犯人捜しの始まりハジマリ
「誰も居なくて助かった……呑気に部活してくれてたらどんなに困ってたか」
「警察はまだ到着していないみたいだから、証拠隠滅はまだ間に合うと思いたいわ」
「……まるで犯人みたいだな」
「客観的にはそうとしか思われないでしょ」
そう。あの場所に突っ立って通報もせず、動揺もせず、絶叫もせず、平常心で突っ立っている事がおかしいのだ。その状態で俺はたまたまここに来ただけと言ったって信じてもらえるかは怪しい所。警察が調べてくれれば俺が殺してない事は明らかになるかもしれないが一度流れた風評は簡単には取り消せない。
痴漢冤罪みたいなものだ。やってなくともそう思われたらその時点でお終い。少なくとも俺は転校を余儀なくされるだろう。したくないから、じゃあ端から見つからない方がいい。そういう身勝手な理屈を抜いても、この身体は『しにがみ』を窃取して尚行方不明になっていない。つまりそこまでの流れには何らかのカラクリがある訳で、それを攻略するまでは先輩の傍に居たい本音もある。
「……そうだ、気になっていたのだけれど」
「何だ?」
「遅すぎると逆に疑われるって言ったでしょ。それなら……私達は何処で時間を潰せばいいのかしら。隠れてる訳にもいかないし、校内に居たならあの叫び声に気づかないのも不自然でしょ」
「そこは湯那先輩に頼った方が……いいと思うな。同好会の事を話して口裏を合わせてもらうんだ。勿論、リスクしかない。俺達は外周から非常口に入ってここに居るんだ。外で部活してた奴等がそれを覚えてる可能性はあるけど、こうでもしないと怪しまれるからな」
「でも、八重馬クン。生徒会長は」
「今は怪しいかどうかなんてどうだっていいよ。一先ず湯那先輩に話せば守ってくれる。話はそれからだ」
一応前向きに考えるなら、叫び声が聞こえた時にはもう外周を回って非常口の近くに居たので仮に目撃されていても紐づけられるとは限らない。こればかりはあの状況ではどうやったって回避出来るリスクになり得ないので悲観も楽観もなく、だからこそどうせなら前向きに考えたい。気持ちを沈ませない為にも、脳内だけは都合よくあれ。
「良し、大体洗えたと思う。洗った痕跡も消せた。一直線に生徒会室へ向かうぞ」
「野次馬が解散してないといいわね」
「まだ発見された十分そこらだろ。そんな直ぐに興味を失うような物でもない、特にあんな異常な部屋はな」
これらの仮定は全て事実に基づいた希望的観測に過ぎないが、幸運にもそれらは事実となって俺達を助けてくれている。料理部の人間と鉢合わせるのが一番気まずかったが、まだまだ野次馬は尽きるところを知らない。たまたま目の前の怪談から横切ってくる生徒もいたが、彼らの目的地もまた、オカルト同好会の部室であった。
その方角が、非常に騒がしい。生徒会室と正反対の方向にあるのは不幸中の幸いだ。この学校の構造まで俺達の味方である。
生徒会室の中に先輩の姿はない。机の上に広げられている書類はオカルト同好会の活動日誌であった。生徒会に提出される活動報告書が対外的な書類ならこれは体内的。新入部員などを募る際にこれまでの活動を見せる用途に使う部活も居るが、多くはこれを元に報告書を書くだけの記録となっている。
いつこんな物を回収したのかは分からない。実はあの人もこっそりもう一度来訪していたとかでなければ、俺を抱きしめながら部室を出た時か。湯那先輩の胸に押し挟まれた上に暗所では何も見えない。その時ついでに取ったとするなら頷ける。昼より視界が届くらしいし。
「少し、休ませてもらうわ」
草延はソファに腰かけると、傷を隠すように毛布を足にかけた。まるで考慮していなかったがあの傷も一旦怪しまれたら警察に気づかれてしまうだろう。どうにか、注目を逸らしてやらないと。パイプ椅子に座って、日誌に目を通す。
