表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/55

気の触れた常識

 今朝とは即ち犯行時刻。彼にとっては最も他に誰かいてもらっては困る時間帯だ。湯那先輩を殺害した時間帯、いる筈のない一人。実際居なかった。

「何であんな事言ったの」

 予定通り生徒会室に移動して、草延との昼食。彼女は何も知らないので俺の発言に彼が大袈裟な反応をした事が解せなかったようだ。あれについて正確な理解を得ようとするとまず先輩が死神という事を説明しないといけないが、色々なしにがみが多すぎて言葉の上では混乱するので説明しようがない。図解しようにも先輩が死神というのは半信半疑なので正確な説明が出来る気がしない。

 信じてはいるけど、それと客観視は別という話。

「様子、おかしくなってただろ」

「ええ、見るからにって感じではあったけど」

 『しにがみ』を奪われると思い込んで刺してきた。だがそれと俺が『しにがみ』を会長から貰ったという嘘に相互関係はない。仲良く使えばいいだけではないかとそう思う人もいるだろうが、そもそもこれ自体が薬物だ。しかもその効能が『死』であるなら中毒性がないと広まらないと考えた。服用してくれたお陰で感覚が鈍っているのか今の水田君は単純で非常に読みやすい。小学生でも見抜けそうな脈絡の無さにも気づけなかったのだし。

 ともかく、これで彼は俺を狙うようになる。放課後からが勝負だ。架空の『しにがみ』だけが頼りな不安定な駆け引きもいよいよ大詰め。一錠でも多く欲しい彼、現場を目撃された可能性を考慮しないといけない彼、全部把握していて、自分が『しにがみ』を持っている事がバレたと動揺する彼。色んな要因から、きっと俺を殺しに来る。仲瀬君を殺したのならきっと。間違いなく。


 ―――ここから、なんだけど。


 湯那先輩が夜になったら復活する前提で。夜まで持ちこたえて且つ、水田君を言い逃れ出来ない状況に追い込む。そして彼を殺しに来た人物を復活した先輩に『死神』の力で殺してもらう。口にすれば簡単でも、実際難しい。

 さっきも言ったがおかしな存在としての『死神』、薬物としての『しにがみ』、売人としての『シニガミ』が居るせいで口頭説明が困難を極める。手っ取り早いのは草延にもその現場を見せる事で、だが説明もなく連れ回す事がどんなに難しいか。

 大体がしてこの計画も生き返る前提と滅茶苦茶だ。だから上手く行っているようでも、自分が合っているのか間違っているのか分からなくなる。

「草延。説明はちょっと難しいんだ。でも全部わかるようになると思うから最後にもう一回だけ協力してくれ」

「…………信頼関係が大事だものね、いいわよ、何」



「クラスの奴等みんなに、こっそり俺が『オヤシロ少年』の真偽を確かめる為に夜に学校へ潜入するって事を広めておいてくれ」

 

 

 水筒からお茶を飲んでいた草延の手が止まる。昨夜の一件もあって、その行動には意味がないと付き合えないと言わんばかりだ。

「……何故?」

「康永先生が言ってただろ。犯人が怪異に殺されたとは思わない。犯人が見つかったらそいつが近いうちに殺されるって。話の流れ的に殺しに来るのは『シニガミ』だ。俺はその為に囮になる。湯那先輩も協力してくれるんだ。水田君が俺に夢中になってる今がチャンスだけど……俺から広めたんじゃ警戒されるかもしれない。だからお前がそれとなく、白兵辺りから吹き込んで広めてくれ」

「…………分かったわ。それじゃあ、放課後は別行動かしら」

「そうなる。俺と近かったら関与を疑われるかもしれないからさ…………あー。あんまり気乗りしないけど、俺の家には連絡を入れておいてくれ。絡まれても無視でいいから」

「……八重馬クンは?」

「学校に残って隠れる。もしかしたら水田君が俺の家に来るかもしれないからな。待ち伏せは避けたいし、お前からその事が入ってれば家族がうっかり漏らしても学校に戻ってくるだろ。アイツを絶対にここから出さない。それで後は……会長次第だ」

 隠れ場所は色々考えたが放送準備室が結局一番安全かもしれない可能性に行きついた。理由は誰にも用事がないから鍵を持ち出しっぱなしでも大して問題にされず(会長が現に借りたままだが問題になっていない)、鍵をかけられるから生半可な手段じゃ開けられない。

 デメリットは職員室に行けば居場所が一発でバレる可能性がある事と、先輩の死体と一緒に過ごさないといけない事。それが嫌なら他の場所を考えないといけないが、夜の戸締りを躱す事がそもそも難しくなる。

 鍵を返しながらあの場所に籠る方法は考えたけど、遂に答えは出なかった。こればかりは避けられないリスクとして受け入れるしかない。

「……私を差し置いてコソコソ二人で何かするのもどうかと思うけど、分かるようになるって言い方が気になるわね。それで何か変わるのなら協力するわ」

「有難う。何から何まで素直に聞いてもらってなんだか不自然だけど、話は終わりだ。早速で悪いが、後は任せたぞ」

「『シニガミ』を見つける為なら、どんな事でもするわ。そんなの当たり前」

 



 






















 それから放課後になるまでに下準備は整ったようだ。俺に対するメッセージを見ていれば彼女がどれだけ上手く噂をしてくれたか分かる。返事は勿論肯定だ。俺は仲瀬の事を調べる為に夜中にこっそり忍び込んで『オヤシロ少年』を確かめるという体。それがいい。

