八切千晩
高校生に限った話でもないが、女子が男子を個別に呼びつけるという行為は、野次馬根性の育った男女にとっては話のタネになる事間違いなし。戻ってくるにしても戻ってこないにしても色めき立つのは隠せない。
だがこれも組み合わせ次第だ。草延は過去誰が告白しても断って来た過去がある。その文句は決まって『貴方の事は好きじゃないから』の一点に染まっている。
俺は俺で浮ついた話は全くないどころか、毎度昼寝をするような活力の無さだ。生徒会活動においては会長に振り回されて非常に疲れているから、遊ぶような余裕はないだろうと。この二人が出会っても面白い事は何も起きない。誰が言い出すでもなく確信していた。
「あ…………?」
「ノート、取ってないでしょ。取引よ。無期限貸与してあげるから、私の話に付き合ってくれる?」
「…………分かった」
眠気を抑え込んでも、尚付き合う価値があった。席を立って教室全体を見回す。隠し切れない寝ぼけ眼は視界を滲ませ、目の前の少女以外を認識し辛い。
―――?
授業が終わって直ぐの事だが、教室全体に違和感を覚えた。その正体を悟る前に身体は草延に引っ張られ、階段の踊り場まで連れていかれる。音が響くからやめようと言ったら今度は屋上まで連れていかれた。
「ここなら、大丈夫そうね」
「……話って、昨日の事だよな。そっちから話しかけてくるなんて珍しいよ。するにしても藤里が最初かと思ってた。俺達、接点とかないし」
「そうね。でも藤里君が来る事は無いと思うわよ。だって彼、今日学校に来てないんですもの」
―――あっ。
言われて、教室の違和感を悟る。そう言えばあそこには、空席があった。界斗はおらず、波津も居ない。
そして藤里も居なかった。
もしかしたら、夜の事とは関係のない欠席かもしれない。だがよりにもよって藤里が欠席したのだから、その原因は昨夜に求めずにはいられない。平手で打ったような気づきと、眠気覚ましにはきつすぎる予感。段々と目が冴えてきて、ハッキリと彼女の姿も映ってきた。
「アイツは、何で」
「さあ、なんででしょう。所で八重馬クンは、昨晩どうしてあそこに来たのかしら。本当に生徒会の仕事?」
「―――疑われる理由が分からないな。何もしてないだろ」
疑う、という言い方にも語弊があった。彼女の視線から怪しむような感情は見えてこない。ポーカーフェイスが上手いだけと言われたらそれまでだが、にしてもそうは思わなかった。
それらを抜いて疑っているという前提があっても、やはり俺には落ち度がない。昨日した事というとトイレに突入したくらいで、気に障る様な行動は取っていない。草延は目を閉じて、ぽつりとつぶやいた。
「…………死神に会いに来た、とかではなくて?」
「え!」
口は災いの元とも言うが、それはたった一言でも成立するらしい。自分でも馬鹿な反応をしたと思う。こちらの反応に草延はすかさず屋上の扉前に立ちはだかって急遽通行止めを行った。逃がす気はないようだ。
「あ、いや。その。何でそんな事……死神なんて単語、出てこないだろ」
「昨日、私は貴方に嘘を吐いたわ。向こうには用事があったの。私は死神を探してる。あれは私の家族を壊した最悪な奴だから」
「……家族を、壊した?」
その死神は、会長の事を言っているのかそれとも会長が探してる偽死神をさしているのか。判断もつかないし、「生徒会長も死神なんだよあはは」と漏らす訳にもいかない。それは約束に反する。
「私は秘密を教えたわ。次は、そっちの番」
だけど一方的に秘密を握るのは申し訳ない。そしてこの行動を責めるのもおかしい。草延は会長の秘密を知らないから俺に近づいてきたのだろう。俺がたまたま同じクラスに居て、あの夜に参加して、生存していたから丁度よかった。
意図せず二人の目的を知ってしまって内心狼狽えているが、こうなったらとことん、望み通りにした方が良さそうだ。変に敵意を持たれても困る。
「……そうだよ。生徒会長も死神っての探しててさ。詳しい事は聞かされてないけど、それで夜の学校に。内密だから、秘密で頼むな。情報流したのバレたら殺されるかもしれないから」
「……会長は、何か言ってなかった? 探してる目的とか」
「それが言ってないんだよな。俺も……あ、これは言えないけど弱味を握られててさ。事情はともかく従わないといけない。そっちこそ、死神を探してるって言ってたけど何で居るって分かったんだ? 確かあっちに来た事情は、界斗に呼び出されたんだったよな」
「その彼の様子がおかしかったから、確信したの。死神と出会った人間はおかしくなるから。それで八重馬クン。物は相談なのだけれど、会長の様子からして今日の放課後は昨日の騒動の整理かしら。それとも関わらないように帰宅する?」