日誌と報告書で違うのはメモ欄に部活内の小さなやり取りまで記載されている所だ。報告書はこれまでの活動やそれに伴う実績、備品の購入と破損その原因等。部活動自体が健全で適正なのかを生徒会が判断する為の材料にするのが報告書。日誌は飽くまで部活内で共有する日誌であり、その当番は暗黙の了解的にローテーション。
例えばメモ欄に『橋本のボールペン誰か知らない? 知ってたら教えて』と書かれているが、こういう伝言板のような役割を持っているのも日誌の特徴と言える。今日の目標や反省なんてのも報告書に記載されたって何の役にも立たないので、見ている分には日誌の方が面白い事もしばしば。
「…………」
オカルト部の日誌には、その時々で何の怪談話を追っていたのかが記載されている。殆どの調査期間は二週間程度。パラパラと適当にめくってみたが、多くの噂は遭遇出来ていない。面白いのはやり方が悪かったから近いうちにリベンジするのではなく、これだけ調査しても居ないからこの噂はデマだと結論付ける所だ。同好会的にそれはアリなのだろうか。
たまに短い調査期間で済む噂もあるが、これは噂の生まれた原因がハッキリしたからだ。『赤い傘の女の子が毎週金曜日にお母さんの墓参りに行っており、それが決まって夜だった為に変な噂が広がった』と。当時の日誌には噂についてそう結論づけられている。
「……へえ。オカルト同好会って名前の割には奉仕的な活動してるんだな」
「……奉仕的?」
「何処から仲介されてるんだかって感じだけど、たまにあるだろ。デパートとかマンションにある変な噂。そういう調査もやってたみたいだぞ。やたら結論づけるのはそういう事か」
「それ、説得力なんてないでしょ。商売の殆どがインチキだし、商売じゃないならそれはそれで無責任に物を言えるわ」
「言いたい事は分かるけど、病は気からって言うだろ。わざわざ依頼するってのは同好会の腕を見込んだんじゃなくて、安心したいだけだと思う。他の誰かに無いって言って欲しいんだよ。それは別に誰でもいいんだけど、大体の奴らは信じる信じない以前に馬鹿にして笑うんだろ。オカルト同好会はその性質上、どんな荒唐無稽な話でも真剣に聞いて真面目に調べてくれるんだ。居ないなら居ないって言ってくれるし、居るなら……倒せるかは分からないけど」
「無意味な部活動と思っていたけれど、意外な形で社会に貢献しているのね」
「ボランティアみたいな物だし、評価も実績も対外的には皆無だけど、誰にも見向きもされない悩みを丁度助けてくれる部活……そう考えたら案外いい部活なのか?」
「だとしても部室にあんな物用意する部活はおかしいと思うけど」
「それはそうだけど……そもそもなんであんな事になった? 活動日誌にそれに近い情報は何も書かれてないぞ。昨日の活動は何ならまだ『ハクマ』について調べてる。部長が消えたからだろうな。今日の活動は書く前に全滅した……『オヤシロ少年』はやっぱり嘘だな」
「言い切るのね」
「後でお前も見ればいい。活動日誌の何処を開いてもその名前は一度として出てこなかった。百を超える噂を調べてるのに、こんな事ってあり得ないだろ。確かお前は死ぬ前に同好会の奴らと会ってたよな。あれっていつの話だ」
「五六時限目の休み時間って所ね。時間にしておよそ十分程度。その時に全員殺されるってのはちょっと考えにくいと思うわ。流石に現場を作る時間が足りないから、最初からああなってたか、もしくは―――」
「もしくは?」
「今度は私がハクマに騙されてたか―――」
話の途中だが、生徒会室に駆け込むように湯那先輩が戻って来た。
「あ、先輩」
「手短に報告だけしておくわね。今日は部活動を全面的に中止。因みに生徒会も例外じゃないわ。警察がやってきた」
「きゅ、急ですね」
「現場が猟奇的すぎて、中々お祭り騒ぎよ。取り敢えず校内に居る生徒は速やかに帰宅しろって事だけど……」
嫌な予感というか……『死神』がそのような物言いに大人しく従う筈もなく。
「今は一秒でも調査時間が欲しいから、今日も寝泊まりお願い。たった今コンビニで買ってきたからこれで時間を潰しましょう」




