死神の吐息
「なんで夜になってまで会長と会わなきゃいけねえんだよ……」
「やっぱ来なきゃ良かったよ。最悪じゃん」
「全く。時間の無駄だったのね」
反省の色のない学生が三人。我らが生徒会長の圧力は昼夜に限らず凄まじい。助けを求めてくれたのは嬉しいけど絶対に俺の出番なんかないと確信出来る。三人とも俺とは同級生。界斗が知り合いなので顔も苗字もハッキリしている。
一人はスポーツ刈りで清潔感のある大柄な青年。苗字は確か藤里。クラス的な縁で絡みがあっても大抵苗字で呼んでいるから名前は知らない。俺から言える事は、特に理由なく夜遊びする人間ではないという事くらいか。剣道部に対する偏見と言われたらそれまでだ。
「ていうか何で会長が居るんすか? 夜遊びとか、同罪っすよ」
「先生に言われて調べてるの。同罪って事なら停学? 反省文? 私は何でもいいわよ、面倒事は慣れてるから」
「し、進路に響きますよ」
「あら、心配してくれるの? 私なんかより自分の心配をした方がいいんじゃない? 八重馬君のクラスだから、成績は把握してるわよ。先生からの評価も悪いから平常点も誤魔化せないみたいだし……ねえ?」
人を追いつめている時の湯那先輩は凄く楽しそうだ。こういうのを黒い笑顔というのだろう、額に青筋が浮かぶ彼女の顔がありありと見える。背中に立っているのに。今回に関しては演技……だと思いたい。それはそれとして怒っている可能性も否めないのが辛い所だ。
「ああああああ! 僕の高校生活は終わりだあああああ! 報告されたらまた停学……また…………また課題…………!」
発見されてから露骨に取り乱している方が波津。うちのクラスに眼鏡を掛けている奴は少ないので、クラスの眼鏡というと大体こいつかもう一人を指している。彼も彼で交流はないが、やっぱり夜遊びする性格とは思えない。停学の理由はカンニングで、親がテストの点数に厳しいからだそう。以降、停学に関する事柄がトラウマとなっているようで、その取り乱し方は目の前で人が殺されたに等しい。
「私の報告次第だけど。どう八重馬君? 彼は停学にしちゃってもいい?」
「! や、八重馬! そうだお前が居た! 頼むここは見逃してくれ! 次停学になったら俺は…………俺は…………ううううう!」
「そこまで泣くなって。湯那先輩も俺の判断基準に任せるのはどうなんですか。責任を押し付けないで下さい」
「優しいのね、君は。気に入らない奴をチクるとか、一人くらいやってもバレないかもよ」
「そんな事したら貴方の信用が下がるだけでしょ。それ以前の問題なんですよ。こいつとあんまり絡みないし、だったら先輩の評価とかを心配しますよ」
「…………ッ。そう」
やっぱり俺が助けに入る必要はない気がする。夜遊びは同罪とて、この生徒会長は手の届く範囲なら教師を巻き込んで根本的な解決を図ろうとする。備品の購入などは不特定多数の先生に不便な体験を味わわせて考えを変えさせたり、校長に直談判をしに行ったり。合法的な手段でも滅茶苦茶だ。だからほら、誰も疑わない。
「…………私、そろそろ帰っていいかしら」
戸惑う二人をよそに我関せずと独自の空気を放っている女子が、代崎。普段は全くと言っていい程喋らないので俺も詳しくはない。吹奏楽部という事実と、人形みたいな大人しさに合わせて童顔というか。月夜の下に添えるなら代崎が一番映えると言うくらいには、ミステリアスで、浮世離れした雰囲気を纏っている。
彼女だけは、制服の下にハイネックの服を着込んで防寒に余念が無かった。
「駄目。そもそも何でここに居るのか聞かせるまでは。それで私が納得するまでは」
「あー。そうそう。生徒会の仕事だから俺も連れ回されてるって訳。早く帰りたいのは一緒だろ? だからとっとと白状しろ下さい」
「うーわ。同情するわ……本当によく辞めねえよなお前。俺らがここに来た理由……つってもなあ。界斗に呼ばれたからなんだよ」
「界斗君? 確か今日、体調不良で欠席だったんだっけ。八重馬君」
「え、あ。はい。そうです。欠席です」
とても丁寧なパスだった。不自然な反応の仕方をしたものの、この状況で気づく人は居ないと思う。実際の所はご存じの通り死体となっていて、これを体調不良というならもう戻ってくる事はない。
「そうそう。なーんか界斗が今日お化けを呼び出すから来てくれって言いだしてえ。最初は普通に断ったんすけど、そうしたらお前を殺してやるとかすげえ剣幕で言われて―――怖くなったんで、来ました」
「ぼ、僕は……カンニングの証拠を握ってるとか脅されたんだ! 勿論、してない。あれ以降はもう……で、でも信用があるかどうかは別だから……それで」
「ええ。私は、面白そうだから」
三者三様の言い分。
最期は論外として、気になる物言いだ。「こんな所で話してるのも疲れるから」と先輩は手近な教室に侵入。
