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校内事変

 湯那先輩を調べるという予定は早くも切り替わりそうだ。ただならぬ事態に俺とリンネは顔を見合わせ、それだけで互いに情報を集めるべきだという結論に合意した。噂は飽くまで噂として、陸上部というのが引っかかる。それに水落というのは、昨日俺に向かって薬を返せと言いに来た女子の名前だ。彼女のプライベートに立ち入るつもりはないが、状況がおかしい。

 こういう時頼りになるのは他ならぬ湯那先輩だ。自分のクラスより先に生徒会室へ足を運ぶと、先輩は神妙な面持ちで肘を突いて、誰かが来るのを待っていたようだった。

「ゆ、湯那先輩。聞きましたか? 陸上部が何か変な状況に」

「…………その事だけど、もう二人は薬を服用した可能性が高いわ。今はあまりにも様子がおかしいから保健室預かりで家に帰宅させるみたいだけど……近いうちに消えると見た。私にはどうしようもない」

「そんな……」

「―――学校での点数はいいから、自分でも頭が悪いとは思ってなかったけど、こういう知恵比べだと私もまだまだね。すっかり頭から抜けてたわ。私に追及されたくなかったら警察を介入させればいいって、それだけの事じゃないの!」

 ドン、と机を力任せに叩く音。先輩の苛立ちは露骨で、迂闊な事を言えばその矛先は俺に向かうだろうという事も良く分かった。発言には気をつけないといけない。勿論、適当な事は言わない範囲で。

「警察なんてどうせ尻尾も掴めてないんだから徹底的に利用してやろうなんて思いつかないでしょ……あの二人が消えたらそこでおしまい。もう私に出来る事なんて……でも何故? 私が『死神』という情報が洩れてる? 偽物のせい? 二人で組んでるのかそれとも偽物の死神が売人と同一人物で……」

「先輩。湯那先輩!」

「仮に同一人物だとしても、やっぱり私の存在を何処で知ったのかって疑問は解決しないし、そもそも私の邪魔をする事に何の意味があるかも特定出来ない。この線はナンセンス? だけれど今回の行動はそうとしか思えなくて、私に対する挑戦状という事なら限りなく不利なこの状況をどうやって打開するか―――」

「せんぱあああああああい!」

 意気消沈の仕方も人それぞれという訳か。すっかり自分の世界に入ってしまって出てこない。もう俺もなりふり構わず、目の前の机を取り敢えずひっくり返した。

「先輩、しっかりしてください! ずっと呼んでるんですけど!」

「……何かしら。見ての通り、今は忙しいんだけど」

「あのですね、湯那先輩が考えてる所はどうやっても想像の範囲から出ないんですから考えるべきじゃないです! 今はもっと単純に考えましょうよ! 真実とか厳密な時系列とかそういうのは『シニガミ』捕まえた後で幾らでも聞けばいいじゃないですか! 大事なのは! 陸上部が薬を服用した事実じゃないんですか!?」

「…………事実?」

 湯那先輩は胸の下で腕を組むと、目を閉じて呼吸を整理。落ち着いてくれたなら俺がこれ以上暴れる意味はない。ひっくり返した机を元通りに治していると、いつの間にか先輩の眼が開いていた。

「……ありがと。少し落ち着いたわ。ままならないと人間苛つくみたいね。生徒会長として未熟な姿を晒したわ」

「生徒会長としての素質とこんなイレギュラーに対応する力はまた別の話ですよ。そこまで気にしなくても大丈夫。俺達は暇を貰いましたけど、必要とあらば助けますよ」

「九十……ありがと。もう大丈夫。確かに君の言う通り、事実だけをまずは考えないとね。生徒会として陸上部に調査に入って、薬を窃取した。薬は二つのバッグからしか見つからなかった……と今は考えておくわ。中身全部ひっくり返した訳じゃないしね。それで、確か陸上部の水落って子にクスリの返却を求められたのよね」

「そうですね。すると先輩が取った方が和大のクスリで……」

「それが供給された。やっぱり『シニガミ』は校内に居るし、まともに考えたら同じ陸上部に居る可能性が高いわね」

「そうそう。湯那先輩は冷静でなくちゃ。焦ったら負けです。貴方が冷静だったら知恵比べにも負けませんよ。じゃあお暇を頂いてる俺はこの辺で失礼します。草延の方に戻らないと」

「ええ、草延さんも事態の把握に努めてる所かしら。あんな事が起きれば無理もないか……はぁ。何だか作為的なモノを感じるわ。クスリが見つかってからこんな事ばっかり起きるなんて」

「水面下で動くの自体無理があったんですよ。ただ、露骨に動かなきゃいけないって事は追い詰められてる証拠だと思います。気にしなくていいなら相変わらず潜伏してればいいんですから」

 生徒会室を後にして、草延を探す為に校内を練り歩く。当てがあるとすればクラスだ。あちら側も合流したいだろう。見立て通り、クラスの前で草延は俺の到着を待っていた。

「八重馬クン」

「湯那先輩は把握済みだ。保健室で預かってて帰宅させるみたいな……見に行ったか?」

「いいえ、その話は知らなかったから。私はどれくらいこの情報が広まってるか調査してたわ。たまたま噂で聞いた事になるけど、例えば噂をしてた子が陸上部だったら内々で広まってるのみに留まるでしょう? もう学校に来てる人には先生も含めて広まってるみたい」

「…………早すぎないか? その二人と直接は関係ないクラスや学年の子とか居るだろ。でもそんなものなのかな」

「校内新聞に掲載された訳でもなし、流石にここまで早いのは不自然だけど。今はとにかく保健室に向かいましょうか」

 HRの鐘が鳴るのも時間の問題だが気にしてはいられない。保健室に向かうのは野次馬根性からではなく純粋に問題解決の為だ。悲しいかな、それは傍からは理解されない。既に保健室前には野次馬の権化である新聞部、権化というかその物な関係のない生徒で溢れており、確認出来ない。

「……銃声を鳴らせば、散るけど」

「リンネ」

「冗談よ。ただこのまま二人を帰すと……手遅れになりそうね」

「それは先輩も危惧してた。ただな、クスリでラリってる奴を説得というのも難しいというか。誰かに『この二人は薬物を服用して気がおかしくなってるんです!」って言って納得してもらえるよ。見殺しにするみたいで悪いけど、帰すしかない。もしかしたら死なない可能性もあるからな」

「…………」

 現に死ななかった男に言われると、草延も返事に困るようだ。俺の場合死ななかった以前にそもそも何も起きていない。じゃああの薬が偽物なのかという可能性も、そんな偽物が出るまで流通しているのかも疑わしいので可能性は低い。

 警察が偽物にしろ本物にしろ現物を回収出来ていないのだから、その辺りは考えるだけ無駄だ。取り敢えず本物を飲んだという事にしておいた方が考えやすい。

「あー、ちょっと待ってるけどこれは駄目だな。校内新聞の号外を待った方がいいかもしれない」

「マスメディアは信用出来ないわ。面白おかしく書いて掲載するのよきっと」

「偏見がえげつないな……まあ、その時は保健室の先生から直接聞き取ればいいよ。先生が嘘吐く意味はないから教えてくれる筈だ」

 チャイムが鳴った。

「クラスに帰ろう。怒られるのは困る」

「…………おちょくられてるみたいで、不愉快ね」

「油断大敵。足元を掬える事もあるよ、気楽に行こう」




















 さて、既に校内には二人の異常な状態が知れ渡っていると言ったが。

 クラスではそんなどうでもいい事よりも、『オヤシロ少年』の話題で持ち切りだった。


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