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死神の旋律

 その日は何事もなく、翌朝。


「八重馬クン、おはよう」

「………………え、リンネ!?」


 朝食を終えて登校しようとした矢先、父親から出迎えがいるじゃないかと言われて様子を見に行ったら彼女が立っていた。幸いにも本人の与り知らぬ所で話題に出していたので、父親には彼女が生徒会の新入りだと説明した。そしてこれは嘘ではないのでリンネからも証言が取れる。成程、と納得して引き下がる父親に安堵したのも束の間、

「綺麗……」

 見惚れる妹にも対処しないと、リンネへの説明が面倒な事になるだろう。尤も、対面から出来る事はない。もう話しかけてしまったし。

「何で、ここに……」

「暇を貰ったから迎えに来たの。一緒に登校しましょう。話したい事もあるし」

「…………それは、いいんだけどさ。これから出る所だったし。まあちょっと待ってろよ。ちょっと、ちょっとな?」

「ええ」

 目を瞑って、草延は電源が落ちたように動かなくなる。その間に俺は振り返って―――呆けた妹に向かって釘を刺した。


「絶対、家に呼ばないからな!」


 八重馬百花やえまももかの面食いぶりにはほとほと呆れている。異性ではなく同性に限った面食いは実に救いようがない。振り回される兄の身にもなって欲しい。曰く、『自分の目標が欲しい」らしいが、そんなのは勝手に追求してもらって、頼むから兄を巻き込むなと。

 扉を開けると、音に反応して草延が目を開けた。心なしか眠そうに見えるのは、そんな事を言う俺の方が朝に弱くて寝起きっぽいからか。

「じゃあ行こう。気を取り直して」

「ええ」

 まさか家に来るとは思わなかった。いや、住所を言ったからその気になれば来られるだろうけど、迎えに来る道理はない。待ち伏せから回避する為にしても、それは草延だって同条件だ。今日という日は正に青天白日。一方で俺達は共に警察に黙って『シニガミ』を追う後ろめたい事をしている。陽の当たる所に出ていい物かと悩んだが、分かりやすく挙動不審になるとそれはそれで不都合しか生まれない。

 あんな温厚な人が犯罪者なんて、というのは現実でもドラマでも良くある事だが、少なくとも俺は同じように振舞うしかない。どうせ命は握られている。

「待ち伏せ、お前の方は大丈夫だったのか?」

「ええ。幸いね。私よりも八重馬クンの方が心配だったわ。だから迎えに来たの。何もなくてよかったけど」

「玄関前を見ただけで良かったんじゃないのか? わざわざ俺を訪ねなくても」

「関係が破綻しない為には親密になる必要があるって、八重馬クンに言われたんだけど」

 言ったけど。

 妹と引き合わせたくなかったなんて手前勝手な話は通らない。そんな事を説明したって彼女には何がどう不味いのか理解出来ないだろう。この面倒くささは家族特有の問題だ。他人に幾ら力説しても伝わるとすれば八重馬九十という人間がどれだけ物臭かという事。

 いや、生徒会でいつも頑張ってたんだからそれくらい面倒くさがらせろ。

「……まあいいよ。一緒に登校出来る事は嬉しいし。しかし何も起きないとあれだよな、なんか……あんなに必死になってたのが馬鹿らしいっていうか。結局何も起きなかったからってのもあるんだけど。待ち伏せなんて最初からされてなかったんじゃないか?」

 もしそうなら無免許運転の暴を犯さずに済んだ。あの時はあれが最善策だと思っていたが、振り返ってみるといやはや、案外余裕のない作戦だったと思う。



「いや、待ち伏せは居たわ」



 昨日の焦りを冗談にして茶化したつもりが、至って淡白に草延は否定した。それも誤解しようがないくらいハッキリと。

 背中を悪寒を伴う汗が這いずる。茶化したのは、自分の努力が無駄だったと嗤って欲しかったからだ。それは日常への帰還を願った心理、そして俺がまだ平和ボケしている証拠。あんな事は実に馬鹿らしいと言って欲しかったのに、現実はいつも鏡のように逆に居る。

「…………マジで? お前の所に居たのか?」

「学校に続く大通りに何人か張ってたみたい。山羊さんが買い出しの時見かけたって言ってたわ」

「山羊さん……昨日世話になったな。山羊さんは何もされなかったのか? 薬物中毒者に見境なんてつくとは思えないぞ」

「見境っていうか、貴方の事を聞いて回ってたみたいね。様子がおかしいと思った山羊さんが交番に連れて行こうとしたら逃げたそうよ」

「様子がおかしいだけで交番に連れて行くのか?」

「両目が飛び出しかけてたらしいわね」

「そりゃあ…………おかしいな。行くなら病院だと思うけど」

「逃げ出した、とあるようにまともに動く力はあるの。病院に連れて行こうとしたって逃げたでしょうね。山羊さんは多分、そこも考慮して一旦交番の人を頼ってみる判断をしたんだと思うわ」

 正しいかどうかはともかく、そんな目に見えて様子のおかしい奴が俺を待ち伏せしていたと思うとゾっとする。ましてそいつが同じ学校の生徒だという事まで踏まえると、登校する事さえ呑気な行動ではないかと思えてきた。

 皮肉な話だが、それでも怯えないでいられるのは草延リンネが拳銃を所有しているというただ一点に尽きる。あんなに非難したのにその銃に助けられるなんて。

「今日は勿論、湯那先輩に対する調査か?」

「そうね。あの人がシロかクロか……丁度、八重馬クンは狙われているし、自分が疑われているとは思ってもないでしょう。始まりは今日の放課後、生徒会室の入り口が見える場所で勉強会ね。あんまり早くスタートすると不自然でしょうから」

「まあまあ……」

「勿論、勉強自体はちゃんと教えるつもり。適当な事教えても身にはならない」

 学校の門が見えてくると、思い出す。持ち物検査というのもやったっけ。湯那先輩が生徒会長になる前だけど、当時はやはり反発が凄くて、一時期は嫌われ者として扱われるべきという風潮があったようななかったような……

「…………持ち物検査したら、『シニガミ』割り出せたりしないかな」

「それは難しいわね。校門を通らない生徒はカバー出来ない。さりとて校門をマークしないのも検査として不自然でしょう?」

「でも、見つかる可能性もある。お前のは全部悲観的な推測に過ぎない」

「例えは生徒会長がクロだったら、そんな事をしても意味がないけど」

 飽くまで先輩を疑うスタンスらしい。まずはシロと判明しない事には信用しない。近づぎ難い雰囲気も頷ける慎重さだ。校門を通って昇降口に向かうと、、下駄箱群の何処かからひそひそと妙な話が聞こえて来た。





「ねえ、知ってる? 陸上部の仲瀬さんが『オヤシロ少年』に殺されたんだって……」

「えー何それ? 絶対嘘じゃん。それよりこっちは確実だよ」

「何々?」

「和大先輩と水落先輩が付き合ってるの! 二人共様子がおかしいから直ぐに分かっちゃった!」

「え…………あれってそんな意味だったの? 絶対違うと思ったけど」



「いやいや! だって目見開いてベロ出して涎だらだら流しながらお互いの身体を舐め回してるんだよ!? それでずっと震えてる! これはもう、ラブラブだよねー!」


 

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