―――鍵、開いてるのか。
三人を招き入れると適当に着席させて、自分は教壇の前に立った。俺は事情聴取される側ではないので適当に突っ立っている。
「お化けが居るかどうかはこの際置いておきましょう。どんなお化けを呼び出すって言われたの?」
「は、『ハクマ』っての。詳しい事は何も……」
「な、七不思議だと……思います。『ハクマ』ってのは確か……に、人間に取り憑いてるお化けで、夜の間だけ正体が見れるみたいな奴」
「ここに来た理由は説明したんですから、もう帰ってもいいですか? 詳しく事情を聞こうとする姿勢は、納得いった証明だと思いますけど」
「まだ納得してないわ。引っかかる事情だから詳しく聞いてるだけ。怪異か……そこまでは生徒会でも手が回りそうにないわね。それで? 『ハクマ』とやらには会えた?」
「会えてないっすね。ていうか呼び出した界斗がまず居なかったんで探そうかって流れで……そしたら会長が来ました」
主犯格とこの場合は呼ぶ事にする。
彼が死亡した事はまだ俺と先輩の二人しか知らない事実だ。だから欠席している訳で―――逆説的にあの死体は最後まで見つからなかった事になる。長すぎる欠席、誰も行方を知らぬともなればそう遠くない内に死亡したという噂にもなるだろう。だがそれは今じゃない。噂は鮮度がないと尾ひれがつくが、鮮度が良すぎるとそもそも噂にはならない。
彼らに知る術がない限り、探そうとするのは妥当な判断に思う。
「…………ん? ちょっと待った。その呼び出しの話、今日か?」
「脅迫自体はもっと前で……改めて呼び出されたのが今日だな。約束覚えてんだろうなみたいな、そんなノリで」
「お陰様で気分を害したもの。しっかり覚えているわ。帰宅して、二時間くらい経って。ご不浄で席を立った直後に電話が鳴ったんだもの」
俺は顔を見合わせたつもりだったが、先輩は教壇に手を突いたまま固まっている。違和感は当然。
昨日の夜。界斗は死んでいた。それが事実でないなら最初俺が脅される道理もなかった。先輩が死神なら死んでいるかどうかを見間違えるというのも考えにくい。体調不良という扱いも結局家に帰らず学校にも来られないから一旦そういう事になったのだと思う。そんな男が、電話。
「代崎。その電話にお前は聞き返さなかったのか。体調不良の理由とか。昼学校に来てないのに約束とやらはきっちり果たそうとするのっておかしいだろ」
「聞いたけど、喋り方からして焦ってたのかしら。ええ、全て無視されて、一方的に電話を切られたわね。それと今は代崎じゃないわ八重馬クン。今は草延リンネ。代崎なんて苗字は二度と呼ばないで」
「あ、悪い……」
少し、怒らせたか。代崎―――草延は元々が無愛想なのもあっていまいち感情が分かりにくい。どことなくムスっとしていると言われたらそう見えるが。いつもの事と言われるとそう思う。
「……波津君は、どうして黙ってるのかな?」
「え! いや僕は何も! 気にならなかった訳じゃないけど、か、カンニングの話でそれどころじゃなくて…………あ、あれ。でもよく考えたら変だったかも。前の脅しと全く同じ言葉を言ってたような……」
「…………湯那先輩。ちょっと」
「ん?」
三人を教室に残し、教室の外へ。内緒話に耳を傾けられても嫌だったので、携帯のメモ帳を使った。
『三人で言ってる事がバラバラですよ。怪しい』
『バラバラ? そう?』
『藤里は約束覚えてんだろみたいなノリって言ってましたよね。一回目と全く同じ内容で電話して来たならそんな言葉は言いません。草延も焦ってたって言ってましたけど、一回目と同じなら焦る必要がないですよね』
『個人の所感なんてそんなものでしょ』
『誰かを脅すのに焦るなんておかしいと思いませんか? 分かるくらい焦ってたなら他の二人も同調する筈。大筋は同じでも、細かい所がおかしいです』
表向きは、補導増加を憂慮した調査。
しかし実際は、偽物の死神を見つけ出す為の、作戦。
考えられるのは二つ。三人の内の誰かが死神なのか、死神が三人を呼び出したのかだ。微妙に食い違うのも、一人で三人を呼び出そうとしたと考えれば多少ミスが入ってしまったという説明もあまり無理はない。取り敢えず呼び出せれば良かったという前提なら、不自然でも来てくれた時点で成功しているし。
「…………よし」
先輩は何かを決意したように一人で頷くと、足音を立てて教室の中へ。案の定、男子二人は会話を盗み聞こうと壁に密着していた。彼女はおもむろにチョークを取ると、黒板にでかでかと文字を書いていく。
バンっと机を叩いて、声を張った。
「今から、『ハクマ』捜索委員会を発足します! 気になってたらまた人目を盗んで見に行きそうだし、この際だから実在を確かめましょう!」




