オヤシロ少年の行方
「………………」
「………………」
バツの悪そうなリンネの顔など見ている暇もなく、俺達は刑事二人に睨まれていた。校内は生徒会室を覗いてどこもかしこも施錠済だ。逃げるにしたって行ける場所が無い。だから先輩の助言で素直に捕まろうという事になった。自分達は軽率にも学校に侵入した浅はかな生徒だという印象を植え付けた方が楽になるという。
それはそれで、家族に連絡が行ったら不味い。草延達は分からないが、俺は生徒会活動で遅くなっているという思い込みを利用しているので一度問題を起こすと新しい理由を考えないといけない。
『私が代表して喋るから、二人は黙ってなさい』
湯那先輩を信じるとか信じないとか以前に、まずどうやって口先で切り抜けるつもりだろうか。
「二人は、警察の方ですか?」
「おい、誰が喋っていいっつった? 御用になった立場を忘れるな」
高圧的な態度に似つかわしく、男は俺の知る男性の誰よりも長身で、且つ同じ男とは思えないくらい筋骨隆々だ。ボディビルダーは過言でも、格闘技のチャンピオンとかそのくらい。決して肉体美を誇りたいが為に鍛えた訳ではないが、目的の為に絞り込まれ、身に付けられた筋肉の鎧。
野球部も大概ガタイの良い奴等しか居ないが、この刑事に比べれば子供も子供。威圧感からして違う。実力行使という手段はこの肉体を見てはとてもとても選択肢にはあがらない。
「護堂さん。子供にそんな口の利き方は?」
「昼間だったら俺も自重したが、夜に学校残ってるような子供にそんな真似はしない。お前達、何でこんな所に居る? まさか死体が出た事を知らなかった……なんて言わせないぞ」
「全く頑固なんですねえ。やーやー、君達怖がらなくても良い。私達は二人共警察の人間だ。ほら、警察手帳。怪しくない」
手帳を見せるのはフィクションだけではなかったか、と感心してしまった。声からある程度体型は推察出来ていたが、想像以上に恰幅の良い刑事だ。隣の護堂と呼ばれた刑事と比較すると同じ職種に務める人間とは思えない。ただ顔つきは若いので、護堂という男と同い年かそれ以下という事くらいは分かる。
「こちらの身元は明らかにしたな。改めて同じ質問をするぞ。何でここに居るのか。それだけでも答えてくれると助かるな」
「……私はこの学校の生徒会長をしています。この二人は役員です。校則違反は百も承知。ですが生徒の身に危険が迫っているというのに生徒会長が何もしないというのは如何な物かと考えました。ここは生徒の自主性を重んじる校風です。危険を承知で調べようとするのも、また自主性なのではないでしょうか」
先輩の言い分はハッキリ言って屁理屈も甚だしいが、この状況を正当化させられる手札がそもそもないので、屁理屈でも何でも処遇がワンチャンス軽くなるなら何でもいい。見栄えなんて気にするな。
「……警察に校風の話をされてもな。そういうのは校長先生に言うこった。本来なら家に即刻通報、今日の所は家に帰して翌日以降の対応は学校に任せたい所だが……鷺白。案件が案件だから、今から普通の警察としてはあり得ない行動をとる。少し目を逸らしてろ。お前は何も見なかった」
「…………用事が終わったら呼んでくださいね」
鷺白と呼ばれた太っちょな男はそのまま同好会の部室へと舞い戻ってしまった。反射的に後を追おうとして、護堂が立ちはだかる。
「おっとタンマ。お前達三人何か訳ありなのは見て分かる。今回は見逃そうって言うんだから少し話を聞いてくれてもいいんじゃないか?」
「……見逃すって」
「学校には言わないって事だな。ただその代わり、『シニガミ』について知ってる事を教えて欲しい。自主性に基づいた捜査を行う生徒会なら、他の事だって調べてると見込んでの頼みだ。何でもいい、デマじゃないなら」
どう言い訳をすればこの場を切り抜けられるかという所に、これは嬉しい誤算だった。演技すら許されなかった事で湯那先輩は不満そうに口元を歪めているが、そんな簡単な事で見逃してもらえるなら情報は渡した方がいいだろう。
