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魔性に尽きたかぐや姫

 どの口が言うのかと問われたら返す言葉もないが、恋人が欲しいと思った事はない。御堂湯那先輩が好きなのは確かにあっているのだが、だからってあの人と恋人になりたいとは強く思っていない。今の関係のままでも十分満たされている。シニガミ関係で厄介ごとは色々あったが、それも含めて生徒会活動だ。

 かぐや姫こと天月葉子の悪評は聞いただけでも中々の物であり、その多くは酷い事をされたというより純粋に楽しくないという意見が圧倒的だった。そこまでつまらない人間なのかと思う反面、そこまでつまらない事に定評があると本人もまともに交際する気がないのではと思うのは俺の気のせいだろうか。

 どんな人間にも気の合う人間は居る。『男なんて星の数ほど居る』という慰め或いは傲慢な言葉にはそんな意味も多少は含まれている。『いつか気の合う相手が見つかるからそう引きずるな』という意味だ。もしくは『自分を求める男は多いからこいつの事なんて気にしなくてもいい』という意味。


 ―――じゃあ賭けってなんだろうな。


 ちょっと気になるかもしれないが、告白はもう断ってしまったし、一々掘り返しに行く気にもなれない。そんな事よりも生徒会活動の方が大切だ。草延との約束もあるしそこを有耶無耶にして長引かせると信用を損ねそうだ。

「今日の授業はおしまーい。最後に配ったプリントは明日提出なー」

 国語の授業が終わって昼休みに入る。さあて、これは名目上の休み時間であり、実際は草延との約束を果たす為の時間だ。面倒と言っている場合でもない。『死神』と売人の『シニガミ』が別人であるという事を理解してもらわないと、恐らくこの先も協力していく中で致命的なすれ違いが生じると考えている。

「……草の……お?」

 面倒くさいけど、やらないといけない事。個人のお気持ちではどうにもならない予定が何より面倒だ。振り返って声を掛けようとしたら、草延は何処かへ居なくなっていた。あの性格なら面倒くさがってる俺の気持ちなど知らずに声をかけてくるだろうとも思っていた。

 本人が居ないと話が出来ない。手紙で残す訳にもいかない内容だ。

「おい白兵。草延何処に行ったか知らないか?」

「なんか呼ばれて廊下出た所までは見た記憶があるぞー。生徒会ってプライベートないんだな」

「この学校問題山積みだから仕方ないよ。有難う、探しに行ってみるよ」

 草延リンネに友人と呼べるような関係はない。失礼な物言いだが、生徒会に人が来ない原因に『友達との時間が作れないから』というのがある。それは矯正ではないが無理をして作ると後々の時間にツケが回ってしまう。だから誰も入りたがらない。生徒会の適正とは強い意欲があるか、ある程度コミュニケーションは取れて且つ友達のいない人間である。

 だから友達に呼ばれて、というのは考えにくい。現実的な線だと告白の為に呼び出されたとか、先生に用事を言いつけられたとかその辺りだ。当てがないので彼女が行きそうな場所を手当たり次第に歩いてみるしかない。どうしても見つからないようなら生徒会室に行って先輩との休憩時間を過ごそう。話題はどうせあれになりそうだ。

「あ」

「あ……」

 階段を下りていたら、踊り場で天月葉子の友達と思われる女子と再び再会した。手にもッているのは購買の焼きそばパンとサンドウィッチだ。誰かに頼まれた買ってきた帰りだろうか。何事もなく通り過ぎようとすると、肩を強く掴まれて引き止められた。

「何だ?」

「事情聴かないの? 変な感じだったでしょ」

「ああ、でも話しにくそうな事情っぽいからいいよ。嘘でも何でも告白を茶化すのは気分が悪いし。用事があるからこれで」

「…………ねえ待って、説明させて。凄く勘違いさせてるみたいだから。この後時間あるんでしょ? 生徒会の仕事があるなら無理にとは言わないけど」

「勘違い? 勘違いも何も賭けてたんだろ? 俺が告白を受けるかどうかって感じかな? 別にそれに対して気分が悪いとか言い出さないよ」

「違う、その賭けなんだけど……あ、あの子の妄想に付き合った結果っていうか」

「…………妄想?」

 そんなつもりはなかったが興味を示した事で承諾と判断された。手を引かれて連れて行かれたのは彼女のクラスでもあるG組の教室だ。色めきだったのは俺の人気がどうというより知らないクラスの人間が連れられてきたからだろう。同い年でも何でも、クラス同士がここまで物理的に距離が離れているとやっぱり空気が違くて微妙に気まずい。

 天月葉子の姿は見えないまま、俺は一番端っこの席に案内された。

「まず名前を教えて欲しいんだけど」

「私? 私の名前は灰音御紀はいねみのり。八重馬の言う通りあの子の友達ね」

 セミロングの髪に隠れて気づかなかったが、首筋に刃物で切ったような傷跡がくっきり残っている。個人的にはそっちの方が気になっているが、プライベートな事情に踏み込みそうだ。座らされた席は彼女自身の机であるそうな。

