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かこつけた命試し

 わざわざ名乗り出てまで自ら命の危険を負いに行ったのだから、ここまで来るといっそ全部知った方が良いと思う。

「厚着しろって言われてもな……」

 まさか服を七枚も八枚も着ていく訳にはいかない。二枚くらい着たら、後はダウンジャケットでも着ていけば十分だろうか。


 時刻は午前二時。夜と言っても七時かそこらかと思っていたら、とてつもなく深夜な時間帯を指定された。学生が出歩くにはあまりにも不健全、万が一にも警察と遭遇したらもれなく補導一直線。メッセージでごねようと思ったが、俺もあの人との付き合いはそれなりにある方だ。己の状況も踏まえて恐らく無駄という結論に至り、素直に受け入れた。遅すぎる夜は寒さのピークでもあるが、同時に家族に対する迷惑を考えなくてもいい。



「や、お迎えに来てあげました」


 手袋まで着けながら玄関に向かうと、お揃いのダウンジャケット(前の文化祭の打ち上げで一緒に買った)の上から白っぽいマフラーを巻いた湯那先輩が土間に立っていた。

「えっ」

「うん、いいんじゃない? それくらい厚ければ寒くないでしょ。やっぱり買って正解だったわね」

「…………あの。俺の家。知ってましたっけ」

「尾行しましたが、何か」

「あ、はい。何でもないです」 

 有無を言わせぬ圧力を感じる。これ以上突っ込むのは目撃者を名乗り出るよりもリスクが高いと思った。


 ―――鍵、どうしたんだ?


 そんな疑問も、今は解消出来ない。長い物には巻かれろなんていうけれど、成程。生存戦略の為の言葉だったか。意味としては知っていたが、実感を持っているとないとでは話が違う。こういう事が往々にしてあったなら、ことわざの一つだって生まれるか。

 死神会長に手を引かれ、夜の闇へと踊り出す。部屋の中でも何なら寒かったが、外はそれ以上だ。雪が降らないだけの極寒地帯。驚いて吐いた息が白く曇って、先輩の顔に当たる。多くの人が眠り、朝を待つだけの時間帯は、二四時間営業のお店を見つける所から始まるだろう。多くの街灯は頼りない光をぼんやり放っているだけで平穏とは程遠い。完全な暗闇でないだけ、かえって不安を煽っているとさえ言える。

「あー寒い寒い。私だってお家でゆっくりしてたかったけど、仕方ないのよね。死神が現れるかもしれないんだし」

「死神は湯那先輩なんじゃ?」

「そうね。その辺りの話、到着する前にしないとね。これは君を殺さない理由にもなってるんだけど、死神ってさ、八重馬君はどんなイメージ?」

「…………魂を狩る。鎌で」

 脳内には黒いコートを被った骸骨の姿。等身大の大鎌を両手で持って、宙に浮いている。隣の彼女がそうなるイメージはあんまり思い浮かばない。

「大体は合ってるけど。死神はね、死期が近い人の前に現れて死を通達するの。大人しく死を受け入れてくれるなら私の仕事はそれでお終い。老衰で死ぬおじいちゃんおばあちゃんは受け入れてくれる事が多いわね」

「じゃあ、受け入れない人は?」

「通達された死の内容を回避しようとするから、代わりに殺すの。そんな単純な仕事。それだけ作業量が多いのは宿命ね」

「死神が絡まないと死ねないんですか?」

 つまりこの世に存在するありとあらゆる死因は死神のせいだったという事になる。俺が死んだら死因はこの人になるのだろうか。良く分からない死因を書かれるくらいなら是非もない。そういう事にしてくれたら、死ぬ間際も幸せになれそうだ。

 勿論、死なないのが一番いいのだけど。

「いい質問ね。残念だけど、死神はそんなにいないわ。死神が絡まない死なんか沢山ある。死神なんて言うけど、神様の教えとか世界のルールとかそんな変なモンには縛られてないのよ。私も良く分かってないけど、死神は勝手な事情で仕事してるだけだから」

「勝手な事情……え、それじゃあただの人殺しなんじゃ……!」



「そうね。しかも証拠が残らないから性質悪いわね」



 死神というから、合法とは言わずとも何かしらの強制力に則った機械的な処理というか、常人には理解出来ない使命を想像したら、それではただの殺人だ。手前勝手な事情で殺して死神なら、この世にはとっくにそれが蔓延っている事になる。

「それは否定しない。私も理由あってやってるだけだし。死神はね、とにかく予定通り死んでもらう事に拘ってるの。死神が絡まない死はわざわざ干渉しなくても予定通りになる死ね。通達だって予定通りになるなら必要ないわ。ほら、人間って思い込みで死ぬでしょ? 些細な行き違いで予定通りにならない人にだけわざわざ通達するの。意識させるだけでも結構変わってくるから」

 深夜でも大通りに出れば車が走っている。路上駐車する車の中にも探せば一人くらいは見つかるだろう。先輩はそれを避けるように路地ばかり通って、多少大回りでも学校を目指している様に見えた。

