しにがみいろは
「いつも閉じ籠ってたからだろうけど、風がきもちいいわね」
「草延もいないし、先輩達が卒業した後みたいな懐かしさがありますよね」
「ああ、あの頃ね。そう言えば見送った後は二人で用もなく生徒会室で過ごしたっけ。窓から桜でも眺めながら……あーそうかもね。まあ今はどっちかって言うと秋……もしくは冬だけど」
風が気持ちいいのはさっきまで走って身体が熱くなったからね、先輩は勝手に納得している。俺の方は少し寒いけど、文句を言う程じゃない。『シニガミ』を追う事になって忙しい毎日だった。こうして肩を寄り添わせながらゆっくり話すなんていつぶりだろう。
「それで、何があったの? 貴方ってそんな俗な人だった?」
「生徒会は俗世とは隔離されてたなんて初めて知りましたけど。まあ馬鹿馬鹿しい話なのは確かなんですよね。まず俺が唐突に呼び出されたかと思ったら告白されて―――」
こんな馬鹿らしい阿呆らしい話を先輩にするのもどうかと思ったが、話を聞く限り葉子に困らされたっぽいし、フッた男としては経緯を説明する義務がある。
「前世占いねえ……」
「先輩も信じるクチですか?」
「そういうのじゃないわ。信じる信じないは人の勝手よ。分からないのが前世がどうあれ今世にそこまで影響が及ぶのかどうかって所よ。スピリチュアルな理屈はさておき、今を生きてるのは自分なんだから、前世がどうであっても自分が何者かは自分が決められると思わない?」
「まあ…………でも葉子は前世の縁が受け継がれるって思ってるみたいでしたから。それで前世がお姫様ってのを信じたくて色々な男子に告白して付き合って、その矛先が俺に及んだって訳ですね。お姫様なら色々な男に言い寄られているみたいな解釈だと思うんですけど」
「かぐや姫って事なら……まあ合ってるわね」
「いや、それは勝手に呼ばせてるだけなんじゃないですかね。前世がかぐや姫って、じゃあ竹取物語は実際にあったのかって言うと まあもしかしたらあったかもしれませんけどね!」
ただそうなると葉子はそのかぐや姫を前世に持つ超貴重な人間という事になる。ちやほやされたいというなら何処ぞの研究機関にでも申告すれば調べてくれるのではないか。前世というか……血縁のルーツというか。
本当に確信したいなら厳密はやり方は色々あると思うので、総合すると葉子は単にチヤホヤされたいだけで前世が何かなんてのはどうでもいいと思っている……と、俺は結論付けている。仮にゾウリムシでも、それでチヤホヤされるならもうそれでいい筈だ。
「かぐや姫ねえ。あれって確か最後に月に帰ったと思うんだけど、前世の縁が今世に影響するなら、葉子は一体何処に帰るのかしら」
「家じゃないんですか?」
「かぐやにとって家とはどちらを指していたのか……まあいいか。それで九十に振られて前世占いは信じないようにって友達に言われたけど諦めきれなくて私の所に来たと。納得したわ」
「まず疑問なんですけど前世占いって当たるんですかね。占いの当たる当たらないって利益の問題だと思うんですけど、前世が分かって得するってのは何だか……」
「確かめる術がないんじゃないかって言いたいのよね。仮に得をしたとしてもそれが本当に前世のお陰かは分からない……これが災いだったとしても然りって所かな。信じるのは勿論勝手だけど、その都合で振り回すのはやめて欲しいわね」
生徒会の職務で弱音一つ吐かない先輩が見るからに辟易しているし、事情を知らない他人ならちょっと葉子に肩入れしてしまうくらい露骨にげんなりしている。一体全体どんな質問責めをしたらこんな嫌そうな顔をされるのか、気になって仕方ない。
「俺の事ばっかり聞いてくるって話でしたよね。どんな感じだったんですか?」
「好きな女性のタイプから住所まで色々よ。中には私が知ってたら気まずいような質問までしてきてね、知らないって言うんだけど諦めてくれないのよ。今度から生徒会募集要項はモテない奴って入れようかなって思ってるくらいね」
「今年で先輩卒業だから良くないですか? ていうかその……進路とかってもう決まってたり?」
「心配される謂れはないわよ。それよりも私が抜けた後の生徒会はどうするのかを考えた方がいいんじゃない? 草延さんから九十が会長になるんだから」
