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偽装的共犯

「はぁ…………はぁ…………ば、ば、バレるかと思った……」

「ば、ば、ば、馬鹿…………じゃないの……!?」

 あの草延が動揺を隠せていない。それもその筈、俺達には猶予がなかった。先輩と俺が部屋に立ち入った後、草延と来るまでに誰かがこの部屋を発見して先生辺りを呼んだ。それ自体は普通の事で責められるべきではないが、タイミングが最悪だった。

 

 だから窓から飛び降りるなんて無謀な真似をさせられた訳だ。


 受け身が完璧だったなんて言わない。足元が植え込みになっていたから辛うじて怪我だけで済んだまである。枝とか枝とか枝とか身体中に突き刺さって痛かったなどという暇もないくらいの恐怖、束の間の落下。無我夢中だったので失敗したらなんて考えなかった。とにかく離脱したいという一心で……ああ。違う。

 一番怖かったのは、俺に抱き上げられて受け身もクソもなく飛び降りさせられた草延だ。華奢だから行けると思った。火事場の馬鹿力というのを信じて……自分で行かせなかったのは、命令から実行までのタイムラグを考えるとあり得ない。彼女が躊躇しないという保障もなかったし。

「…………な、何を考えてるのかしら……! 八重馬クン、貴方本当に」

「文句は後っ、早く逃げるぞ」

「え、え」

「ほぼ入れ違いの形で窓から降りたんだ。下見るに決まってんだろ早く。コンクリート走るなよ、靴を脱いで、早く」

「………分かったわ」

 扉を開けたかどうかなんて聞こえない。そんな猶予は一秒たりとも存在しない。とにかく逃げる、まずはそれから。後ろ姿を確認されたら詰むので死角から逃げる必要があり……建物に沿う様に裏回ってその場から逃走。時間帯としては放課後、サッカー部や陸上部が校庭で部活動に励んでいる中で制服姿な上に靴を不自然に脱いだ生徒二名は如何に生徒会人員と言えども怪しく、気に留められたらその時点でお終いだ。靴は血液を踏みしめたばかりに赤く塗装されている。植え込みに飛び込んだおかげかある程度土がくっついて滴が垂れるという事はないものの、単純に色合いとして汚すぎる。

「ど、何処へ逃げるの」

「いや、分かんねえ」

「えっ」

「そりゃこんな行動に計画性とかないだろ。あ、非常口だ。非常口から入って……た、多目的室に逃げよう。それからの事はその時考えればいい」

「え、でも非常口って反対側の」

「グダグダ言うな、早く行くぞ」

 説得している時間さえ惜しいので多少言葉を荒げても連れて行く。走り出した途端に草延が転んだ。

「あ、大丈夫か?」

「…………」

 焦りで気づかなかったが、彼女は枝が着地時に枝でも突き刺さったのか太腿から血を流していた。決して深くはない傷だが痛いものは痛い。これに耐えられるのは軍人とか警察みたいに訓練した者だけではないか。冷静でも淡白でも一介の女子高生に過ぎない彼女には荷が重すぎる。

「…………悪い。俺の背中にしがみつけるか? もう前で抱えるのは無理っぽいから背負わせてくれ」

「…………気を遣わなくても、いいわ。自分で歩……ぐっ」

「無理するなって。元はと言えば俺が悪いんだから足にくらいならせてくれ。それくらいしか出来ない」

「……ごめんなさい。足手まといで」

「そんな事ないよ。リンネが居るから頭が回るかもしれない。一人だったら慌ててたって。ほら、行くぞ。もうこの瞬間を見られる事に関しては割り切ろう。ケアしきれない」

 背中に四〇キロ前後の重さを感じながら全速力で反対側の壁に回る。




「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」




 オカルト同好会の方から金切り声も斯くやと思われる絶叫。本当に時間が無い。非常口の扉は緊急避難時を除いて開閉禁止だが今はその緊急事態だ。躊躇いなく開けて隣の怪談にアクセスすると、全速力で駆け上がって別棟へ移動。多目的室の扉を開くと、なだれ込むように逃げて扉を閉めた。

