深淵校探ノ
「夜になったわね」
この状態を監禁というのは大袈裟だけれど、する事もなくバレないように閉じこもるのはやはり監禁と言って差し支えない気がする。俺は二人と違って暇つぶしの趣味もなければやろうと思ってそれが出来る訳でもない。
時間を潰す手段は寝る事だけだ。寝れば何時間か経ってその内起きないといけなくなる。寝過ごしても二人のどちらかが起こしてくれれば大丈夫だ。今回はたまたま出発時間の前に起きた。
「警察ってまだ調べてるんですか?」
「や、流石に帰ってると思うわよ。初動捜査的にね。もうみんな帰った前提だし、二人に家族から連絡も来なかったでしょ? つまり今の所捜査線上には誰も居ないって事になるから……誰かが残ってるとは考えにくいわね。初動捜査の進展次第で事件の解決具合は変わってくるから……気になるとすれば、彼らの家族がどんな状態だったかね」
「……は?」
「波津君、覚えてるでしょ。彼は死んだけど、彼の家族は彼が死んだ事を認識できないまま普通に暮らしてる。や、死んでるのに生きてる幻覚が見えてるって方が正しいかしら。そんな状態見たら流石にこの事件がまともじゃないってどんな刑事でも思うわ。それを理由に学校生活に更なる介入をして来たら本当に面倒な事になる……こればかりは運か向こうの狙い次第だけど。何とかその前に証拠を手に入れたい所ね。同好会を殺した犯人でも、『シニガミ』でも、はたまた『オヤシロ少年』の真相でも」
「…………会長も噂を追ってるんですか?」
「ええ。信用ならないのよね。主に突然語られるようになったところが。真偽はともかく噂の広まり方がおかしいわ。火のない所に煙は立たぬって言うけど、その煙が新幹線くらいのスピードで広がったら不自然でしょ? なにもかも唐突なのよ。だから信じられない」
「……丁度、夜みたいですから検証にはもってこいだと思います」
草延は恐らく俺が情報を漏らしたと考えたのだろう。その考え方は正しかったが、康永先生の話がなくてもこの噂は怪しむには十分すぎる。何せ『オヤシロ少年』は『噂』と呼ぶには浅い。まして死んだ人物が陸上部であるなら『シニガミ』の関与を疑っても不思議ではない。
何か特定の証拠を見つけたい訳ではなく。
やたら話が複雑化しているこの状況をどうにか単純に出来るような証拠が欲しい。
仄かな期待と諦観を込めて、俺達は再度夜の学校へと躍り出た。ハクマと違って今度は確かな目的がある。この場合だと取り敢えず同好会の部室に足を運ぶ事になるだろうが、どさくさに紛れて『オヤシロ少年』の新情報に期待しよう。直後に殺されたからには、何か掴んでいてもおかしくない。
手元の携帯だけが頼りの校内探索は解放されたフィールドの広さも相まって、三人だけでは心細い。明かりだけで居残りがバレないように、しかも今回は窓の封鎖もしなかった為、生徒会室は真っ当な暗室であった。月明かりだけを光源とするにはここはあまりに広すぎる。窓から差し込む光は弱弱しく、目立って見えるのはそれこそ差し込んでいる窓の近くばかり。こんな調査に精を出さないのなら、お化けでも出そうな雰囲気だと楽しめそうな瞬間もあった。
学校で肝試しなんてコスパの良い遊びだ。この学校には真面目な怪談話など定着していないし、それが広まる余地もない。だから肝試しは等しくなんちゃってだ。脅かし役を密かに配置させればいい感じに肝を冷やせる。
―――採用されないか。
いっそ学校にイベントとして採用してもらう手だが、取り敢えず参加者が遅くまで残らないといけないので色々と面倒な事になりかねない。例えば一年生との親睦を深める為の企画としても使えるかもしれないが、やっぱり安全面はケア出来ていない。没。
「二人共、もう誰も居ないとは思うけど一応周囲には気を配るのよ。もしかしたら『ハクマ』の時みたいに誰か居るかもしれないから」
「あの時他にも誰か居たのは確定なんですか?」
「そうじゃなくて、悪さしてる奴が居るかもって程度の警戒。草延さんだってその時は侵入者だったんだから、他人事じゃないのよ」
「……『オヤシロ少年』と会えるって言われたら、怖い物見たさで見に行くかもしれません」
そういえば『ハクマ』の時は『面白そうだから』という理由を装って言い訳としていたっけ。酔狂ぶって追及を逃れようとした記憶は割と新しいので忘れる道理もない。
