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現実と幻の境にて

「…………何で待ってんの?」


 待つこと一時間と少し。


 先輩は目を細めながら首を傾げて俺を見つめていた。

「流石に、置いていくのはどうなのかなって」

 だって一緒に来たじゃないですか、と言っておく。二人の家なんて知らないし、特に草延は家を知られる事を嫌がっていたので校門を出たら解散した。中で寒さを凌ぐ選択肢はちょっと思いつかなかった。もしかしたら巻き込まれるかもしれないし、湯那先輩に殺される前に死ぬのはちょっと、どうかと思う。

 殺されたいとかそういう訳ではないけれど、どうせ死ぬなら見知った人に殺された方がいいと思うのは俺だけか。波津も知り合いだけど、今の彼はまともな状態じゃない。そんな奴に殺されるのはごめん被る。俺にも糞尿の臭いが移りそうだ。


 ―――真面目に嫌だな。


 先輩はいつぞやの夜とは違って血を被っていない。ダウンは着てきた時と同じように、マフラーは白いまま、はためいている。隣に狂った彼が居るかと思えばそんな事もなく、今夜は何もなかったように彼女は一人で校舎から出て来た。

「波津は?」

「…………さあ?」

「え?」

 意外な答えが返ってきて、聞き返す。

「俺はてっきり、殺したのかなって」

「…………ま、いいか。君を家まで送る道すがらに説明してあげる。頼んでもないのに待ってくれたご褒美で」

 余計な事をしてくれちゃって、というニュアンスを伝えたいのは分かるが、一方であまり不機嫌には見えない。一年以上付き合っていたらそれくらいは分かる。嬉しそうとは言わないけど、だからって俺を邪険にしている訳ではない。

 来た道を戻る。空が白む前に家には居たい。そうでないと元々おかしかった生活サイクルが更におかしくなって授業中に昼寝をして、放課後まで目覚めない可能性まで考慮しないと。顔を見せたくないからか、彼女は俺が隣に並ぼうとすると足を速めて少しだけ前に行ってしまう。

「……死神だからってね、強い訳じゃないのよ。誰かを殺そうとしたら殺せるけど、その手段は超能力じゃなくて、人間と同じ様な手段になる。串刺しだったら……結構力業でやるかな」

「そうなんですか? でも、証拠が残らないって」

「私は死神だけど、死神は私じゃないの。ってこの言い方はこんがらがるだけね。私が死神のように振舞うには条件がある。その時は勿論証拠なんて残らないわ」

「……え。じゃあ今はただの人間なんですか? あー。いや、あー」

「何、私が人間じゃ悪い?」



「いや、そうじゃなくて。界斗を殺してないのに返り血があったと思うんですよねあの時。それが変だなって」



 殺してないなら返り血はつかない。もしあり得るならそれは偽装工作だ。わざと血を被って自分を犯人に仕立て上げた……昼辺りに再放送しているミステリーにそんな話があったっけ。だけど話を聞いていると先輩にそれをする理由はない。

「…………それは。簡単よ。別でもう一人殺しただけ。気は進まないけど、やらないと行けないの」

「成程」

「話を戻すわね。そんな訳だから、様子のおかしな波津君に私は手も足も出なかった。だから逃げ回ってたのよ。不意打ち狙いでね。殺すつもりなんてないわよ、死因が見えないし。気絶したら正気に戻るかなと思ってね。それで暫くは鬼ごっことかくれんぼの繰り返し。気づいたら波津君は居なくなってたわ」

「でも俺は見てないですよ。校門でずっと待ってたので分かります」

「変な話よね。人が跡形もなく消えるなんて……結局、死神を騙ってそうな奴も居なかったし。来なかったのか、それともあの二人のどっちか……または隠れてたのか。分かんない」

 明日から、波津は界斗と同じように欠席するのだろう。表向きは体調不良という事で、明日も明後日もそのまた一週間先も。二度と彼らの姿を目にする事はない。界斗と比べるとそこまで動揺していないのは、死体も見ていないし当人とも親しくないからだ。