「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……あ~つ、疲れた……」

「う……く」

 草延を空席に座らせると、対面の机に腰かけて深呼吸を繰り返す。校則で消費された体力は決して元には戻らない。だがその心拍を、或いはこの精神的焦燥を鎮まらせる事は出来る。呼吸の限界まで空気を取り込み、身体の震えに反してゆっくりと吐き出していく。酸素の交換、供給。危機的状況から脱した安堵も相まって、中々収まってくれない。

「…………ま、待ってろ。今、保健室から色々パクってくるから」

「待って。私の鞄に……応急手当出来るくらいの物ならあるから。それを使っていいわ。保健室から盗むのは返す時に大変でしょう?」

「使っていい……のか?」

「こういう時の為の物だから……それと、出来ればいいんだけど、血液の入った試験管があるから、それも持ってきて」

「輸血……じゃなさそうだけど、分かった。持ってくる」

 さて。先程の絶叫でほぼ全ての生徒が異常事態を察しただろう。湯那先輩にも騒動は伝わった筈だ。今頃は遅れてやって来た目撃者として改めて一般的なリアクションをしているか。別棟は元々用事がなければ不気味なくらい人通りが無い。放課後なら猶更、コンピューター室さえ気をつければ誰にも見られず行動出来る。二階の渡り廊下を使って教室に移動。

 放課後に読書をする様な物好きが一人残っていたが、それを除けば誰も居ない。いや、その一人がネックなのだが……こればかりは本に集中していて気づかない事を祈るしかない。


 祈ってばかりだ、さっきから。

 

 鞄を漁っていて気づいたが、教室に置き去りにするな。

 何事も無ければ後で取りに来るつもりだったのだろうが……今度ばかりは恨みたい。後だしの身勝手だけれど。

「…………」

 チャックを開けて中を確認。目当ての物を持って行こうとして、今度は鞄自体を持っていけばいい事に気が付いた。俺もまだ動転しているか。見た目は平静を装っていても心はまだ焦っている。鞄を掴んで、誰かに見られる前にとんぼ返り。

 窓を通して同好会の部室を見つめると、もう人だかりが出来ていて、中には新聞部の様子も確認できたが……運悪く中に入れてしまった生徒は腰を抜かして泣き出しており、事態は混迷を極めていた。

「誰だよ、呼んだのは…………」

 あるべき人の善心を恨みながら怪我に悩まされる草延の下へ。

「鞄ごと持ってきた。大丈夫か?」

「………そういえば、まとめて持ってきた方が良かったわね。後は自分でやるから、大丈夫。八重馬クンは、目撃者になる為に向かった方がいいんじゃない?」

「や、もう手遅れだよ。遅すぎると逆に疑われる。それに、靴についてまだ誤魔化せてないし、何よりお前の足が心配だ。傍にいる」

「…………靴は、洗えばいいじゃない」

「あんな現場が発見されたって事は、警察が間違いなく介入してくる。ルミノール試薬だっけか。何か、血を見る薬があるから単純に洗ってもバレると思う。少なくとも植え込み付近には足跡があるんだ。靴を調べるくらいは想定出来る」

 喋りながら草延は慣れたてつきで包帯を回して傷口を塞いでいく。上から試験管の血液を掛ける理由はあまりにも良く分からないが、知りもしないのに口を挟むのもどうかと思って見逃した。スカートを少し降ろして、傷口を念入りに隠そうとする試みが感じられる。

「…………靴、捨てるしかないのかしら」

「別の靴を用意出来れば捨てずに済むけど……まずは綺麗さっぱり赤色を流す場所が欲しいな。洗剤……家庭科室、料理部居ないよな?」

「居ない事を信じるしかない、でしょ」

「その通りだ。騒動につられてることを願う。リンネ、歩けるか? や、歩けないか。そんなすぐ傷は治らない。当たり前だったな」

「いえ」

 草延は震えた足を何とか立たせると、しっかり踏みしめて立ち上がった。

「少しはマシになったから、大丈夫。行きましょう」

「何だか心配だな……」

「無理そうだったら、また貴方に頼らせてもらうから大丈夫。八重馬クンは助けてくれるのでしょう?」




 草延からの信頼を、仄かに感じる。




 何だか、嬉しいかもしれない。

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