「整理になるだろうな。昨日言った理由は嘘だけど、本当でもあるんだ。それに二人を帰してからずっと待ってたけど、おかしな事が分かったから」
「私も、参加させて欲しいの」
死神の文脈からその要求は分かっていた。その話も含めて色々と蚊帳の外な俺にとっては一緒に考えてくれる人が居るだけでも何となく嬉しいが、湯那先輩はどうだろうか。というか―――お互いに秘密を抱えている状況で同室にするのは不味いような。
死神がどの死神なのかをはっきりさせない事には、個人的に居心地も悪い。まさかそんな基準で判断に悩んでいるとは思っていないのだろう。草延は伏し目がちに俺を見つめて言った。
「……勉強なら、教えてあげられるけど」
「え?」
「八重馬クン、一人で勉強するのは得意じゃないみたい。参加させてくれるなら、どんな勉強にも付き合うわ」
「マジか! 分かった、いいよ!」
成績が上がれば、先輩から苦言を呈される事も少なくなる。またとない絶好のチャンス、及び報酬に俺は勢いで快諾してしまった。
「で、だからって本当に連れてくる奴があるかー!」
放課後になって、場面は生徒会室。
扉の前に草延を待たせて事情を説明するなり、早速どやされた。
「簡単な餌につられ過ぎでしょ。ここはつりのめいしょってかおいおい。勉強だったら私が幾らでも教えてあげるわよ。教科書あれば余裕なんだから! ほら九十、出せ教科書、出しなさい! 教えるから!」
「いや、でも約束しちゃったんで……いいじゃないですか別に。無関係ならまだしも昨日居たんですから」
「…………本当は適当に誤魔化してほしかったんだけどな。せっかく二人だけで取り組めると思ったんだけど。まあいいわ、役員の失敗は会長の責任でもあります。それに、三人だったらまた違う考え方が出来るし。うん。納得した。入らせていいわよ」
「だそうで、入ってくれ」
声に応じて草延が入室してきた。パイプ椅子を用意して場所は―――自分で決めてもらおう。どうせ誰も来ないから、どんな場所に座っていてもいい筈だ。今日は寒い十月の中でも特別寒い。ストーブを持ち込んだのは会長だろうか。部屋の隅には人が一人寝られるくらいのソファと、お弁当があった。
―――コンビニ弁当かあ。
実はちょっと手作りを期待していたりいなかったりしていたけど。これはこれで。
先輩と向かい合わせに座ると、草延は暫く夢遊病のようにぼんやりと歩いた末に俺の隣に腰を下ろした。
「さて、気を取り直して。二人共よく来てくれたわね。昨日の一件だけど、まずは情報整理。ここにホワイトボードがあるからタイムラインを書いて、順々に作って行きましょうか」
「方針は決まっているのですか?」
「『ハクマ』っていうのがどうしても気になってね。早い話がお化け―――怪異なんだろうけど、怪異だけに不可解な点が多いっていうか。怪異にしては自然な解釈も出来る場合があるっていうか。結局本当にそいつが関わってたのかはハッキリしてないの。学校で流行してるくらい噂になってるとかでもないしね」
「…………あー。白兵に聞いてみれば良かったかな。アイツもう帰ってるか」
「『ハクマ』については、色々と調べました。お役に立てると思います」
「そう? じゃあそれ、私に教えて。どっちかハッキリしないならどっちの方向も考えてみればいいの。私はオカルトな方向から考えてみるから、二人は現実的な方向から考えてくれる?」
返事の有無を問わず、先輩は席を立ってホワイトボードにタイムラインの下地を書いていく。マジックペンの音は、聞いているだけでくすぐったい。
「現実的っていうのは、あれですよね。トリックみたいな事で。誰か人間がやったみたいな」
「学校から逃げるだけなら校門を使わなくても出来るわ。トリックなんて難しい事考えないで、普通の人にも出来そうな手段っていう風に捉えて? これは勘だから気にしなくても良いけど、まるっきり怪異の仕業って言うには何だか危険が無さ過ぎるのよね……」
先輩のそれは、建前だ。オカルト方面というのも、厳密には『死神』方面と言った方が正しい。でも草延が居るからそれを明言したくないと。俺に面倒を押し付けた形だ。しかし実際昨夜『死神』は誰も目撃していないのだから、やりやすいのはこちら側になる。
二人で顔を見合わせる。彼女は椅子を俺に向けて、しずしずと頭を下げた。
「よろしく、八重馬クン」
「あ、ああよろしく―――でもまずはタイムラインの整理だよな。全員の行動を書きだす……でいいんですよね、湯那先輩」
「その通りよ。見つからなかった界斗君含めて、不明瞭な人は確かな部分だけ書いていきましょうか。まずは自分自身を洗い出す所から。言い出しっぺの私が最初に書くわね」