「…………換気しても無意味だなあ、こりゃ」

 放送準備室の中で引き籠っていると嫌でも血の臭いを感じる。消臭剤をぶちまけた程度で簡単に消えるとは思っていなかったが、時間が経過しても同じだった。突然湧いて出て来たような噂の真偽は当然の如く誰も知らない。だからかクラスメイトの多くは俺を応援してくれたし、俺も俺で「格好つけたいから他の奴にも広めておいてくれ」と言った。

 生徒会活動の一環という建前なので格好つけるもクソもないが死人が出たのは事実。解決してくれという声が幾つも届いて、白兵に至ってはわざわざ動画で、多分レストランでわいわい騒ぎながら俺への声援を送ってくれた。

「…………こんだけ頑張ったんですから、ちゃんと生き返って下さいよ」

 日記の通り、復活してくれないと困る。

 じゃなきゃただの死体遺棄だ。命を握られるまでは被害者だったのに加害者一直線。夜になるまでまだ時間はある。水田君の動向だけは把握しきれないのがこの作戦の辛い所でもある。リスクという程じゃない。あの発言で彼は俺にヘイトを向けている。来ていると信じよう。

 

 そろそろ来てくれないと鼻がおかしくなりそうだ。


 午後六時。季節が季節だ、夜も暗くなっている。そろそろ現行犯で言い逃れのないようにするにはまず、襲われる必要がある。扉越しに外を探っているが、近くから物音はしない。証拠と草延に対する説明の為にも映像が欲しい。何とかここに誘い込もう。

 携帯を隠しカメラのように設置して、アングルは完璧だ。部屋の鍵を外して外に出てみると、俺の狙いは失敗したみたいにシンと静まり返っている。

「…………あー」

 『オヤシロ少年』は噂からして校庭に出る可能性が高い。仲瀬も元々は部室で財布を忘れたからという流れだった筈。どうやったら安全に籠城出来るか考えるあまり噂について何も考えていなかった。どうしよう。今から向かえば間に合うか?

 用具入れに押し込んだ先輩からの反応はない。まだ復活出来ないのか? いつ復活するのか?

 半信半疑は主に疑い深くなる方向へと塗り替わってきたが、ここまでやった以上止められない。負のコンコルドが俺を苦しめている。

 昇降口はどうせ閉じているから、非常口から校庭へ。階段を下りて鍵を開けると。



「うがあああああああああああああ!」



「うわああああああああああああああああああ!」

 頭から血を流し全身に擦り傷を負った水田君が涙を流しながら顔を出した。それに驚いて離れてしまうと、扉の主導権が水田君に移った。

「あっ―――」

 手を伸ばしても、飛び退いてしまった距離は補えない。非常口がゆっくりと開いて、外に隔離されていた青年が確かな足取りで入ってくる。

 手には木製のバット。何処で拾ってきたかは知らないが、先端にこびりついた黒い血がその使用用途と―――既に使われてしまった事実を物語っている。

「やば―――ッ!」

「それをおおおおヨコセよおおおおおおおおお!」

 力任せに振りかぶった一撃を転がって回避。地面に叩きつけられた衝撃が手元に伝わって痛がっている内に体勢を整える。よく見ると掌はぱっくり割れて、バットの柄はちょうど傷口で挟むような持ち方をしているではないか。そりゃ痛い。

 階段を二段飛ばしで駆け上がって放送準備室へ。違う、こんなつもりじゃなかった。襲われるのは予定調和にしても心の準備が出来ていない。

「すきな背負うニシンの腹の叫びを知れ! 牙を顰めに潜んだ闇の! 夜に漂う幽かな気配の夜へ導く! だからああああああああああ!」

 相変わらず何言ってるか分からない。くそ、早く。早く放送準備室へ。裸足で歩いてる分向こうの方が早い。最短ルートで部屋に籠って、後は綱引きだ。飛び込むように部屋へ戻ると扉を閉めてドアノブを抑え込む。


 ガンッ、ガン、ガン、ガンッ!


 扉を殴る音。ノブを引く音。明日になったら諸々問題として明るみに出る事など微塵も気にしていないらしい。

「湯那先輩! 早く起きて!」

「開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろアケロオオオオオオオオオオオオオ!」

「ちょ、力強…………」

 違法薬物は違法薬物でも身体強化のドーピングなんて聞いていない。幾度目かの綱引き、直感的に無理と悟って準備室の最奥へ。扉が開くと同時にバットが一閃。そこに俺は居ないので空振ったものの、もう逃げ道はない。

「湯那先輩! 俺死んじゃう! 死んじゃうから起きてください!」

 行き止まりな上にここは狭い。ホラーゲームよろしく部屋の中でちょこまか動き回って逃げるのは不可能だ。どこへ避けてもバットが当たる。

「俺、貴方に殺されるのはいいけど、流石にこんな訳分からん奴に殺されるのは嫌ですよ!」

「しにがみを…………」



「助けて!」



「ヨコセエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」




















「ア͊̀̌͞ー̑̀̿͡、̈̾̑̆͌͠う҇̽́̀́る҇́͋̈せ̈͒̕え̑̏͝な͐̉͠あ҇̋̾͐́。死ぬくらいで騒ぐなよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