素行不良濫用にご注意を。
諸々あって遅れました。
「はい、ご到着! 君の家はここでいいんだね?」
「どうも。ちゃんとした運転で助かりました……あの、無免許運転についてはどうかチクらないで欲しいんですけど」
「はいはい。でももう二度としちゃ駄目だぞ? 違反がどうとかの前に命が危ないんだから。ただならぬ事情があるのは分かるよ。リンネちゃんも焦ってたかんね」
「後は宜しくお願いします。その子を、お店の方に」
「はいはい。任せときなって。この山羊さんに任せときゃ、安心安全! ってね。それじゃあ、お休みなさい。リンネちゃんと仲良くしてやってよ、あの子友達作るの苦手だからさっ」
山羊さんは白い歯を見せつけるように笑って、車を発進させる。これなら証拠隠滅も完璧だ。薬物中毒者の待ち伏せも無かった。後は家に帰って、引き籠るだけ。翌朝に待ち伏せされていたら……それはいよいよどうしようもないが。
「…………」
―――先輩の根回しは済んでないだろう。
だから、生徒会の仕事で遅くなったという言い訳は通用し辛い。これでも生徒会役員だ。真面目なイメージが少しくらいついている筈。こんな夜遅くまで何処に居たのかと言われたら返す言葉もない。両親はしっかり者の妹と比較して俺を心配している。何故先に生まれた側が心配されているのかは……生徒会の苦労が尋常ではないからだろう。あんなの真偽を確かめようと思えば直ぐに分かる。湯那先輩は活動内容に対して嘘を吐かない。
「―――ただいま」
意を決して家に戻ると、父親が居眠りをしながら玄関で胡坐を掻いていた。
「…………は?」
「…………ぐぉぉぉぉ」
「ちょ、え。ちょ、はあ? な、何で寝て……」
「うおおおおおおおおおおお!」
「うわああああああああ!」
父親こと八重馬万は不意に大声を挙げたかと思うと、俺の肩に手を置いて同じ顔の高さから睨みつけて来た。普段は心配性な反面放任主義な所もある男にしては、過ぎたる干渉。蛇に睨まれた蛙。もしくは単に親に怒られて委縮しているだけの子供。身動きが取れない。
「お前、こんな時間まで何処行ってた!?」
「………………お、女の子の、護衛?」
「女の子? 生徒会長じゃなくてか?」
「あ、新しく入ったんだよ。草延リンネっていう子で……疑うなら後で学校にでも確認すればいいけど……」
嘘は出来るだけ言わない。生徒会絡みで妙な事を言うと後々確実にバレる。辻褄合わせが出来る自信もない。だからリンネを送ったという真実はそのままに、敢えてそれ以外をぼかす事で勝手に生徒会の仕事だったと誤認させる作戦だ。
「そうか……ならいいんだ。母さんもあの子ももう寝てるからな。机にご飯があるけど、勝手に食べろよ。俺も寝るから」
「……?」
今の時間帯は。別にそこまで深夜でもない。無免許運転のゴタゴタで一時間無駄にして十時過ぎ。うちの家族の突然の生活サイクルの改善たるや目を瞠る物があった。いや、普通の事だ。健康的な生活を送るなら夜更かしなどしない方が良いに越した事はない。十時だって十分夜更かしだ。
「…………お休み」
一人ぼっちの食卓は少し寂しいが、命を引き換えっぽかったので仕方ない。結局何も起きなかったのでこんな事をする意味があったかどうかは……俺が並行世界を渡る能力でも身に付けないと分からない。もしくは過去視。
ご飯はすっかり冷めているけれど、温め直せばどうという事はない。今日はトンカツだったようだ。家族が上の階で寝たとすると一階は俺が独占中か。テレビをつけて、バラエティにチャンネルを回した。
―――今日は何だか、疲れたよな。
