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生と死の共同作業

「…………!」

 生徒会室に顔を出すのは生徒会役員としては当然の行動だ。それはこんな騒動が起きなければルーティンともいうべき無意識の行動であり、一々意味を見出すのも馬鹿らしくなるくらいこんな風に足を運んでいる。

「!!!! !!!!!ッ」

 必死に声を抑えて、それでも現実に理解が及ばないので壁に背中をつけた。死体を見るのはこれで何度目だ。冷静に考えれば片手で足りるのに、未だその衝撃は衰えない。誰が死んだかが大切だ。これがどうでもいい見知らぬ誰かだったなら俺はもう少し落ち着いて振舞えた。

 湯那先輩だから、そうはならなかった。

 必死に声を抑えているのは、立たせるように開かれた日記に声を出すな! と大きな文字で書かれていたからだ。死体に近づくのも嫌だったので、机を蹴って日記帳を手に取ると、長々と先輩の文字が綴られている。

『これを見てるって事は九十は私の死体を見てるんだと思うけど、どうせ死なないからまずは安心して。私が殺されたのはちょっと怪しい人物を揺さぶった結果。そいつは多分私の死体が見つかって生徒会の捜査も有耶無耶になる事を望んでる。だからね九十、この日記を読んだら絶対に騒ぎを起こさず、私を隠してほしいの』

 

「は、はああああ!?」

 

 あまりにも荒唐無稽な文章に遂に声を抑えられなくなった。目の前で確かに死んでいるのに死んでいないとはこれ一体。馬鹿らしい阿呆らしい話を聞いてから改めて死体を見てみると、確かに滅多刺しで殺されたにしては顔が安らかだ。痛みに喘ぎ、苦しみ、絶望した顔ではない。疲れたから少し眠ると言わんばかりの、とても背中を刺されたとは思えない死に顔……死んでないらしいけど。

「………………」

 指示は次のページにも続いている。交換日記の使い方が斬新すぎるが、草延はここに入って日が浅いし、信用するには足りなかったのだろう。だからってこんな……湯那先輩の事は好きだけど、死体姿は見たくなかった。

 窓が開けてあったのは幸運か気遣いか。最低限の換気は行われていたお陰でギリギリ吐かずに済んでいる。だがまだ時間が欲しい。行動には移せない。心の整理がそれこそ必要だ。もっと、もっと、もっと。


 ―――十五分が、経過した。


「すぅぅぅ…………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 窓から顔を出して、新鮮な空気を肺に取り込む。やっぱりどれだけ喚起されていても血なまぐさい場所で呼吸なんてしたくない。心を落ち着かせるならまずまともな空気を吸う所から始めないと。

「……よし」 

 日記帳の次のページに手を掛ける。


『隠す場所は何処でもいいけど、なるべくここから遠い場所が望ましい。思いつかないんだったら制服のポケットに放送準備室の鍵があるからあの部屋の中にある用具入れにでも突っ込んどいて。貴方も知ってるだろうけど、あそこは準備室とは名ばかりで殆ど物置だからまず誰も来ない筈。鍵を持ちっぱなしにしても困る人なんかいない。先生だって用事ないし』


 それから先は先輩の死体を誰にも気づかれずにどうやって運ぶかの手順と、生徒会室の後処理について記されている。この通りにやって本当に誰にもバレないのか。まるで気分は衝動的に殺人をしてしまった犯人のようで気が気でない。だがこのまま放置していても良い事は絶対にないと分かる。

 それからは思考停止気味にただ先輩の指示に従った。ゴミ袋に死体を入れるなんていよいよ犯人のやる事だし、そもそも幾ら先輩が女性でも骨と肉の重さばかりはどうしようもないから持ち上げた瞬間に袋が破けるのではとか、そんな事をしている間にも血が溜まるから余計重いし敗れたら血が漏れて大変な事になるのではとか、色々考えてしまったが。

 実際持ち上げた瞬間、あまりにも無視出来ない違和感が俺の身体に引っかかった。


 ―――先輩、軽くね?


