?」

「ええ。何か疑われると思っていたから黙っていたんですけど。これを。私の家に掛かってきた界斗君の電話の録音です」

「随分用意がいいわね。トイレに行こうとしたらかかってきたって言われた覚えがあるけど?」

「二人は脅されたのに対して、私は自ら話に乗りました。心当たり……いいえ、二人の様子がおかしかったので。だから私だけは波津君を介して界斗君に参加を申し出た事になります。それで―――」

 レコーダーのスイッチが入れられる。



『東海の白い花が日本海フレアに沈められたのは銀とサンテラグリンの幽閉と関係があるか?』

『え?』

『花は塔の蝶よ枕越しの中は! ぬいぐるみの嫉妬は川のワニに比較される! 丑三つ時までに飢餓を超えてエンパーストの実る前に辿り着け!』

『…………界斗君?』

『追いつけ、追いつけ、追いつけ! 世の瀬が離れる前に! 早く、来い! 永遠は曇天の兆しに破るなよ!』


 

 三人で顔を見合わせる。いや、草延が参加するのはおかしい。

「新手の厨二病?」

 などと首を傾げる死神会長だが、そう呼ぶにはワードセンスがおかしい。文章が繋がっていないし、何より相手に約束事を確認するのにそんな訳の分からない事を並べ立てて何になるのか。草延は制服のポケットにレコーダーを戻すと、耳にかかった髪を掻き分けて、顔を澄ました。

「これが、実際の電話です。私にだけこんな電話をした可能性は低いと思います。校門で合流した時、二人も同じような喋り方をしていました」

「流行り……な訳ないか。その割には、私達と話してる時は普通だったわね。『ハクマ』の影響を受けて一時的におかしくなってたとか……こっちは色々考えられるけど。そうだ。そう言えば草延さん、『ハクマ』について調べたって言ってたわね。それを教えてよ」

「『ハクマ』は白い魔と書いて白魔らしいです。鏡の中に住んでて、人が大好きで、よく人に化けて悪戯します。鏡のある場所から鏡のある場所に人を連れ去る事もあるそうです。顔を見られるのが嫌で、本体を見てしまうと死ぬとか、殺されるとか言われてます。全部受け売りですけど」

「鏡…………音楽室に鏡は、あったわね。それが本当ならトイレに移動したのも説明がつくか。その割には私も藤里君も攫われてないから、断定はしたくないけど」

「そっち方面で一番可能性があるのは、そもそも連れてた波津が『ハクマ』だった可能性の方でしょ。それなら本体は最初からトイレに居ればいいんです。悪戯だって今までいた人物が消えたら十分ですし」

「八重馬クン。貴方はこっち。オカルト方面は考えないで」

「ごめん。でも現実的に考えたら……」

 どうしても説明がつかない事ばかりある。だが全てをオカルトと片付けるのも妙に筋が通る所があって嫌だ。人の行動には理屈に則った一貫性がある。それはその人の性格や、状況など色々要素はあるが。

「…………湯那先輩。音楽室で消えたって言ってましたけど、それまで本当に波津は居ました?」

「受け答えがあったから、居たと思うけど」

「見ました?」

「……見てないけど」




「電話越しに反応してた可能性って、ないですか?」





 二人の表情は、可能性の盲点に虚を突かれて驚いていた。

「正直、電話越しって無理あるとは思ってますけど。話を振るだけで存在確認してたなら見逃す事もありませんかね。何もしてないんじゃなくて、界斗探して歩き回ってる最中ですし。意識配分として、気づくの無理じゃないかなって」

「…………絶対ないとは言い切れないわね。二人が共謀してた可能性か。それは……有り得るかも。草延さんが到着した時に二人はもう居たんだから。どちらかじゃなくて両方」

「理由が必要になりますけど。その可能性はあるかもですね。私達も歩き回ってたから、タイミングが合えばトイレに隠れる事も可能ですし」

「隠れるって言うけど、そもそもそんな事してまでトイレに何の用事があったんだ? 最終的に居たんだから理由はあると思うが……」

「九十の言う通り、理由はある筈。波津君は人間だしね。その理由が良く分からないんだけど……そうね。もし理由があるとすれば、これだと思う」

 今度は先輩が証拠? を提出。レコーダーより一回りも二回りも小さいなんてもんじゃない。それは一粒の真っ黒い錠剤だった。チャック付きのビニール袋に裸のまま無造作に入れられている。出したはいいものの彼女はこれが何かは分からないようで、俺も同じだ。

