縁の下の美人局
「………………え?」
告白された経験はない。理由は単純に俺がそこまで女子にウケのいい男子じゃない事と、生徒会に入ってから忙殺されていたのでそんな暇など無かった。まるで愚痴のように聞こえるけれど半分だけだ。湯那先輩と二人でするあらゆる作業は何だかんだ楽しかった。俺はあの人が好きだから、それだけをモチベーションにやってこれたまである。
―――告白かあ。
嬉しくない訳じゃないが、生徒会として多くの秘密を預かる関係上、何より気にするのは情報漏洩だ。今はなんて事ないが、例えば生徒の悩みを相談されていた場合、何らかの事情で悩みを知りたい奴が居たら生徒会の人間を取り込む必要がある。俺達は別に漫画にあるような権力が強すぎる生徒会に属している訳じゃないから、かもしれないと言ったって今まで起きた事はなかった。
いざ起きると、困惑してしまう。
「えーっと、何で俺かな? 悪いけど、そっちの事は何も知らないんだよね」
「天月葉子です。好きなものは焼きそばで、誕生日は五月八日です!」
「お、おう。名前は教えてもらったけど、それで交際出来るかはまた違う問題だと思う。だから……告白は受けられない」
「…………」
「そ、そんなあ! 九十君にとって私は魅力的じゃないの!?」
「それ以前の問題なんだけど……」
魅力的か魅力的じゃないか、好きか嫌いかはその人間を少しは知らないと判断出来る。程度に個人差はあるが、まず俺はたった今名前を知ったばかりでそれを判断出来ない。
あ、だから友達を呼んだのか?
他人事ながら見覚えがある。第三者を介した告白は非常に断りづらい。第三者は大抵どちらかに肩入れしている。男子と女子の力関係はこと告白に関わると逆転するので多くの場合で第三者は形ばかり。今回でいえば葉子の味方になる。
告白を断るとその第三者を通じて多くの女子に今回の悪行が拡散される。そうなった男子の評判たるや居心地を悪くするには十分だ。
そう思って天月葉子の友達の方を見たが、彼女は俺の返事が芳しくない事に目を瞑ったまま動かない。
「お願い! 一日だけでも付き合って! お願いお願い〜!」
「無理なものは無理だ。諦めてくれ。何も知らない人とは付き合えない」
「うーーーーーーー!」
「葉子もういいでしょ。告白終わったなら帰ろう。賭けは私の勝ちって事で」
「なんでえ…………おかしいなあ」
天月葉子はがっくりと肩を落としてすんなりと引き下がった。そんな彼女の友達は俺に向かって肩掌で軽く謝罪をするとそのまま奥のクラスへと戻っていく。ここから一番遠いG組なら、面識がない訳だ。
―――賭け、か。
俺が好きというよりはそこが主目的だったようだ。そうと分かれば一安心、ほぼ面識のない人間に告白なんてどうかしていると思った。二人の間で悪趣味なゲームがあったのならそちらの方が全然納得出来る。むしろ本気で好きなのを断ったなら申し訳なかったので、理由が分かって清々した。何の後腐れもなく自分の行動が正解だったと断言出来る。
ただ、無駄な時間を過ごした事には変わりない。最後の休み時間が無意味に消費されてしまった。昼休みには『シニガミ』の件やら『先輩の正体について』やら、色々草延に話さないといけないのに。
席に戻る途中、白兵が俺の手を掴んで顔を引き寄せると小声で呟いた。
「なあ、俺は聞こえたぜ。お前コクられただろ。それも『かぐや姫』に」
「かぐや姫。確かに顔は可愛かったと思うが、そんな大和撫子な感じも奥ゆかしさも無かったけど」
「それはお前んとこの生徒会が異様に顔面偏差値高いだけだろ。忙しさとトレードオフってのが玉に瑕か? つってもそれだけじゃねーアイツな、付き合った男子に対して我儘が煩いって評判なんだよ。それだけなら単に性格の問題で済むんだが、噂によるとアイツはただ単に付き合った回数を稼いでるんだってよ」
「付き合った回数? ……何の意味が?」
「さあな。まあそれもちょっと前までの話だ。嘘にしろ本当にしろそんな噂が密かに広まったから今じゃ誰も告白なんか受けねえよ。どういう考えがあっても色んな奴と付き合って直ぐに別れてたのは事実だしなー」
まさかあれやこれやと要求を突き付けて男を男として見てくれない姫のような傲慢さを『かぐや姫』と呼んだのか。それはちょっと、天月葉子には悪いが名前勝ちしているというか、そう呼ばれるには色々と足りないような気がする。一体どこの誰がそんな呼び名を思いついたのか知らないが―――男子が考えるならもっと安直な名前になると思う。『かぐや姫』は美化しすぎている。にも拘らずその呼び名が浸透しているという事は。
「……なあ、『かぐや姫』呼びって女子発祥なんじゃないか?」
「お、良く気付いたな。へへ、実はこっからが面白い所でな、その呼び方言い出したのは他ならぬ葉子なんだよ」
「自分でそう呼べって?」
「付き合った奴みんなにそう呼ばせようとするんだと。だから噂を知ってる奴等からは皮肉を込めてそう呼ばれるんだ。つか何で分かった?」
「こういう時は女子の一強だからな。変な圧力とか風評とかが怖くて従う気持ちは分かるよ。そうか、じゃあ俺に告白してきたのはあれかな。その噂を知らなかったからかな」
生徒会の仕事をしていて知らないなんて事があるのかという話だが、実際知らなかったのだから仕方ない。俺達は飽くまで仕事をしているだけだ。生徒会に対して要望やら苦情やらヘルプやら。そういう学校生活に関連する情報は入ってきても、故人を貶める為のあだ名なんぞ入ってくる余地がない。
特に最近は『シニガミ』のせいで四苦八苦していたし。
「用件聞いて、案の定撃沈するとは思ってたぜ! うはは!」
白兵が耳のピアスを弄りながら笑っている。腹の底から響く声は良く届いて、クラスの騒音を僅かに塗り替えた。
「……俺が告白を断ると思ってたのか? いやまあ実際断ったけど、彼女がいるとかじゃないんだ。万が一はあると思うけど」
「いーやお前はそういう奴じゃないね。生徒会に入った時点で俺も分かってるよ八重馬。お前が好きなのは御堂湯那生徒会長だろ。もしくは最近仲良さそうな草延か。まあどっちにせよアイツじゃない。草延はあんま喋らねえから分かんないけど、会長はほら、怖いけどなんだかんだ世話焼いてくれるような人だろ? 我儘ばっか言ってるアイツとは大違いでまず性格が負けてる。じゃあ見た目だけでもって話だが、会長には完璧に負けてるし、草延の方が抱き心地良さそうだ!」
「お前それ本人に言うなよ。しこたま撃ち込まれても知らないからな」
「は?」
下世話な物の見方と軽蔑したいが、俺も男の端くれ、異性として意識しているとどうしてもたまにはそういう部分が目に付く。特に忙殺されているとその辺りのブレーキが突然壊れて止まらなくなる事もある。
―――ただ、それにしては随分と流暢な悪口だ。
「あー。白兵。お前あれだろ。葉子と付き合った事あるんだな」
「おー。今思うと気の迷いだな。あれを交際してたって数えたくねえよ本当。彼氏として美味しい思いしたとかより前に、まず遊んでて楽しくないんだもんな」