 わざわざ先輩に目撃を自白したのは、死体を見た興奮を収めたかった目的もあった。話さないと、人間として駄目になる気がしたのだ。

「じゃあ今日は骨折り損ですか。俺はひょっとして用済み? 明日になったら殺されるとか?」

「……いや、ちゃんと成果はあったわ。君の処遇は今回の流れ次第ね。言ったでしょ、働きぶり次第って。何かおかしい。だから明日の放課後、また生徒会室に来てくれる?」

「文化祭って来月でしたよね。準備とか大丈夫ですか? 例年通り一般公開になるなら、チラシ作ったり、各クラスのTシャツのデザインの確認とか、出し物の認可とか。今の内に出してたクラスありましたよね。後生徒のバイト先認可も、先生の前に会長が」

「そんなの後よ後。『死神』のせいで予定外の死体ばかり増やされちゃ溜まったもんじゃないわ。暫く表の仕事はしなくていいけど、その代わり残業ね。一先ずは今回の真相が判明するまで」

「…………ブラックだ」

 高校生が社会の荒波にもまれるなんて信じられない。バイトじゃなしに、生徒会活動で。一切の給与が支払われないで、そのリスクは命。こんなブラックも中々あるまい。

「先輩、それじゃ俺があんまりにも可哀そうだと思います。もう少し報酬を下さい」

「自分で言うんだ……何? 給料とか言わないでよ、私だって無い……あるけど、払うんだったら雇用契約書作って雇うから」

「じゃあ平常点」

「私にその権利はありません。却下です」

「家の合鍵」

「まず家を知らないでしょ」

「じゃあお弁当と、昼寝出来る場所を下さい」

 

 湯那先輩が脚を止めて、振り返った。


「…………いいけど。生徒会室から持ち出し禁止。自腹で勝手に用意するだけだから、人に言いふらすのも駄目よ」

「おー太っ腹だ。願ってみるもんですね。これも駄目だったらいよいよ自暴自棄になって、先輩の足を撫で回させてとか言ってたと思います」

 脚線美のある人間がタイツを履くと、気品があるというか色っぽいというか。視線は完全に足元を見ている。恥ずかしがって足を後ろに引くまで見惚れてしまった。

「君、脚フェチだったっけ?」

「いや、フェチって程じゃないですけど、綺麗なもんは綺麗でしょ。胸とか顔とか髪とかはアウトでも、脚はギリギリ」

「何その主観。脚だってかなりきわどいからくれぐれも他の子にそんな要求しないようにね。暴力反対な子でも思わずビンタするくらいにはアブない事言ってるから」

 そんな話をしている内に家に戻ってこれた。

 風呂はもう入ったが、もう一度入るべきだろうか。だが今すぐ寝ないと明日の昼が怖い。

「お休みなさい、八重馬く―――九十。また明日ね」

「…………えっ」

 今度は俺が振り返る。



「別にいいでしょー? 秘密を共有しちゃったんだし」



後ろ姿の先輩は、背中側に手を振りながら寒空の闇に消えていった。


























 

 翌朝。

 睡眠サイクルを乱した代償は大きい。当たり前のように寝坊して、登校した時にはもう一時限目も中盤にさしかかっていた。

「すみません、もう遅れちゃって……ふぁああああああああ」

 眠すぎて、両親の説教も耳に入らなかった。眠くなるのは単に朝が弱いからで、これは何時に寝ようが解決しないが、遅刻だけはしないようにしてきた。だが無理があった。特に深夜の気温の中一時間も立ち尽くすのは想像以上に体力を奪っていた。


『お前、今日は大丈夫かよ』


 授業中にも拘らず白兵が携帯でメッセージを送ってきた。打ち返す体力もないので彼の方角へ手振りによる返事を試みる。まともに頭が働かない。授業なんて受けても受けなくても一緒だ。形式上教科書は出すが、黒板も見えてなければノートに写す事も出来ない。

 

 ―――早く解決しなきゃ、まずいな。


 想像以上に、想像以上。重すぎる代償に早速辟易している。湯那先輩に殺されるよりも前に生活に殺される。日常に嬲り殺しにされる気分は最悪だ。痛みはないが、ずっと苦しい。眠い。眠い。眠い。

 俺の情けない状態を見てか教師も気を遣って俺を個別に呼んで授業に参加させる真似はしない。平常点は後で下がるだろうが、眠気には抗えない。

 


 チャイムが鳴って、担当教師が退室。



「八重馬クン、話があるのだけれど」

 




 白兵よりも先に掛けられた、落ち着いた声。寝ぼけ眼を擦って応対すると、草延リンネがノートを胸に抱えて机の横に立っていた。

「貸してあげるから、少しだけ時間を頂戴」  

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