 ただ、草延の反応だけは見逃しようもない。普段の彼女からは想像もつかない戸惑い―――否、怒り。ギリっと歯軋りをする音まで、隣に居るから聞こえてくる。

「草延さん。これが何か分かるの?」





「……………………それは違法ドラッグ。ネットでは『シニガミ』って呼ばれてる人しか売ってないって言われる代物よ」


























 オカルトもクソもなくとんでもない物が発見され、会議は一時中断。警察に連絡するべきだと言いたいが、それは待ってと先輩が止めた。


『偽物が尻尾を隠すかもしれないから、そういうのはナシでお願い』

『湯那先輩の事情とは何にも関係ないと思いますけど……』

『偽物に仕事を邪魔され続けたら困るのは私なの。貴方は自分の立場を考えなさい、いつだって殺してもいいんだからね』


 そう言えばそうだったのだが、それにしたって殺意も無ければ覇気もない。向いてないので早い所止めた方が良いと思うのだが、それすら出来ない事情があるのだろう。思う所があるのか、彼女は退室してしまった。

 夜に備えて、俺は用意してもらったお弁当を食べる。隣では草延が校内新聞の切り抜きを読んでいた。

「この学校に、『シニガミ』が居るらしいわ」

「…………え?」

「かなり前に、たまたま噂で聞いたの。姿形の分からない売人『シニガミ』は、悩みある青少年にのみシアワセを与える。その薬はそのまま『しにがみ』って呼ばれてるわ。服用した人間は幸せになれるとも言われてるし、必ず死ぬとも言われてる。服用したと思われる人物が必ず行方不明になるから成分も不明。そんな人物がこんな辺鄙な学校に居るなんて正直信じてなかったけど」

「―――お前の探してるシニガミって。それなのか」

 じゃあ湯那先輩の事は話しても良い、とはならない。本人の話はどうあれ、これまで立ち会ってきた死体は全て消えて、現状は欠席扱いに落ち着いている。そもそも死体が発見されてたら警察が騒ぎに来るし、それが町の噂になる筈だ。

 それすらないのは、消えているというしかない。

 

 不幸にも、『しにがみ』には人を消す事実がついて回っている。


 何より、先輩が直接人を殺す現場を俺は知らない。薬を飲ませているかもしれない可能性だってゼロではないのだ。だから言えない。殺される。誰だって自分の命が大切だ。

「このまま、こっそり警察に渡しに行く?」

「…………それが出来るなら、したいけど」

 草延は頭を振って、制止するように本を閉じた。

「やめた方がいいわ。この薬の現物に出会えたことが奇跡なの。これも噂だけど、『しにがみ』を服用しないまま警察に届け出ようとしたら所持し続けようとするとやっぱり死んでしまうそうよ。貴方が噂を信じないならこれ以上は止めないわ」

「………………」

 何故こうも、死が立ちはだかるのか。


 


「お待たせー。さっきの議論をきっかけに、方針を決めたわ」




 からの弁当を閉じてソファーで楽になっていると、先輩が戻って来た。その顔にもう憂いはない。事態の解決のために切り替えたようだ。

「今夜、もう一度忍び込み……ていうか泊まり込み。九十の家には私の方から電話しておくわ、私の家に泊まってるって事にしておく。名目は勉強会ね」

「まだ根に持ってたんですか……?」

「全然。根に持ってなんか。ありませんわよ」

 持ってた。滅茶苦茶持ってた。

「草延さんはどうする? 一度家に帰った方が良いと思うけど。ご両親が心配するでしょう? 貴方成績は良いんだし」

「…………お気遣いなく。私もここに、泊まりで。おとうさんは理解してくれますから」

「そ。じゃあ先生欺きタイムか。まあ生徒会室だけ施錠して、一旦電気を消せばいい訳だし……うん。何とかなりそう。それじゃトイレに行きたかったら今の内にね。六時とかになったら禁止。それまでの持久戦の為には―――買い出しね。それも私が受け持ちましょう。二人は大人しくしてる事。それじゃ―――今日の生徒会活動はここまで!」

 空元気にも見えてきたが、とにかく先輩は意気揚々と扉を閉めて隠蔽工作とついでに補給をしに行ってしまった。

「……草延」

「何かしら」

「お前を信じる事にする。命が惜しいから、行かない」

「…………秘密の共有は、便利な物ね。単に貴方が律儀なだけかもしれないけれど」

 また切り抜き本を開く。左上から順に目を通して、視線は下へと流れて。





「ありがとう」





 その横顔は、絵画のように澄んでいる。

 時たま聞こえるページの音に耳を傾けながら、俺はしばしの眠りについた。 


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