問題はデマでなければという点で、現状俺達も錯綜する情報に理解が全く追い付いていない。それがデマ判定されるかどうかは主観に因ると思うので、渡せる情報には限度がある。やはり余計な事をせず先輩に任せるべきだ。
「そう……ですね。『シニガミ』について判明している事は、便宜上『彼』としますが、彼のクスリの影響か、今日も二人の生徒が様子をおかしくしてしまいました。それと……真偽不明の情報ですが、学校で噂されるようになった『オヤシロ少年』が『シニガミ』に関係あるとかないとか。むしろ手に入れられてる情報はこれくらいしかなくて、今回同好会で死体が見つかったと分かったから、じゃあ証拠があるんじゃないかって……」
「へえ? 『オヤシロ少年』……オカルト同好会……成程。確かに関係はありそうだ。ご協力どうも有難う。さ、悪い事は言わないから帰った帰った。単純に夜は危ないからな……そう思うなら俺が送っていくべきか……」
「いえ、だ、大丈夫です! それに刑事さんが送ってくれたら見て見ぬ振りだって出来ない訳ですし……」
「そうだな。警察としてあまり好ましくないやり方ではあるが、勝手に家に帰ってくれるならそれに越した事はない。くれぐれも寄り道はしないように。補導されてもそればっかりは知らないからな」
「あああああああああ! くっそ! あと少しで入れるって所だったのに帰されたー!」
「先輩、夜なんであんまり騒がしくするともうそれが不審者ですよ」
「九十だってそう思うでしょ? 惜しかったの、本当に惜しくて……でも警察に逆らう訳にもいかないから…………ううううううううう」
「…………」
「湯那先輩。そこまでにしてくれませんか? 草延が凄くいたたまれない顔になってて可哀そうなんです」
今にも泣きそうとは言わないが、自分のせいで人が死んだとかそういう表現が似合うくらい思いつめた様子で黙り込んでいる。たかがくしゃみ、されどくしゃみ。恐らく先輩が怒っている以上に、彼女は誰よりも自分を赦せていないのだ。『シニガミ』は家族の仇。或いはその手掛かりに繋がるかもしれない証拠が部室に残っていたかもしれない……なのに、全部台無しにした。自分が。
察するにあまりある自責は触れ辛いという段階を通り越して触れたくない。耳をすませば歯軋りの音まで聞こえてくる様だ。
「……はぁ。貴方はそっちの味方なのね。まあいいわ、警察に目をつけられずに済んだのは不幸中の幸いと捉えて今日は大人しく解散ね。あまり時間をかけてる場合でもないんだけど」
「明日こそ目を盗んで忍び込みますか?」
「流石に今日入れないなら証拠があってもあの刑事二人が持って行ってると思うかな。だから明日やるんだとしたら『オヤシロ少年』の調査ね。悪いけど九十。貴方に主導権を渡してもいいかしら?」
「へ?」
暗闇の中、先輩の足が止まる。
「そりゃ、生徒会活動なんだから会長が牽引してくれってのは分かるけど、理由は明日になれば分かるわ。任せてもいいわよね」
「は、はあ……………じゃあすみません。これ、返しておきますね」
そういう体で大胆にも草延の目の前で受け渡しされたのは二人だけの交換日記だ。まだ大した事は書かれていないが、独断で何かするつもりなら渡される側は俺出会った方が都合がいい。先輩は驚いて目を丸くした後、苦笑交じりに受け取った。
「確かに返してもらったわ。それじゃあ、また明日。所で草延さんの家って……」
「―――近くで山羊さんが待ってるの。だから、大丈夫です」
「は?」
「保護者の事ですね。あはは。愛称みたいなもんで、気にしないで下さい。あの人がいるなら俺が送る必要もないか…………その、元気出してくれよ、絶対捕まえられるって」
「軽々しく言わないで頂戴」
元気づけようと発した言葉はあまりにも軽率で、安易だった。彼女の鋭い視線が突き刺さるように痛い。蛇に睨まれた蛙という程でもないが、申し訳なくなってそれ以上は口を出せなくなった。
「……だーいじょぶかな、これ」
後頭部を掻きながら、湯那先輩は他人事のように空に呟いた。
そんな御堂湯那生徒会長と再会したのは次の日の生徒会室。
先輩は、背中をめった刺しにされて殺されていた。
後数話で章終わりです。