――――――お別れ、近いんだよな。
事情にもよるが、三年生は春が近づくにつれて学校に来る事が少なくなる。『シニガミ』問題はそんな短い期間の間に起きた問題だ。解決したかどうかは時間が経ってみないと分からない。現状、俺はこれ以上悪化のしようがないから解決したと思っているが、『死神』として巻き込まれた先輩はどう考えているのだろう。
「湯那先輩、『シニガミ』の件なんですけど、解決したと思いますか?」
「『死神』としてもこれ以上は何も起きてないから解決したって思いたいけど……なんか釈然としないのよね。そっちに渡した死体はどうなったの?」
「跡形もなく消えました。物置に隠してたはずなのに」
あれについては全く見当もつかない。誰が何をすればあんな事になるのか。仮に解決したとしてもあの謎は残ったままとなるだろう。言及した手前、改めてあの謎について考えないといけないが湯那先輩は弁当を広げていただきますと合掌した。
「九十、お弁当は?」
「教室ですね。ちょっと草延に用事があって探してたから……」
「そ。じゃあ一緒に食べましょうか。そのお弁当は放課後にでも取っといてくれる?」
「…………え、お弁当を先輩とシェア!? え、ええ!」
「嫌だった?」
「そうじゃなくて…………」
むしろ湯那先輩の方が気にすると思っていた。後は純粋にお弁当の量が少なくなるから……と思ってたいが、元々二人分みたいな量でその心配はなさそうだ。割り箸を貰って、おかずの何割かを頂く事にする。
「少し私なりに考えてたのよ。『ハクマ』の件から私達はこの話に首を突っ込んだじゃない」
「そう、ですね。俺が先輩の殺人をたまたま目撃した所から始まって」
「それも九十が死神と会った事あるからなんて言ったから。元々私は『死神』の予定をズラす偽物を殺そうとしていて……そこから成り行きで『シニガミ』を追う事になったわ。勿論それがきっかけにはなるんだけど、本当にきっかけなのかなって」
「へ?」
「あれ以来『死』の予定は一度も狂っていないわ。だからあの時『しにがみ』服用者を殺そうとしたのは偽物だったとも言いたいけど。私が偽物の存在に気づいたのは『ハクマ』の件からずっと前よ。それなのに『ハクマ』から始まった『シニガミ』の話を解決したら鳴りを潜めるなんておかしいわよね」
解決したかどうかは経過観察次第というのは建前で、どうも先輩は解決していない寄りのスタンスらしい。俺もどちらかと言えばそうだ。あれで解決と言われてもちょっともやもやが残る。結局あれは何だったのかというのが解決すれば一件落着という訳でもないが、謎が残っているのに解決と言い切る事は出来ないだろう。
「はあ……憂鬱。どうしてこんな事になっちゃったんだろ。私はただ……普通に死にたかっただけなのに」
湯那先輩の横顔は悲し気に、今生きている自分さえ憎むように虚空を睨みつけていた。その頃の彼女を知らない俺には、どうあっても湯那先輩は助けられない。慰めの言葉だって余計だ。事情を知らない人間からの言葉程浅ましいモノはない。
気持ちは本物でも、伝える為に言葉はあって。
言葉が違うなら、決して気持ちは伝わらない。
両親が確かに愛していても、それが伝わらなければ毒親と思われるように。
「…………湯那先輩。俺は先輩と会えて嬉しいですよ」
「……そういう慰めはいいって」
「慰めじゃなくて、本当に。仕事はそりゃ面倒ですけど、嬉しい悲鳴っていうか。昔の俺はなんか酷い病気だったみたいで。家族にも見捨てられてました。それをずっと隣で看てくれたのが死神で、俺はその人の事が好きだったんです」
なんて言ったかは覚えていないけど。気持ちはハッキリ覚えている。
「もしかしたら俺って、死神系女子が好きかもしれません。だから湯那先輩と会えて嬉しいです!」
「…………何かと思えば九十の好きなタイプね。何? 葉子さんに言えばいいの?」
「死神てそんな簡単になれるんですかね?」
「それは『死神』次第かな。私じゃなくて、私を不死にした方ね…………あれ?」
「どうしましたか?」
先輩は箸を置くと、俺に向かって何でもないように問いかけた。
「って事は九十も不死だったりする?」