 体感、五キロくらいしかない。五キロでも十分重いと言えば重いが、それくらいはゴミを詰めてもあり得る重さだ。不慣れな手つきで人の身体を袋に詰めて、口を縛る。呼吸しているかしていないか分からなかったけど、入り口付近には少し穴を開けておいた。

 幾ら軽くてもゴミ袋なんて大抵透明なもんだから、勝手な偽装工作として先輩の外側にティッシュを突っ込んで置いた。多少はマシになったと信じて放送準備室まで猛ダッシュ。文字通りのスピード勝負だ。ゴミを運んでる以上の情報は与えられない。朝早くに来る生徒も多少いてすれ違ったが、見るからに急ぎ足の俺をわざわざ呼び止める者はいなかった。

 準備室の鍵を開けて何も考えずに用具入れに先輩の身体を入れる。バケツとか箒は邪魔だったので外に出した。何処かに立てかけておけばそこまで疑われる事はないと信じて。鍵は内側からなら手で開けられるので閉めた方がいいか。用件が済んだら急いで生徒会室までトンボ返り。

 血の付いた部分を雑巾で拭いて、換気はそのまま、消臭剤をありとあらゆる場所にぶちまけて臭いを無理やり消して、先輩の鞄は本来ゴミ箱が置かれていた棚と壁の隙間に隠す。念入りに掃除しておいたから、後々怒られる可能性は……先輩が生きているなら、ない筈。


『全部終わったら、私を殺した奴について教える。次のページ』


 捲る。





『私を殺した奴は同じ陸上部の水田君。今朝様子がおかしかったから連れ出して直接聞いてみたらしにがみを奪われるとか勝手に思い込んで刺してきたの。私の死体がいつまで経っても見つからない話題にもしないってなったら動きがあると思う。オヤシロ少年が嘘なら彼が仲瀬君を殺した可能性は十分にある。陸上部自体にしにがみが蔓延してるなら、それ関連かな。後は草延さんと頑張って。私は夜まで起きないから、信じてるよ、九十』























 草延と湯那先輩とそれぞれ個別に組んでいる俺だけがこの状況を正確に把握出来ている。大前提として、これまでの『しにがみ』所有者は波津、和大、水落。波津を除いた二人が陸上部。水落は特に生徒会が押収したと見て俺達に返却を求めて来た。

 そして死んだ仲瀬と容疑者に上がった水田もまた陸上部。これでは『しにがみ』が蔓延していると睨まれても当然だ。湯那先輩は知らないが、草延は波津の携帯から彼が和大に薬を流しているやり取りを見つけていた。

 蔓延とは言ったが、陸上部に調べに入って押収出来たクスリはそこまで多くない。侵食されているのは間違いないが、全員が持っている訳でもないと考えると仲瀬を殺した理由として自然なのは…………


「『しにがみ』欲しさって所かしら」


 遅れて生徒会にやってきた草延には先輩について触れずに協力を頼んだ。康永先生の発言の信憑性に関わる事だ。水田が怪しいからというだけで彼女は二つ返事で了承してくれた。

「青木田さんが貴方を襲ったように、水田君も薬欲しさに仲瀬君を襲った。そうは思えないかしら」

「いや、俺もそう考えてる。オヤシロ少年が嘘ならな。死体が見つかってないけどなんか死んだって事になってるのも、青木田みたいに死体が消えたなら納得だ。人が一人消えてるのに騒ぎにならないなんておかしいけどな」

「それは藤里君の時からそうだけど…………やめましょう。想像したくない事だから」

 草延は何か言い淀んで、話を変えた。

「それで、協力しろって私は何をすればいいの?」

「単独行動は危なそうだから授業で分かれるとかじゃない限り俺と一緒に居て欲しいな。責めた立場で言うのもあれだけど、拳銃は心強い」

「何もしなくていいのね」

「何もしなくても向こうから何かしてくるって読んでる。まずはそれ次第だ」

 生きながらに動き、死にながらきっかけを与える。



 死による欺瞞(ゴースト・トリック)は何処まで事件を導いてくれるだろうか。


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