「何処から話そうかな……あの子ね、前世占いっていうのにハマっちゃって。ある日突然自分の前世がとある国のお姫様だって言い出したの」

「まあ前世なら何でもありじゃないか? 俺がゾウリムシだったとしても別にあり得るだろ」

「前世の縁は今世にも引き継がれるっていう独自解釈? わかんないけど、それで色々な男子に告白してんの。顔はゆるふわ系だし、男子はああいうの好きっぽいから最初は成功したんだけどね。惚れた理由がある訳じゃなくて単に自分の前世について確信したいだけだからさ……今じゃ悪評が立ってるんでしょ? 本人は知らないフリしてるけど私も知ってる。『かぐや姫』呼びは流石にきついって事もね」

「フリってのはどういう事だ?」

「私の美貌が眩しすぎて近くに居ると自分の醜さが分かってしまうからみんな離れたみたいな超解釈ね。自尊心の維持って言うの? これだけ噂になってるのに知らないって考えにくいでしょ。だからフリって言ったの」

 むしろ否定され続けたからこそ拗らせたという考え方も出来る。カルトにハマった人間の多くはまともな関係を失い、宗教内の非常に狭苦しいコミュニティに縛り付けられるという話を聞いた事がある。要はそのコミュニティが自分自身の中にあった場合こうなるという訳だ。自信と風評が一致しないまままともに過ごせるとも思えないし、一種の逃避行動として見るならフリではなく本当にそう思っているかも。

「取り敢えず机の中にある日記読んでくれる? あの子の書き写したんだけど」

「……あまり感心するやり方じゃないな」

 言いつつ日記を手に取ってそれとなくページに目を通してみる。書かれていたのは付き合った男子に対する評価と点数だ。一蹴回って男性嫌いかと思うくらい陰湿に短所を殊更詳しく書いてあるので同じ男としては良い気分がしない。白兵が六〇点の男という所だけは、ちょっと同意するが。

「こりゃ凄いな。何百人居るんだよ。俺は男子の方からフッたって聞いてるんだけど、この日記を見る感じ自分から全員フッたように見えるな」

「見てたらなんかちょっとまずいの分かるでしょ。明らかに自分にも問題ありそうって分かるのに、こんなポジティブなの。それ、後ろのページとか見ると告白成功してもないのにフッた理由とか書いてるから」

 そこまで来ると最早怪文書だ。男性が嫌いで嫌いで仕方ない奴がしたなら納得だが、前世がお姫様で承認欲求に飢えている女子がやったと考えるとミスマッチな感じがして気持ち悪い。精神的に病んで欲しいとも思わないが、自信と風評が一致しないなら、葉子の性格的に凹みそうなのに。

「で、賭けは?」

「友達のツテとか頼って、まだ葉子の事知らなそうな男子を調べてもらったの。そしたら八重馬が多分知らないだろうって事で私がけしかけた。告白に成功したら占いは真実だし、失敗したら出鱈目だから金輪際信じるのをやめなって」

「…………だからガッカリしてたのか。その占いってのは良く分からないけど、まともになってくれる事を願うよ。フられ続けるのは精神的にも良くないだろうし」

 今まで信じていた物をそう簡単に切り捨てられるかと言われたら難しいだろうが、二人は恐らく親友だ。でなきゃそんな無茶苦茶な賭けに乗ったりはしないだろう。親友からの忠告もといやんわりとした矯正を受け入れられるならまだ手遅れではない。

 そしてそういう事なら断った事に意味が生まれた。微妙に残っていた罪悪感も晴れて解消され、後には欠片のもやもやも残らない。

「これで話は終わりだけど、気を悪くしたら謝るから」

「いや、いいよ。そういう事なら全然利用してくれても。元々忘れるつもりだった事でもあるし」

「マジで怒らないの? 本当に?」

「怒らない怒らない。だって怒る理由がない。この話はこれでお終いだから。じゃあな」

 こんな空気の合わない教室からは早々に出るべきだという本能に従って廊下に飛び出すと、何故か息を切らせた様子の湯那先輩と遭遇した。

「せ、先輩?」

「…………九十? 何でそこのクラスから?」

「それはこっちの台詞っていうか。生徒会室に居ないなんて珍しいですね。何かから逃げてきたみたいです」

「みたいじゃなくて逃げてきたのよ。流石の私も恋愛相談には乗れないわ。良いアドバイスは出来ないって言ってるのに話だけでも聞いてくれ聞いてくれっていうからもう本当に……話を聞いたら聞いたで君の事ばっかり聞いてくるし! G組に知り合いがいたなんて聞いた事ないし、他人なんでしょ? 九十ってば何をそんなに好かれる様な事したの?」

「…………あー。ちょっと面倒くさくなってきましたね。詳しく話すんで、一旦屋上まで逃げましょうか」

「え、そんなに?」

 

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