湯那先輩が死神だと分かった時からずっと疲れている。それともこれが『しにがみ』の効力か? 飲んでからもう何日も経って、行方不明になる気配もなければ発狂する素振りもない。偽物を飲んだ? いやいやそんなまさか。薬物の偽物が出回っていたとして、意味がない。本物と見分けをつけさせない事にどんな目的があるのかという話だ。だって、服用した人物は等しく行方不明になっているのだろう。尻尾を掴まれないというならこれ以上はない。服用した人物が消えてしまえば身体の検査さえ出来っこないのだから。
トゥルルルルル。
電話が掛かって来た。
食事中の携帯はマナー違反とされている。穏やかな食事を望む俺としてはその電話に応える義理はない。『湯那先輩』の文字を見ると、頭より早く身体が応答していた。
『もしもし』
『九十? 今何してる? もしかして、私が変に脅しちゃったから家に帰れないなんて言わないわよね?』
『さっきまでそんな感じでしたけど、何とかなりましたよ。先輩のお陰で命拾いしました。有難うございます』
『ちょ、いいってそんな感謝なんて! 草延さんは? 隣に居るの?』
『夜食中です。流石に居ないですね』
『そっか。私も夜食中なんだ。せっかくだからカメラつけてくれる? 一人じゃ寂しいし、気分だけでもそれっぽく団欒したいの』
普段の湯那先輩からは想像もつかない寂しがる素振り。草延が来てからこういう無防備な一面は見られないかと思ってたけど、良かった。こういう時なら、見せてくれるのか。
お茶のボトルに携帯を立てかけてカメラを内向きに切り替える。手を振ると、先輩も同じように立てかけていた。鏡の様に手を振る様子が見えている。
『先輩の方は大丈夫だったんですか?』
『それが聞いてよ九十! 私はごらんの通りピンピンしてるけど、先生ぶん殴っちゃって大騒ぎよ! なんかもう冷静じゃ居られないって感じ……明日はどうなる事やら。大々的に動きたいとは言ったけど、騒ぎが大きくなったら警察が介入するかも……はぁ』
『一人で大丈夫ですか? 手伝ってもいいんですけど』
温めたトンカツは実に美味しい。揚げたてのそれには勝らないが、ソースと絡んだ肉が旨味となって身体に染みる。キャベツもまとめて摘むと、味が濃すぎるという事もない。
『問題ないわ。憂鬱な事と忙しさは別の話よ。まあ、『しにがみ』を求めてる子も今日の一見で無暗に騒いでも薬は戻ってこないって分かってるだろうから、今度は違う手段を使ってくるかもしれない。そこは十分気をつけて?』
湯那先輩の夜食は青椒肉絲か。話し終えてから口を付けているので進みが遅い。ビニールの剥がされた痕跡というか、ビニールその物があるので冷蔵庫から取り出したのか。
『気をつけろたってね。それと湯那先輩。休暇中でも状況を知る権利はあると思います。波津の家族は居もしない息子を見てたってのはどういう意味ですか?』
『言葉通りの意味よ。幻覚が見えてる。あまりこんな事は言いたくないけど……『しにがみ』を服用した可能性が高いわ。近い内に家族が丸ごと消えたらそういう事になるかな』
『……波津の家族に薬が渡ってるってのは、おかしくないですか? 幾ら薬物に興味があっても家族に勧めますかね。後ろめたさくらいはありそうなもんですけど』
『例えば夜寝てる時、例えば飲み物にこっそり。何も相手の意思を尊重してやる必要はないわ。波津君をラジコンに出来れば幾らでもそれが許されるでしょう。出来たかどうかは別として、仮定の話よ』
それこそ、たとえ話。俺が冷蔵庫から取り出した麦茶に『しにがみ』が溶けていたなら。そうとは知らずに口をつけるだろう。味に変化があってもなくても、摂取した時点で手遅れだ。調べようがない。先輩の『死神』みたいに。
『…………湯那先輩。死神の力って俺には見せられないんですか?』
『それは無理』
即答。
『どうしても?』
『どうしても。私は好きでやってるんじゃないし。何よりね…………』
湯那先輩は、手でカメラを隠しながら言った。
『死神の私は、醜いから。九十には見せたくない』