 白い息が大きくなって、闇の中へと霧散する。明日の昼になるまで―――いや、今日の昼になるまでこの冷え込みは回復しない。明日雨が降るとしたら尚酷くなる。厚着すれば、なんて言ってくれたけど、先輩だけは完全防寒装備をした方がいい。

 見上げても星は黒く塗りつぶされ、月は少し欠けている。有名なジンクスや言い伝えはないが、今日はなんだか不吉な気配がした。

「予定通り死なない、回避出来る人間は居ない。もしそれが出来るならとっくに人間なんかじゃないわね。多くの場合、死がズレる時は必ず第三者の介入がある。それが私の殺そうとしてる死神……偽物ね」

「偽物……え、そいつが偽物って何で分かるんですか?」

「界斗君、今日の夜、正にこの時間に校舎内で『串刺し』にされる予定だったの。実際は貴方が見た様に道で死んでたでしょ。刺殺は刺殺だけど、雑な偽装工作ね。死神は予定に反した行動は取らないわ。だから…………ねえ、ここまで言えば分かるんじゃない?」

 名推理を期待する無邪気な目つき。この人は俺を殺そうとした筈だけど……緊張感が無いのはどっちだ。人の事は言えないぞと、脳裏で一言。

「………………死神の存在を知ってる奴が居る?」

「そう! 殺人を見られたら殺すでしょ。だから君を殺そうとしたし、今はそいつを殺そうとしてる。君は死神と会った事があるって言ったわね。だったらいざという時に何か利用出来るかなと思って生かしてる訳」

「待ってください。同一人物とは限らないじゃないですか。俺の知ってる人は……殺すどころか、俺を助けてくれたヒトで」




「…………………助けたぁ?」




 校門前で、彼女の足が止まった。

「猶更、猶更おかしいわね。同一人物でもそうじゃなくても大問題よ。でも、到着しちゃったからその話は一旦お終い。窓は開けておいたから中へ入りましょう」

「死神がここに来てる保証はあるんですか?」

「界斗君はこんな場所に一人で来る人じゃないわ。夜遊びって事なら仲間が居る。こういう孤立した場所に居る人間は一番殺しやすいし、来てる可能性が高い。一応名目は生徒会による調査だから、君も合わせてね」

「―――あ。それで俺が必要だったと」

 しかし生徒会はプライベートを返上してまで活動する物ではない。月月火水木金金で働くなら今後も人が増える事はないし。


 これからも生きていられるなら、湯那先輩の笑顔は俺が独り占めだ。








 

















 彼女が用意していた窓は女子トイレの窓であり、男子である俺が入るのは憚られた。利用している人間が居る訳じゃないし、居ないなら男子も女子もなく単なるトイレだ。

「入ってこないと始まらないんですけど―」

 それでも決意が固まるのは時間が掛かった。意を決して飛び越えると、湯那先輩がポケットに手を入れながら俺を待っていた。

「逃げたかと思った」

「逃げても家バレてるなら無意味じゃないですか」

「そうね。じゃあ改めて出発。名目上は生徒の補導の増加を踏まえた調査よ。先生には黙認してもらったという体だから、説明が必要になったら助けてね」

「実際は無許可ですよね」

「生徒会ってそこまで権力とかないから。ただ、成果が出たら後々黙認はしてくれると思うけど」

 夜の校舎に限らず、この季節にもなると廊下が肌寒いが、夜はいっそ凍り付いて空気が痛い。人の気配を失った建物は眠るように闇に沈み、何者かの来訪を歓迎しない。廊下を踏みしめる度に聞こえる軋みは、まるでその一歩一歩がこの地に眠る何かを起こさんばかりに騒がしく、否応にも不安にさせる。

 知らず知らず足音を殺してしまう臆病な後輩に対して、会長はずかずかと中央を歩いて校内を見回っていた。

「い、いいんですか湯那先輩! そんな堂々と歩いちゃって」

「生徒の風紀を正す為よ。はぐれるなんておかしな話だけど、ちゃんとついてきてね」

 表向きの活動はもう始まっていたらしい。俺は『死神』の一件を心配していたのだが、頭を切り替えてそれに付き合う。

「俺は聞いてないんですけど、夜遊びってそんな多かったんですね」

「最近は特にね。理由については噂が多くて真偽の程は掴みかねるわ。良くないクスリを売ってるとか、お化けが出るとか、恋愛的なおまじないをするとか。どうであれ見過ごせないでしょ。恋愛はおまじないに頼るものじゃなくて、自分の力で何とかしないと」

「お化けは?」

「七不思議はあるけど、今時信じてる奴なんてオカルト愛好会くらいでしょ。あれはあれで成績がどの学年もまずいからそんな事してる暇がある訳……あったらぶん殴ってやるわ」

「もうちょっと穏便に済ませましょうよ」

 そうは言いつつも、死ぬと殴られるとだったら間違いなく後者の方がいい。偽死神がここに居て、他の生徒もいる前提で、そいつが害をなす前提と色々現実的ではないが。ここまで自信満々な語りを見るととっくに事実であるかのようだ。

 二階に上って廊下に飛び出すと、身構える数人の男女に遭遇。先輩は耳を隠す髪を掻き分けて、腰に手を当てた。






「やっぱり居たっ! 貴方達、こんな所で何してるの!?」


  

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