「オヤシロ少年って噂どんなんでしたっけ。俺、集めたけどなんか一定してなくて分かんないんですよね」
分かっているのは裏手の神社から来ているという事と。
・オヤシロ少年は背中にボールを提げている小学生くらいの子供だったり、出会った人と同じ顔をしている。
・裏手の神社からやってきたり、この学校が取り壊したらしい小さな社の跡地から産まれているとか居ないとか。
・遊びに付き合わないと殺されたり、遊びに付き合って勝たないと殺される。見つかったら死ぬまで付き合わされる。
・仲瀬は忘れ物を取りに戻って、遭遇して死んだ。
くらい。
それ以外はまるで一定しないし、噛み合わない。何故噂が盛り上がっているのに知っている噂に齟齬が生まれるのだろう。すれ違いコントをしている訳じゃあるまいし、現実的に考えにくい状況だ。
「うーん。やっぱり最初に考えた通り、殺した奴が噂を広めたのかな……」
何故そう思ったのかも以前述べた通りだ。仲瀬が死んだという事実だけが明確で、だが誰もそれについては把握していない。学校に来ないからそう思ったという釈明も。詰まる所先に『死んだ』という情報がないと辿り着かない。
「湯那先輩。どう思いますか? 『オヤシロ少年』の真相」
頼れる先輩に話を振ってみると、彼女は飽くまで『生徒会長』として返答した。
「嘘に決まってるでしょ。仲瀬君が殺される理由も多分なかったと見てるわ。たまたま近くに居たからとか、そんな理由でしょ。殺人鬼の気持ちなんて分かりたくないわよ」
なんて、死神に言われて犯人もたまったものではないだろう。
同好会の部室までもうすぐだ。現場だけと言わずその周辺に至るまで立入禁止のテープが張り巡らされているのは解せなかったが、警察が居ないならこれを守る義理もない。階の移動は最小限にしたかったので後は目の前の怪談を上るだけとなったが、正に線を跨ごうとした瞬間、湯那先輩に引き止められた。
「ちょっと待って九十。話し声が聞こえない?」
「……え? 刑事ですか?」
喋っていたら誰も聞き取れないので、不自然であっても黙り込む。上の階に耳を澄ませると、かすかな話声が聞こえてきた。
『護堂さん。いいんですか? 夜に来たって何の証拠も得られないんですよ?』
『そうは思わないな。ここにはまだ情報が眠ってる。調べた所、この学校にはとある噂が流れてるそうじゃないか。オヤシロ少年だったか。それが居るかどうかはともかく、オカルト同好会を掲げる学生が死んだ事と無関係とは思えないだろ』
『でも、証拠になりそうなモンは全部持ってかれましたよ』
『血のついてた奴だけな。綺麗な本は見ての通り残ってるさ。上も薄々気づいてるんだろうが、心霊関連の事で警察動かすなんてバカバカしくてやってられないんだろう。じゃなきゃわざわざ俺みたいな奴に持ってくるかよ。これは全部俺に読ませる為に残させたモンだ。くまなく調べるぞ』
『うーん。何でこんな人頼ったんだろうな……………』
一人はやけに圧の籠った低い男の声。そしてもう一人は息も絶え絶えと言った様子。こういう言い方は良くないが、太っているのではないだろうか。
何で警察がまだ残っているのか。
いや、何でここにきているのか。
それは全て二人の会話から察する事が出来たが、捜査形態として妙だ。何だか微妙に統率が取れていない? リスクを冒さず情報を得られるならその方がいい。湯那先輩とアイコンタクトでやり取りしようとすると、彼女は既にその考えまで達していた様だ。くいっと指を階段へ向けると、手すり伝いに近づいて、踊り場までやってくる。
無声音で、呟いた。
「静かに」
『護堂さん。シニガミの件ですけど、関わってそうですかね?』
『…………あんな凄惨な現場になるのはシニガミが関与した証拠だぞ。じゃなきゃ何で本庁から俺なんて呼ぶんだ。相方のやる気がないから人員でも回したいってか?』
『はあ…………』
片割れの刑事は要領を得ない感じで従っている。対する一人は、中々の事情通と見た。このままうまいこと無知な方の刑事が質問を続けてくれればタダで前進出来る――――――
「―――くしゅんッ」
どこかのリンネが可愛らしいくしゃみをしてくれたせいで、台無しになった。




